求めてないですそういうの
何も見えない暗闇の中、私以外の誰一人として存在しない暗闇の中、意味もなく、ただ只管に泣き続ける。
そうすることしか知らないように。それ以外を許さぬように。
なのに、ひとりきりの暗闇に、その声は響いた。
「…………」
「…………」
浅葱の色が私を見下ろしている。
膨らんだ風船に針を突き刺すが如く、パチリと開いた我が眼。暗闇と呼ぶには仄かに明るく思える暗がりの中、私が開いた黒い両目とぶつかる見下ろす鮮やかな色。
残念視力に灯りのない暗がりと見ることに対する悪条件下だというのに、それでも色鮮やかと思わざるを得ない浅葱の両目。
誰コレ。そして何コレな状況である。
どうした訳か目を開けば見知らぬ天井ではなく誰かも知らない人物、否、神様の顔面がそこにあられる。無言で驚き、突然の目覚めで回転数の鈍い脳が状況把握に慌てふためくことでありまする。
ここでカラカラ空回らないところが冷静というか、むしろ驚きすぎて客観視からの現実逃避というべきか。なんであれ誰コレは一旦置いて何コレを解決すべく頭をフル回転させつつ、自身の現状把握が同時進行していたりした。
それにより弾き出された自身の現状はコレだ。
布団に仰向け。装備はTシャツ、Gパン、ネックレス、ついでに靴下、以上。
眼鏡がなければ簪もなく、借り受けた光忠さんの本体、それを佩いたパーカーも押し付けられて拝借した鶴丸さんの羽織もない。ないない尽くしで真っ直ぐ仰向けよい子の寝相。
そんなふざけたことを考えたくもなる状態の我が顔面両サイドへ伸びてる腕二本ありけり。もしかしなくても床ドン。夢も希望も憧れもないシチュエーション。
それを生み出してくださっている誰かも知らない浅葱の目を持つ神様は、白い和服の寝衣姿。例えるならば旅館で一泊、目を覚ますと寝巻の浴衣が肌蹴てセクシー胸元チラリズム状態。
なーんて見た目なんだがときめく余裕も突っ込む余裕もありまっせん。
ただただ無言で見つめ合い。睨み合いでないことだけが救いでしょうかと思考がましを求めて逃げてます。
だって目の色はとってもお綺麗なのだけど、浅葱の色はぼんやり遠くて虚ろです。
見つめ合ってはいるけれど、そこに私は見えてません。
「あ、精神被害が甚大な御刀様ですか?」とかふざけた調子で笑ってボケてしまいたいけどやるとまずい空気。ゆったりしているようでよくわからない緊張に満ちているこの沈黙タイム、破ったのは私でない。
「あなたも、僕を暴くの?」
のっぺりと表現して差し上げたくなる感情の乗せられていない問い。
静かだったのではっきり聞き取れはした小声だが、意味がわからず瞬いた。
「何を暴けと?」
わりかしすんなり出て来てくれた声ではあるけれど、疑問に疑問を返して悪いという考え今は浮かばず、素直に浮かんだ疑問が口を衝いていた。
「あの審神者は僕たちを無理矢理組み敷いた」
ら、コレである。そーゆー意味ですかこんちきしょいと顔面引きつらせて吐き捨てたくなるけれど、目の前&上に坐す名も知らぬ青少年な神様一柱。
下半身の可動域押さえたがっつりマウントな位置に乗っかられての床ドン。
私に自由はないのですねと泣きたくなるか、女の子らしく怯えるかの選択で第三の選択を持ち出そう。
いや、だってさ、腹立たない?
事実無根でそんな疑いかけられてこの危機的状況なのかよって。
「あんな下種と一緒にしないでもらえますか」
だからキロリと目を眇め、声音も低く不快を提示した。
ザッと見る限り私と大きな体格差のない少年とも青年とも取れる見た目の神様だが、その性別は男。元より力で敵う訳はないだろうに上から下への重力がおまけでつく位置取りだ。
下手な抵抗が命とりな状態とわかっているのに私のお口はとても正直だったとさ。
「どうして?」
けれど、返されたのは無感情なきょとん。
「あなたも審神者で、あいつと同じ人間の子だ」
審神者じゃねーし術師だし、と声を大にして言いたいが、私がぶつけた不快に対し無を返した虚ろ具合に瞑目したい。病み具合が重傷すぎて何言っても意味なさそう。そんな答えが弾き出されてお前も審神者を不承不承で無視する。
が、黙りはしないとも。こういう相手にそれは一番の悪手だからね。
「確かに私は人間の子だ」
なので、一つ一つ、わかりやすく、伝わるように、ゆっくりいこうじゃないか。
「だが、共通項はそこだけでしょう。たったそれだけの共通点で同列視されては困ります」
きっぱり、はっきり告げるのに、
「どうして困るの?」
問われても困ります。そう言ってやりたいのを我慢する。
「まずはこの状況が困ります。失礼ながらお名前を存じ上げぬ付喪の神様、貴方様は何の為に私の上にいらっしゃいますのか?」
いや、なんとなくわかってるよ。なんとなくね。
でもそれを口にするのは私は嫌だし、それを口にされる貴方様も危ういとしか思えないので直接表現を伏せます。
だから考えて、頭を、思考を働かせて。考えることを放棄した機械的能動作業みたいな受け答え、やめてくれ。
「……あなたも、同じことを望むのかなって思ったから」
「は?」
何故でもどうしてでもなく、ついつい出てしまった険しい一言返し。
なのに、変わらず無感情に返されてしまった。
「誰も連れて行かれない日は、順番制だった。だから、僕がここにいる」
「はあ?!」という憤りが込められた言葉は咽喉でつっかえた。
順番制って何なんだ。それってつまり、審神者ポジションの私が、誰も相手を連れ込まなかったから、自分の番ですってことで私の上にいるということなんですよね。そして貴方も私も望まぬ十八禁を行うってことなのですね。誰特だよ。
冗談キツイわ勘弁してくれと血の気が引くと同時にあんのクソ野郎ってイラァっと血の気が上るってことですね。
「ちょっとお待ちを」
怒りで白く染まりそうな思考に引き摺られて荒げそうになる声だったが、比較的静かに制止の声を出した。出せてよかった。
「何?嫌なことは早く終わらせたいんだけど」
なのにおいコラちょっと待てって言ってんじゃん!虚ろ目で諦目でどこからどう見てもアカン目で寝衣を開こうとするなっ。
衣服を肌蹴させようと床ドンから身を起こした貴方を追いかけて上体起こし、開きかけた胸元引っ掴んで思い切り閉じるよっ。暗がりでも眩しいですよそのお肌!
「待てと言うておりますでしょうが話を聞け!」
そして焦りとかで破綻していく我が口調。
「キミも望まぬ私も望まぬ誰も望まぬことなどしなくて結構、直ちにやめましょう勘弁してっ」
必死である。本気で泣きたくなってくるから色々哀しい目で見返さないで、わからない様子で首傾げないで。
「……私も、望まない?好きなんじゃないの、こういうの」
「好きなわけあるかぁ!」
オイこらふざけんなよこんちきしょい。流石に私も怒りますわよ。
神様だから、思考が遠い虚ろだからってその勘違いは許さんぞ!
「なんちゅー悍ましい勘違いだ冗談キツイわっ。よぉくお聞きくださいまし、名も知らぬ付喪の神様」
耳の穴をかっぽじり虚ろ目飛ばして理性的によくお聞き、と胸元閉ざして向かい合い、大変な至近距離で訴えます。
「確かに私はあの屑と同じ人間ですが、性別は女で男じゃない。審神者の霊力に該当するだろう術力持ちの治癒術師だが、治癒の単語が指し示す通り私は治す方だっての。傷つけることなど極力せんわっ。そもそも私にわかるのは踏み躙った方の屑の気持ちじゃなくて踏み躙られた貴方様方の方だっての!」
ガーーっと一気にまくし立てた私の主張、
「僕たち……?」
返ってきた反応に心の中でガッツポーズ。
浅葱の目はまだ虚ろだが、脱ごうとするのは止まった。そのままやめてください頼みます。
「あのですね、大倶利伽羅さんに話したものを聞かれていたかは存じ上げませんが……、私は過去五日に渡り拘束監禁を受け、意に沿わぬ行為を強要されたことがある身です。…………愛してやるから私の子供を産め、なんてふざけたことを言われながら」
たぶん、笑っていると思う。困った顔で、と注釈がつきそうだけれど。
この話で効果があったのか、名を知らぬ神様の脱ごうとしていた力が失われたのをこれ幸いと胸元を開くため寝衣にかけられた手をそっと取り、下ろさせる。
「…………」
虚ろだった浅葱が心なし揺らいで見えるのに苦笑になってしまう笑みを浮かべ、脱ぐ着ろ攻防で弛んだ寝衣を少し整える。抵抗はなかった。
「すべてをわかるとは言いませんよ。女の私の絶望が、男の貴方にわからぬように、神であるというのに人間なんぞにいいように扱われた貴方の怒りは、人間である私にはわかりようがない」
そんなもの、どうしようもないのだ。
私は所詮人間で、女でしかない。付喪神である彼の憤りも、怒りも、それ以外の気持ちも、理解しきれる訳がない。私は彼ではないのだから。
けれど、すべてがわかる訳などないのと同時に、すべてがわからない訳ではない。
「私にわかるのは、その行為がどれだけ非道であったのか。どれほど恐くて、苦しくて、悔しくて、腹立たしかったのか」
ゆらゆらと揺らぎ始めた浅葱を見つめる。嘘でも、偽りでもないことが、辛く悲しい事実であると伝える為に。真っ直ぐに、見つめ続ける。
「忘れたくても忘れられなくて…………忘れさせて、くれなくて。ずっと、ずっと痛いということ」
ポタリ。落ちてきた熱い雫が私の手を濡らした。
どこも見ていなかった虚ろな浅葱が透明な光に滲む。
「…………忘れ、られないの?」
その声を、私はよく知っている。苦しくて、悔しくて、痛くて、悲しくて、腹立たしくて。辛くて辛くてどうにもできないそれに、惑う。
それを知っているからこそ、残酷で、告げることが追い打ちになるのだとわかっていて、けれど……それを避けても、この痛みは決してなくなってなどくれない。
だから、私はこう答えるしかない。
「はい」
それは、あまりにも厳しい肯定の言葉。
「っ!~~っく、ふぅぅ……っ」
ぐしゃりと歪められた顔に浮かぶそれを何と呼ぼう。荒れ狂う感情に揺れる浅葱の目から溢れて私を濡らすそれを、何と呼べばいいのだろう。
息を詰まらせ泣きじゃくる神様が、ぶつかるようにして覆いかぶさり、目の前にあった私の体を抱き締める。
それは抱擁なんて甘いものではなくて、ちっぽけな女の体を潰してしまいそうな苦痛を伴うもの。
「……っ」
体の中から軋む音が聞こえる。けれど、それを口にはしない。
今の彼にとって私はきっと縋りたい藁なのだ。その気持ちは、痛いくらいにわかる。だから、痛みを押しやり、涙にくれる神様へと腕を回し、その背をそっと撫で擦る。苦しいのも、痛いのも、どうにもしてあげられないけれど、その苦痛を知る似て非なる者同士、泣かせてあげることくらいはできるから。
頼りなく震える背中を、ただ撫で続ける。
「ぼ、くはっ……、わ、すれったい、のにぃぃ…………っ!」
ひとつ撫で、ふたつ撫で、肩を濡らしていくその熱に頬を寄せ、またひとつ撫でる。
「……私もです」
その痛みをわかちあえるとも、なくしてあげるとも言わない、言えない。
だからせめて、その涙を受ける器になりましょう。あやすように、促すようにその背を撫でながら。
「辛いね」
「っう、あ、ああぁ~~っ!」
明かりの灯らぬ薄暗闇。夜の静かさが、耳に痛かった。




