なんでこーなった
辞表
私、グリスは当学園の特別学級『エデン』を辞職させて頂きたく候
「……なんですかこれは?」
ジャ―ノン学園長はメガネをつけてそれを凝視した。
「読んでわかりませんか? 辞表です」
「うーん、最近老眼で字がよく見えませんで……」
そんな言い逃れ通じるか!
「私には荷が重すぎます! 本日をもって辞職させてください」
頭を深々と下げた。
「困りましたねぇ、まだ一日じゃないですか。と言うか、HRが終わっただけじゃないですか」
そう言われると少し心は痛むが元々望んで教師になった訳じゃない。
*
元凶は伝説のモンスター使いジャック=モンストルの記事だった。
「私には夢がある。それは、いつの日か、このバークレイズの丘で、かつて争っていた人間族、亜人族、モンスター、兄弟として同じテーブルにつくという夢である。楽園を創ろう。人間族も亜人族も……そしてモンスターが平等で争いのない楽園を」
素晴らしい言葉だ。この記事を読んで俺も心が動かされたし、いつかこんな世界ができることに胸が膨らんだ。
だが、決して心動かされてはいけない者の心が動いてしまった。
このバークレイズの盟主であるギュネス候。
ある朝、そのギュネス候に呼び出された。
「バークレイズ防衛団3番隊隊長グリス、馳せ参じました」
そう緊張した面持ちで玉座の前に立った。
ギュネス候はバークレイズ防衛団団長も兼任しており、実質的な上司でもある。
「グリス……貴様、今は暴力の時代じゃない。いいか? ジャック氏はこう仰った。バークレイズの丘で、かつて争っていた人間族、亜人族、モンスター、兄弟として――」
先日のジャック氏の記事を懇々と説明しだすギュネス候。
なんなんだ、何が言いたいんだ。そう思っていると、
「――という訳で、貴様をディサルエン学園の新設特別学級『エデン』の教師に抜擢する」
といきなり辞令を下すギュネス候。
「あの……話が見えないのですが」
「だから、人間族、亜人族、モンスターがみんな同じ机に座って授業するんだよ。『バークレイズエデン化計画』の第一歩だ」
誇らしげに胸を張るギュネス候。
なんだその怪しげな計画は。
「い、いやしかし俺にはこのバークレイズの町を守ると言う任務が――」
と言うより、そんな得体の知れない計画には1秒だって乗りたくない。
「心配には及ばない。貴様の穴ぐらい埋めて見せる。俺を誰だと思っている?」
そんな事言うなら、そもそもその特別学級の担任に他の奴を入れて欲しいところだ。
「しかし――」
「グリス……異種差別は人間の血が入ってる貴様が一番苦しんでいた事じゃないのか?」
突然ギュネス候が真面目な顔をしてこちらを見つめて、思わず心が痛んだ。
幼少の頃から、人間の町に住んでここバークレイズの町で育ってきた。今では、人間の好奇や忌嫌の視線も随分なくなって来たと思うが当時が辛くなかったと言えば、それは嘘だ。
自分は純粋なゴブリンじゃない。人間の町に住んで、人間の血をわけている半端なゴブリンだ。そんな想いは、いまなお消えない。
「……そもそも生徒はいるんですか?」
そう苦し紛れに尋ねると、ギュネス候は目を輝かせながら語り始めた。
「各国から亜人族を派遣してもらったから問題ない」
ギュネス候はこの大陸でも3本の指に入るほどの有名人だ。諸国が近隣に住む亜人族と親交があるなら、喜んで生徒として派遣してくるだろう。
「それはわかりますが……問題はモンスターですよ!」
「問題ない。スライムは今週捕獲したし、ドラゴン族はあのダークルーラの子どもを留学生として派遣してもらった。ゴーレムは魔法省に召喚してもらったし、ギガンテスはほらっ、お前最近捕まえただろう。あの親子の子どもだよ」
あまりにも軽く言ってのけるギュネス候。
「そ、それって要するに、無理やり捕獲したり敵だったモンスターを無理やり生徒にするって事じゃないですか!?」
むしろ、虐待に当たるのではないのだろうか。
「安心しろ、記憶消しておくから」
そ、そーゆー問題ですか!?
「言語はどうするんですか! コミュニケーションが取れないと――」
「そんなもん知らん」
ギュネス候はきっぱり言い切った。
そして、気がつけばディサルエン学園に派遣されていた次第だ。
*
「……ハッキリ言って自信がありません。何とか『自分は教師だ』と言い聞かせてここまで来ましたが、そもそも教師ではないですし」
「何を言ってるんですか! あなた、生徒たちにそんな事を言えるんですか!?」
そうジャ―ノン学園長が詰め寄る。
たとえそんな事を叫んだとしてもあの喧噪だらけの教室では虚しく響くだけではないだろうか。
「ここには、私よりも立派な教育者たちがいますし」
そう言いながら周りを見渡す――が、怖いぐらい誰も目を合わさないなおい!
「いいえ! あなたしかいないんです。あなたしかできない! 誰がドラゴンの炎を浴びて平気なんですか! 誰がギガンテスの痛恨の一撃に耐えられるんですか!」
あの……俺もそれ無理かもしれませんけど。
要するに、肉体的に耐えられるのが俺しかいないから俺が選ばれたのだと改めて思い知った。
どう喚いても辞職させてはくれそうにない……肩を落としながら、次の授業に向かった。