2.The big wheel
「次は、どこ行く?
隣だし観覧車にするか。」
「…そうしましょう。」
薫さんが、いつになく大人しい。
…それもそのはずだ。玲夜に対しての心配と、裏野ドリームランドへの恐怖に押しつぶされそうな私達は、静まり返っている。
◇◆◇◆
観覧車乗り場に到着した。
「ど、どうします…?」
「3人ずつしか乗れませんね。」
「じゃあ、あたし1人で乗るからあなた達3人一緒に乗って?」
「えっ、」
「薫、それは危ないからダメだ。」
そう言うちぇるしーに、薫さんは言い張る。
「後輩ちゃんを守るのは先輩の仕事でしょう?
もし、ちえたがいなくなったらどうするのよ!
ここはあたしに任せて。」
「でも、…」
困り果てた私達の前に、今度は犬…ヨークシャテリアのような着ぐるみが現れた。顔が大きく、全身灰色に白の混じったフサフサの毛が生え、大きな青色の目をギョロリとさせている。
「早くするバウ。」
どこか怖い風貌とは裏腹に、ゆるキャラのような言葉を使うその犬。
背中に寒気が走った。
「早く乗りましょう。」
躊躇しながら、しぶしぶ薫さんを1人にして、ちぇるしー・星野さんと一緒に観覧車へと踏み込む。
観覧車のドアが閉められ、ゆっくりと動き出した。
「う"わ"ぁ…!蔦だらけで錆びてますよ、この中!」
スカートの汚れを気にする私に、ちぇるしーはそっとバスタオルを渡してくれた。
「これ、使いな。」
「…ありがとうございます…!」
ちぇるしーは一体何者なのだろうか?
そう思っている私の横で、ちぇるしーは観覧車の様子をパシャパシャとカメラに収めている。
私達の前では星野さんが頬杖をつき、1人で考え事をしている。
私はまたちぇるしーの方を向き、横顔を見つめていた。
(やっぱり、カッコいいな…)
その時だった。
「助けて…!」
(えっ!)
これはもしや、7不思議の助けを呼ぶ声ではないか…?
「ち、ちぇるしぃぃ!
今何か聞こえましたよ!」
「…これは、
――やられた!!」
ハッとして目を見開くちぇるしーが指さす先には、無人のゴンドラ。
(あれ…?)
薫さんが乗っているはずの隣のゴンドラだ。
「ど、どうしましょう!
今すぐ降りれませんか!」
「無理だ…!
今、頂上だから、もう少しの辛抱だ!」
先輩は、自分に言い聞かせるように言った。
それから地上に着くまでの時間は、とても長く感じられた。
…まるで、宇宙が生まれてから今までの時間の流れに揺蕩っているかと思われるほどだった。
窓から見える昼間の街の景色も、メリーゴーラウンドに流れている不気味な不協和音のオルゴール曲も、もうどうでも良かった。
(玲夜、薫さん…!
どうか、無事でいて…!)
今の私には、そう願うことしかできない。…無力な人間だと、自分を責めた。
観覧車を降りると、…そこに薫さんの姿はなかった。
代わりに残されていたのは、…大量の…。
「何、これ…、――もしかして、血!!」
血痕だった。赤黒い血が、まるで虐殺された現場のように四方八方飛び散っている。
「い、イヤァァァーー!」
私は思わず叫んだ。
「ねぇ、…ねぇちぇるしー!
どうしたらいいですか!!」
泣き叫ぶ私と、言葉を失う星野さん。まるで地獄絵図のようだ。
「落ち着け、落ち着いてくれ!
今俺達に出来ることは、全てのアトラクションをこなすことしかないんだ…!」
ちぇるしーは、私の頭をポンポンしながら励ましてくれた。
(いつもなら嬉しいはずなのに…。)
後味悪く観覧車を後にする私達を見て、1匹の黒猫がニャアニャアと嗤うように鳴いていた。




