振りかぶったら振り抜きます
鳥居とは、神域への入り口。それは異界への扉。
「ここが、本丸だよ」
まさか空間が揺らぐ鳥居をくぐった先が目的地ですとか思わないだろう。
一体何処の青い狸仕様の未来道具だよ。ひどく遠い目をしながら口走りたくなった言葉を口内で噛み潰すことにする。
にしても、空間移動がもたらす何らかの影響だろうが……耳鳴りがしていて気持ち悪い。はよ治まれ。
ふりふりと軽く頭を振って気を取り直し、周囲を見渡す。……突っ込みはスルーだ。ちょーでかい純和風の御屋敷ですねと脳裏に出てきた言葉もスルー。妙に広い庭らしきところに出てきたのももう考えない。そういうものなんだよ。
強引に思考を切り替えようとしているのにはそれなりに理由がある。
「……やな、感じ」
空気が重い。風が流れなくて嫌な空気が溜まって澱んでいる。そんな印象を受ける場所だった。
その感覚に輪をかけるのはどんよりと鈍色を敷き詰めている空の色だ。気鬱になる色が場の空気にそぐいより感じが悪い。喉元を押さえられているような息苦しさを感じるのに自然と眉が寄ってしまう。
「それだけ穢れを生んでいるんだよ」
これが普通の状態ではないのだと言外に示してくれているのに気付くと同時に思ってしまう。穢れと言われる碌でもない物々しさに今更だが面倒事の予感しかしないと。もうやるって決めてるから後になんか引かないけどな。
人様の御宅にやってきて開口一発失礼発言をかました私に返って来たのは悲しく辛い声だったから、にっこり明るくにんまり悪戯に笑みを作った。
「全部終わりましたら大掃除する必要がありますね。これは大変だ」
いわくつきとか出そうな雰囲気の場所をお掃除とかいろんな意味で大変だよね絶対。
そんな私のいらぬおかしさでも滲んでいたのかな。ぱちりと瞬きを貰った後に光忠さんは一度目を伏せて、笑った。
「そうだね。その時は、手伝ってくれるかな?」
悪戯な色を乗せ、けれどいろんなものを覚悟した。そう見える琥珀色に、表情に、私は苦笑を返す。
「応相談、です」
「はは。じゃあ、行こうか」
意図して緩めていた気持ちを吸い込んだ息と低く落とした声音で切り替える。
チャキリと硬質な音を鳴らした彼の人の手元、黒い手袋に包まれた手が握り締める太刀に私の視線は落ちた。
手にした刃の重み。きっとそこには責任も乗っているのだ。
「……」
頼むから私の手に負える事態であってくれ。最悪を想定してそれに備えるようにはしてあるが、如何せん平和と銘打つ生温い時代に戻ったことで過酷な状況で培った異世界技能が少々緩んでいる。腕に覚えはあれど完全手ぶらの無手。本当に何か早急に借り受けたい。この場の空気が不安しか掻き立てないです。
「こっちだね。この時間なら執務室にいるか……誰かに目をつけているか、だから」
苦く苦く口にされた言葉を耳に入れながら、先導してくれる背を追う。
「素早い案内と得物を拝借致したく存じます」
返した私の声も似たり寄ったり、だ。のっぺりとしていて知り合いがいれば大丈夫かを問いかけてくるか、触らぬなんとやらとそっと離れて行くかのどちらかだな。
まあ、そんなことを考えられる余裕はあるのだといい方へ捉えておく。
「得物、か。……これ、使うかい?」
思案一拍。歩みを止めたかと思えば手にしていた太刀を何を思ったのか私へと差し出している光忠さんがいて目が点になる。
「……いえ、これは貴方のものではないですか」
黒い柄巻、金の鍔、紫の下げ緒に黒い鞘。刀身を見なくても言いたくなる。何この綺麗な太刀。
ではなくて、だ。私が常用していたのは小太刀、これは太刀。ものが違うし重いし長い。更に言えばこれを私が借り受けたら貴方が無手になるだろう。それでも勝てる気しねえよちくせう。
思考の何処かで投げやりな発言をしながら問うのだけれど、差し出された手は下がらない。何故ですかと視線で問えば、琥珀色はほんの少し困った色を滲ませていた。
「もしも主命が、なんて時に僕が持っているより君が持っている方が危なくないかなって」
ああ、意思に反して無手の女をバッサリは堪らないですよね。それなら私に持たせて即死から多少なり時間を稼げる方法を取ってくださると。有り難すぎる配慮です。
「そういうことでしたら、お借り致します」
「うん。気を付けて」
掌を上に両手を伸ばして受け取れば、やはり重い。流石鋼の塊、両手で振るっても重みを支えきれずに太刀筋がぶれそうだなこれは。
「抜かずに済むのが最良ですね」
「そうだね」
抜いてしまえばどうなるのかは想像に難くない。口にはしなかったそれに互いに苦笑してまた歩を進める。
庭に面した縁側に沿って進む先、人の気配がするんだが……。
「五虎退くんっ!?」
借り受けたばかりの太刀を握り構えていれば、光忠さんが名前らしき言葉を叫んで駆け出した。大きな体の向こう、縁側に倒れている人影に気が付いて私もその後を追いかける。
「五虎退くんっしっかりして!」
倒れ伏していたのは私よりも小さくて華奢な男の子。淡い亜麻色の髪の少年を抱き起こした光忠さんと共に少年を見て、思わず顔を顰めてしまった。幼く可愛らしい顔、その頬に殴られたとわかる痕があるのだから。
口を噤んでしまった短い間に少年はふるりと瞼を震わせて目を開いた。声をかけられてすぐに意識が戻る程度の負傷なのだと複雑な気持ちになりながらもほっとする。
「……ぁ…………光、忠……さ…………」
「大丈夫かい?どうして君が殴られて……」
取りあえず、この子は光忠さんのお仲間の子で発言内容から殴られる対象の子ではないのかもしれない動ける四人の内の一人と思われる。
見れば見る程に痛々しい痕。他に傷がないかと確認しようとした光忠さんの腕を五虎退くんと呼ばれた少年が握り締めた。
殴られた痕の所為か余計に白く見える顔をぐしゃりと歪め、大きな蜂蜜色の目から涙を零し、縋り付いて。
「鶴丸さん、が……っ」
「っ!!」
さぁっと青褪めた光忠さんが私にとっては新たに追加された名前を聞いて弾かれたように見た場所。きっと目的地だろう方向を向いたその視線に映った焦燥を見て、強く地面を蹴りつけ私は無言で駆け出した。
「鈴ちゃんっ!」
背へと投げかけられた呼び声など無視する。土足何それと靴を脱がずに縁側へと上がり込み、駆けた勢いのまま閉じられていた障子戸をスパンッと開いた。
声など掛けない。礼儀が必要だなんて欠片も思わないから。
「っ?!」
「誰だっおま」
お前と言いかけたであろう言葉は遮った。真っ白な美のつく青年に覆いかぶさっていたす寸前なのを見て、悠長な会話などいらないだろう。
障子戸を開いて止まったのはほんの一瞬。次の瞬間にはダンッと室内へと大きく足を踏み込み間合いを詰めていた。借り受けた太刀を抜くことはせず、鞘のまま男に向かってフルスイング。ゴッと手と耳に鈍く伝わり響く確かな手ごたえ。
ええ、意図して咽喉を狙いましたがそれが何か?二度と声が出なくなってもいいじゃないか。理不尽な命令しか紡がないのであれば、そんな咽喉潰れてしまえ。
白目をむき唾を吐き散らして今後一切使用されることがないようにと斬り落としてやりたい汚らわしいブツを隠せず、仰向けに無様に晒してぶっ倒れ起き上がる気配を見せない人間の屑を心の底から見下げ果てる。
「死にさらせ下種」
にっこり笑って毒を吐く。そんな演出めいたことで取り繕うことも出来ず、普段ならばくるくるくるくる無駄に変化させている表情をすこんと落として凍てつく視線と共に吐き捨てた。
振るった太刀がひどく重い。抜き放ってしまいたい衝動を抑えるような重さにきつく握り締めた鞘が立てた軋む音が戒めに聞こえた。
「――」
駆けてくる足音にどうやら完全にのびているらしい屑を放置して、動かぬもう一人へと視線を落とす。頬を流れて落ちた涙も、いきなり飛び込んできた見知らぬ女に裸体を晒していることも忘れてぽかんと無防備に私を見上げている白い人。
その傍らに散らばっている衣を一つ拾い上げて素早く彼の体へとかける。
女の私が直視してはいろいろと差し障りがある部分を隠してください切実に。
「鈴ちゃんっ?!」
そんな感じで瞬間沸点越えされた思考がいつもの残念へ戻ろうとし始めたところ、私がオープンした障子戸から姿を見せた光忠さん。私の名を呼んだお声の調子と同じひどく慌てて焦ったご様子だったのだが、琥珀色の目はこの現場の何に驚いたのか。見開かれ固まったかと思えば愕然となり、視線が動いてはまた固まって愕然となる。
取りあえず、呼ばれたので返事をするべきかなと口を開くことにした。
「一発KOです。ちょろくて助かりましたね」
出て来た声はひどく冷めていたが、まあ仕方がないで済ませてくれることを祈る。
「は…………え……え?」
私の勝手な祈りなど知る訳がない光忠さんはといえば、琥珀色の目を私、屑、私、屑の二つの間で行ったり来たりさせている。視線が忙しそうですねと笑って言いたくなる様子である。
状況がふざけてもいいものであったなら、光忠さんが自分で我に返るまでじっと見つめ続けていてもいいのだが、そういう訳にもいかなければそんな気分にもなれないので声をかける。
「のびてるみたいなんで申し訳ないですがそこの汚物、布団でも布でも縄でも何でもいいので簀巻きにしてくださいませんか。これでも一応女でしてね。ちょっと見るに堪えないです」
「っ!?」
視線は向けずに親指を立て、くいっと指先だけで示すなんていう正直態度の悪い動作。不快さを隠さず顔を歪めて見るに堪えない。その意味が笑う気も起きない見苦しい屑の姿を見て理解できたのか、さっきとは違う意味で顔色が悪くなっていく光忠さんがいた。
早く片してくれいと思いつつ、呆然としている髪も肌も見事に真っ白、黄金色の綺麗な目に私を映したままフリーズしている細身の美人さんの肢体を隠すべく別の布を手に取った。この白い羽織、ひょっとして美人さん本人のものだろうか。
なんて羽織を手にして対比になった黒い太刀にはっとなる。
「すみません光忠さん。お借りした太刀で思い切りぶん殴っちゃいました」
刀ってのは繊細なものなのにね。やっちゃったよ大丈夫かな中身。
借りたものに何をしでかしてるんだと焦る気持ちが出て来るが、フルスイングには一片の悔いもなく、むしろよくやったと褒め称える。
とかなんとか馬鹿なこと考えながら手元は見られても見てしまっても気まずいだろう御二方を対面させずに済むように羽織を勝手に借りて作業中だったりする。
「それはともかくっ鶴丸は?!」
「ストップ!止まって!ちょっと待ってくださいな!」
バサッと視界を遮るために羽織を自分の背中側、丁度光忠さんの視線の高さに合うよう腕を目一杯持ち上げ広げた私。戸惑い半分苛立ち半分の視線をくれた光忠さんが正直恐かったです。
迫力あるよねとかふざける気になれるだけ多少は余裕があるかもしれないのだけれど。頼むから落ち着いてくれ。視線が刺さる。
「見ても見られても気まずい感じは嫌でしょう?」
告げた言葉に息をのむ音は二つ。正面の光忠さんと背後に隠した白い美人さん、鶴丸さんでしたかな。その二人から聞こえたので私の行動は正解だったと思う。
「光忠さんはそこの汚物を簀巻きにしてください。咽喉へ手加減容赦のない強打をぶち込みましたが、咽喉が使い物にならなくなっているかは期待しないで無難に猿轡でも噛ませて一旦何処かに放置しましょう」
「わ、かったよ……」
は、ぁと意図して息を吐いて動き出す様子にこちらは大丈夫かなと私も小さく息を吐き出した。
「えーっと、鶴丸さん?」
振り返らずに声をかけてみるが、彼の方はどうだろうか。
「っ……ぁああ」
返ってきた声にほっとした。声は出るご様子だ。失語レベルのトラウマものだったらってのと、光忠さんから得た事前情報から推測するに、恐らくこの状況は主命で無抵抗だろうから反応可能か確認したかったのだよね。
主命自体はたぶん汚物の意識喪失によって気が逸れたことに該当するだろうから解けるとは思うのだけれど。
「不審者乱入で驚いているとは思いますが、動けますでしょうか?動けましたら衣服を整えては頂けませんでしょうか。でなければ光忠さんが貴方様の御姿を確認できず気になって仕方がないと思われますので」
無事、だなんて言えないもの。例え不安を煽ったとしても、私はそれを言いたくない。
「もしも動けない時は、すみません。私がお手伝い致します」
「……は?」
いや、予想外なのはわかるけれど「は?」ではないのですよね。うん。
「見ず知らずの女で申し訳ないのですが、ざっと衣服を合わせて肌色部分を隠させて頂くお手伝いを致します。あ、衣服の場所だけ確認致しましたらちゃんと目を閉じて作業致しますのでご安心……はできないかもしれませんが、そこはちょっと御容赦のほどをお願い致したく」
簀巻きを始めている光忠さんの姿を目の端に入れて視界の遮り位置を調整なんて細かなお仕事をしつつ話しかけていると、ごそりと動く気配がした。
よかった。提案はしたがとんでも初対面してしまった美人さんの衣服直しとか難易度高いよ。しかも和服。帯を結べる気がしない。
「大丈夫だ。ちゃんと動ける」
初めて声を聴くこともあって気分がどうとか調子がどうなのかとか判別は出来ないけれど、声の張りは問題なさそうに聞こえる。取り繕われていたらそれまでだけどな。
「それはよ…………いとも言い難い状況ですが……あー」
何と言っていいのか。言葉に詰まって唸りそうになっていたのだが、ぷっと笑い出す音がした。
「鶴さん?」
ちょっ、鶴さんとな?!その腰にきそうな低音イケメンボイスでその呼び方はちょいと予想してませんでしたよ光忠さん!
「っく、あっはっはっはっ、こいつは驚いた!」
光忠さんの呼び方に驚いていたら背後からはしっかりはっきり笑い声。どうしたのだ鶴丸さんとやらなんて思いながら無駄なことも考えている。こっちもいい声だなおい、とかね。
にしても……どうしていいのかしらね。まだしゅるしゅると衣擦れの音がするから衣服御直し中、振り返るな失礼だ。
「まさかいたされる直前なんて危機的状況を女子に救われるとはな。いやあ驚いた驚いた」
からからからと笑い声は溌剌としているが、発言内容は際どすぎる。どう反応していいのか非常に困った私の顔はきっと眉間に皺が寄っているのに眉尻は思い切り下がったこれぞ困り顔なのだろう。
「……せ、性別については、諦めてくださいませ」
救ったと言ってくれたことについては何も述べないが、そこは……申し訳ない。
「いやいや、女子の目を汚してすまないな。光坊もすまん」
光坊……。いや、呼び方はもう気にするまい。仲がよろしいんですねで片付けよう。何気に古風な“おなご”という響きも気にはなっているが、そんな人もいるさね。
「ぁ……僕は、何も……できてない、よ」
明るい調子で声を出した鶴丸さんとの対比。悔いる声は苦しいもので、ふっと漏れた鶴丸さんの吐息が困っているように聞こえた。
「私を連れてきました」
ら、口が動いていた。
「え?」
ちょっと視界の外側にいるので光忠さんの表情は窺えないが、いまは勢いで口を開いてしまったのでこれでいいです。見られているとわかるだけで十分焦る。いや焦る必要はないのかもしれないんだけど、会話に割り込んだ感じがね……。
や、一度口を開いたからには行っちゃいますがね。
「光忠さんは私をこの場へ案内してくださいました。貴方がいなければ鶴丸さんはどうなっていたことでしょうか」
「そうだぞ光坊。お手柄だぜ」
思わぬ口添えが頂けた。まだ振り返るわけにはいかない様子だが、とんでもない目に合わされていたとは思えない切り替えだな。良し悪しが判断できないので何も言えないのだが、大丈夫なのだろうかと心配になってくる。
「でも……」
まあ、先に光忠さんであるな。
「でもも糸瓜もありません。今現在が全てです。貴方が助けを求めてくれたから私はここにいます。最初の行動を起こしたのは貴方ですよ、光忠さん」
始まりがなければ、今はないのだから。そう思って言葉を重ねる。
「鈴ちゃん」
うん。イケメンに呼ばれる名前の威力が凄いのよね。声フェチにこれはご褒美通り越してます。
とか阿呆なこと考えていたら背後での音が止んだ。
「服、大丈夫ですか?」
「ん?きみが手に持っている羽織が最後だな。にしても……早急に風呂に入りたい気分だ」
あ、やはりこれは貴方様のものでしたかと視界の端でしゃらりと金の装飾が揺れる羽織を眺めながら、深々と溜息まじりに告げられた言葉に苦く笑う。
「あぁ、非常によくわかりますよその気持ち。しかしながらもう少々辛抱くださいませ」
「……うん?」
これで最後と言われたからには振り返って大丈夫ということである。
広げていた羽織を下ろしてそろりと姿を窺えば、確かに衣は着てくださった様子。不思議そうに見られているのには疑問を覚えるが。
「すみません。お返し致しますね」
「ああ。きみの配慮、痛み入る」
腕を伸ばして羽織を差し出せば、にかっと笑って羽織を翻し身に纏う。
光忠さんとは違う種類の麗しさが眼福ですね。
「お節介でなければ幸いです。それから」
その目にやさしく麗しい姿に訂正すべきものを思い出したので勢いのまま口の端に上らせてみることにする。浮かべる表情は当然笑顔ですよね。
「私の目を汚してくれたのはそこの汚物であって貴方様ではありませんので悪しからず」
ビッと光忠さんの手によって簀巻きにされている物体、再度親指で示す汚物扱いの下種ではなく、何故か私を映して外れない儚い系美青年の視線。
黄金色の目を見返してはいたが、居た堪れなくて私の方が視線を流して外してしまう。
「むしろ不可抗力とはいえちょっと…………見てしまってすみません」
あの状況に割って入って見てませんなんて嘘くさいにも程がある。とてもではないが嘘とばれるものを口には出来なかった。
うぅ……向けられているとわかる視線が、恥ずかしいです。
「…………ぁあ……。流石に恥じらわれると、俺も少々恥ずかしく、あるな……」
気まずい。そんな調子の声に聞こえて逸らした視線を戻せば、色の白い肌を、正確には頬をほんのりと赤く染めた鶴丸さんがいた。余計に恥ずかしくなってしまった。
「すみません」
「いや、謝らせることじゃない。むしろ礼を言わなきゃならないのはこっちだ。ありがとう」
「あ、えと……どう、いたしまして」
うん。わかるけどなんとも微妙。言っていいのかと悩みながら返したからなのかくすりと笑みを頂いてしまった。何だろう……物凄く居た堪れない。
勝手に熱を発している頬を落ち着けたくてぐしぐしとやや乱暴な手つきで撫でていると光忠さんが視界に入ってきた。簀巻きが完了したようだ。素晴らしい。
「鶴さん、平気?」
「ああ、御覧の通りってな。ちょいと手荒く剥かれたが、そちらのお嬢さんのお陰で無事だ」
「そ、っか……はぁ……よかった」
ほっと胸を撫で下ろす光忠さんに笑いかけている鶴丸さん。二人の様子を見ながらなんとか一番ひどい絵面は防げたかなと、お願い通り猿轡に簀巻き姿になった汚物を確認して私も一息つく。
「……っ」
張り詰めていた間は気に掛ける余裕がなかったが、気が緩むときついなここの空気。重くて、澱んでいるのがわからなくてもいいのにわかって気分が悪い。
風の流れない場所で紫煙がたゆんと人の動きに合わせ重みを伴って身に纏わりつく。そんな見えない衣を被せられているような違和感と緩く咽喉を絞められているみたいな不快感に知らず顔を顰める。
あまりこの状態でいては支障があると危惧するのは、この場所へ何をしに来たのかを忘れていないからだ。
安心確認しているところを邪魔して申し訳ないのだが声をかけさせて頂こうと光忠さんを見上げると、私の視線に気が付いてくれたのか柔らかい色をした琥珀が見えた。その目を見ることが出来てよかったと思うのはもう一仕事終えてからかな。
「さて、光忠さん。怪我人はどちらに?」
それが切り替えの合図とばかりにはっと真顔に戻った光忠さんは、入ってきた障子戸へと足早に身を翻した。
「こっちだよ!」
駆け出すその背を迷いなく追いかけ出せば、後方から声がかかった。
「おいっ光坊、怪我人って」
急に部屋を出て走り出した光忠さんと私の二人を追いかけてきた鶴丸さんの疑問に、肩越しに振り返って見せた光忠さんが応じる。
「彼女審神者だよ」
「何っ?!」
バタバタと土足で御免ねと思いながら縁側を走る光忠さん(土足)の後を追っていると、走る速度を上げ私の隣へ併走してきた鶴丸さんにガン見される。
キラリと言えばいいのか、それともギラリなのだろうか。真偽を問う黄金の視線に見つめられて私はどうしようですよ。
大体、さにわって何ですか?私は術師です。魔法使いとか魔術師でも可。
「重傷でもう駄目かと思った僕を救ってくれたんだ。皆の手入れが出来る!」
「っ折れずに、助けられるのかっ?!」
期待に満ちた目へと変化した鶴丸さんには非常に悪いのだが、ちょっと意味が通じておりませぬ。けれど、助けるという部分にはしっかりと頷きましょう。
その為に、私はこの場所にやってきたのだから。
「死を望んで諦めてさえいなければ、死の淵からでも引き上げる努力を致します」
私に出来る最善を尽くす。そう告げればぐしゃりと綺麗な顔を今にも泣きだしそうに歪ませるから……。
「頼むっ」
「はい!」
応じる以外に何をしろと。