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格好つかないな

待ってと止める間もなかった。

一期くんを中心とした場所に光が灯って春風に似た温もりを感じる風が立ち昇る。風と共に舞った淡い緑色の光の粒は短刀の子たちを包んで、光が消える頃には軽傷を負っていた彼らの傷は跡形もない。


「痛く、ない?」


「傷が治って……」


「僕たち、手入れされたんですか?」


戸惑う短刀の子たちと普通の手入れとは違うその光景に停止した一期くん、歌仙くん、伽羅ちゃんの三人。

動けたのはそれを一足先に目にしていた僕と鶴さんだけだ。


「鈴ちゃんっ」


「おいおい無茶苦茶だなっ」


歌仙くんに支えられてようやく座っているなんてひどい疲労具合だった彼女の体は、糸が切れた操り人形のように揺れて傾いだ。


「危ないっ」


初めて見る手入れ方法に止まっていた歌仙くんと僕が伸ばした手に支えられて倒れ伏すことはなかった鈴ちゃん。

けれど、俯いた顔を持ち上げて窺った顔色は青褪めていて、ひゅうと笛の音にも似た音をさせる呼吸は細く、簡単に途切れてしまいそうで怖い。表情なんて苦悶だ。


「鈴ちゃんっ僕の声が聞こえる?」


軽く頬を打って声をかけてみるけれど反応はない。完全に気を失っているみたいだ。


「あー……完全に落ちてるなこれは」


「紛う方なき失神ですな」


「いろいろと言いたいことに聞きたいことはあるが、まずは休ませるべきだな。ひどい顔色だ」


誰からでもない溜息が落ちて広がっていった。

汗で額に張り付いた前髪を払い、頬に手を添えてみる。反応は返らず、低い体温が伝わってきて余計に不安になる。こんな無理をさせたかったわけじゃないのに。

何て言えばいいのかわからないもやもやとした気持ちに唇を噛んでいれば、ぽんっと肩に手が乗せられた。手の先にいたのは鶴さんで、彼女の顔色を見て顔を顰めていた。


「体を張った驚きは線引きが大事なんだがな。見ろ光坊、あれだけ満ちていた霊力が空だ。椀飯振舞にも限度がある」


ぐったりとなった彼女から感じていたこの本丸の審神者とは比べ物にならない霊力が、鶴さんの言う通り唯人程度にしか感じ取れなくなっていた。


「助けを求めたのは僕だけど、何もここまで……」


頬から手を放し、力なく床へと落ちてしまっている小さな手を握るけれど反応はやはりなくて、苦しげな呼吸しか聞こえない。


「なあ、その嬢ちゃんは一体何者なんだ?いまのは手入れ……なんだよな?」


和泉守(いずみのかみ)くんが顔を覗かせて誰もが疑問に思っているだろうことを聞いてきた。

自然、視線は彼女を本丸へと連れて来た僕へと向けられる。

視線を受ける僕の顔に浮かんでいるのは困った表情なんだろうな。


「それが僕も詳しくはわからないんだ。遠征先で折れる寸前だったところを救われて、この人なら皆を助けられるかもしれないって」


いつ折れてしまうかもわからない状況だったから、縋ってしまった。誰なのかも何者なのかもわからなかったのに。

でも、大丈夫だと思ったんだよ。彼女ならって。


「助けを求める手段のない僕たちには奇跡のような巡り合わせ。天から伸びる一筋の蜘蛛の糸、といったところかな」


歌仙くんの言葉に頷く。本当にそうだと思う。

たった一人で死に逝くばかりだった僕を助けてくれただけでも十分過ぎるのに、何の説明もせずに助けて欲しいなんて勝手に縋り付いたのに……。


“わかりました。何をすればいいですか?”


疑いも迷いも躊躇いすらもなかった。真っ直ぐに僕を見てくれた黒い目は真摯で、信じていいんだって思えたんだ。


「縋った糸は切られるのではなく、その先に勇ましい天女をつけていてくれたようだがな。あっと言う間に本丸制圧だ。いやあ、あれを見たのが俺だけとは実に惜しい」


うんうんと頷く鶴さんは妙に満足そうで思わず首を傾げてしまう。不思議に思っているのは僕だけじゃないみたいだ。


「光忠を使ったと言ったな」


伽羅ちゃんが僕、正確には僕の足元に置いた抜き身の刀身を見たから納刀してないことを思い出して彼女の手から零れて落ちていた鞘を拾って刀身を収める。

……よく倒れた時に怪我しなかったね。それだけしっかりと握っていてくれたのかな。重かっただろうに傷がないか確認してくれてたし……。


「もし主命が下っても本体がなければ逃げ出す隙は作れると思って。本丸に戻った時、武器を貸して欲しいと言われた時に渡したんだよ。出遅れて僕も倒れた主しか見てないけど、そんなに見事だったの鶴さん?」


僕の問いで今度は鶴さんに視線が集まったのに、にやりと口角を持ち上げている。


「ああ、あれは武の心得がある動きだぜ。実に鮮やかな一閃だった。抜き身であれば主の頭は綺麗に胴と泣き別れていたろうな」


そういえば咽喉を強打したって言ってたっけ。あの人の首にあった赤い線の痕は確かに綺麗に咽喉を裂ける位置にあった。ブレもずれもない一直線に。


「おいおい、燭台切は太刀だぞ。そんな細腕で振るえる重さじゃねえだろう」


和泉守くんの言う通り彼女の腕は女の子らしい細いもので、渡しておいてこう言うのは何だけど、使いこなせるとはとても思えない。

彼女を見た全員がそう思うのに、鶴さんだけが楽しそうに笑みを浮かべている。


「だからこその驚きだ。声かけなく戸を開き、何事かと驚き戸惑い誰何(すいか)を口に上らせた主は最後まで告げることなくお休みときた。躊躇いなんざ一切ない。殺気すら迸らせて素早い踏み込みからの一撃だ。むしろよく抜かなかったと疑問に思う程だな」


急に表情を失くして空を睨みつけた彼女を思い出す。ぞくりと背筋に寒気を走らせた怒りに燃えるのに凍えるほど冷めきった目をした黒い目を。


「それ、はうっかり殺しても構わないかを聞かれて僕がそこまでさせられないって言いかけたから、かな。生け捕り出来る努力をするって答えてくれたよ」


一撃で、とは思わなかったんだけどと苦笑していたら歌仙くんが半眼で僕を見た。

何となく言いたいことがわかる気がするよ。きっと逆の立場なら僕も聞いていると思うからさ。


「女人が殺しても構わないかを問うようなことを口にしたのか君は」


咎める視線をくれる歌仙くんから目を逸らしてしまう。その、思うところはいろいろとあるんだよ?でも本丸の状況を伝える為には仕方がなくて……。

言い訳じみたことをつい考えてしまっていたんだけど、そういえばと思う。

話を聞く程に怒ってくれた彼女だったけど、態度が一変したのはあの一言からだ。


「主命で無抵抗に乱暴されると言ったのにはひどく不快そうに怒ってくれたけど……、伽を強制されるって言った瞬間に目の色が変わったね」


すうっと細く鋭くなった目は、刃のようで……。


「ふむ。彼女にとって逆鱗ということですな」


一期くんの言葉にどうしてなのかはわからないけれど同意する。


「だろうな。伽羅坊、俺は嘘じゃないと思うぜ」


「……」


同じく同意を示した鶴さんが続けた言葉に名指しされた伽羅ちゃんも、それ以外の誰も“何が”とは言わない。


「それが本人なのか、それとも身近な誰かなのかはわからんが、少なくとも嘘ではないと俺は思う」


落ちた沈黙はその内容故に。


「……僕も鶴丸と同意見だ。触れていたからこそわかることだが……彼女はあの瞬間身を強張らせたからね」


笑みを浮かべて告げられたその話。声にも表情にも感情を出さずに告げたものは、決して軽いものなんかじゃない。

短く落ちた沈黙に、はあと大きく息を吐いて伽羅ちゃんが立ち上がった。


「伽羅ちゃん?」


複雑な表情を浮かべて眉間に皺を寄せているけど、どうしたんだろう。

呼びかけてみたけど伽羅ちゃんの目は誰も見ないで縁側へと向かっている。


「……祓ってくる。部屋が必要だろう」


ぶっきらぼうに言い切ってすたすたと歩き出す伽羅ちゃん。その言葉が意味していることに口元が綻ぶのは僕だけじゃない。


「祓うのであれば私も参りましょう。この本丸、身を休めるには少々向きますまい」


「だったら僕も手伝おうかな」


そう言って太郎くん、青江くんが伽羅ちゃんの後に続いたのが本格的な合図になったみたいだ。


「よし、諸々の話は後だ。まずは我らが大恩人に心地よい休息を取って貰う為、本丸大清掃といこうじゃないか」


「だね」


鶴さんの提案にそれぞれではあるけれど同意が返ってくる。

彼女が何者なのかは後でもいいことだ。少なくとも僕たちを助けてくれた恩人であることには違いないんだからね。


「では手分けしよう。穢れは先に向かった大倶利伽羅と太郎(たろう)太刀(たち)、にっかり青江(あおえ)を中心に各自出来る範囲で頼むよ。清掃の陣頭指揮は一期一振、君に任せる。長谷部、君は政府への連絡を担当してくれ。僕は主に話をつけに行く。江雪、すまないが念を入れて僕の補佐について欲しい。燭台切、君も来てくれ」


「あ……」


歌仙くんがてきぱきと指示を出すのを流石だなと聞いていたけど……視線が落ちる。呼吸こそ落ち着いてきたけれど、ひどい顔色の彼女へと。

具合がいいなんて言えない様子の彼女を置いてと僕が迷ったのがわかったのか、鶴さんが声を上げていた。


「簀巻きの主の元へと行くなら俺が案内するぜ歌仙。光坊は彼女に――」


「彼女につくのは君だ、鶴丸国永」


「あ」

「おっ!?」


小さな彼女の体を抱き上げたかと思えば、そのまま鶴さんへと渡す歌仙くん。

反射的に受け取ったみたいだけど大丈夫なのかな鶴さん。そう思いながら僕が見ていることに気が付かないのは歌仙くんの行動に驚いているのと、真面目な目で見られているからだろうね。


「見たところ、どうしてか君だけ手入れを受けていないようだ」


「あー、まあ……そうだな」


歌仙くんの指摘に鶴さんが視線を泳がせるのを見て気が付いた。そういえば広間の時も短刀の子たちの時も鶴さんはあの光からは離れていた。軽傷なら離れていてくれって彼女が言ったからでもあるんだけど。

ばつが悪そうにしている鶴さんに歌仙くんは小さく笑った。


「掃除の間、彼女を看ながら君も休むといい」


「…………」


手入れを受けていないのだから僕たちの中でいま一番疲労しているのは鶴さんだ。だから休むように歌仙くんが気を遣うのはおかしなことじゃないのに……不満そうだね鶴さん。唇尖らせたりなんかしちゃって。

皆が動いて回っているのに一人だけ待機っていうのが面白くないんだろうなあ。


でも僕としては都合いいんだよ?彼女と会話した時間が僕の次に長いのは鶴さんだから。彼女が、鈴ちゃんがやさしい子なんだってきっとわかっているはずだから。


「鶴さん、僕の代わりに看ていてくれないかな。随分無茶をするみたいだから、ね?」


それこそ、倒れるまで。

驚きを求める鶴さんをこの短い時間でどれだけ驚かせたのかわからない鈴ちゃんは、鶴さんにとって興味深い子なんじゃないかと思うんだけどな。

なんて思いながらお願いしてみれば、ちょっと窺われたけどすぐに口元に笑みを浮かべてくれた。


「確かにな。目を覚ますと同時に何かやってくれそうだ。それじゃあその驚きを独り占めさせて貰うとするか」


うーん、笑顔の裏に目を覚ます鈴ちゃんをどう驚かせようかって聞こえてきそうなんだけど大丈夫かな。

そんな不安も過って苦笑っていたら気が付かれたみたいだ。にやりって鶴さんが僕を見て笑った。…………嫌な予感がした。


「もっとも、光坊の本体に口付けるなんて誰も想像しないだろう驚きを越えるものにはなかなかお目にかかれないと思うが」


「「?!」」


ざわついた。皆の視線が一斉に僕へと向けられて突き刺さるのを感じている僕を尻目に白い羽織を翻して歩き出す鶴さん。

浮かんだ感情はなんだろう。浮かべた表情はどうだろう。正直わからないけど、顔が熱いことだけはよくわかった。


「っ鶴さん!!」


「はははははっ!」


楽しそうに駆け出した鶴さんを反射的に追いかける。ドタバタと廊下を駆けて行く足音もそうだけど、初めてなんじゃないかな。

この本丸に、こんな笑い声が響いたのは。

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