ユメミルオモイ
翌朝、大学に向かう私は1人、キョロキョロと辺りを見渡していた。
昨日の黒い星座柄の傘を、持ち主に返さなければならないという使命感。
大学はやっぱり、高校までと規模が違う。
毎日がこんな風に、お祭り騒ぎなのだろうか?
人でごった返している門をくぐり、噴水の前をぼっちでスタスタと歩いていく。
「軽音部入りませんかっ?」
「ドルサーでぇす♡よろしくね~♡」
目の前に差し出されるビラに向かって会釈し、講義室へと向かうことにした。
今の私にはまだ、先輩達と目を合わせる勇気がない。
すると、その時だった。
「廃墟部です。僕達と一緒に、思い出の色を紡ぎませんか?」
そんな宣伝が聞こえてきたので、私は不意にそちらの方へと目をやった。
(はいきょ、ぶ…?)
そんな名前、聞いたことがない。珍しいと思った。
すると、見たことのある男の人が目に入った。廃墟部と書かれた灰色の看板を手に、ビラを配っている。
(あっ、あれは昨日の…!)
とっさに、私はそちらの方へ駆け出していた。
「…あっ、あの、昨日はどうもありがとう…ございました…。」
「あぁ、春灯さん。返しに来てくれたんだ、ありがと!」
(また、私の名前…!)
いきなり名前を呼ばれた私。不信感と得体の知れぬ懐かしさに、胸がドキリと浮くのを感じた。
「あれ、…もしかして、忘れちゃった…?」
目の前にいる彼が、少し残念そうな低い声でそう言ったので、私はきょとんとした。
私は、彼をまじまじと見る。
春風になびく黒髪。
キリッとした目鼻立ち。
爽やかなはにかみ笑顔。
スラッと脚の長い細身なスタイル。
私より頭1つ高い身長。
オシャレに着こなした白いシャツと黒いパンツスタイル。
漂うインテリジェントな雰囲気。
「うっ、うーん?」
ダメだ。知り合いにこんなイケメンがいただろうか。(不覚にもクラッとしてしまった。)
「…ほらよ。」
彼は、手を眼鏡型につなげ、自分の目に当ててみせた。
「…もっ、もしかして…!」
頭の中に、ある考えが浮かんだ時、私の心はパンと弾けた。
「ち、ちぇるしー先生?!」
「…バレたか。ならしゃーなし。」
自分から仕向けたくせに、先生は少しきまり悪そうに目を逸らした。
「卒塾したとこなのに、忘れたのかと思って焦ったわ。」
(えっ、えっ、)
「エェェェーー?!」
次の瞬間私は、我を忘れて叫んでいた。大学からは大人しいキャラでいこうと思っていたのに…。
(あのちぇるしー先生と同じ大学だなんて…!)
そう、これはきっと夢。夢なんだ。
自分にそう言い聞かせて頬をパシパシと叩いたら、痛かった。
◇◆◇◆
「春灯さん、後で説明会来る?」
夢見心地でぼんやりしている私に、ちぇるしーは言った。
「…説明会?」
「そ。俺らの部室で、廃墟部について説明してやるよ。…春灯さん、興味あるんだろ?」
「…もっ、もちろん!」
(あちゃー。)
私は目を輝かせていたが、決して廃墟に興味があるわけではなかった。
…ただ、先輩に会えて嬉しかっただけなんだけれど、それがバレるくらいなら誤解された方がましだ。
「じゃ、講義終わったら噴水前に集合な。何限まで?」
「あ、3限です。」
「了解。15時に噴水前ってことで!じゃあな!」
そう言って、挨拶代わりに片手をサッと上げると、先輩は行ってしまった。
だんだん小さくなり、遠ざかっていく背中を暫く見つめていた。
「あ、」
ハッと我に返る私。
このままだと、流れで興味皆無の廃墟部に入ることになるかもしれない。
(…まっ、先生――今は先輩だけど…、と同じサークルに入れるなら何でもいっか。)
気を取り直し、ふわふわした気分で私は初めての大学の講義とやらを受けた。
(何だか、ワクワクする。)
新しい世界の扉がそこにあって、開く一歩手前の瞬間。
…もしくは、宝箱がそこに置かれていて、開けるその瞬間。
そんな気分だった。
そこに待っているものがどんなものかは分からないけれど、悪い気はしない。