第6話:百合姫、伊武咲姫子
「はぁ・・・」
自宅のベッドの上。俺は天井をぼーっと見つめながらため息をついた。
今日はここ最近でもトップクラスに疲れた日だ。よりにもよってあのタイミングで初対面のメンバーに見られるとは・・・。
今日の放課後、俺とスミレがあらぬ体勢になっていたときに入ってきた人物のことだ。なかなか強情なやつで、誤解を解くのに苦労したものだ。
あとから聞いたところ、そのナンバー003を名乗る女の子は1年の女子で、伊武咲姫子という名前らしい。綺麗な黒のセミロングと色合わせしたかのような綺麗な目。そして赤のフレームが特徴的な眼鏡。いかにも文学少女っぽいなというのが俺の印象であった。
どうやら俺は姫子とはウマが合わないらしく、誤解を解く途中で何回か軽い口論になってしまった。そのたびにスミレがオロオロと困っていた。スミレには後日色々謝罪するべきだな。
その後響から、「ごめーん!今日部活のスケット長引きそうだから行けないっ!!今日は解散っ!!!」というふうなメールが来たものだから、俺の疲労とストレスはピークに達してしまったというわけである。
そういえば依頼者は結局一人も来なかったな・・・。それにしても探偵事務所のメンバーが俺以外全員女の子だったとは。俺にとっては迷惑極まりないな。
しかし!明日は休み!しかもこの疲労とストレスを吹っ飛ばしてくれるイベントがあるのである!!
『コミックパーティー』、略してコミパ。簡単に言えば同人誌の即売会である。1年に2回春と秋に行われるイベントで、春に開催される今回は「春コミパ」と呼ばれる。
今回、というか毎回なのだが俺の目的はもちろんショタ同人誌である。健全本からR18まで全てを網羅する俺に死角はなかった。コミパじゅうの全てのショタ本を掻っ攫う勢いだ。
一番の目的は、サークル『高架下のサーカス』の困り顔ピエロ先生の作品である。タイトル名は『ぼくとド変態先生』。
今から楽しみで寝られない。明日だけは全てを忘れて全力で楽しんでやるからな・・・!
―――コミパ当日。
いつもなら考えられない時間に起き、戦闘準備も万端で会場までやってきた。今バイトもやってないニートの俺にとって今日の出費は死活問題になりかねないが、そんなことは考えない。とにかく今日という日を楽しむことに決めたのだ。
そしてついにコミパが始まった。俺は戦場へと走り出した。
コミパ開始から3時間。両手いっぱいの紙袋を抱える俺の姿があった。数々の死地をくぐり抜けたような貫禄まであったことだろう。
一番の目的である困り顔ピエロ先生の作品は最後に取っておいてある。かなりマイナーなサークルであるというのと、ブログに書いていた発行部数からしてまだまだ売り切れないだろうという俺の計算だ。あんなに素晴らしい作品を描くのに何故マイナーなままなのだろう。理解し難い・・・。
しかも、いつもなら他サークルに委託していたのだが、今回はスペースがもらえているということで初めて困り顔ピエロ先生のご尊顔が拝めるかもしれないのである。やはりこんな素晴らしい本を描くお人の顔は一度でいいから見てみたいものだ。
ふらふらと、サークル『高架下のサーカス』の場所まで向かっていると一際長い行列が出来ているのを見つけた。なんだ?こんなところにそんな大手サークルあったっけか・・・?
カタログで確認してみるとどうやら最近伸び始めてきた百合同人サークル、『ガラス細工の舞踏会』であった。
これを見て今日一番の苦い顔。「百合」というジャンルは俺が最も苦手とするものであった。女どうしの何がいいんだ。それならショタどうしのホモのほうがよっぽど素晴らしい。
列が道を塞いでいるのに腹が立った俺は、文句の一つでも言ってやろうと売り場をのぞいてみた。
「え・・・?」
時間が止まったようだった。驚きで声が出せない。
そこにあったのは探偵ナンバー003、伊武咲姫子の姿だった。
向こうもこちらに気付いたらしく、大口を開けて驚いている。しばらくすると姫子が切り出す。
「なっ、なななななんでアナタがここにいるんです!!!」
「こ、こっちのセリフなんだが・・・。姫子・・・サークルだしてたのか・・・」
「ちょっと本名呼ばないでくださいよ!しかも下の名前で呼んでいいなんて言ってないでしょう!!」
俺を姫子の友達だと勘違いした売り子が、「プリンセス先生、そろそろ休憩入っていいですよ。お友達と回ってきてはどうです?」といらぬ世話を焼く。
しかしこのまま口論を続けても周りからの視線が痛いのは確か。俺が、場所移動しないかと提案すると姫子はしぶしぶだが了承してくれた。
場所を変えても姫子の興奮は収まらないようだった。
「このこと誰にも言わないで下さいよ!分かりましたね!?」
「まぁまぁ・・・。分かったからとりあえず落ち着きなって、プリンセス先生・・・」
「その名前でも呼ばないでください!!!」
まぁ姫子が同人活動をやっていたからといって俺は何も思わないし、それを言いふらす相手もいないのだが・・・。しかしひとつだけ、どうしても言いたいことがあった。
「百合なんか書かずにショタを書け!!」
「え、はぁ!?」
「この作品群を見ろ!表紙だけで素晴らしい作品達というのが伝わってくるだろう!?」
女子高生にショタ同人誌を嬉々として見せつける22歳ニート。あとから後悔するのは目に見えているが、コミパ中はおかしなテンションになってるから仕方ないよね。
姫子はというとゴミ溜めを見るような目で俺を見下している。やめろ、そういう趣味はないんだ。
「探偵事務所でスミレ先輩を襲ってたこと・・・。私の誤解だと信じることにしてたんですが、やっぱりあれは・・・」
「あれは違う!あんなことショタにしかしない!」
「変態には変わりありませんね」
辛辣な捨て台詞を吐いて去っていった姫子。・・・なんだか心がボキボキになった気がするがとにかく今日の目的を果たそう・・・。
姫子のスペースからしばらく歩いたところにあるサークル『高架下のサーカス』。ここでも俺は心を折ることになった。
「か、勘弁してくれ・・・」
そこにいたのは今一番会いたくない相手、神崎まりこであった。神崎は俺に気づくと少し驚いたようだったが、すぐにどこか怪しい笑みを浮かべ手招きをした。
「琵琶くん・・・。こういうのお好き?」
ますます神崎が分からない。こんな怪しい人物から物を買ってもいいのか、という葛藤も虚しく約一分後には『ぼくとド変態先生』をお買い上げしているのであった。
家に帰ると、昨日以上にたまってしまった疲労をショタ成分で回復した。『ぼくとド変態先生』は素晴らしすぎて正直泣いた。
その後ネット掲示板で「百合サークル『ガラス細工の舞踏会』アンチスレ」なるものを立てたのは内緒である。
自分は百合大好きですよ。




