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児童文学

だんだんこ

作者: 空見タイガ

 ぼくはいつからおにいさんとなぐりあっていたんだろう。きっと最初はおそろしいことだと思っていたに違いなかった。心臓をばくばくと鳴らして走って帰って布団をかぶってがたがたと歯をならしていただろう。夕食の時間、両親がぼくを問い詰めやしないかと怯えてごはんがまったくのどに入らないこともあり得たはずだった。しかしどんなことでも何度も繰り返すうちにそれがいつもどおりになってしまう。

 おにいさんとぼくがであうのは、マンションの階段上だった。ぼくの家族が住む部屋は二階の端にあった。マンションの玄関側と駐車場側の二か所にあった階段のうち、ぼくは駐車場側にあるへんぴな階段をのぼって帰るのである。二階までのぼったところで、見上げればそこにおにいさんがいる。おにいさんはおどり場で足をばらばらに投げ出すようにやる気なく座って、うつろな目でぼくを見下ろしている。

 きょうだいのいる友達が話していた。中学生は小学生より勉強量が多く、学校から帰る時間もおそくなるらしい。

 制服を見るかぎりでは、おにいさんは中学生に違いなかった。だとするとおにいさんは学校に行っていないのだろうか。聞くひまもなかった。であったその時に、ぼくたちはそれぞれ見えないとげをとがらせて、いがいがといがみあい、なるべく人目につかないように取っ組み合いのけんかをした。ぼくが本気でなぐれば、おにいさんも本気でなぐってきた。あざができたが、それはおにいさんも同じだった。目立つところは攻げきしないでおこうという、口で交わしたこともない約束が二人の間にはあった。そもそもぼくはおにいさんの声をほとんど聞いたことがなかった。痛みでうめく声と「なめてんのか」とおどす声ぐらいだった。ぼくも同様におにいさんに何かを話したことはなかった。名前も知らない相手の血の色だけを知っていた。

 ある日、先生からぼくは呼び出しを受けた。みんなのいないところで、先生はこっそりと尋ねた。

「その傷はどこで作ったの」

 先生はぼくのお父さんとお母さんがぼくをいじめているのではないかとうたがっているに違いなかった。そのかんちがいはぼくがけんかをして傷を作っている事実より不幸なのだろうか。ぼくが何も答えないでいると、先生は少しひざを曲げてこちらを下からのぞきこみ「つらいことがあったらすぐに相談するのよ」と言った。ぼくにとってそうやって半人前のように同情されることがなによりもつらかった。

 ぼくが階段をのぼるときには必ずおにいさんがいた。おにいさんは階段に住んでいるのだろうか。

 橋の下やここよりもっと大きな公園でもろい家を作って暮らしている人たちを見たことがあった。彼らはきたない布をまとっていつもさむそうにふるえていた。

 よくよく見てみると、おにいさんの着ている制服はぼろぼろになっている気がする。悪いにおいがするわけではないからどこかで洗ってはいるのだろう。

 ぼくは急におにいさんがかわいそうになった。

 その日は給食にデザートが出た。欠席者がいたので、余ったデザートはジャンケンでだれがもらうか争った。ぼくはグーを出し続けてデザートを手に入れた。みんなのうらやましそうな目をかわして、ぼくは勝ちとったデザートをかばんの中に放り込んだ。

 今日も当たり前のようにおにいさんが座っていた。そういえば、と思い出す。最初にぼくたちがけんかをしたのは、ぼくが投げ出されたおにいさんの足をまたいで、用もないのに三階に行こうとしたからだった。次の日からはおにいさんがすすんで立ち上がって、ぼくのえりくび辺りをつかんでいたっけ。

 ぼくはおにいさんがこしを上げる前に、ひょいひょいと段を飛ばしておどり場まで進んだ。びっくりした顔をしているおにいさんを心の中で笑いながら、ぼくはかばんを開いてデザートを取りだした。

 きょとんとするおにいさんにぼくはデザートを突きつけるように差し出した。

「これ、あげるよ」

 デザートをはじき飛ばされたことにおどろくこともできなかった。勢いよく立ちあがったおにいさんはぼくの首をつかんでそのまま持ち上げようとした。そこまで強くしめられているわけではないのに、自分のからだが持ち上がって宙に浮いたことにぼくはすっかり動転した。もがいて足をばたつかせるとさらに首がしまった。死ぬ。どういうことなのかぼんやりとしてよく意味のわからなかった言葉が、ここではっきりとした。死ぬ。殺される。イヤだという思いで、ぼくはこんしんの力でおにいさんのお腹をけった。おにいさんはぼくの首から手をはなす。首を持ち上げられることで支えられていたぼくのからだはそのまま投げ飛ばされた。階段の段々に背中をぶつけて、そのまま壁にまで頭を突っこんだ。

 痛みとショックで動けないぼくは、ふらふらと段をおりてこちらに近づくお兄さんを見た。このままとどめをさされてしまうのだろうか。ぼくは息をたくさんしすぎて、むねが苦しくなっていた。

 おにいさんがしゃがみこんでぼくをうかがっていた。おにいさんの作った影がぼくのからだにおちていた。ぼくは目の前がまっくらになったような気持ちで、それでもすがるように指先を動かしていた。

 なにかが、指にふれた。なんとかそれを持ち上げた。長いものをはしから持ち上げたような、少し重たい感覚があった。ゆらして床に打ち付けた音の軽さではっきりとした。これはリコーダーだ!

 おにいさんの手がぼくの顔に伸びようとした。ぼくはつかんだリコーダーでおにいさんの左目をつついた。

 

 おにいさんはぼくが叩いた分だけぼくを叩いた。ぼくがつばをはけば、おにいさんもつばをはいた。かみつけばかみつかれ、ければけられ、なぐればなぐられた。では失明はどうなるんだろう。

 「しつめいするかもしれない」お父さんの説明を聞いても、ぼくには何もわからなかった。ぼくはうったえた。相手はぼくを殺そうとしたんだ! 

 近くにいたおかあさんもぼくをかばった。「あなたのからだの傷をみたら、だれもあなただけを責められない」ぼくのからだにはたくさんの傷があった。階段からおちた日だけじゃない。今までおにいさんからうけたすべての力が傷となって残り、そうして今、あばかれたのだ。

 これについては先生も証言してくれた。それはぼくのためというより、先生のためだった気もしたけれど、それでも助けてもらえたことにほっとした。

 だけど、お父さんが言った。

「たとえ自分の身を守るためだったとしても、おまえのやったことはとりかえしのつかないことなんだ」

 それはおにいさんが「しつめい」をするからだろうか。だけど「しつめい」とはなんだろう。ぼくは勉強机に置いていた辞書をひらいて、その言葉を調べる。視力を失うこと。視力というのはものを見る力のことだ。見るというのは赤い車が走っていたり空が青かったりするのを知ることだ。

 夜、ぼくはお父さんのふとんにもぐりこんで聞いた。

「ぼくは悪いことをしたから、つかまっちゃうの?」

 お父さんはねむたげに目をこすってから、あくびまじりにこう答えた。

「悪いことをしたから捕まるとは限らないし、捕まらないから良いことをしたとは限らない」

 それは答えじゃないとせがめば、お父さんはぼくのひたいに手をふれてごしごしと汚れをこすりとるみたいになでた。

「捕まえられてつぐなえることなら、そっちのほうがいいに決まっている」

 何が決まっているのか、ぼくにはわからなかった。

 おにいさんが退院をしたと聞いて、ぼくは久しぶりに駐車場側の階段をのぼった。おにいさんとあのはげしいけんかをしてからというもの、ひとりであそこを上り下りすることがおそろしくて、しばらく使わないでいたのだった。

 どきどきとしながらぼくは一階からだんだんと上がってゆく。おにいさんはおこっているだろうか。おこっているだろう。なぐりかかってくるだろうか。もしかしたら大人しくなっているかもしれない。そもそもいるのだろうか。ぼくと会いたくないと思っているかも。段をあがるたびに気になることが増えてゆく。

 はじめておにいさんをなぐりつけた日は、きっと今日のような気持ちだったのだろう。ぼくは一歩を踏みだして、二階と三階のあいだにあるおどり場を見た。いつもと変わらない様子の、おにいさんがこちらを見下ろしていた。

 ぼくは階段をかけ上がろうとした。突っ走るようにかけ抜けて部屋まで戻ろうともした。その二つの動きが組み合わさって、ぼくはその場で立ちつくしていた。ここから見るかぎり、左目にわるいところはなさそうだった。ものもらいの時につけるみたいな、あの眼帯もなかった。目がなくて空っぽになっているということもなかった。でも視線があわなかった。

 気づいてもらおうとして、しかし気づかれたくないという思いで、ぼくは声をあげようとしてかすれたので、びゅうびゅうと強く吹いて葉をならす風の音にまぎれてしまった。だけど、その風のおかげで一枚の葉がおにいさんの背後からしのびよるように、おどり場にまいおちた。そして風に流される。ぼくの方へ葉が滑りおちてゆく。おにいさんの目は葉の行く先を追って、それで、たどりついたぼくの足を見つけて顔をあげる。

 しっかりと目があった。今度は口を大きく開けた。

「ごめんなさい」

 それから何かを続けようとした。何を? ぼくはただ口をぱくぱくと開けたり閉じたりした。えさをまつ金魚のように。

 風がさらに吹きつけた。ぼくの足元に転がっていたはずの葉は一階にまで下りようとしていた。

「なめてんのか」

 葉の動きに気をとられていたから、はじめはなんと言われたのか分からなかった。おにいさんはヘンなものをみつけてばかにするようにまた笑った。

「なめてんのか」

 笑うおにいさんの反対側で、ぼくは本当に泣きそうだった。おにいさんはぼくをゆるす気がないのだ。失明するから。一生、見えなくなるから。

 あの時は殺されたくないと思っていたのに、今はむしろ逆だった。ぼくはその場でひざをつけて殺してくださいと頼みたい気持ちだった。

「なに突っ立ってんだ? 早くいけよ」

「ど、どうしたらぼくをゆるしてくれるの」

 おにいさんはむすっとした顔でしばらくだまったあと、ちょいちょいと手招きをした。ぼくはびくびくとはりつめながら、一段ずつふみしめるようにのぼって、座っているおにいさんの前に立った。

 おにいさんは人差し指でぼくをさした。その指を上から下におろす。ぼくはその動きをみならうようにして、おにいさんの前に正座をした。

「許されたいのか? どうして?」

「だって……わるいことをしたらゆるされなきゃだめなんでしょう?」

 そうとはかぎらないとおにいさんは言った。ぼくのほうを見ているようで、どこか遠いところを見ているような気もした。

「許されるためならなんでもするか?」

「死んじゃうのはいやだ……」

 はきすてるように「殺さねえよ」と怒って、おにいさんはぼくの顔をまじまじと見た。風、自動車、自転車、足音、ぞろぞろと笑っている声、室外機の回る、枝にいじめられた葉のかなしい鳴き声、そのすべてが今この世界をみたしていた。ぼくはじりじりとして、足をじわじわとくずしはじめた。

「死なないなら、なんでもするから……ぼくの目も傷つけていいから」

 おにいさんもそこまではやらないだろうという考えがあった。その一方で、そこまでしてもらえなければ、ぼくは一生この傷を引きずるだろうとも思っていた。それはだれにも見えない傷で、ぼくとおにいさんがささくれ立ってからめあったみたいな、あのとげに似ていた。

 おにいさんはぼくの顔を見たまま、あくびをこらえたようにむっと口をむすんだあとで、また開いた。

「この階段にはだんだんこという妖精がすんでいる」

 ぼくはかんぺきに足をくずして、それでもぎょうぎよく見えるようにひざを手でかくしたままにした。

「だんだんこ?」

「見た目だけならふつうの小さな女の子だ……金色のおかっぱ頭で真っ赤なワンピースをきている。串だんごが好物で、階段のだんだんに座っていつももちもちと食べている」

 いつのまにかおにいさんはぼくの方を見ていなかった。ひまをもてあますように、左手で床をぺたぺたとさわっていた。

「しかしだんだんこは人間ではなかった……人と人の関係をずたずたにする妖精だったんだ」

「仲をわるくさせるってこと?」

「そう。だんだんこといっしょにいると、親や友だちからだんだんとはなれて、交わりがとだえがちになってしまう。だからいつもだんだんこは見て見ぬふりをされてきた。階段でひっそりと座って、ひざをかかえていた……」

 話を聞いて、ぼくは背中を丸めるようにして動かないでいる妖精のすがたを思いえがいた。びゅうびゅうと外で風が吹きつける中で、その小さなからだはふるえながら、さびしい夜をすごしたにちがいなかった。

「だけどおにいさんはどうしてそんなことを知っているの?」

「むかし、だんだんこから聞いたんだ」

 ぼくはぎょっとして背中から転げ落ちそうになった。

「おにいさんはだからひとりなんだ!」

 むぎゅっとおにいさんはぼくのほほをつねって、ぶっきらぼうにはなした。まゆをつりあげてそっぽを向くおにいさんに、ぼくはおずおずとたずねた。

「今はだんだんことあってないの?」

「見えなくなったんだ」

 どきりとした。

「たぶん、まだこの階段にいる。妖精は死なないらしいし、だんだんこは階段にしかいられないから、この階段から外に出ることはできない。だから単に見えなくなったんだ。それで、会えなくなった」

「どうして見えなくなっちゃったの?」

「さあ……傷ついたからじゃないか」

 ぼくはひどくなじられているような気がして、うつむいた。おにいさんは続けた。

「おれにはもう無理だ。でもおまえなら見つけられるかもしれない」


 それからぼくは毎日マンションの階段をくまなく調べることになった。マンションは十一階建で、玄関側と駐車場側にそれぞれ階段があるから、ぼくはまず一階のエレベーターで最上階まで行って玄関側の階段を下りてゆき、また一階でエレベーターにのって次は駐車場側の階段をぜいぜいと息を荒くしながら二段飛ばしで下りてゆく。

 三階から二階に下りたところで、踊り場に座っているおにいさんと目があった。ぼくがかすかに首を横にふると、おにいさんは気だるそうにうなずいて、手招きをした。

 おにいさんのとなりにぐったりとすわって前屈をする。すぐそばで、ビニールでできた袋をあつかう時にでる「がさごそ」という音がした。曲げたからだをもどす。おにいさんは串だんごの入った容器を手に、むずかしい顔をしていた。

「食べるか」

 こちらも見もせずにおにいさんがそう言った。ぼくが迷っていると、おにいさんはそのまま串だんごの入った容器をぼくにおしつけた。

「食べれば?」

 あまそうなにおいがかすめる。すきとおった容器にはしょうゆだんごが三串も入っていた。

「こんなに食べられないから、おにいさんもいっしょに食べよう」

「べつに三串ともあげたつもりはないぞ」

 ぼくは一串とって、おにいさんに容器をかえした。おにいさんもまた一串とって、ぼくとおにいさんの間にしいたビニールの袋の上に残りの一串が入った容器をおいた。

「だんだんことこうやってだんごを食べていたの?」

 だんごをはみながら、おにいさんはうなずいた。ぼくもそれにならって、串にささっているだんごを端からすこしずつ食べる。しょうゆのたれがかかった部分は、そぼくながらもあまくて幸せな味がした。

「またいっしょにだんだんこと食べられるといいね」

「それはたぶん、いいことではないな」

 なげやりな言い方だった。だんだんこを探し始めてから、おにいさんはずっとこの調子でぼんやりとしていた。

「で、でも、だれかといっしょに食べるのは、たのしいよ」

「たのしい? だれかが上り下りするだけの場所で、何をするわけでもなくとどまって間食をする。気楽だろうな。共犯者がいれば罪悪感もうすれる。たのしいだろうよ」

 何かがおしよせた。きっとそれは不安だった。ぼくはおにいさんのことを見た。おにいさんはぼくと目を合わせてくれなかった。

「学校から帰って直接こっちに来ているだろ。友だちといっしょに遊ばないのか」

 友だちのさそいを断って、ここに来ていた。友だちはもう、ぼくをあそびにさそわなくなっていた。

「そもそもおれといっしょにいていいのか。おまえの両親や先生はなんて言ってる?」

 おとうさんやおかあさん、先生の言うことなんてもはや何もおぼえていなかった。

「もう、いいよ。それでいいよ。許すよ。だから明日からは探さなくていい」

 ぱくっぱくっとおにいさんは串だんごを食べ終えた。串をたてにゆらしながら、ひまをつぶしているようだった。

 待っているのだ。ぼくが食べ終わるのを。そしてすべてを終わりにするんだ。

 串であそぶおにいさんのうでをつかんだ。おにいさんはすぐにふり払って、持ち前の短気でぼくをギッとにらみつけた。やっとおにいさんがぼくを見てくれた、そのことがうれしくてかなしくて、こわがることをわすれていた。

「これで終わりなんていやだよ……ぼくはそれじゃゆるされない……いっしょに遊んでいた時みたいに……なぐったらなぐりかえされたあのころのように、ぼくの左目を失明させてほしい」

 いつのまにかぼくはぼろぼろとなみだをこぼしていた。おにいさんはだまっていたけれど、しばらくしてぼくの首をがっとつかんだ。ぼくは泣きやまず、しかしひそかに心待ちにしていた。おにいさんは手にもっていた串をぼくの左目に近づけた。

「おまえの自己満足で人にめいわくをかけるな」

 すこし丸みおびた串の先をみて考えた。ぼくは失明したかったんだろうか。ゆるされたかったんだろうか。本当はちがう目的があって、そこにたどりつくためにぼくは階段を上り下りしたんじゃないだろうか。

 しばらくおにいさんの手は止まっていた。ふるえすらしていなかった。ぼくたちは見つめあっていた。ふとつよい風がふいた。それは串だんごの容器の下にしいたビニールの袋を鳴らすのに十分だった。ふと、ぼくのひざに何かがあたった気がした。ぼくは視線を下にずらした。

「あっ、お、おにいさん。待って。だ、だんごが!」

 ぼくが指さした場所を見て、おにいさんはまず串を落とした。それからぼくの首をつかんでいた力を失い、そのままだらんと腕を下ろした。

「だんご、なくなってる! だんだんこが来たんだよ!」

 ぼくとおにいさんの間にはのこされた最後の一串があるはずだった……あのやわらかでおいしいだんごをすっかり食べられて、あとには串しか残っていなかった。

「ああ、そうだな。だんだんこは来たらしい」

 あっさりとした声音でそう言って、おにいさんは床に落とした串を拾い、その両端をつかんで、そのまま真っ二つにへし折った。

 あっけにとられているぼくを無視して、おにいさんはわかれて短くなった串をだんごの容器に入れ、それをビニールのふくろに片づけた。ぼくの手にまだある串だんごを見つけて、おにいさんは言った。

「だんだんこはまだいた。それがわかっただけで十分だ。さあ、おまえは帰った帰った」

「こんなの、見つかったとは言えないよ! ぼく、ちゃんと見つけるから。それで……」

 ぼくの言葉をさえぎるように、ビニールの袋とその中にある容器が外圧によってつぶし丸められる、あの無機質な悲鳴がひびいた。

「おまえはもう、見えなくなっているよ」

 つぐないたいという気もちは本当だった。

 ゆるされるためなら何をしてもよかった。

 傷ついたままでいることをおそれていた。

 しかしどんなことでも何度も繰り返すうちにそれがいつもどおりになってしまう。

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