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第80話 王印の儀式

「観客席の皆の衆、聞いてくれ!!!」


 ルビオンさんが大声で叫んだ。


 客席の国民たち、そして兵士たちもざわつき始めた。黄泉の軍団が消えたことで、注目は一気に闘技場にいる俺たちに集まった。特にルビオンさんの姿は目立つ。見た目は完全にケモミミ、じゃなかった……サーバルキャット風の亜人だからな。


「私の名前はルビオン。このメンデル王国にいにしえより伝わる国王即位、”王印の儀式”を執り仕切る一族です」


 ルビオンさん、これだけ大勢の人の前でよくそんなに堂々としていられるな。さすがは元獣の長ってところだろうか。


「おういんの儀式? そういえば昔聞いたことがあるような」

「突然出てきた亜人風情が何を言い出す」

「もうメンデルの王様はちゃんと居るじゃねぇか!」

「今さら即位ってどういうことだよ!」


 客席から矢継ぎ早に野次が飛んできた。


「静まりなさい!」


 そこに近衛師団を従えたイオさんが現れた。貴族議員になったガレスさんも一緒だ。青い顔をした現国王を引き連れている。国王はガタガタと震え、足元すらおぼつかない。


「この現メンデル国王は、偽の血筋である!」

「ひ、ひぃ」


 メンデル国王が跪いて四つん這いになった。顔色はさらに悪くなり、この世の終わりを見たような絶望に満ちた表情をしている。自分が王家の血筋ではないことを知っているのだろう。


 血筋が重要という慣例を敷きながら、国の頂点である国王が偽の血筋と知れたら、国民たちは黙ってない。下手をすれば、反乱を起こされた挙句、捕らえられて処刑されてしまうかもしれない。


 俺もそこまでは望んではいない。彼はこれまで国王として務めを果たしてきたんだし、悪いことをしていたわけじゃない。働いた分の報酬はもらっていいはずだ。うむ、退職金はちゃんと出してあげないといけないよ。適当に野に下って、退職金で道楽貴族でもやりつつ、余生を過ごしてもらえばいいと思っている。


「国王が偽の血筋!? そんな証拠がどこにある!」

「そうだそうだ、近衛師団長といえども不敬罪だぞ!」


 また野次が飛んでくる。


「それをはっきりさせるために”王印の儀式”を行うのだ!」


 今度はルビオンさんが叫んだ。


 王印の儀式は、もはやメンデルにおける古事だ。知っている者の方が少ない。歴史の教科書の片隅に載るような内容だ。貴族はともかく、一般市民が歴史の教科書に接する機会はほとんどない。教育の格差と識字率の低さが痛い。俺たちのシナリオ通りに進めるためには、国民全体で儀式の共有を図る必要がある。それはどうするのだろうか? 


「さて、私の出番か」


 そう言って出てきたのは、シャルローゼさんだった。彼女が小さく呪文を唱え、杖を振りかざすと闘技場の天井付近に大きなスクリーンが出現した。スクリーンといっても、煙のようなモヤでできている。


「メンデル国民よ。忘却した大切な儀式を今こそ思い出す時だ!」


 次の瞬間、煙のスクリーンに大きな映像が映し出された。


 おぉ、これは……営業会議のプレゼン状態じゃないか!? シャルローゼさんがゆっくりと語る。スクリーンに王印の儀式、そしてメンデル王家のこと、さらにはエランド王国のことまで事細かに映し出されていく。声も魔法で増幅しているのか、闘技場全体に響き渡っている。


 今や観客たちは、シャルローゼさんが映し出す映像に釘付けだ。まぁ、テレビも映画もない世界だからな。驚くのも無理はない。日本だったら、巨大スクリーンと大型プロジェクターがあればできちゃうけどね。


 シャルローゼさんが、裏で忙しそうに動いていたのは感じていたけど、まさかここまで準備していたとは。幻覚魔法が専門の魔法使いならではの術という訳か。


 観客席は大いにどよめいた。信じきっていた王家に裏切られた事実を知ったことになる。


「早く儀式をやれ!」

「そうだそうだ!」


 よし、今度は儀式で真偽のほどを証明する段階だ。


 四つん這いになった現国王の上着を脱がし、上半身だけを裸にするイオさん。これで準備は整った。


 ルビオンさんが国王の前に跪き、一呼吸おいてから大きく手を振りかぶって胸に平手を叩きつけた。


 パチーンという豪快な音ともに、国王の胸には見事な”もみじ”が出来ていた。闘技場は固唾を飲んで、彼の胸に注目している。


 30秒……1分……。いくら経過しても、もみじの跡に浮かび上がってくる痣はない。がっくりとうな垂れる国王。これで偽物の血筋であることがわかったはずだ!


「でも、王家に本当に痣なんて、そもそもあるのか?」

「ああ、誰もしらねぇしなぁー」

「アイツ、嘘こいてるんじゃねぇか?」


 まずいな。確かに俺以外にも本物のエランド一族の者が居て、痣が出ることを証明しなければ、嘘を言っていると指摘されても仕方がない。


「では次は私の番ですね」


 そう言って闘技場に降りてきたのは、ジャンさんだった。


「皆さん、私はコーネットを治める国王、ジャン=ホイヘンス=コーネットです。私にもエランド王家の血が流れていることは知っていると思う! 今こそここで証明しよう!」


 ジャンさんは自ら上半身裸になって、ぱちーんと一撃。これまた見事なもみじを作った。直ぐに半月状の痣がくっきりと浮かび上がる。その証拠を見せるために、闘技場の真ん中まで移動した。


「おお、本当だ!」

「コーネットの若い王様はエランドの子孫だべ」

「すごい事になってきたな」


 観客席がざわつき始めた。


「メンデルの皆さん、これで現国王が王家の血筋ではないことはお分りでしょう。今ここに現国王の廃位を宣言します!」


 イオさんが高らかに宣言した。観客席のからの反論もない。「王家の人間でなければ、いくら実績があろうと是非もなし」という空気になっている。


 しかしメンデルは、象徴であり心の支えである国王を失ったことになる。案の定、徐々に客席からは不安の声が漏れ始めた。


「静まれっ! ここで正当なエランド王家の血を引く、次期メンデル国王を紹介する」


 よし、ついに俺の出番か。緊張するがやることは一つだ。胸をはだけてもみじを作る。それだけだ。しかも、今や小学生女児なので胸は無いに等しい。大勢の前で胸をはだける恥ずかしさも大幅減だ。嬉しいような悲しいような微妙な気持ちだが、結果オーライだ。


「この御方こそ、次期メンデル女王、カミラ=ブラッドール=メンデルである!」


 優しくナヨっとしたイオさんから、信じられないほど強い声が発せられた。揺るがない信念を感じる。そういえば、イオさんって俺が王になることを一番推してた人だもんな。


「それでは今より、王印の儀式を執り行う。立会人はいにしえからのしきたりに則り、獣の長の一族、ルビオンとするっ!」


 ルビオンさんが、俺の鎧を脱がせた。そして上半身の服を取り、もみじを作るべく手のひらを一閃した。直ぐに俺の胸には、三日月の痣がくっきりと浮かび上がった。


「おおっ、あの小娘、本当にエランドの直系だ!」

「まさか」

「あの斧の一撃も凄かったし、タダ者じゃねぇよ」

「俺たちは王の誕生に立会えたのか?」

「よかった、本当の新しいメンデル王の誕生だ!」


 客席の中には、ヴルド家の支持者やヴルド派の貴族もいる。俺たちを支援するよう、さくらとして紛れ込ませている。ずるいようだがこれも作戦の一つだ。さくらたちに引きずられて、徐々に闘技場全体が、新国王誕生の雰囲気で満たされた。


 ――― しかし


「待たれよ!!! 私はメンデル国宰相、カール=エルツである! その小娘はエランド王族であるが、同時にブラッドール家の人間でもある。この者の父、ビスマイト=ブラッドールは鍛冶師コンテストでいかさまをした。鍛冶はメンデルの誇りであり魂。ビスマイトはメンデルの魂を汚した男。そんな人間の娘を国王と認める訳にはいかない!」


 カールの野郎、いつの間にこんな悪どい口上を考えていたんだ。現国王の保険として、ビスマイトさんを陥れた訳か。


「皆の者、考えてもみてくれ! こんな小娘にメンデルの舵取りができる訳がない。そして今や貴族議会や要職はすべてヴルド家の人間達だ。幼い新国王の後見人はヴルド家となろう。これはヴルド家による傀儡かいらい政権の始まりではないか! ヴルド家が現国王を陥れたクーデターではないのか!」


 観客席に動揺が走る。明らかに空気が変わった。ざわつきはやがて不安の声となり、徐々に俺たちへの不信へと変化し始めた。


「か、カール。余はお前だけが頼りだぞ」

「陛下、このカールがお守りいたします。ご心配されますな」


 ちっくしょう、あと一歩ですべて丸く収まると思っていたのに。何か、何か逆転する手はないのか?!


「お待ちください!!!」


 その時、闘技場の最上段から大声で現れたのは、ディラックさんだった。ビスマイトさんも一緒だ。よく見れば、ドルトンさんとチャラ男も後ろに控えている。


 鍛冶部門のいかさま濡れ衣騒動は、どう決着したんだろうか? 濡れ衣騒動の展開のいかんによって、この場の空気は大きく変わるだろう。


「ビスマイト=ブラッドールは、いかさまなどしておりません!」

「ほほう、騎士団長殿。どうしてそのような事が言えるのですかな? 何か証拠はあるのですか? もし国王陛下の御前で虚言を吐くようなら、宰相の名において即刻裁判所送りにしますぞ! その覚悟はお持ちなのでしょうな」

「ぐっ……し、証拠は、その……」

「ほれほれ、どうなされた。今直ぐ証拠を示されよ!」


 宰相カールは強気だ。足が着かないよう万全の準備をしているのだろう。仮にバレたとしても、自分は無関係を装うことができる自信があるのだろう。二重三重に防衛線を張る。出たとこ勝負はしない。何事も常に計画的で用意周到。カール=エルツとはそういう男だ。


「アハハッ、証拠ならここにあるよ」


 爽やかな笑顔で闘技場に降り立ったのは、誰あろうブリッツさんだった。彼女はいつもの灰色のマント姿だった。エルフの耳を隠そうともせずに、宰相カールの前に立ちふさがった。


「き、貴様は悪魔に魂を売り渡した薄汚い魔法使いではないか!?」

「ああ、この耳かい? 魔法使いのただの象徴だよ。別にボクのことはどうだっていい。それより証拠だよ。ほら、コレ」


 ブリッツさんの掌には大きなガラス瓶があった。その中には、小さな悪魔が入っていた。真っ黒で全身がテラテラとした光沢を持つ不気味な姿だ。俺がこれまで持っていた悪魔のイメージはこれだよ。日本人が普通、悪魔といって思い浮かべる姿だ。


 瓶に封印されているとはいえ、実体化した悪魔が今、目の前にいる。それだけで闘技場からは驚きの声が上がった。そりゃそうか、日本人だって目の前に悪魔というか、こんな禍々しい未知の生物がいたら、どよめくだろう。


「こ、これは、悪魔!? こんな穢らわしいモノを儂の前に出すとは!」

「だってこれが証拠なんだから仕方ないじゃない。この悪魔はね、ブラッドールの対戦相手、マイヤー=ハッブルに取り憑いていた悪魔なんだよ。名前は”拘束の悪魔”。術者の命令に従って、取り憑いた者の精神を自由に操る悪魔さ」

「む、む、そ、それがどうしたというのだ!」

「マイヤーは、この悪魔を通じて術者の意のままに操られていただけなんだ。それでブラッドールにいかさまの濡れ衣を着せたんだよ」

「そんな言葉が信用できるか!」

「うーん、そうだね。じゃあ直接この悪魔に自白してもらおうかな」

「馬鹿な! 人間を騙すことが身上の悪魔の言葉など信じられるわけがない」

「普通ならね。でも悪魔が契約を絶対に守る契約主義者なのは知っているかな?」

「ふむ、悪魔のことなど知らぬが、その程度の知識など一般常識だ。子供でも知っている」

「だからボクは、この拘束の悪魔と契約を結んだんだ」


 そう言ってブリッツさんは、悪魔との契約書をカールに手渡した。契約書に書かれた紋章とブリッツさんの掌にある紋章は同じだ。悪魔と契約した人間は、その悪魔を象徴する紋章が体のどこかに刻まれる。つまり、ブリッツさんは拘束の悪魔と契約したのだ。


「ぬっ! では貴様、その悪魔を操ってマイヤーとやらに自白させる気か?!」

「違うよ。契約書をよく読んでよ。ボクは悪魔の力を使うつもりはないよ。ボクが望んだのはただ一つ、マイヤーに取り憑かせた”術者”を自白すること。これで悪魔の言葉でも信用できるでしょ?」


 ……命懸けだ。いや、ブリッツさんは実際に寿命を掛けたのかもしれない。俺のために、ブラッドールの名誉のために……。どんな形であれ、悪魔と契約するなら、その分の代償が必要だ。拘束の悪魔は、前術者の名前を告白する代わりに何を要求したのだろうか。拘束の悪魔ほどの上級悪魔だ。おそらく軽い代償ではないだろう。ブリッツさんが心配だ。


「じゃあ、拘束の悪魔くん、契約を履行しようか。君をマイヤーに取り憑かせてブラッドールを嵌めるように命じたのは誰だい?」

『……ソルト=エルツ。貴族議員のソルト=エルツだ』


 まぁ、知ってたけどね。でもそれを証明することができなかった。まさか悪魔の契約を利用するとは。魔法使いじゃなきゃ思いつかないよ。


「確かソルト=エルツは宰相のお身内でしたな?」


 ディラックさんがここぞとばかりに捲したてる。


「ぐ、ぐ、そんな悪魔の証言など信用ならなん! ソルトは確かにエルツ一族だが、破門したのだ。縁を切ったのだ、儂とは一切関係がない!」

「おやおや、でも宰相様、あなたは契約に基づいた悪魔の言動は絶対のものだと仰いましたよね? 今さらそれを嘘だというのは、いくらなんでも虫が良すぎるのではありませんか。それとも、宰相様こそ陛下の御前で虚言を吐かれたのですか。であれば、即刻裁判所送りですね」


 おお、ディラックさん、さすがだ。相手の言質を取って、返す刀でばっさりやりやがったぞ。こういう駆け引きって、政治の世界で揉まれてないとできないよな。よくよく考えてみると、”こじつけと屁理屈”の応酬なんだけど、俺には到底思いつかない。


 カールがぐったりと首をうな垂れて、力なく両膝をついた。どうやら観念したようだな。


「メンデル国民の諸君、そして諸外国の諸君! ここにメンデル国騎士団長ディラック=ヴルドが宣言する。立会人、ルビオンを以って正式に王印の儀式がなされた。エランドの正当な血筋のカミラ=ブラッドール=メンデル様が女王に即位なされた!」


 観客席が沸いた。闘技場全体が揺れるような歓声が上がった。拍手も鳴り止まない。手叩く音がシャワーのように降り注いでくる。こんな小娘にも敬意と祝福を以って迎えてくれるんだな。さすが王政の国だ。王族の血が一番とされる国ならではだな。


「カミラ殿。……いえ、女王陛下、皆様に手を振ってあげてください」


 俺が客席に向けて手を振ると、一際大きな歓声が上がった。


「新女王様、万歳! メンデル、バンザーイ!!!」


 いけね。舞い上がってすっかり忘れてたけど、まだ上半身裸だったわ。しかも幼女のおっぱい丸出しだぜ。児童なんとか法で、日本ならみんな逮捕されちゃうな。


 それを察して、素早くレンレイ姉妹が上半身にマントを掛けてくれた。


「カミラ様、おめでとうございます」

「ありがとう、レンレイ。これからもよろしくね」

「もちろんです。生ある限り私たち姉妹は、カミラ様に寄り添って参ります」


 ……終わった。そして長かった。


 俺はみんなの期待に応えることができた。これからは、ゆっくり政治をやって行こう。課題は山積みだけれど、一つ一つ解決していけばいい。


 獣たちとの約束、エルフとの約束、コーネットとの同盟、そして何よりもブラッドール家の存続だ。どれも俺の力だけでは実現できないだろう。でも今、俺の周りには家族がいる。自分を捨ててまで助けてくれる仲間たちがいる。こんな訳のわからない小娘を、信頼してくれる人たちもいる。歩みは遅いかもしれない。これから俺は、皆が幸せに生きていける国を作ろう。


「おっと、盛り上がっているところ悪いの」


 突然不吉な影を感じた。今の俺は、以前のような気配感知が使えない。獣王の力は残ってはいるが、以前よりだいぶ弱くなっているからだ。


 目の前にボロ布を被った2つの人影があった。闘技場は見通しがいい。気配感知がなくても、見知らぬ人物が近づいてきたら気が付くはずだ。いつの間に接近を許してしまったのだろうか。まだエルツ家の刺客が潜んでいるかもしれない。油断は禁物だ。


「あなた方は誰ですか?」

「フヒャヒャヒャヒャ、誰とはご愛想だのぉ。新しい女王が即位するというのでな、遠路はるばる祝いに来てやったんだ」


 俺は、自分の目が写したモノを信じることができなかった。そこには、アルベルトとメリリアが立っていた。


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