第5話:雪里スミレの過去
部屋に時計針の音だけが響き続ける。この沈黙が続いてもうどれくらい経つだろうか。
俺は今日も律儀に探偵事務所まで来ているのだった。しかしいつもと違うことがひとつ。響がいないことだ。
響は今日、部活のスケットやら何やらで忙しいらしく、ここに来るのが遅れるらしい。本当にアクティブな奴だ。言い方を変えれば自由すぎる。
そして、部屋にいるのは俺だけじゃなかった。俺から見て長机の反対側、右斜め前の一番端っこに座っているのは雪里スミレである。こうして二人きりになるのは初めてだったがやはり無口な娘で、気まずい時間が刻々と流れていくのであった。
俺に人並みのコミュニケーション能力というものが備わっていればこの状況を簡単に打破できるのであろうが、お生憎さま俺は“コミュ障”というやつであった。少しでも話したことがある人となら平気で会話することもできるが、そこまでたどり着くのが苦手なのである。
それに加えて相手は女子高生だ。対する俺は22歳ニート。いやがおうにも頭の中で、「キモがられてないかな」とか「後で悪口言われないかな」といったことを考えてしまうのである。悲しい性だ。
ここまでほとんど言い訳であったが、こういう理由で俺はひたすらスマホをいじって自分の時間を繋いでいるのであった。
「あ、あのっ・・・!」
驚いた。まさかスミレの方から声をかけてくるとは・・・。俺はたじろぎながらも、「どうしたんだ?」と返した。
「い、依頼者さん・・・き、来ませんね・・・」
「お、おう・・・」
え?それだけ?とも思ったがこれはスミレなりに気を使って、特に話すこともないのに場を繋ごうと考えてくれたのであろう。内気な娘だと思っていたが、俺よりよっぽど人間が出来ている。
「というか依頼者って、俺がここに入ってから一人も見てないんだが・・・」
「あ、はい・・・。一日に一人来てくれたらいい方なので・・・」
まぁそんな事だろうと思っていた。そもそもこんな怪しげなところに相談に来る人がいるというのが一番のオカルト要素なのだ。
「・・・なぁスミレ、お前も俺の幽体姿が見えるんだよな?」
突然の俺からの質問に驚いた様子だったが、スミレは「はい・・・」と返す。
「いつから霊感が強くなったとか、そうなった理由とか分かるか?・・・まぁ言いたくないんなら言わなくていいんだけど」
これは素朴な疑問だ。インターネットなんかで調べてみたところ、生まれつき霊感があるという人はかなり少ないらしい。身近な人の死や自らの命の危機などで霊感が強くなった例が多かった。理由によってはかなり答えにくい質問ではあったが、どうしても知りたかったのだ。
響に聞いても「説明下手だからー」とか何とか言われてはぐらかされるのは目に見えている。スミレなら答えてくれるかもしれないという淡い期待だ。
「あ・・・う・・・」
と言ったきりスミレは顔を俯かせてしまった。やはりこの質問はまずかったか。
「いきなりこんな質問して悪かった、スミレ。もう言わなくてもいいからな・・・?」
「い・・・いえ、言います・・・」
なんだか俺が無理やり言わせているみたいで罪悪感で胸が張り裂けそうだったが、スミレの目は本気だった。
「昔・・・10年前くらいに母親を亡くしたんです・・・。父親とは私が生まれてからすぐに離婚したらしくて・・・一人で私を育ててくれた人でした・・・」
俺の体に衝撃が走る。これじゃまるで俺の人生と同じじゃないか。
「それからです・・・幽霊が見えるようになったのは・・・。私・・・母親を探しているんです・・・。もう天国に行っちゃってるかもしれませんが・・・もう一度だけ話がしたくて。」
母親を探す・・・。母親の死から逃げていた俺には出来なかったことだ。スミレ、お前は本当はとても強い人間なんじゃないか。
スミレの話を一通り聞いたあと、俺は立ち上がり口を開いた。
「俺も探してやる」
「え・・・?」
あっけにとられるスミレ。先程まで母親の話をしていたせいか少し涙目になっている。
「スミレの母親探し、俺も手伝うよ。実は俺も母親を亡くしていてな。共感し、そして尊敬したんだよ。お前にな」
「・・・!」
スミレの頬を一筋の涙がこぼれ落ちる。
「あり・・・ありがとうございます・・・・・・!!」
スミレはそう言うと涙を拭い、少し微笑んだ。
その微笑みに俺の心は揺らぎかけたが、俺にはショタがいると自己暗示しなんとか踏みとどまった。
スミレ、ありがとうな。お前のおかげで俺も母親の死にもう少しだけ踏み込んでみようと思うことができたよ。
「わ、私顔洗ってきますね・・・!」
恥ずかしそうに泣き顔を手で覆いながら席を立つスミレ。顔を隠しているのが災いしたのか、机に足を引っ掛けてしまう。
「ひゃっ・・・!」
「危ない!!」
なんとかスミレの体を支える。・・・しかし運動もろくにしてこなかったニートの力はなんと非力なものだろう。腕力が足りずに二人同時にゆかに落ちてしまった。
「いってて・・・だ、大丈夫か!スミレ!?」
「だ・・・大丈夫です、けど・・・」
よかった、どうやら怪我などはないようだ。
しかし二人の格好が大丈夫じゃなかった。
床の上で俺がスミレに被さる形になってしまっていた。すぐにでもどかなければならないのだが、突然の出来事で足が震えて動かなかった。なんて情けないのであろう。
こんなシチュエーションを漫画やアニメで幾度となく見たことがある。これはマズイやつなんじゃないだろうか。誰かに見られて勘違いされるというお決まりの・・・
その時、ガラッとドアが開いた。アーメン。
「お久しぶりです!探偵ナンバー003が来ましたよー、って・・・」
「あ・・・ひ、姫子ちゃん・・・」
「何してるんですかあああああ!!!!!」
俺の学園ライフ、さよならバイバイ。




