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私、遭遇しました

 妾はイエロースライムである、前世は魔王で名前はまだない。

 そして人工物の中に居る。


 この人工物の中って言うのが曲者なんだよね。

 このウン千年の中でスライムの生活スタイルや生態が驚くべき進化をしたんじゃなければ、スライムっていうのは洞窟とか湿地とか湿った天然の世界に住んでいるはずだ。

 ところがここは人工物の中、上は透明な半球体で下はほんのり暖かな継ぎ目のない白い何か。

 魔力をほとんど感じないけどこの下の何かが半球内をスライムが快適に過ごせる空間にしているらしい。


 うーん詳しく調べたい。


 スライムのエサとなるミネラルたっぷりの水が出てくるお皿もある。

 そして出入り口と思しき物はなし。

 端的に言うと閉じ込められている、多分飼育されている。


 唯のスライムならペット路線もあるんだけど、イエロースライムっていうのが問題。

 イエロースライムには変わった趣味がある、うん生態じゃなくて趣味。


 彼ら……うん、私たち? どっちでもいいけどイエロースライムは体内で金属を作る習性がある。

 過剰にミネラルや金属分を摂取した場合、それを結晶化して吐き出す。

 本来使い物にならないクズ鉱石や混ざり物からでも純度の高い金属の塊を生み出すことができるから、私の時代では一時期乱獲されて絶滅しかけた。

 私が保護する法律を作ってその後研究機関に調査させたんだけど、この金属を作るのは彼らにとって本当に趣味らしい。


 心を読む魔法で根気よく探ったから間違いない。


 イエロースライムの生態はさておいて、問題は私の置かれている環境だ。

 やっぱり鉱石目当てなんだろうか? それとも他に理由が?

 悩んでいても仕方ない、転生用に用意していた他の呪文を使うことにしよう。


「(我思う、流れる者、我に集いて、我を導け)」

 更にもう一個

「(我思う、星の印、糸を手繰り、我に導け)」


 前者の魔法は『空気を読む者(エアリード)』後者の魔法は『運命の手繰り糸(メイクディスティニー)

 転生用に私が前世でぱぱっと作った呪文だ、凄そうな響きでしょ?


 ごめん嘘です、作るのに10年くらいかかりました。


 前者は環境適応能力の向上、簡単に言えば周囲の雰囲気や言語に馴染みやすくなる魔法だ。

 あくまで馴染みやすくなるってだけで覚えようと努力しないと身につかないのがみそだけど。

 

 後者は転生前に魂の印(マーキング)を付けた相手とめぐり合い易くなる魔法だ。

 前者は超絶万能無敵の最強魔王だったとしても、転生したばかりは赤子。

 だから前世で縁があって本人にその気があれば護衛を頼みたいなという思いで作った魔法だ。

 

 たとえ前世では部下でも、今は赤の他人。

 無理強いは出来ないもんね。


 魔法を使ったり前世を思い出しているうちに時間がたっていたらしく遠くで生き物が動く気配がする。

 どうやら私が目覚めたのは夜だったらしい、それが朝になってここの持ち主が動き始めたんだろう。

 なぜ断言できないかと言うとこの部屋には窓が一切ないから。


 突然天井の一部が白く光輝きだした。

 眩し!? どういう仕組みか知らないけど無駄に眩しい。

 スライムには瞼がないから目と言うか意識が慣れるまで待つしかないのがつらい所だ。

 天井の一部に照明が仕込まれていららしく周囲が明るくなる、炎の光じゃないし魔力も感じない。

 アレはなんで光っているのかな?


 私が天井を観察していると壁の一部が内側に引っ込むように開いた。

 開くときにやっぱり魔力は感じない。

 上の照明といい、あの扉といいそして私が入っている物といい一体どうやって動いているのか今の私にはさっぱり見当がつかない。


 知識欲を満たすのはあとにしよう。

 ついに知性体とのファーストコンタクトだ、出来れば小粋な挨拶をしたいところだけどスライムだからプルプル揺れるくらいしかできないな。

 こういう時はなんて言えばいいんだっけ?

 

 プルプル妾悪いスライムじゃないよ!


 入ってきたのは白くて長い服に身を包んだ人間の雌のようだ。

 ローブにしてはフードもないしポケットもたくさんあるし、何よりしわがない。

 彼女の年齢はちょっと分からない、身長だけなら子供と大人の中間のようにも見えるけどこんな所で働いているところを見ると大人なんだろう。

 黒髪を首の後ろで緩く編んでいて前髪と分厚い眼鏡のせいでこちらからは目が見えない。

 でも白い肌や細くてきれいな手を見るに中々の美人さんとみた。


 彼女はゆっくりと私に近づいてくると、私の入っている半球を覗き込み僅かに笑みを浮かべて手に持っている板? に何かを書き込んでいく。

 育成日記かなにか? 分からないけど雑には扱われていないことは有り難いね。

 そしてこっちを覗き込んでくれたおかげで、彼女の目や表情を観察することができた。


 一見すると大人しい文学少女といった雰囲気、ローブを着て図書館辺りで本を読んでいるのが様になりそう。

 ただある一点がその雰囲気を台無しにしている。

 

 彼女の目付きだ。

 彼女の目付きだけはまるで歴戦の老兵のごとく鋭い、この目のせいで軽く微笑んでいるだけでまるで相手を威圧する強者の笑みのように見えてしまう。

 だから前髪や度の入っていない分厚い眼鏡で目を隠しているのだろう。

 見てるだけで吸い込まれそうな鋼色の瞳だ、この鋭さと目の色では今まで割と苦労したのではないだろうか?


 そして私はその目付きに見覚えがあった、彼女からは魂の印も感じるし間違いないだろう。

 「(ソニア……魂の果てに、律儀に約束を守ったのじゃな)」


 ▽▽▽


 私の崩御宣言に広間はパニックになっていた。

 医療部門の長とカウンセラーがどこか具合が悪いのかと詰め寄ってくる。

 さらにソニアを初め血の気の多い近衛が説明を求めて胸ぐらをつかむ勢いで迫ってきていた。

 このままだとこの間で公開身体検査が始まりそうだったから私は慌てて釈明をする。


「待て待て落ち着くのじゃ! 体も心もすこぶる健康じゃ!」

「じゃあなんで死ぬなんて言うんだ! 場合によっちゃ斬るぞ?」

「そうです論理的な説明を求めますわ」

「……」


 特に詰め寄ってきていたのは近衛兵のソニアと魔法師団長のフェリス そして近衛のアーマだ。

 アーマは詰め寄るというよりパニックになっている他の連中を押しとどめているようではあるが、フルフェイスのヘルメットの向こうから差すような視線を感じる。


 フェリスはかつてはエルフの国のお姫様でハイエルフ、この国で二番目の魔法の使い手だ。

 防御系の魔法に長け『銀壁の魔法使い』の異名を持っている。

 本人は自分の容姿と被るのでこの異名を大層嫌っているが。


 アーマは人間ではなく、動く鎧(リビングアーマー)しかもとある死霊術士の天才がその能力の粋を集めて生み出した、究極の鎧アルティメットアーマーだ。

 その黒い全身鎧は竜の咢ですら傷一つつかず、並の魔王の魔法すらあっさり弾くという強度を持っている。


「簡単な話じゃ、妾はもう必要ないからじゃ」

「斬る」

 ソニアが剣に手を伸ばしたので慌ててアーマの後ろに隠れる。


「貴女は必要です、これからの魔法の発展にも世界の安定にも……なぜいらないなんておっしゃるのですか?」

「……やろうと思えば妾はこの世界に君臨し続けることができる、1000年でも2000年でもな。でもそれではこの世界はいつまでたっても成長できぬ」


 ソニアが剣から手を放した、一応納得したようだが油断はならない。

 彼女が本気で何かを斬ろうと思ったなら『剣に手をかける』必要すらないからだ。

「お前がいなくなったら、国は荒れるぞ? また争いを始める奴が出るかもしれない」

「構わぬ、かつて妾が平穏を作ろうとした時兵士だったものが言った。『争いが無くなったら俺はどうやって子供を養えばいい?』他にも食堂の親父はこう言った『兵士がいなくなったら誰が飯を食いに来る?』そして訓練所の教官は言った『子供は兵士以外に何を目指せばいい?』とな。だから妾は道を示した。これから先は平和に飽きて戦争を起こす者もいよう、己の野心のために戦う者もいよう、誰かを守るために戦う者もあらわれよう。だがずっと争う続けることはない」


 この場にいる全員が私の方を見ている、先ほどの喧騒が嘘のような静けさだ。


「皆が平和の心地よさを知っておる、だから争いが続くことはない。妾の仕事は終わったのじゃ」

「……死んでどうするんだ?」

「実はもう考えておる。唯死ぬのもつまらぬ、せっかくじゃから未来に転生しようと思っておる。希望者には妾と来世の縁を結ぼうと思っておるが他は好きにするがよい」


 来世まで私に彼らを付き合わせるつもりはない、私は個人的な都合で転生するのだから。

 そう思っていたのだがソニアが真っ先に手を上げた。


「じゃあ俺が真っ先にお前に会いに行ってやる……俺はいつかお前に勝たなきゃいけないんだ、勝ち逃げなんて許さねえからな」

 その剣のように鋭い鋼色の瞳に涙を貯めながら。


 △△△


 今の彼女に過去の記憶も思いもないだろう。

 だけど彼女は約束を守ったらしい、この場にいるのがその証拠だ。

 

 彼女以外にも何人か魂の印を感じるから、まだ数人近くにいるはずだ。

 一先ずは彼女たちと会話できるように健やかに成長していくしかないかな?

 私は小さくぷるっと震えて目の前の彼女にアピールしてから水を飲み始めた。

 まずは大きくなってここから出してもらわないと何も始まらない。


 魔王様の世代ではあらゆる物が魔法で動いていました。

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