プロローグ
━━━━ここは・・・?
目を覚ますと僕は知らないところにいた。いや、少し違うな。実際にこの場所を知っているわけではないが、一目で病室だと分かる場所だった。
そして奇妙な点がいくつかあった。
まず、自分の体が浮いていたのだ。空中に、フワフワと。空を飛ぶのは夢の一つではあったが今はそれどころじゃないな。
もう一つの奇妙な点は今目にしている光景のことだ。一つのベッドを数人の医者や、たいそうな医療機器やらが囲んでいる。そのベッドに横たわっている子供。・・・紛れもない、自分自身だった。
こんな状況を何かで読んだ気がする。たしかこの前お母さんに読んでもらった絵本に似たような話があったな。
人間の体から“たましい”が抜けて、その“たましい”が街を探検するというお話。お母さんはこのお話の後で“ゆうたいりだつ”という言葉を教えてくれた。7歳の自分には難しい言葉だったがなんだかカッコいい言葉だなと思い覚えていた。
“ゆうたいりだつ”。まさに今のことをいう言葉だ。
何故こんなことになっているのか。思い出そうと試みるも、記憶がすっぽ抜けたように無くなっていて何も覚えていなかった。
僕を囲んでいた医者達は何かを諦めたようなため息をもらし、頭を抱えた。耳を澄ましてみると病室の外からは泣き声が聞こえる。すぐにお母さんの声だと分かった。
子供の頭ながらに状況を整理してみると、どうやら僕は死んでしまったらしい。この時点では死んだという事実に対して恐怖や絶望といった感情は全くわかなかった。元々そういう性格なのだ。小学校では先生に心配されるほどに。
でも一つだけ後悔がある。
お母さんともっといっしょにいたかった。
僕には昔からお父さんがいなかった。お母さんが一人で僕を育ててくれた。僕が唯一信頼できる人だ。まだ親孝行というものもできていない。
やっぱり死にたくないな。
お母さんのことを思い出すほどその気持ちが強くなっていく。駄目だ、死にたくない死にたくない死にたくない
これほど自分の感情を自覚したのはいつぶりだろうか。いや、初めてなんじゃないだろうか。
その時、病室にドアを開ける音が響いた。お母さんが病室に入ってきたのだ。お母さんは真っ先にベッドにかけよって僕を抱きしめた。涙を流し、何かを言っているようだったが、その言葉は何故だか聞こえなかった。
お母さんの泣き顔。それがスイッチになり、僕の感情は暴走した。涙が止まらない。止まらない止まらない
そして涙が枯れたあと、僕の意識は途切れた。
目を覚ました時、僕がいたのは病室のベッドの上。お母さんの腕の中だった。