春風、乱舞
サークル勧誘のチラシが桜の如く舞っている春、入学式。
勧誘をしている上回生と、それを少し困惑した様子で受けている私達下回生の人だかりは、まるでお祭り騒ぎのようである。
ほぅ、と私はため息をついた。
(今日から、大学生か…。
高校の時の友達とも離れちゃったし、不安だなぁ。)
ため息は、淡く色付いた花々を灰色に濁らせた。
すると、不意に空からポツ、と滴が落ちてきた!
まさに青天の霹靂。激しい雷と通り雨は、晴れやかな群衆を一瞬にして混乱状態へと陥らせた。
「やっべ、雨だ!」
「キャー、やばぁい!」
ドタドタと校舎へと非難していく人影。
ザァァァァ
ゴロゴロゴロ、ドッカーーン!
(やばい、逃げ遅れた!…傘、持ってないや…。)
突き刺すような雨嵐に、私の頭からつま先までもがずぶ濡れになってしまった。
私は、なすすべもなくただその場に突っ立っていた。
その時だった。
「風邪、ひくよ。」
走りながら、何者かが私の手に黒い傘を預けていった。
「えっ」
すると、その男の人はサッと振り向いて言った。
「それ、使えよ。…春灯さん。」
(ど、どうして私の名前を…?!)
そう、私の名前は確かに春灯。春灯 詩織がマイネームである。
「……」
私は困惑し、とっさにその傘を彼に返そうとしたが、タッタッと春風の如く気まぐれにどこかへ行ってしまった。
「あ、…」
お礼を言うのを忘れていたことに、後になって気付く。
ザーザー降り注ぐ春の雨の中、黒い傘を持たされた私は一人、ぼんやりと立っていた。
「と、とりあえずさそう…。」
おもむろに開けたその傘は、夜空に浮かぶ星座がキラリと光るデザインだ。
(す、素敵…!)
思わず息を飲み、傘をさしながら駅に向かう私は、先程のミステリアスな男の人の姿を思い浮かべる。
「それ、使えよ。春灯さん。」
蘇る、彼の優しい言葉。
(あれ、どこかで会ったような…?)
フラッシュバックした記憶に沁み込んでいる、既視感。それも、会ったのは1度だけでない気がする。
先程の激しい雷雨は、早くもしとしとした優しい雨へと変わってきている。
私は、首を傾げながら温かな春雨に打たれていた。
◇◆◇◆
大学の最寄り駅に着くと、雨は上がった。
音楽を聴きながら電車に揺られた私は、目をつぶり、自分の世界に入り込む。
春は、光の季節。新生活への希望と期待に満ちている。
けれど春は、憂鬱な季節。新たな世界への旅立ちに、不安と孤独感でいっぱいになる。
だから春の色は、…黒。
私の中で、何かが始まる気がした。
…もうすでに動き出していた運命の音が、耳をすませば聞こえそうだった。