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桜色の忘却①―郷愁の足音―  作者: 星利
嗤う幻想遊園地
18/25

4.House of mirrors

※このお話は、本作品の中でも特にホラー色の強いパートです。一部流血などの描写があります。


ご注意下さい。


(それほど怖くはならないと存じます。)


「…つ、次どうする星野さん…。」


私は、恐怖で頭が真っ白になってきた。ガクガクと震えながら、星野さんに泣きつく。


「今やめてしまっては、ここまで来た意味がありません。


…行きましょう。」


夏楼さんが目をつぶり、うんうんと頷いている。



◇◆◇◆


色褪せた青色をしたミラーハウスの入り口に到着した。



外からでも分かる。…この洋館は、不気味な霊気に溢れていることが。


私達は、中に入ることをためらっている。



すると、そこに現れたのは…、濃い茶色の毛むくじゃらなオオカミの着ぐるみだった。突き出した耳、ギラリと獲物を狙うように怪しく光る黄色い目、小さな鼻。


これでもかとばかりに裂かれた口からは、大きな鋭く尖った犬歯が飛び出している。赤い舌から滴る涎までもがリアルだ。



「…ガウガウ。」


(…ヒッ!)



ダメだ。今までの着ぐるみの中で1番怖い…!


「…ガウ!」


オオカミはひと吠えすると、ミラーハウスの扉を開いた。



ギイィ、と開く扉。


「ワォーーーン!」


扉が閉まると、オオカミはまるで本物の獣のような鳴き声を響かせた。



◇◆◇◆


中に入ると、そこは閑散とした世界。


ぼんやりと点るろうそくの灯りと、所々割れてカビの生えたボロボロの鏡たち。その中で鏡に映った私と星野さんの顔がこちらを見ていた。



カラン…、コロン…、と自分達の足音だけが響いている。


身震いするような冷気が横切っていく。



(何だか、四方八方から視線を感じる…!)



「星野さん、腕掴んでいい?」


「…今日だけよ。」


そう言う星野さんの声も、小刻みに震えている。



「…どこに行けばいいの?」



中は思っていたよりも広い。薄明りに照らされた鏡に自分の姿が映っているのを見ないように半分目を閉じ、恐る恐る進んでいく。



平面鏡、凹面鏡、凸面鏡、万華鏡…。形が変わって、一室中に私達の姿が映し出される。




5分程経っただろうか。いつの間にか、夏楼さんの姿がない。




先程まで整然と鏡が置かれていただけの景色に、変化が現れた。


…洋風の子供部屋のようだ。



キィ、キィと揺れている、顔のなくなった木馬。


独りでに動き、壊れたラジオのような音を出して砂嵐が映っている古いテレビ。


無造作に置かれ、こちらを見て笑いかけている色褪せたマリオネット。


着替えが散らばった、何者かにシーツを剥ぎ取られたようなベッド。



(こ、怖いこわいコワイ…!)



すると、どこからかポタ、ポタと水の音が聞こえてきた。


「み、水…?」



次に現れたのは、ヌメヌメとした何かに満たされたバスルームだった。



「何ですか、これ…?」


「ワカメ…?」


そう言って浴槽を覗き込むと、そこに溢れていたのはワカメではなく血だった!



「き、キャァァァァ!」


叫んで逃げまとう私達。しかし、どこへ行っても行き止まりで、出口が見えない。


「た、助けて…!」


走る私達がぶち当たったのは、ギロチンだった。



「ギャァァーー!」


大きなギロチンの刃が、何者かの首を切断した状態で置かれている。


その人は、目を真ん丸に見開いて、鼻はぐちゃりと折れ、口は裂けて血が噴き出している。もちろん、ギロチンの刃に切り裂かれた首元は見ていられないほどぐちゃぐちゃで、赤黒い血がポタポタと滴り落ちている。


「?!」


その人と一瞬目が合ったような気がした。ニヤリ、と嗤いかけてくる!



「イ、イヤァァァ!」


無我夢中で走る私達が飛び込んだのは、蓋を開けて立て掛けられている棺桶だった。



クルッ



棺桶の底が回転し、そこからはまた違う部屋に通じていた。



目の前に広がるのは、無数に置かれた平面鏡と大量のお墓。


(…日本だ…!)


先程までの西洋の雰囲気とは打って変わり、よくある日本のお化け屋敷といった感じだ。



所々に置かれた提灯の灯りの少し赤みがかっていることを感じるだけで気味悪い。



足元にはお札、赤黒い血痕が散在しており、こけし達がこちらをじっと見ている。




アハハハハ…


ウフフフフ…



どこからか、童の笑い声が聞こえてくる。



河童、鬼、天狗、雪女、ぬらりひょん、ひとつ目小僧などの薄汚れた大きな古い置物が、天井から首を縛るように吊られている。



「百鬼夜行……!」



私達は、出口目指して歩を進める。



フフフフフ…


アハハハハ……



ずっとこだましている嗤い声で、耳がおかしくなりそうだ。


「い、井戸だ…!」


そこに現れた古の井戸からは、ポチャ、ポチャ、ゲコゲコゲコ…と何者かの鳴き声がする。



「は、早く行こう…!」


一刻も早くミラーハウスを抜け出したいという、その一心だった。



アハハハハ…


イヒヒ、ウフフフフ……



嗤い声が大きくなった。いつの間にか、黒髪の伸びきった日本人形に囲まれている…!顔が見えないほど伸びたその漆黒の髪の毛は、あの世の遣いであることを示しているようだ。




するとそこに、小さなおかっぱの女の子の後ろ姿が現れた。彼女は、しくしくと泣いている。


私達はその赤い着物を着た小さな童を放っておくことができず、何者かに操られたように声をかける。



「…あの、…大丈夫…?」


――そこに小さな女の子がいるわけなどないのに。


すると…!




「―――――!―――――」



女の子が、声にならない甲高い叫び声をあげながらこちらを見た。…目は乱暴にくり抜かれ、尖った血まみれの歯だらけの大きな口を開いて!



「い、イヤァァァーーー!!」


全速力で逃げる私達。



その怪物は、シュタッシュタッと目にも留まらぬスピードで追いかけてくる!



ダダダダダッ!


「に、逃げろ――!」



猛ダッシュで走り抜け、暫くすると、出口であろう明かりが見えてきた!その少し手前には、大きなカビの生えた最後の鏡がある。



「…ここまで来たら、大丈夫…!」


出口の前でゼェ、ハァと息を切らす私。



「…ハハハハハ!」


星野さんは、何だか可笑しくてたまらないという風にケタケタ笑っている。



「星野さん、大丈夫?」


そう言って前方の鏡を見た時、そこに映っていたのは――!



「ギャァァァーーッ!!」



私は、星野さんから手を放し、出口まで駆け抜ける。


その間、脳裏に焼き付いた先程の残像を振り払うようにブンブンと頭を横に振る。



――あれは、もはや星野さんではなかった。



髪の毛は乱れ、そんな長い前髪から覗いていたのは、この世のものとは思えない死んだ魚の目。口には不敵な笑みを浮かべ、狂気に満ちていた。



ただひたすら、彼女はケタケタケタと笑っていた。




◇◆◇◆


ミラーハウスから出ると、誰もいない。


私はふと我に返り、星野さんが心配になる。



…。


……。



ドク、ドクと速く脈打つ心臓を落ち着かせながら座り込んでいると、星野さんを抱えた夏楼さんがミラーハウスから出てきた。



「夏楼さん、どこにいたんですか!」


「いやぁ、君たちの方こそどこに行っていたんだ?


わたしはこの子が心配だから、救護室に連れて行ってくるよ。」


「…お願いします…!」




――とうとう、この廃遊園地でここにいるのは、私1人になってしまった。


いつしか日は暮れ始め、夕方になっていた。空を見上げれば、沈みかけの太陽が憂鬱げに顔を伏せている。



「…。」


私は、残るアトラクション・アクアツアーとドリームキャッスルに乗り込む覚悟を決めた。…たった1人で。



(大丈夫、大丈夫…!


あと2つ、あと2つクリアしたら皆で帰れる、はず…!)



拳を握りしめ、震える足を一歩前へ、前へと前進させていく。

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