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桜色の忘却①―郷愁の足音―  作者: 星利
初夏の木漏れ日
12/25

新緑日和


早速最寄り駅近くのカフェでバイトをすることになった私は、5月10日土曜日の朝、ホールでぼんやりとしていた。


このカフェの名前は"ほのぼの日和"である。


ノスタルジック感漂う古びた小さな木造の建物で、内装もオシャレだ。"隠れ家的カフェ"としてたびたび雑誌に掲載されている。


白い壁、木のテーブル、幾何学模様のソファ。細い鋼で作られた猫の小物、7色パステルカラーのキャンドル、ステンドグラスでできた星々のライトなど、小さな雑貨がちょこんと置かれている。


味のある手書きのメニューに載っているのは、手作りサンドイッチ、カレーライス、パスタ、ハンバーガー、ケーキ、パフェ、パンケーキなど。



グウゥゥ~… ギュルギュル…


(あ、お腹鳴った)


考えただけでも美味しそうだということがお分かりだろう。



このカフェは、場所が場所なだけに、お昼時以外は比較的空いている。


私が住んでいる所は、京都の田舎の方だ。



「では、次は裏野ドリームランドのニュースです。」


カフェに1台置かれている小さなテレビから聞こえてきたニュースに耳を傾ける。



すると…。


「話題になった事件の起きた裏野ドリームランドについて、8月9日土曜日をもって取り壊されることになったというニュースが今朝入ってきました。」と、ニュースキャスターの美人なお姉さんが、少し残念そうに伝えている。


(…え?)



1度だけでいいから訪れてみたかったのに、残念だ。私はがっくりと肩を落とす。


その日のバイトは、沈んだ気持ちで、お客さんに対してつれない態度をとってしまいそうだ。



◇◆◇◆



(あぁ、今日は昼間凄く混んでた…。疲れた…。)


16時になり、バイトを終えた私は、私服に着替えて裏口から出る。


「お疲れ様でしたー!」


「おっ、春灯ちゃんお疲れ!」



裏口から出ると、そそくさとスマホをチェックする。


すると、1件の新着メールが届いていた。


(今どきメールなんて珍しいな…。誰からだろう?)



「……ふぁっ?!」


そのメールを見た私は、雷に打たれたように衝撃を受けた。



「★☆★☆★☆★☆★☆★

 

差出人:裏野ドリームランド支配人


裏野ドリームランドへ、ようこそ!


この度は、私達のサイトをクリックしていただき、ありがとうございました!


当選おめでとうございます!あなたは、選ばれし者です。


楽しい楽しい夢の国へ、ご招待致します!



日時:今年(2017年)8月8日 AM 10:00


場所:エントランスの入場ゲート前


※5名様をご招待致します。必ず5名様揃ってご来場下さい。



廃遊園地で、素敵な夢のひとときを♪


★☆★☆★☆★☆★☆★」



そんな文言のメールに、地図の画像が添えられていた。



(な、何これなにこれナニコレ…?!)


イタズラ?ワンクリック詐欺?それとも…。



私は、すぐさまちぇるしーに相談することにした。


先程のメールをスクショして、LINDで送信する。


※LIND…今や主な連絡手段となったインスタントメールアプリ。



すると、たまたま見ていたのか1分で返信が来た。



「?!」というマークの書かれた、首を傾げた可愛いゆるキャラパンダのスタンプだ。(イベントの友達追加でもらえる物)


(!)


私は、不意打ちをくらった。そして、不覚にもキュンとしてしまった。そんなことを感じている場合ではないというのに。



「今、電話していい?」


(えっ、ちぇるしーと初電話?!?!)



動揺している私は、トクントクンと高鳴る胸を押さえて返信する。


「…い、いいですけど…!」



すると、すぐに電話がかかってきた。


「もしもし、春灯さん?」


「もっ、申す申す…いや、もしもしっ?」



アハハ、と笑ったちぇるしーは、すぐ普段のテンションに戻り、冷静に声をひそめた。


「春灯さん…、それ、悪いけど俺1人で行っていい?」


「へ?何言ってるんですか?」


「だって、廃墟部としてはこんな機会2度とないから、素晴らしい廃墟ブックが作れるだろ?


でも、春灯さんや薫、星野さんは女子だ。


危険な目に遭わすわけにはいかないし、さ。」



そんな身勝手なことを言うちぇるしーに、私は強気に出る。


「なっ、何言ってるんですか!


5人で来てって書いてあるじゃないですか!


勝手なことはさせませんよ!」


「んなのきっちりしなくてダイジョーブ。


そもそも、廃墟部って今4人っしょ?」


「あ、」



意表を突かれた。



「うーん、何なら玲夜も連れて行けばいいですよ!」


「…あ、確かに。」



玲夜はお邪魔虫だが、この際そんなことを言っていられない。



「ま、いいけど、――。」



何かを言いかけたちぇるしー。


「何ですか?」





「俺から、離れるなよ。」


そんな声が、ぼそっと聞こえた。



「はっ、離れるわけ…!」



…。


……。



暫く沈黙が流れた。私は今、顔から湯気が出そうな程発熱している。



「…じゃあな。」


ツー、ツー、ツーという音がする。一方的に切られたのだ。



(まったく、先輩は罪です!)


プンスカと足を踏み鳴らしながら帰宅する。




澄み切った青空がどこまでも続いていて、新緑が眩しかった。


青に緑のコントラストが鮮やかで、初夏の訪れを知らせていた。


爽やかなそよ風が頬を横切り、今年もまた夏が巡ってくるのがそう遠くないと思えるほどだった。


…じとじとした雨と、台風に脅かされる梅雨の暗雲が待っていることもつゆ知らず。

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