神様転生の舞台裏~世界滅亡を防ぐための15分間~
ズキリ、とこめかみの奥に鈍い痛みが走った。
空間そのものが軋むような不快なノイズが、純白の神殿に響き渡る。
「……また、落ちてきたのか」
豪奢な玉座に沈み込んだ神は、重い溜息とともに顔を覆った。
本来交わるはずのない次元の壁を抜け、上位世界からポロポロとこぼれ落ちてくる『転生者』たち。
ただの魂ならばいい。だが、上位世界の規格で構築された彼らの魂は、この脆弱な下位世界にとって致死毒のバグだ。放置すれば、強大すぎるエラーの負荷によって世界は容易くパンクしてしまう。
「――残念ながら、お主は死んだのじゃ……」
神は床に転がる青年に向かい、努めて荘厳な声を絞り出した。
根元が黒く濁ったプリン頭。耳元で安っぽい金属ピアスがジャラジャラと鳴る。
「えっ、マジで!?」
青年は目を剥き、純白の空間をキョロキョロと見回すと、パンッと手を叩いた。
「オレってもしかして、神様のミスで死んじゃった系?」
ピキリ、と神のこめかみに青筋が浮かぶ。
(己がスマホを見ながら赤信号を突っ切ったからだろうが、この阿呆が!)
沸き上がる怒りを、神はグッと喉の奥へ呑み込んだ。ここで機嫌を損ねてはならない。世界を救うには、彼らへの徹底した『迎合』が不可欠なのだ。
「……いかにも。本当にすまないことをした」
神は深く、深く頭を下げた。屈辱に奥歯が鳴る。
土下座せんばかりの神を見下ろし、青年はニチャァと粘着質な笑みを浮かべた。
「じゃあさ! 異世界に転生とかして、チートでハーレム作っちゃったり出来るわけ?」
(出た。チートハーレム)
分不相応な力を得た凡人の末路など火を見るより明らかだが、神に「否」はない。
「もちろん、償いのためじゃ。望むものを望むままに与えよう」
「マジで!? えーっとね、まずは絶対に死なない無敵のバリアでしょ、それから全属性の魔法が使えて、あと鑑定眼と……」
水を得た魚のように、青年は唾を飛ばして欲望を垂れ流す。
「相分かった。少しの間、身体の力を抜いて目を閉じるのじゃ」
「おっけー!」
青年は無防備に目を閉じた。自分は絶対的な主人公であり、悪意に晒されるはずがないと盲信しきっている。
――その瞬間、神の瞳から温かな色が消え去った。
(魂の防壁が緩んだ。今だ!)
神は無造作に青年の胸ぐらへ手を突っ込む。物理的な肉体を透過し、その奥の『魂の核』を直接鷲掴みにした。
「ッ……!」
指先を焼くほどのすさまじい熱量。上位世界の魂は、触れているだけでチリチリと神の肌を焦がす。焦げた砂糖のような甘ったるい匂いが鼻腔を突いた。
神は瞬きすら忘れ、青年の魂に刻まれた膨大な情報を書き換えにかかる。
『無敵のバリア』のコードを上書きし、裏で魂の最大容量をこの世界の規格へと徹底的に削り落とす。
『全属性魔法』のパッチを当てつつ、世界への干渉権限をデッドロックする。
上位システムの産物を、下位の管理者権限で強引にデチューン(弱体化)していく。それはさながら、稼働中の時限爆弾を素手で解体するような極限のハッキングだった。
チート能力など、所詮は神が与えた『箱庭の玩具』。強大な力を与えるふりをして、実際は世界の枠組みを絶対に超えられないよう厳重なプロテクトを掛けているのだ。
(頼む、間に合ってくれ……! ここで弾かれたら、世界ごと消し飛ぶ!)
冷たい汗が、美しい頬を伝い落ちる。
――カチリ。
魂の規格が、この世界の枠組みにピタリと収まった。
「ふぅ……」
神は小さく安堵の息を吐く。指先に残る火傷の痛みが、世界を救い切った確かな証だった。
これで仕事はほぼ終了だ。あとはこの安全基準を満たしたリサイクル品(転生者)を、適当な場所に投棄するだけ。
「もう目を開けよ。お主の望む力は確と授けた」
神がそう告げた瞬間、青年の足元にぽっかりと漆黒の穴が開いた。
「――えっ!?」
足場を失い、宙に浮く。慌てて見上げた青年の目に映ったのは、玉座からこちらを見下ろす神の姿だった。
「達者で暮らすのじゃぞ」
奈落へと落ちていく青年が最後に見たのは――。
息を呑むほどに美しく、それでいて、厄介払いが済んだ喜びに満ち溢れた、神の極上の笑顔だった。
はじめまして、八月永遠と申します。
「なぜ神様は、一個人にペコペコ謝ってまでチートをくれるのか?」
そんな『異世界転生のお約束』への素朴な疑問から、このお話は生まれました。
涼しい顔で行われているチート付与の裏で、実は神様が世界の存亡を懸けて必死に働いている(デスマーチを繰り広げている)。そんな裏事情を楽しんでいただけたなら幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。また次の作品でお会いしましょう。
それでは、よしなに。




