私、困惑しました。
▽▽▽
嫌な夢を見ている。
そう分かっていても私にはどうすることもできない。
今の私がどれだけ力を持っていても夢の中の私は非力な少女にすぎないからだ。
そして夢である以上、その先の展開を変えることもできない。
目の前で暴力の渦が渦巻いている。
そのころは当たり前にあった光景、2つの種族の戦争の小競り合いとも言えない戦いの一つ。
偶然巻き込まれた『私たち』は必死に逃げ回っていた。
強靭な彼らの足に蹴飛ばされただけでも私たちにとっては致命傷、必死に逃げる私の横を何かが突き飛ばされていった。
それは既に友人の形をしていなかった友人の成れの果てだった。
恐怖と絶望で歪む視界の中、友人は必死に言葉を紡ぐ。
「争いのない世界を―――」
△△△
身を震わせて私は夢の世界から現実へと帰還した。
久しぶりに悪夢を見てしまったらしい、もし私に汗を流す機能があったならば全身嫌な汗で汗だくになっている所だ。
今スライムだからぬるぬるはいつものことだけどね。
あの夢は実際に起きた話だ、私がまだ無力だったころの話。
私がこの時代に転生したのは彼女に会うためだ。
残念ながらほんのわずかに彼女の魂をこの世界に観測しただけなので、彼女がどんな種族で何歳でどこにいるかはさっぱりわからないけれどいつか必ず見つけようと思っている。
そのためにも早くこの世界に慣れて動き回れるようにならないといけない。
そんなことを考えていると誰かが私の保育器に近づいてくる。
私が起きたことに気づいたらしく、私の飼育担当の一人が私の様子を見にやって来たみたいだ。
「黄色ちゃん起きたみたいですね」
「波形的にそうなんでしょうね、でも黄色ちゃんはないんじゃない?」
「仕方ないですよ、名前がないんですから。だからって人工物繁殖成功1号じゃ可哀想じゃないですか」
「可哀想ねぇ……それ外で言わない方がいいわよね? 人工繁殖自体が可哀想って言いだす輩がいるから」
半透明の天井の向こうから鋼色の瞳の女性がこちらを覗き込んでいる。
初めて彼女に会ってから3週間くらい時間がたった、そのお蔭で言葉や文字なんかもだいぶ分かるようになってきた。
例えば私に初めて会いに来た彼女、他の人族の雌……じゃない女性か、その中でも大分小柄な方だ。
闇のような黒髪に白い肌、研究職にしては体も引き締まっていて瞳が鋭いことを除けば中々の美人だと思う。
一見して大人しい文学少女で鋭い瞳のせいで何かと苦労したみたいで、この研究室のメンバー以外には友達が少ないそうな。
彼女の名前は剣崎 園香と言うらしい、魂の印を見る限り前世は近衛騎士団第50番席、ソニア・ウォーブレード
前世は口の悪い絶世の美女だったけど瞳の色以外は殆ど接点は感じられない。
体つきも前世は女性と言うよりも鋼のような引き締まった体つきをしていたけれど、今は柔らかな体つきをしている。
もう一人だらしなく机に脚を上げて棒付きキャンディーを加えているのは副主任のキャサリン・八塚
『にっけいにせい』とかなんとか言っていたが恐らく人種的ハーフなんだろう、顔つきが園香とは全然違う。
金髪のショートボブに海のような碧眼、園香が大人しい犬だとすればこちらは不遜な猫といった雰囲気。
こちらも魂の印を観測している、こちらは前世は魔法師団長フェリス・エルフィード。
前世の彼女も美しいエルフの中でも群を抜いて美しいハイエルフだったが、今とは別の路線の美人だった。
彼女の異名は『銀壁の魔法使い』だった、これは彼女の髪色なんかの銀と彼女が防御魔法の天才だったゆえの異名だったんだけど、彼女はこの名前を嫌っていた。
理由は簡単、エルフっていうのはすらっとした体型の美人が多くて彼女も例にもれず胸が寂しいタイプの美人だった。
私の部下になる前はそんなに気にしていなかったんだけど、世界が広がって妙に壁のように薄い事を気にするようになったことを覚えている。
しかし今はなんというか豊満だった……前世の私と為を張るくらいのプロポーション。
彼らの魂がどのような流れで今の体にたどり着いたのかは知らないけれど、フェリスの執念ゆえだったら恐ろしいなぁ。
この二人にもう1名を足したのがこの第二研究室のメンバーだそうだ。
もう一人の彼女? たぶん彼女は前日夜勤だったためまだ来ていない。
なんでたぶん? いやたぶんとしか言えないんだもんアレ。
私を24時間体制で研究しないといけないらしく、昼間に二人午後から夕方にもう一人増えて、夜に一人というローテーションを組んでいるらしい。
一体何を研究しているのかと思えば、どうやら私は人族の社会で初めて人工的に繁殖したイエロースライムらしいのだ。
これも良く分からない。
別に人工的に繁殖させなくても、辺境の洞窟にでも潜ればイエロースライムの1匹や2匹嫌でも見かけるはずだし。
そもそもこういうことは人族よりも他の種族の方が適している。
彼らが頑張る理由を特に感じられない。
と言うかこの施設働いているのが人族ばっかりなんだよ。
人族の施設だから当然と言えば当然なんだけど、それでも警備員まで人族って言うのはちょっとおかしい。
研究者なら兎も角警備だけならもっと肉体的に優れた種族がいっぱいいるはず。
そんなに重要な研究をしているようにも見えないし……人族で固める必要はないはずだ。
なんか嫌な予感がしてきた。
もしかしてなんだけど外の世界は大変なことになっているんじゃないだろうか?
例えば種族大戦の真っただ中だとか。
人族が他の種族と争っているならば研究機関に他の種族を入れたりはしないだろう。
再び戦乱の世の中に生まれたことは少し残念だけどそれはしょうがない。
いざとなったらまた力づくで平定すればいい。
ただこの仮説だと一つ引っかかる、そんな戦争の最中にイエロースライムの人工繁殖なんか研究している場合か? ってことだ。
私だったらもっとほかの兵器の研究をする。
例えばスライムにしても、敵に武器を効率的に溶かせるスライムとか、完全に隠密可能な偵察型スライムとかそういうのを作る研究をすると思うんだ。
そして研究員の身なりを見ても皆平和で健康そうだ。
戦いの中に身を置いているともっとこう……みんなすれていく感じがあるんだけどそういうのがない。
もっと気になることがある、ここ三週間研究員たちを観察していたんだけど。
『だれも魔法を使っていない!』
私の時代は魔法ありきの世界だった、衣食住の殆どが魔法に依存する世界。
飲み水を生み出す魔法、汚れた水を綺麗にする魔法、空気を温めたり冷やしたりする魔法、明かりを生み出す魔法などなど、そしてそれらを誰にでも使えるようにした魔法具。
生活の全てがそれらに支えられていたと言っても過言ではない。
見慣れた魔法具を私は生まれてから一度も目にしていないのだ。
私を包んでいる保育器も魔法具特有の魔力を感じないし、研究員たちが遣っている板(文字を表示したりしている、恐らく仕事道具)からも起動時位しか魔力を感じない。
どうやらこの世界、私が思っているよりも進化しているようである。
多分進化しているんだよね? 元魔王でも感知できないくらい高度な魔法具ってことなんだよね?
まさかまさか魔法が皆使えなくなるほど弱体化しているとか、他の種族が滅んでいるとかそういうことはないんだよね?
「なんか震えてます、お腹空いたのかな?」
「さっき栄養水を与えたばっかりだ、与え過ぎは良くないだろう」
「ごめんね、ご飯はもう上げられないの」
私を見てのんきに会話する二人、こっちは謎だらけで困惑しているっているのにいい気なものだよね。
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自由気ままはまだかって? 今はまだ彼女は籠のスライムです。