私は術師で審神者にあらず、其の弐
しんと落ちた一瞬の間、そして誰からでもなくざわっと静かだった場はどよめいた。
騒がないのは三人だけ。問う光忠さん、問われる私、見守る鶴丸さん。
「燭台切っ、一体何を言い出すんだ?」
「そうです燭台切殿っ、それはどういう意味ですか!」
歌仙さんやこんのすけ殿、それ以外にも問う声はあるが、光忠さんの琥珀色は真っ直ぐに私だけを見て答えを待っていた。
「私は」
だから、真っ直ぐに琥珀色の隻眼を見返して答える。
ざわつきが止み、場にいる全員が私の言葉に注視するのがわかる。
「術師です」
直球で否と投げない返しに困惑や当惑が空気に混じる。
光忠さんはそれでも黙り、私を見ていた。言葉は終わった訳ではなかったから。
「分類としては珍しい治癒術師になります。所謂魔法使いとか、魔術師とかの類です。世界を回り廻り満たす不思議の力、マナだったり魔力だったりと表すそれらを自身の体を濾過器として取り込み、己が力として行使する術持つ者」
扱う力は多種多様、それこそ千差万別だ。一撃必殺、災害上等な超がつく攻撃的なものから雨天でも室内干しで爽やかドライ、温風を繰り洗濯物を乾かせます。
そんな国も滅ぼせそうな危険域から生活密着型まで幅広くこなそうと思えばこなせる技術。お前は術師を何だと思ってやがると怒鳴られ呆れられたのは余談である。
本家本元の術師様方は生活密着してくれない非日常型オンリー。つれないし勿体ない。
区切った間にも困惑はある。あるが、誰も口を挟まぬその間は決定的な言葉を待つように思えて捻くれ者は自論を進む。
「間違えていたら訂正願います」
一見静かなその場所に、疑問という名の石をぶん投げる。
小さな波紋ではなく、ぼちゃんと跳ねて響けと言わんばかりに。
「さにわとは、神職に属するものではありませんか?巫、覡などの神に仕え、その声を聞き、時にはその依代となり神降ろしをなす。そんな存在ではないのですか?」
生憎よくは知らないんだよ。何でもかんでも興味が湧いたら首を突っ込んで表面を軽くさらってひとまず満足するなんて浅い知識。
“ さにわ ”という言葉もその範囲内。ちらりと見聞きした覚えがあるようなくらいのもので、半分以上は言葉とニュアンスから発想を飛ばした想像にすぎない。
ただ、そこまで間違いでもないと思う訳なのですよ、コレが。
鳥居の向こうは神域、神の坐す世界。
「先程、貴方様方は刀剣の付喪神であると鶴丸さんがおっしゃいました。又、さにわと呼ばれるあの人間として駄目な方向に突き抜けた屑、主の霊力によって自分達は現世に顕現されていると光忠さん、貴方はおっしゃった」
それ即ち。
「さにわとは、神を降ろす力を持つ人間のこと。又、本丸と呼ばれるこの地は結界により隔離された貴方様方神々が住まう神秘の領域」
ああ、なんと言っただろうか。たしか……。
「清庭」
求めた解をくれたのはこんのすけ殿だった。
「神降ろしを行う場所を清庭と呼び、それを執り行う者を清庭を持つ者と称し審神者と呼ぶのです。審神者は神に近しき者。故に刀剣に宿る付喪神を呼び起こすことが可能なのです。この本丸は現世であり現世ではない時の政府により管理され守られる一種の箱庭です。神気を持つ付喪神が住まうが故に神域に近いものへとなりはしますが、それはあくまで結界により外界から隔離し閉ざされている故に起こることでしょう」
円らな瞳でこちらを見上げ、すらすらと告げられる説明に私の頬は知らず歪んだ。
「デウス・エクス・マキナ」
箱の中の神様。もしくは機械仕掛けの神様だったか。正しい意味で覚えていないし使えてもいないが、いま、この状況に関してはそう外してないと思える言葉。
「それも、間違いではないでしょう」
思わず零した言葉に一部とはいえど同意が返り、今度こそ不快さで顔を歪めた。
「人間如きの勝手な都合と道理で神々を縛るとはどういう了見だ。愚か極まる、罰当たりにも程があるぞ。一体何を考えてる。そもそも一柱の神と対話することすら至難の業だというのに何故これほど多くの付喪の神が坐すのか。力場を整えるにも限度があろう」
光忠さんも鶴丸さんも刀剣の付喪神。であれば、この場に集う二十三名全員が付喪の神様だ。神の言う仲間とは、神に違いあるまいよ。
何より己を害した人間の子などを仲間とは呼ぶまい。私なら問題を起こしたのが一人でも、愚かな行いを許した種族であるとそいつ以外の同族にも少なからずフィルターをかけてしまうよ。いけないとは思ってもね。
「各本丸にて顕現される付喪神、刀剣男士の方々は本霊より分かたれた分霊です。神格を落とし、依代となる刀剣に宿る分霊。それが彼ら刀剣男士なのです」
刀剣男士ってのはどうやら彼ら、審神者によって呼び起こされた付喪神への呼び名らしいな。
「神格を落とす。それは仮の器を用意し、審神者の力、霊力で人間の形に受肉させてるってことか?」
うぉおい、どっかで見聞きした召喚システムみたいな感じがしなくもないぞそれ。
いい予感しねえ。
「その通りです。依代となる刀剣に必要とされる知識を情報化しております故、顕現された時点で皆様は己が何物で、何をなす為にあるのかを認識できるようになっております」
ほらみろ嫌なニュアンスがっつり入ってきた。知識の情報化?何をなす為にある?
ひくりと頬が引きつり上がる。
「本霊様へと分霊をお貸し願うと申し上げ、大量生産の如く用意した依代に、分霊様方を宿し、契約で縛り人間の手に持たせたと」
「時間遡行軍と戦うには数が足りないのです。霊力を持たない人間では傷一つ付けられず、神気を宿す武具を使ったとしてもそれを満足に振るえる人間は少ない」
ああ、また知らない単語が増えた。それも物騒な方向の話だぞこりゃ。
「技術技能を持つ者は限られ替えが利かない。一朝一夕で使えるところまで鍛えることは出来ず、鍛えたところで必ずしも使えるとは限らない」
与えられる情報を元に継ぎ接ぎで繋げて出す答え。
正確ではないが、凡そにはなる。
「ならば本体が武器、争う術持つ刀剣である付喪の神々を審神者の力で受肉させ、己が本体である刀剣を振るい戦って貰おうと」
「武器である故に皆様は本体である刀剣を扱う術に長けているのです」
そりゃそうだろうよ。多くの刀は斬る為に作られ、戦場で武功を立てる武士達により振るわれてきた。
刀剣であった時に得た経験、そして生み出し作り上げられた時に己に求められた本領を忘れることはないだろう。それは魂に刻まれている絶対的なものだろうからね。
受肉し、人間の形を得たならば、刀剣男士と呼ばれる彼ら以上に己が本体である刀を振るえる存在はあるまい。
「芽が出るかもわからない武術を人間に時間をかけて一から修得させるより、人間の身に慣れさえすれば即戦力になれる刀剣男士を顕現させる。成程、これなら頭数がある程度そろうわな」
じわりじわりと脳を侵食する冷たい感情。
それは平静を装う声に、態度に、顔に、緩やかに表れ出す。
「特殊技能である審神者の力を持つ人間を安全圏に置き、戦力になる刀剣男士を顕現させる要石とする。刀剣男士は座にある本霊より分かたれた分霊。つまり仮の依代である刀剣が破壊されようと繋ぎ止める依代を失くしただけの分霊は本霊の坐す座へ還るので滅びる訳ではない。別の依代を準備すればいい替えの利く存在という訳か。成程成程、実に効率のいいやり方だ」
くすくすと目を細めて笑い、息を吸い込んだ次の瞬間、それらは全て霧散する。
「胸糞悪い反吐が出る」
細めた目はきつく鋭く、吐き捨てた声音は低く冷たい。瞬く間に変わった態度、その表情は嫌悪に歪む。
そんな私に驚き戸惑い息を呑むのが聞こえたが、そんなのどうでもいいことだ。
ただただ、この小さな管狐をねめつける。
「発案者は一体どこのどなた様かしらねド畜生。きっと無神論者で人間様こそこの世界で最も尊いのだとか腹が笑いで捩じ切れそうな戯言を声高に宣言できちゃう人間至上主義なんでしょうよあっはっはー」
声の高さこそ変化せど、ひどく平坦で感情の乗らないのっぺりとした音。
表情も似たり寄ったりで、顔の筋肉だけで笑みを作るが目は一切笑わぬ嫌悪と憤怒で燃えている。
「さぁて、何とはなしに理解したつもりだけど間違えてたらお笑い種だし訂正願いたいのでご教示願いたく」
肩を竦ませて嘲り笑うそれはとても教えを乞う者の態度ではない。
「審神者は分霊たる刀剣男士を顕現させる存在。刀剣男士は非戦力の審神者に代わる戦力」
替えの利くとは腹立たしいので口にしなかった。
そんな風になど私は思えないし思いたくなどない故に。
「管理者は時の政府。政府と言うからには国、公的機関か。となればそれに管理される審神者は役職、あーいや公務員みたいなもんなのかね。そうなると構図が見えてくるわなあ。国家権力をこれでもかとひけらかしてんだなこりゃ。審神者の力はある種の才能で恐らくは生まれつきの異能だ。調べる検査機器を作って検査は国民の義務ですよーってか。それで適正者を見つけて今度は強制するわけだ。お高い給与がありますよとかおいしい条件で釣り上げて、それでも釣れなきゃ脅すんだろうなあ。でもって決まり文句はアレだ。御国の為に戦えるなんて名誉なことよ、素晴らしいわ、誇りに思って死んで来い。いやはや戦時中に大義名分振りかざして大量虐殺を正当化したクソったれな精神お帰りなさいってか。つくづく学ばんな人間って奴は、まったくもって歓迎できんわくたばれこの野郎共」
はっはっはーと顔面だけで笑って吐き捨てる。
教えを乞うとか言っときながらやっていることは言葉に出した情報整理で完全な独り言。人の話を聞くつもりは恐らくどこにもありはしない。
「そうなると本丸の意味合いだいぶん違わぁなあ。戦力保持した陣地としての正しい意味での本丸。神の住まう閉ざした箱庭、作られた神域。そんな意味よりむしろ政府によって飼い殺される憐れな審神者の為に用意された檻。ああ、最悪の意味なら棺桶ってのもありかもなあ。いやーゲスいゲスい。罵り文句が世界三大瀑布も驚く量と勢いで溢れちゃいそうで笑える」
文面上の言葉繰りだけなら楽しそうに聞こえるかもしれない。
なにせわざと叫んだりしないようにそちらへと気持ちを寄せて抑え付けているのだから。その所為で表情筋で作った顔面と叫ばぬよう抑えられてのっぺりした声音が見事に乖離して不気味だ。
「と、時の政府はそのようなことを考えては――」
そんなお近付きどころか遠巻きにでも勘弁願いたいだろう私に果敢に挑んできたこんのすけ殿に拍手。
だが、冷めきった目に見つめられ、管狐殿はぎくりと全身を震わせた。
「あらやだ素敵。庇い立て出来る要素が一欠片でもあるのかしら?それとも建前?義務的な何か?個人的には腐った組織内にいるまともな誰かを思ってとかだといいなあ。理路整然とした文字を並べ立てられるより余程心動かされるものね。不思議なことに」
うふふなんて頬に手を当てどこかやさしげにも聞こえる声を作っているのに、出て来るのは槍の形をした言葉の雨あられ。散弾銃もびっくりだ。
「今更だけど教えてくださいな、政府に所属している管狐様。あなたは一体何なのかしら?私の何を試し、何を得ようとしているつもり?」
にこりと愛想良く表情を作った直後、声も表情も落とす。無機質に無感情に荒ぶることないよう抑圧しながら、それでも抑えきれない圧を向けて問う。
「機密であろう情報を与えて私をどうするつもりだ」
「「っ?!」」
この発言にただ私の変化を、荒ぶる感情垂れ流して語る姿を呆然と眺めていた幾人かが反応してくださった。
その内の二名、光忠さんと鶴丸さんのこんのすけ殿へ血相変えて真偽を問う視線を向ける様子には、疑問半分嬉しさ半分と複雑な気持ちになれる。
「…………お気付きでしたか」
小さな声は肯定で疑問。けれどその音に罪悪感が感じ取れて、大きく息を吐いた。
こんのすけ殿はびくりと震え、反応を窺う視線があちこちから刺さってちょっと居心地が悪い。
「これで気付けないほど愚かなつもりはないよ。光忠さんが私に審神者か否かを問うた時点で話は一旦打ち切るべきだ。術師でしかない私は明らかな異端、速やかに排除すべき異物だ。だというのに秘匿すべき情報を与えるのだから何か企んでるのかと疑ってかかるのは当然でしょう。私も我が身はそれなりに可愛いし惜しむ」
それなりというところがいかにも私である。
「刀剣男士である皆様、それも太刀や大太刀の手入れが可能な霊力をお持ちであるのに、審神者ではないばかりか審神者を知らぬあなたが何者なのかとお試ししました」
申し訳なさそうに、どこか人間臭く萎れるこんのすけ殿の様子に苦笑う。
「試した結果は如何なものか?」
素朴な疑問に開いた数拍の間。
「神を敬うやさしい御心をお持ちかと」
何を言われたのかと瞬いて、理解できたらぶっふと噴き出しけらけらと笑う。
「本当に女かと疑われるほど口汚く悪口雑言垂れ流した奴相手に面白いことをのたまうものだ。管狐と言ってましたっけね。それは陰陽道とかで誰かの術式で括られた式神ということになるので?」
笑いの余韻を残しながら疑問を告げれば、無礼千万な私にこんのすけ殿は答えを返してくれた。
「いえ、我々は霊的な術と科学技術で生み出されたもの。主に従う式神ではなく、時の政府が生み出した人工AIを搭載する機械端末です。時の政府と審神者様の間を繋ぐ連絡係のようなものとお思いください」
うん、これはこれでひっかかる物言いで眉間に皺が寄る。
目撃したこんのすけ殿に身構えられたので指で伸ばしてみるがきっと無駄。
「あー、一家に一台ならぬ本丸に一式。人工AIってことは各本丸で性格が異なる?」
「はい。審神者様が本丸へと着任なさる折に我々こんのすけも生まれます。知能や情報は時の政府により日々更新されますが、審神者様と本丸に顕現なされた刀剣男士の皆様との交流でどのように接することが良いのかを学び、変化するようになっております」
なんというか……携帯端末内にいらっしゃる「メールが届いたよ!」とか音声でお伝えしてくれるコンシェルジュ的なキャラが二次元から三次元に飛び出て来たと考えたらいいんだろうか。すごい微妙すぎる例えだが。
続いているこんのすけ殿の話を聞きながらそんなことを考えて半分が術式、半分が電子機械であるらしい彼の存在を想像する。
「サポート役ゆえ審神者様のメンタルケア、刀剣男士との友好関係なども管理致します。定期的に時の政府からノルマをこなしているのか、審神者様と刀剣男士との間に諍いや問題が生じていないか等の調査、報告も致します。本来ならばこの本丸で起きていた事は許されることではなく、こんのすけより時の政府へ報告申し上げ摘発となるのですが……」
しゅんと俯いたこんのすけ殿の言わんとすることはわかる。
「報告されまいと捕縛拘束されてたわけか」
誰かこんのすけを知らないか、と歌仙さんが確認してましたものね。
「と、なるとだ。定期報告が途絶えてもちょっと不審に思われる程度……いや、別に通信手段がこんのすけ殿一択はあるまい。予期せぬ事態を考えれば二、三はあるはず。であれば偽りの報告くらい容易いか。だがこんのすけ殿を亡きものにではなく、拘束で済ませていた理由……。んー、エマージェンシーコールみたく破壊されました系に対する非常ベル機能つきとか?」
ぶつぶつと視線を上へと放り投げて思考に走っていたのだが、ほぅと感心する系の息が耳に入って視線を下ろす。
こんのすけ殿の円らな目が私を見ていた。不思議そうに。
「よくそこまでお気付きに。こんのすけには破壊された時に発信される緊急事態を知らせる機能があります。もちろん必要があると判断された折には自発的に発信することも可能です。それ故こんのすけは破壊されることなく、審神者様によって封印処理をされ機能を凍結させられておりました」
……つまり、目に余るあの野郎を摘発しようと思ってはいたわけだ。
残念ながら失敗して拘束くらって今日まで沈黙する羽目になっていたようだが。
ふむ、ちょっと問うてみるべきか。
「少々伺いたいのだがよろしいか?」
「は?はい、何でしょうか」
睨む、嘲る、罵るなひどい対応からすれば丁寧な口調で話しかけられて、ぱちくりと瞬いたこんのすけ殿。いや、すまんね塩辛い対応で。でも、
「貴殿はいま政府寄りの立場か?それともこの本丸に坐す刀剣男士様方寄りの立場か?」
返答によっては塩どころか対応激辛だとそっと呟くんだがな。当然、胸の内で。




