私、怪しげな独り言を聞きました。
同姓同名の人ごめんなさい。
「私の名前は?」
「そのかー」
「これはなんですか?」
「ほん」
「じゃあこれは何ですか?」
「おみず」
「はいよくできました」
園香が私の口に向かって飴を投げ入れる。
別にふざけている訳じゃない、今私は第二回研究発表会の真っ最中なのだ。
このお遊戯会と賢い生き物ショーの中間の行動は、悪ふざけとじゃなくて立派な見世物……じゃない、研究発表なんだ。
だから恥ずかしくない、恥ずかしく無いったらない。
「(ちょっと黄色ちゃん、体がオレンジっぽくなってきてます! 戻して戻して)」
「(ううー! 無理! もう無理じゃ! 何が悲しくてオッサンたちの前で幼児プレイをしなきゃならないのじゃ!)」
心の中で好きな食べ物を数えて心を落ち着ける。
鶏肉、牛肉、豚肉、ドラゴン肉……じゅるり。
よし、どうにか落ち着いた。
子供のフリだと思うから恥ずかしいんだ、演技だと思おう。
魔王ともなれば腹芸の一つや二つくらい。
「色を教えてくださいねー」
「きいろ、オレンジ、あかー」
「よくできましたね、偉い偉い」
頭を撫でるなぁ!!
くっ、屈辱だ。
「(かつては『すべてを手に入れた女』『千の顔を持つ女傑』『笑顔で街一つ消し炭に出来る』と謳われた妾がこのような……)」
「(その割に嬉しそうですね。あと最後の奴は悪口では? 実際そんなことをしたことは……まあ何度かありましたけど)」
「(実際お前のなでなで技術は心地いいと言わざる負えぬからな! あとやってないぞ? 笑顔では)」
この守護者兼部下たちはちょっと気が抜け過ぎじゃないだろうか?
私を見ている研究員たちの反応は3つに分かれる。
1つは驚きのあまり固まっている者たち、ある者は茫然とある者は口をあんぐりと開けてこっちを見ている。
私としては心臓とかが止まっていないか心配だ、数人はピクリともしないから。
1つは
「信じられん、人の形に擬態したからといてこのように言葉を、いや音をだせるのか?」
「スライムが『鳴く』ことは一般家庭でもまれに確認されているが……これはどう聞いても人語だぞ?」
「スピーカーか何かじゃないのか? このようなことが……」
「しかも、拙いとはいえ受け答えも出来ている。質問の意味を理解しているのか音で判断しているのかは分からないが」
「我々は魔物研究の世界的な1歩を踏み出しているのかもしれない」
熱心にメモを取ったり議論をしたりする研究員の皆さんだ。
今園香とそっくりの姿に『完全擬態』して見せたら失神するじゃないかな? この人たち。
そして3つ目の反応の二人は
「……くくく……だめ……くるしい……ころされる……くくく……世界で初めて笑い死にしちゃう……」
「……ぷふ」
私の姿を見て思いっきり笑っていた。
キャサリンに至っては声を上げないのが不思議なくらい体を机に突っ伏して痙攣している。
ジョセフィーヌの方は無表情を貫こうとしているけど頬が震えているのが丸わかりだ。
後で覚えていろよ、2人共。
まあ二人が笑ったり園香が頭をなでなでしたくなる気持ちも分からなくもないんだ。
今の私の姿だけど色が黄色と白衣の白なのを除けばほぼ完ぺきな人の姿になっている。
黙っていれば精巧な人形の振りもできるかもしれない。
ただしその人形には尖がった耳とフワフワの尻尾がついているけど。
見た目の年齢は3~4歳くらい、今の私は色以外は完ぺきな狐獣人の美幼女になっている。
色は言葉をもうちょっと話せる設定になってから徐々に変えていこうかなと思っている。
この姿じゃ外に出ることになったとしても目立つからね。
愛らしい容姿でそのうえ動物要素を持っている私を、動物好きの(わざわざでっかいアルバムをもってきて見せてくれたけど実家で犬と猫を飼っているらしい)園香が隙あらば撫でまくっているというわけだ。
そして見た目も言動も完璧に幼女だけど、中身が元魔王で可愛いと言われ慣れていないことを理解している2人は私の中身とのギャップがツボに入って笑っている訳だ。
「よいかね?」
私が必死に羞恥に耐えていると、騒がしい喧騒のなかから意地悪そうな声が上がる。
その声を聞いた全員が咄嗟に黙り込むくらい意地悪そうな声だ。
少なくとも私はそう思っている。
「所長、いかがなされました」
「……ここからではなく直接そのスライムを観察したい、構わんかね?」
「ええ……そちらの部屋に呼びの防護服があります。ですが予備は3着しかありませんので全員と言う訳ではありませんが」
「構わんよ、布田君、萩野君ついてきたまえ」
所長様が直接私を見分したいそうだ。
まさかインチキだと疑っている訳じゃないよね?
まあ調べられても私は痛くも痒くもないけど。
魔法が使えない人間に私の鑑定できるわけないしね。
たっぷりと時間をかけて所長たちは防護服で私の部屋に入ってきた。
歓迎しよう、飼育室の最初のお客様だ。
「お待ちください所長、まずは我々が安全を確認します」
まずは前哨戦とという訳ね、受けてたとう。
所長の取り巻きの……太った方布田とか言われていたっけ? そいつが近づいてきた。
「おい、こいつはその場で教えた言葉もしゃべるのか?」
「はい、実験でもそのように結果が出ていますが」
前から思っていたんだけど、なんで此奴園香に偉そうなんだろう?
肩書は同じ研究員だと思うんだけど。
「私は布田、布田了士様だ。ほら行ってみろ、布田了士様」
にやけ顔で何を言っているんだ此奴。
よく聞こえなかったから適当に返しておくか
「ふー」
「ふ?」
「ぶたろーす?」
「ふふっ」
園香が思わず吹き出して顔をそらした。
「違う、ふ・だ・りょ・う・し・さ・まだ! ほら、言ってみろ」
「ぶたろーすまだ!」
「……このクソスライムが!」
「はっはっは、布田、研究者だからと言って筋肉をおろそかにしているから馬鹿にされるんだ。変われ」
布田が顔を真っ赤にしてもう一人の取り巻きがなぜかポーズを取りながら場所を入れ替わる。
研究員なのになんで筋肉を見せ付けてくるんだろう?
あんまり大声じゃ言えないけどジョセフィーヌの方が凄いし。
「私の名前は 萩野は・ぎ・の武だ。はぎのたけしだ」
「はー」
「は?」
「はげのけなし?」
「なはどこから出て来たんだ!」
いやいやごめん、私も言うかどうか迷ったんだけどさ、近づいてきて分かったんだけど頭の毛が思いっきりずれてるんだよ、このおじさん。
たけしをけなしっていうのはちょっと無理があったね。
「萩野さん……その……髪形が乱れてます」
「ん? おっと失敬」
慌てて出ていった、布田もいつの間にか怒っていなくなっていたし、何しに来たんだろうか?
「性格とはいいがたいが、こちらの言葉を理解はしているようだな……もう少し見せてもらってもいいかね?」
「……あ、はい」
所長がこちらに近づいてきて私を見つめてくる。
負けじと私も見つめ返す。
「……スライムがこんな進化をするなど……信じられん」
周囲に聞こえないくらいで所長が何かをしゃべりだした。
考え事をすると独り言を言うタイプなのかな? 私の部下にも何人かいたね。
「……まさかアレの影響なのか? 第一研究室から何かが漏れる様な反応はなかったはずだ……いや現状の機械では測れぬような『何か』があるのかもしれん。一度周囲の魔物の精密検査が必要か」
所長はそれだけ呟くと踵を返して私の前から去っていった。
うーん、これは一度調べに行った方がいいかもしれないね。
次回は戦闘回になる可能性があります。




