転生神様の憂鬱
神は悩んでいた。
その理由は、最近、異世界からの来訪者が爆発的に増えたことだ。理由は自身の知り得ぬ異世界のこと故、完全に把握出来てはいない。しかし、平常の時が数百から数千年に一度起これば、良いくらいの出来事だったのが、近年ではそれこそ数年に一度や二度の信じがたい異常なペースでやってくるようになってしまった。
彼、あるいは彼女らは様々な形式でこの世界にやってくる。主な方法は転移、転生、召喚、憑依などだ。ここでは便宜上一纏めにして「転生者」と呼ぶことにする。
転生者たちが普通の人間ならばどれほど良かったことだろう。いや、転生者たちは元は普通の人間だったのだ。元いた世界では。 先ほど転生者たちは様々な形式でこの世界にやってくると言ったが、それを正確に表すならば“落ちてくる”と表現するのが正しい。
この世界――いや、この世界を含む数多の世界は、重ねられた紙束のように幾重にも層を成して存在しており、層自体が違うため、本来ならば行き来することは出来ない。
それが何の因果か、重なり合う両界の狭間に僅かな綻びが生じてしまうことがある。もちろん、その綻びは小さく、また、世界に備わった機能によって、たちまちの内に修正されてしまう。そのため、その綻びが問題になることはほとんどない。そう、ほとんどである。
そして、その例外が転生者。いや、正確に言うならばそれ以外のものが落ちてくることもあるが、それらが世界に与える影響は、転生者に遠く及ばない。
水が高きより低きに流れるように、転生者たちもまた、上に重なる世界から下に重なる世界へと落ちてくる。
そこに問題があるのだ。「残念ながらお主は死んだのじゃ……」
神は努めて厳かに目の前の青年に告げる。それに対して青年は瞠目して口を開く。
「えっ、マジで!?」
青年の口調は見た目と同じで、極めて軽薄なものだった。きっとあまりに現実味のない出来事に直面して、事実だと認識出来ていないのではないだろうか。
根元の黒くなった茶髪と耳の装飾品を揺らしながら、青年は周囲の様子を頻りに窺った後、納得したように頷いてとんでもないことを口にした。
「オレってもしかして、神様のミスで死んじゃった系?」
した覚えのない罪の濡れ衣を着せられ、神は憤懣やるかたない気持ちになった。しかし、世界を危機から救うため、青年に話を合わせることにした。
「……そうなのじゃ。本当にすまないことをした」
沸き上がる怒りをグッと抑え込み、神は青年に頭を下げる。すると、その頭が上がりきらない内に、青年が言う。
「じゃあさ、じゃあさ! 異世界に転生とかして、チートでハーレム作っちゃったりなんか出来るわけ?」
そんな青年の発言を聞いて、神は心中で嘆息する。さっきの濡れ衣の件といい、今の異世界転生やチートハーレムといい、最近の転生者たちには一定の傾向というものがあった。
それは転生者のほとんどが程度の差はあれ、今のような状況を認識しており、尚且つ耐性があることだ。そして、高確率でチートという人の身に余る能力を求める。
強すぎる力は身を滅ぼす。特に今まで特別な力を持ったことのない平凡な人間が、急に分不相応な力を身に付ければ、その先に待っている結末は、決して明るいものではないことは予想に難くないだろう。
しかし、神にはそんな青年を転生させない。チートを与えないという選択肢はなかった。そして、青年の言葉は神にとっても渡りに船であった。「もちろん、償いのためじゃ。転生でもチートでも望むものを望むままに与えよう。さあ、何でも希望を言うが良い」
神に促され、青年は水を得た魚のように生き生きと自身の欲望をぶちまける。
転生者が望むものには際限がないが、大抵の場合、転生者が元いた世界の創作物に登場するような能力を求められることが多い。「漠然とこういった能力が欲しい」と言うよりも、イメージしやすいからであろう。転生者たち曰く、チート。
この青年も例外ではなく、思い付くままにいくつかのチート能力を挙げる。
「相分かった。これからお主の希望に沿って能力を授けよう。少しの間、身体の力を抜いて楽にし、目を閉じるのじゃ」
言われて青年は素直に目を閉じた。そこに拒絶の意思は感じられない。近ごろ増えた転生者のほとんどは、こうして素直に応じてくれる。まるで自分が何者かの悪意に曝されることはないのだと固く信じているかのようで、何とも無防備。だが、神にとっては都合が良い。
青年の魂の防壁が緩まったのを感じ取り、すかさず神は青年の魂に介入する。そして、青年の望むように魂に記された情報を書き換える。その際、“ついでに”青年の魂を自身が管理する世界の枠に収まるように、出来る限り情報を改竄することも忘れない。
これをしておかないと後で大変なことになる。具体化に言うならば、世界の崩壊と滅亡だ。 転生者――正確に言うならば、その魂は水のように高い所から低い所へ移動していく。
魂とは本来なら、一つの世界の中で上手く循環しているものだ。だが、先に述べたように何の偶然か、その世界の外側へと飛び出してしまうことがある。そして、その先はほぼ間違いなく下の層に存在している世界なのだ。
上の世界と下の世界では、当然ながら規格が違う。世界の外枠というか型のようなものは同じでも、内側はその世界の管理者である神の裁量によって、様々な手が加えられている。その世界に存在しているモノは、神が定めた規格に合うように作られている。そのため、普通なら問題など起こり得ない。
しかし、そこに転生者という上の世界から来た規格外の異物が現れたらどうなるだろう?
簡単に言うならば、世界はその存在を受け止めきれず、大きな歪みが生じる。少しの歪みならば修正も容易だが、大きな歪みとなると直すのにも相応の時間が掛かるのだ。さらに最悪なことに、ここ最近は往時と比べて転生者の数が激増した。このままではその歪みによって世界の崩壊、あるいは滅亡もあり得る。
だからこそ、それを防ぐために神は転生者に対してこういった形で干渉し、その魂に刻まれた情報を、自身の管理する世界の規格に適合した形に書き換える必要があった。
だが、それは並大抵のことではない。何故ならば、世界というのは上に行けば行くほど大きな規格を使っているのが普通であり、管理している神の力も強いからだ。
自身よりも強い力を持つ神が作り上げたモノを、それより劣る力量で書き換えなければならない。その苦労は想像を絶する。失敗すれば世界は滅亡の有り難くないオマケ付きだ。
それ故に神は全力を尽くす。
いかに転生者の警戒心を解き、魂への介入を容易なものにするか。また、魂の情報をどれだけ効率的に素早く書き換えるかが鍵となる。
そのために神が考えたのが、転生者たちが口を揃えて言うチート能力の授与だ。 もちろん、ただチート能力を与えるだけでは虫が好すぎて転生者から逆に怪しまれてしまう。なので、神からすれば不服なことではあるが、先ほどのように自身の過失ということにしたり、今はいもしない魔王の討伐を依頼する見返りや、漠然とした世界の救済など、もっともらしい理由をでっち上げて、転生者の警戒心を解かせるのだ。そうすることで、魂への介入――防壁の突破の難易度を下げている。
そして、チート能力を与える作業と同時進行で、魂の情報を管轄の世界の規格に適合した形に書き換える作業を行う。この時の作業は迅速かつ丁寧に行わなければならない。でなければ、魂が持つ防衛機能に阻まれ作業が上手くいかないのだ。
しかし、魂の情報の改竄、言うなれば世界に合わせた弱体化を行っているにも拘らず、チート能力などというものを与えるのは何故か?
それは単純に転生者を油断させる目的もあるが、強力無比な能力であればあるほど、書き換えに掛かる時間を確保出来る上に、手を加えられる範囲も広くなるためである。
また、いくらチート能力と言えど、所詮はその世界の管理者である神が与えた力である以上、その世界の枠を超えて影響を及ぼすことは絶対にあり得ない。寧ろ、神の調整も受けずにそのまま世界を彷徨かれた方が問題と言えよう。崩壊、滅亡、待ったなし! だ。そのため、神としてはチート能力程度で世界が救えるなら安いものである。 魂の調整を終えた神は内心、安堵した。これで仕事はほぼ終了。あとはこの青年を送り出すだけ。
神は眼前の青年を見上げた。青年はまだ目を閉じている。
この瞬間だけは、神の心も世界を救えた安心感から晴々としている。意趣返しを思い付けるほどに。
「もう目を開けよ。お主の望む力は確と授けた。これからはその力を使い、新たな世界で好きなように生きるが良い」
その言葉と共に、青年の足元がポッカリと黒い口を開けた。
「――えっ!?」
突如として、足に感じていた地面の感触がなくなったことに疑問を感じた青年が下を見る。その視線の先には、今まで確かにあったはずの白い床は存在していなかった。ただ、深く底の見えない黒い穴が拡がっている。
思わず瞠目する青年に対して、頭上から言葉が投げ掛けられる。
「達者で暮らすのじゃぞ」
その時、青年が一瞬だけ見た神の顔は、見惚れるほどに美しく、花が咲いたような笑顔だった。
はじめまして、八月永遠と申します。
個人的に感じた神様転生の矛盾点を埋めるためにこの小説を書きました。
何故、神という超常存在が、一個の命をそこまで気にかけるのかとか。簡単に謝ったり、すぐにチートを与えちゃうのかとかを私なりに考えて……もうありそうだけど、書いた次第です。
まあ、平然と行われる神様転生の裏では、実は自分の世界の存亡を賭けて神は一生懸命に戦ってる(仕事してる)んですよ。みたいな感じでした。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。また、何か書いたらよろしくお願いします。
それでは、よしなに。




