始まったら続きますよね
帰らないと……。あの場所には、皆が残されている。
戻って、皆を守らなければいけないのに……。少しでも動ける僕が、守らなきゃいけないのに。
体が重い。痛くて、苦しくて……倒れるわけには、いかないのに…………。
「――――っ――――――、」
何か、聞こえる。それに……温かい。なんだろうか……僕は、折れたのでは……。
「――っかり、頑張れ!目を開いて、息をしろっ!」
目を開いて、息をしろ?
「生きる気力を持てっ私はキミを死なせる気はないぞ!」
僕は…………まだ、生きている!
微かに震えた瞼。意識が戻ろうとしているのだと気付いて声をかける。
集中が途切れかねないのであまり術の途中に声を出すことはしないのだが、もしもう死んでいるとか死のうと諦めているとかだと術の効き目に関わる。いや、傷を塞ぐ方ではなくてね。生きる気持ちがないと体は癒えても心が死んでしまう。流石にそれを救える力は私にはない。
だから諦めるなと本人に願うしかないのだ。
「っ!」
そしてそれは効果覿面だった。バチリと目を見開いた誰かさん。よく見れば随分と見目麗しいイケメンのようである。青みがかって見えるが黒髪だったのでてっきり目も黒いかと思いきや、金にも見える明るい琥珀色が映って驚かされる。
二度三度と瞬いて、きょろきょろと視線を動かす。その様子に死に逝こうとする諦めなんかではなく、事態を把握しようとする必死さが見えたので胸を撫で下ろせた。
意識が戻り目に見える外傷も癒えた。ならば一度術を止め、本人に不具合を確認してから必要なら再治療とするべきだ。そう判断して術を止めれば地面で煌いていた法陣が消え、舞い踊っていた光も雪が融けるように消えていく。耳から全身へと響き聞こえていた音も徐々にその音量を落として聞こえなくなる。
術が止まり、開いていた機関が停止したので声でもかけて見ようかと視線は外さずにいた男性へ意識を戻せば、がばりと勢いよろしく身を起こされていた。
「っ」
急な動作にビビった。情けなくもびくっとか身が跳ねた。ちょっぴり早足になってしまった心音を感じながら膝立ちになった男性を見つめ続ける。
「こ、れは……?体が動く……痛みが、ない」
年齢はいくつぐらいだろうか。少なくとも二十代以上ではあるだろうから青年で……いいか。男性という性別での認識は何やら違和感なのでね。
ああしかし、目測はしていたが本当に背の高い御人だな。腹側も大きな傷跡はなかったようで精々裂けた衣服の下からお肌がチラリズム程度だ。セーフ。地に伏していて見えていなかったが、右目に眼帯なんてしていらっしゃったのね。何だか某有名武将を思い出させるよね、眼帯って。
なんてことを勝手に思っている私など知らない様子の青年。掌を見て、腕、胴と体を確認していくのを一先ず眺め、「どうして?」と心底不思議そうに止まったところでそろりと手を上げてみよう。呆然としている彼を可能な限り驚かせないように。
「大丈夫ですか?」
「っ?!」
びくりと大きく肩を揺らして驚かれた。うん、そうなるとは思ってた。私の存在に気が付いていなかったみたいだからそんな反応にもなりますよね。すまぬ。
微妙な心持ちにはなったが表情には出さず傍らに膝をつき、挙手姿勢のままでいる私を丸くなった目に映してくださっている青年。ひらひらと手を振ってやりたい悪戯心が芽生えかけるがやめておいた方が賢明だな。不審者過ぎる。
やって良いことと悪いことを判断し、やるべきだと思ったことを実行に移す。
「目に見える範囲は治せたみたいですが、何処か痛むところがあれば言ってください。治します」
さらりと言ってしまったが、この世界に魔法に該当するものがあるとかないとかを考えた発言をするべきだったんだろうとは思う。……後々に。
目を覚ませばいきなりいる不審な女のおかしな発言にぱちぱちと、少しだけ幼くも見える様子で瞬いた青年を黙って見つめ続けること数拍。
「……き、みが、僕を?」
治療したのか?であればこう答えよう。
「はい。痛むところはありますか?」
重ねて問うてみたのだが、沈黙が返った。呆然ではなく、ぽかんといった様子である。無防備な御顔ですね。何があるわけでもありませんけれど。
「僕を、手入れ、したの?君が?」
手入れって何だ。その聞くからに物に対して使うべきであろうと思われる単語が何故出てきているのかわかりませんよ。聞き間違えでしょうかね。
「治療しました。問題がありましたか?」
聞き間違えということにして治療を強調して再度問うてみる。問題があったと言われれば何故かを聞いたうえで場合によっては説教に移行する所存。命大事に、これ重要。
「………………審神者」
「さにわ?」
ぽつりとこぼれた言葉が意味不明で鸚鵡返しになったのだが、答えは返ってくることはなく、問い直すことも出来なかった。
「ひぃっ!?」
素早い動きで挙手していた手を取られたのに思わず上がった怯えの声。反射的に逃れようとしたのだが、掴まれた手はびくともしなかった。
とある事情で発症したものが急速に体の内から湧き上がってくる。けれど……。
「助けてっ」
私の顔面を鷲掴みに出来そうな大きな手。そんな手が、私の小さな片手を取る彼の両手が、震えていた。
骨が軋む音が聞こえてきそうなほど強くて痛い力加減。でもそこにあるのは悪意でも敵意でもない。
私を映した琥珀色が、泣き出しそうなくらいに必死な色をしていた。
だから、私の中の何かは緊急事態なんだとなりを潜めた。
私の手を取る両の手は祈り。
私を映した琥珀の隻眼は懇願。
後になってわかることだけど、彼はこの時藁にもすがる思いだったんだと思う。
「お願いだ……僕たちを、助けて……っ!」
これを逃せば次はない。私のちっぽけな手が命綱か何かのように必死な様子で握り締めて乞うから、こう答えるしかないでしょう。
「わかりました。何をすればいいですか?」
「!?」
これも後で言ったこと。助けを求めておいて驚かないでよって。