私、誘拐されました
一週間ギリギリ
腕の先すら見えない暗闇の中、私は目を爛々と光らせながら周囲を見回していた。
いやまあ、私はスライムだから腕もないし目もないし、なんなら周囲もそこまで暗くはないのだけれど。
時刻は深夜だ、24時間体制で私の研究をしているらしいのだが、24時間付きっきりで観察している訳ではない。
夜間はこうして暗くして外の環境に近づけているみたい。
今更ながら私の今の居住地、現魔王城といっても過言ではない第二研究室を紹介しましょう、パチパチ。
まず廊下から入るとすぐ私たちのいる部屋……ではなく警備員のいる控室に通される。
常時1名以上の警備員が配置されていて、自動販売機なんかもあるちょっとした休憩室みたいなものだ。
今のところ使われたことはないけれど、中の人物へ面会に来たけど入室許可のない人間、まあ親戚とか家族とかそういう人たちが待たされる部屋でもある。
そして私が今いる第二研究室、私のいる位置が大体部屋の中央で、入口から見て右側に研究員のデスクやらパソコンやらが置いてある。
その向こうは大きなガラスの部屋があって……よく知らないけど飼育室だかなんだかって。
今は誰もいないけどね、隣にはその部屋に入るための扉がある。
ドアから向かって左側、部屋の半分くらいは実はがらんと空いている。
実験スペースらしいよ? 使っている所見たことないけど。
奥には両開きの大きな扉があって、中には普段使ってない机とか機材が入っているらしい。
ここも開けているの見たことないけど、1ヵ月くらいだしそんなに使わないのかもね。
そして入口の扉から反対側にあるドアの先が夜間研究室……って名前の休憩室らしい。
私の位置からは微妙に見えないんだけど、どうも中にはベッドとか食糧とかがあって夜はそこで過ごしているらしい。
私を観察してないでいいのかな? とも思ったんだけど園香曰く
「誰も居なくなっても、あれでちゃんと見てるから大丈夫だからね?」
「スライムにそんなこと言っても分からないでしょ」
「分かるよきっと、私はそんな気がする」
って天井の黒い半球を指さして言っていたから、多分あれが観察する道具なんだろうね、遠見の水晶みたいなものかな?
案の定魔力は感じないんだけど、道具越しでも視線は感じられるから見ているのは間違いないみたい。
さて私がなんでぷにぷにお肌とさわふわ毛並みに大敵な夜更かしをしているかと言うと、妙な胸騒ぎがするから。
前世で言えば耳がぴくぴくして毛並みがざわざわする感じ、例えば勇者が奇襲を仕掛けてくる前の夕食とか、毒が仕込まれていたお昼前とか。
分かりやすく言うと能力『危険感知』
まあスキルなんて言っても魔物の半分くらいは持っている物だけど、これが案外馬鹿にできない。
少なくともこの感知、外れたことがほとんどないから。
外した場合も部下とかが事前に危険を排除したからって理由だし。
生まれて初めての危機に私はほんの少しの恐怖と興奮を感じている。
何せ生まれてずっと籠のスライムだからね、少しは運動なり戦闘なりして体を動かしたい。
まずは危険を見つけるために周囲を見回してみよう。
使う魔法は魔力透過、壁の向こうで魔力のある存在を感知する魔法だ。
元魔王なんで『透視』だとか『千里眼』だとか『世界眼』みたいな高性能な魔法も使えるんだけど、今のままだと使えないんだよね。
だって目がないんだもん。
じゃあどうやって周りを見ているんだとかツッコミはなしね? それを言ったら幽霊だってどうやって周囲を見てるんだって話になるでしょ?
少なくとも肉体的な視覚は持っていない筈なんだし。
スライムの場合は体全てが特定器官の代用品みたいなもので、それで周囲を見ていると思ってくれればいいや。
『魔力透過』を起動、瞬間周囲が周囲が魔力反応で真っ白になる。
「?!?!(目が!?めがあ!?)」
やってくれるな現代、どうやらこの建物の外周は魔力防壁を兼ねているらしい。
眩しさでくらくらする頭を震わせながら、私は範囲を縮小する。
お、見えてきた見えてきた。
控室でごそごそしているのがジョセフィーヌ、あの動きは編み物かな?
本当にいいお嫁さんになりそうだ……見た目と性別を気にしなければね。
で、こっちが警備室の警備員ともう一人反応がある。
誰だ此奴? 少なくとも私は会ったことないな。
ずいぶんと近い距離で何かを話している、恋人か何かかな?
あ、腕を組んで出て行ったぞ。
しゃべれるようになったら真っ先に密告してやるからなー覚悟しろー。
お、今度は天井の『かんしかめら』に異常だ。
これには魔力があんまり使われてないから一瞬だったけど、どうやら外部から魔法か何かが接続されたらしい。
私の勘だと偽の画像を流したとかそういう奴だな?
警備員ともう一人が出て行ってしばらくすると、怪しい影が二人ほど出入り口から入ってきた。
魔力越しでも分かる挙動不審っぷり、軽い身のこなしを見るにそこそこ手慣れた物取りの類らしい。
こんな所に何をしに来たんだろう? この辺の実権道具でも盗みに来たのかな?
一人が警備員室に入り込み何やら操作すると、休憩室の方から鍵が閉まるような音が聞こえた。
警備室から遠隔で鍵が開け閉めできるのか、下手すれば警備員が研究員を閉じ込めることもできるのね。
ジョセフィーヌが異変に気付いたみたい、ただドアを叩いても声を上げてもびくともしないみたい。
あれくらい中位の魔法を使えばどうってことはないと思うのだけど、どうして使わないんだろう?
この建物の中では魔法禁止なの?
私も前世、魔王城内で攻撃魔法を禁止されたことがある。
いやあれは喧嘩仲裁のために城の三分の一を吹っ飛ばしたせいだけども。
入り込んできた物取りは黒ずくめで怪しい装備を身に付けている。
物取りと言うより暗殺者っぽいけど……うーん。
弱い。
私の見た所、存在値は1万くらい。
一般的な大人が1000くらいって以前言ったけど、これは普通の農夫とかの話。
兵士や狩人みたいな、戦ったり鍛錬したりする職業だと大体5000くらい。
え? それでも2倍じゃないかって?
まあ2倍といっても純粋にすべての能力が二倍と言う訳じゃない。
存在値っていうのはあらゆる能力の総合数値だからね、すべて平均的だと仮定すれば存在値2倍は1.2倍くらいかな?
腕利きを名乗るなら10万はほしい所だね。
私にはどうでもいい話だけど。
今の私はここに閉じ込められている実験魔物で門番でもなければ魔王でもない。
侵入者に対してどうこうする権利も義務もないからね。
侵入者たちが目的の物を見つけたらしい。
手早くそれを拾い上げるとそのまま外へと向かいだす。
私を抱えて。
正確には私の入った保育器を抱えて。
あれ? 私誘拐されてる1?
戦闘に行くには尺が足りませんでした。
数日中には続きを上げられるといいなあ。