私、行き詰りました
魔王時代、言われたことがある。
「魔王様は良いですね、何でも力で解決できますから」
私はこう答えたね。
「面倒事は力でも解決できよう、だがそれは後々もっと面倒な事態を招くのじゃ」
あ、ちなみにこの馬鹿な質問をした奴は敵だったから首を跳ねたけどね。
あれからさらに1週間が経過した、生後1か月おめでとう私。
それだというのに私はいまだ同じ保育器で同じように生活している。
対話も接触も全く進んでいない。
毎日、言葉の勉強と称してぼーっとしたり、水を只飲んだり、新しい魔法を開発したりしていた。
いやこれは私は怠けていた訳じゃないことを伝えたかっただけだけど。
今の私には3つの問題がある。
まずは保育器、散々調べて分かったのだけれどこの保育器は内側から開けられないのだ。
正確に言えば『破壊せずに』内側から開けることができないの。
物理的にしろ魔法的にしろ壊すのならば一瞬だ、ちょっと力を込めるだけでいい。
むしろうっかり壊したりしない様に動くときに細心の注意を払っているくらいだし。
問題は壊した場合、私が勝手に外に出ていることが判明するわけで、そうなれば研究員たちは警戒を増すだろうね。
保育器が頑丈になる程度ならまだいい、監視が付くのもまあいい。
問題はこの世界の情報をまだ何も手に入れていないのに外に放り出される可能性があるってこと。
流石にそれはまだ困るから、壊すのは最終手段。
そのせいで私は24時間ずっとこの中に居る。
2つ目の問題は、研究員たちにある。
あ、別に園香やキャサリンがよろしくないって訳じゃなくてね?
彼女たちが私に触ってくれないのが問題なんだよ。
正確には皮膚に触れるように触ってくれない。
保育器の外からだし、毎日ある掃除や何かの検査やら研究やら僅かながら触れる期間があるんだけどきっちりと手袋をして触ってくる。
実は転生に備えて用意して居た呪文がもう一つあるの。
正確にはすでに自分には使った呪文でもあるけど、呪文名は前世伝承記憶やら前世の能力やらを取り戻すための呪文だ。
私の場合は生まれて記憶に耐えられるくらいの体になったら自動で使われるように魔王の時に仕込んだ物だけど。
魂の印はこのためにあると言ってもいい、幾ら前世で私のために集うことを強者たちとはいえ今の世界では一般人? かもしれない。
そんな彼らが力と記憶を取り戻すための呪文だ、そして私の事情を知っている存在ならば情報収集もやり易い。
そして彼らが記憶を取り戻せば一つ目の問題も解決する。
私が元魔王であることが分かれば、私をこんな所に閉じ込めておく理由がなくなるからね。
でもこの呪文!直接触らないと使えないんだよ! 繊細な呪文だからね!
そして3つめの問題は……
「ふむ、まだやっていたのか」
まるで壊れた玩具がまだ動いていることに驚いたような冷たい声と共に男性が3人入ってくる。
白髪まみれというより7割がた白髪になったボサボサの髪に細い眼鏡、深いしわが刻まれた顔はぴくりとも動かず席のようだ。
それで身に付けた服は地味ながらも高級感の溢れる質感のもので、腕に付けている時計一つとってもシンプルならがお金がかかっていることが窺える。
このおっさん、こう見えてまだ50代前半らしい、そして研究所の所長でさらに魔物研究の世界的権威らしい。
らしいっていうのは後ろに控えている研究員とは思えないデブとごつい筋肉のコンビが喚いただけだから。
「お疲れ様です、五条所長。今お帰りですか?」
「ふん、儂としては研究所に籠り切りでもよいのだがな、健康管理のため休めと言われては仕方ない」
このおっさん、あまりに研究に熱心過ぎて倒れたことがあるらしく、国から専属の医者を付けられた上毎週必ず1日以上の休暇を取らないといけないらしい。
放置しておくと何日も寝食を忘れて研究に没頭してしまうのだとか……それ自体はいいんじゃない? 研究者らしくて。
「いい加減、優秀な研究員をこんな低レベルの実験で浪費したくはないのだがね? こちらの研究は幾ら人員があっても足りんのだ」
「……国内初の人工繁殖プロジェクトです、私は有意義だと思っています」
「既に他所の国での実績がある研究だ、目新しさもなければ新たな実績もない。違うかね?」
問題はこのおっさん、私を不要だと思っていることなんだよね。
私の研究班、3人しかいないのはどうやら冷遇されているかららしい、そして3人で回せているのは有能だからみたいだ。
有能なのはいいんだけど、キャラクターが濃すぎるんだよなぁ。
特にそろそろやって来るもう一人が。
「いいから早く帰りなさいよ所長様。私たちは研究で忙しいの、夜間への引継ぎもあるし」
「貴様! 所長に向かってなんという言い草だ!」
「飛び級だが何だか知らぬが、この国ではきちんと年長者を敬わんか、小娘が!」
キャサリンが口を出して園香がオロオロして、そして取り巻きの2匹がわめく。
いつもの光景だ、流石に4回も見せられたら私だって慣れる。
この後の光景もお約束だ。
「あらん? いいおじ様たちが大声を出してみっともない」
「ぐっ」
「また来たな」
「そりゃくるわよ、わたくしの職場だもの」
取り巻きよりもさらに頭一つ抜けた身長にさらにそれが高く見えるアフロヘア。
ミニスカートからは太ももが惜しげもなくさらされ、胸元も大胆に開いている。
全体は少し派手なピンクの服に上から白衣を羽織った色っぽい研究者スタイル。
うん、完璧な色気たっぷりスタイルだね、全身が鋼の筋肉で覆われてなければ。
タイミングよくやってきた彼女? の名前はジョセフィーヌ(偽名) 本名亀山堅三
なんで研究者をやっているのか分からない筋肉と違和感の塊である。
ちなみに3人の中で一番家事が上手で趣味は手芸、なんでだ。
彼女? も勿論魂の印がついており、前世は近衛騎士団第38席『アーマ・エンドレス』
究極の動く鎧であり異名は『移動城壁』
その防御力に関しては近衛随一と言われた存在だ。
まさか女性人格だとは思ってもみなかった、だって無口だったんだもん。
いや? 体は男性だから男性人格だったのかな? それとも無生物という前世ゆえの謎のオカマなんだろうか?
最大の問題は彼女? はこれが一番センスがいいと思っている所でもあるけど。
まあ見た目のツッコミどころ以外は有能なんだよ。
全身凶器の登場に腰ぎんちゃく達が怯み、そして所長が。
「まあいい、成熟するまでは様子を見るが、結果が出ないようならばプロジェクトは中止せざる負えないからな」
と捨て台詞を残して去っていく。
1週間ごとに見慣れたパターンだ。
ちなみになぜ1週間なのかというと彼が帰宅する時の通り道にこの研究室があるからだ。
帰り際についでに嫌味を言っていくオッサンが私の命運を握っていると考えると腹立つよね。
ただ実際プロジェクト中止になると困るのは私だ、中止が私にどう影響するかもわからないし。
ため息をつけないので心の中でため息をついておく。
「あら、黄色ちゃんやっほー、元気にしてたかしらん?」
まって、真面目に悩んでいるんだからケースに唇を押し付けるのはやめて。
こちらの更新は不定期です、最長一週間くらいで更新していきます。
次回、いよいよ初戦闘。