新緑日和
早速最寄り駅近くのカフェでバイトをすることになった私は、5月10日土曜日の朝、ホールでぼんやりとしていた。
このカフェの名前は"ほのぼの日和"である。
ノスタルジック感漂う古びた小さな木造の建物で、内装もオシャレだ。"隠れ家的カフェ"としてたびたび雑誌に掲載されている。
白い壁、木のテーブル、幾何学模様のソファ。細い鋼で作られた猫の小物、7色パステルカラーのキャンドル、ステンドグラスでできた星々のライトなど、小さな雑貨がちょこんと置かれている。
味のある手書きのメニューに載っているのは、手作りサンドイッチ、カレーライス、パスタ、ハンバーガー、ケーキ、パフェ、パンケーキなど。
グウゥゥ~… ギュルギュル…
(あ、お腹鳴った)
考えただけでも美味しそうだということがお分かりだろう。
このカフェは、場所が場所なだけに、お昼時以外は比較的空いている。
私が住んでいる所は、京都の田舎の方だ。
「では、次は裏野ドリームランドのニュースです。」
カフェに1台置かれている小さなテレビから聞こえてきたニュースに耳を傾ける。
すると…。
「話題になった事件の起きた裏野ドリームランドについて、8月9日土曜日をもって取り壊されることになったというニュースが今朝入ってきました。」と、ニュースキャスターの美人なお姉さんが、少し残念そうに伝えている。
(…え?)
1度だけでいいから訪れてみたかったのに、残念だ。私はがっくりと肩を落とす。
その日のバイトは、沈んだ気持ちで、お客さんに対してつれない態度をとってしまいそうだ。
◇◆◇◆
(あぁ、今日は昼間凄く混んでた…。疲れた…。)
16時になり、バイトを終えた私は、私服に着替えて裏口から出る。
「お疲れ様でしたー!」
「おっ、春灯ちゃんお疲れ!」
裏口から出ると、そそくさとスマホをチェックする。
すると、1件の新着メールが届いていた。
(今どきメールなんて珍しいな…。誰からだろう?)
「……ふぁっ?!」
そのメールを見た私は、雷に打たれたように衝撃を受けた。
「★☆★☆★☆★☆★☆★
差出人:裏野ドリームランド支配人
裏野ドリームランドへ、ようこそ!
この度は、私達のサイトをクリックしていただき、ありがとうございました!
当選おめでとうございます!あなたは、選ばれし者です。
楽しい楽しい夢の国へ、ご招待致します!
日時:今年(2017年)8月8日 AM 10:00
場所:エントランスの入場ゲート前
※5名様をご招待致します。必ず5名様揃ってご来場下さい。
廃遊園地で、素敵な夢のひとときを♪
★☆★☆★☆★☆★☆★」
そんな文言のメールに、地図の画像が添えられていた。
(な、何これなにこれナニコレ…?!)
イタズラ?ワンクリック詐欺?それとも…。
私は、すぐさまちぇるしーに相談することにした。
先程のメールをスクショして、LINDで送信する。
※LIND…今や主な連絡手段となったインスタントメールアプリ。
すると、たまたま見ていたのか1分で返信が来た。
「?!」というマークの書かれた、首を傾げた可愛いゆるキャラパンダのスタンプだ。(イベントの友達追加でもらえる物)
(!)
私は、不意打ちをくらった。そして、不覚にもキュンとしてしまった。そんなことを感じている場合ではないというのに。
「今、電話していい?」
(えっ、ちぇるしーと初電話?!?!)
動揺している私は、トクントクンと高鳴る胸を押さえて返信する。
「…い、いいですけど…!」
すると、すぐに電話がかかってきた。
「もしもし、春灯さん?」
「もっ、申す申す…いや、もしもしっ?」
アハハ、と笑ったちぇるしーは、すぐ普段のテンションに戻り、冷静に声をひそめた。
「春灯さん…、それ、悪いけど俺1人で行っていい?」
「へ?何言ってるんですか?」
「だって、廃墟部としてはこんな機会2度とないから、素晴らしい廃墟ブックが作れるだろ?
でも、春灯さんや薫、星野さんは女子だ。
危険な目に遭わすわけにはいかないし、さ。」
そんな身勝手なことを言うちぇるしーに、私は強気に出る。
「なっ、何言ってるんですか!
5人で来てって書いてあるじゃないですか!
勝手なことはさせませんよ!」
「んなのきっちりしなくてダイジョーブ。
そもそも、廃墟部って今4人っしょ?」
「あ、」
意表を突かれた。
「うーん、何なら玲夜も連れて行けばいいですよ!」
「…あ、確かに。」
玲夜はお邪魔虫だが、この際そんなことを言っていられない。
「ま、いいけど、――。」
何かを言いかけたちぇるしー。
「何ですか?」
「俺から、離れるなよ。」
そんな声が、ぼそっと聞こえた。
「はっ、離れるわけ…!」
…。
……。
暫く沈黙が流れた。私は今、顔から湯気が出そうな程発熱している。
「…じゃあな。」
ツー、ツー、ツーという音がする。一方的に切られたのだ。
(まったく、先輩は罪です!)
プンスカと足を踏み鳴らしながら帰宅する。
澄み切った青空がどこまでも続いていて、新緑が眩しかった。
青に緑のコントラストが鮮やかで、初夏の訪れを知らせていた。
爽やかなそよ風が頬を横切り、今年もまた夏が巡ってくるのがそう遠くないと思えるほどだった。
…じとじとした雨と、台風に脅かされる梅雨の暗雲が待っていることもつゆ知らず。




