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第79話 金剛精の正当な所有者

「カミラちゃん、大人になったって聞いてたのに、昔のまんまじゃないの。どうしたの?」


 シャルルさんが、相変わらずの口調で話しかけてきた。この声も久しぶりだ。何だか懐かしい。上空ではソルトが忙しなく妖しげな呪文を唱えている。にもかかわらず、シャルルさんは冷静……というか、まったく意に介していない。


「シャルルさん! わたし……悪魔に力をすべて奪われてしまったみたいです。早く、早くあのソルトを止めないと!」

「よしよし、やっぱり私のカミラちゃんは幼女じゃなくっちゃねー」


 そう言って、俺に抱きついては頰ずりしてくる。


 ……あー、久しぶりに味わうこの感覚。間違いなくシャルルさんです。というか、どんな状況でも自分の欲望ポリシーだけは絶対に曲げないのな、この人。


 いやいや、今はそれどころじゃない。アンデッドの軍団が召喚されてしまう。そうなれば俺たちの勝ち目はかなり薄い。ソルトが呪術を発動させている今を叩くしかない!


「まぁまぁ、そう慌てないでよ。左腕は仕方がないけど、右腕はちゃんと動かせるかしら?」

「え、ええ……大丈夫ですけど。それよりも早く!」

「確か黄泉の軍団……だったかしら? でもシャルローゼがアンデッドは何とかなるって言ってたわよ」


 それはエルフのちびっ子長老を当てにしてのことだろう。だけどエルフはアンデッドを一時的に封じるだけだ。相手の数が多ければ、それも難しい。シャルローゼさんだって、そのくらいはわかっているはずだ。


「カミラちゃん、気が付かないかしら?」

「何をですか?」

「体が小さくなっても、鎧はどこも余ってないわ」

「そう、ですね……」

「この鎧は成功作ね。持ち主のサイズに合わせて、自動でフィットするように設計してるのよ」

「そんな機能があったんですね」

「私がこの4年間、コーネットで練り上げた技術の集大成の1つだからねぇ、ウフフ」


 どんな原理なのか皆目見当もつかないけど、これは革命的な鎧だろう。さすがはシャルルさんと言うべきだ。でも今は、のん気に掛け合いをしている場合じゃない!


 上空を見ると、呪術の術式が終わっていた。ソルトが高く手を挙げると、闘技場の天井付近が黒い雲に包まれた。あろうことか雷まで鳴り始め、雷光が四方八方に飛来した。雷撃が観客席へ落ち、何人かが派手に吹き飛んでいくのが見えた。


「はっはっはー、これからが本番、お楽しみタイムだよー。さぁ、皆んな恐怖に怯えながら死ぬ様を見せておくれよー」


 ソルトはどこまでもソルトだ。本当に人殺しが好きなのだろう。しかし奴の言う通り、もう止めることはできない。黒い雲の向こうから、首のない馬とそれに跨った骸骨の戦士達が続々と現れては、闘技場へと降り立った。スケルトンの不死騎馬隊だ。騎馬隊は瞬く間に数を増やしていった。


 中には死肉を喰らうグールやゾンビ、そして死神の使者ワイトの姿も見える。黒いマントをはためかせた、顔色の悪い連中も混じっている。おそらく下級のバンパイアだろう。


 何よりもその数に圧倒されてしまった。軍団と言っても、せいぜい50や100程度だとタカを括っていた。本来不自然な存在であるアンデッドを人間界に召喚するには、相当な力が必要だ。だから数は多くないだろうと予想していた。


 しかし、俺たちの認識は甘すぎたようだ。広い闘技場の半分以上が、ソルトの黄泉の軍団でびっしりと埋まっていた。これではちびっ子エルフ1人が居たところで、お話にもならない。焼け石に水だ。残念だが、こちらに強力な呪術使いが居ない以上、ソルトの言う通り俺たちは全滅かもしれない。


 闘技場に降り立ったジャンさんを始めとするコーネット一行も、ヴルド家の人々も、騎士団の連中も顔を青くしている。レンレイ姉妹の顔も強張っている。


 アンデッドは少数でも大変な脅威だ。それは、この世界の人々に潜在的に刷り込まれている共通認識だ。その恐怖の対象が、今は万単位で出現している。


 想像を超えた敵の数に、戦闘体勢を取るのさえ忘れている。観客席の連中は、恐怖のあまり身じろぎ一つできずにいる。声を上げて逃げ出すことすらできない。圧倒的で絶望的な状況だ。もはや誰もが鍛冶師コンテストのことなど頭から吹き飛んでいた。


 アンデッドではなく、術者であるソルトを斃せばいいとはわかっている。だが誰も動けない。ソルトを守るように、アンデッドの軍団が囲んでいるからだ。奴に手を出すには、まずアンデッド軍団を斃さなければならない。今の俺たちには不可能だ。


 ちくしょう! せっかく皇帝の悪魔に生かされたのに……この命もここまでなのかよ。せめて、獣王の力があれば!


 その時だった。ちびっこ長老エルフの声がした。


「おい獣王! いや今はもう獣王ではないな。悪魔に生かされた人間か。随分小さくなったな」


 まぁ確かに、小学生女児の俺には、エルフの長老様を”ちびっ子”とは言えない。


「ち、長老様? それは……」

「やはり私の言った通りだったろ。ほら、金剛精を渡しておくぞ」


 エルフの長老は、観客席から闘技場の俺のところまで、冗談みたいに大きな”あの斧”を運んできてくれたのだ。エルフは精霊であり魔法にちかしい種族だ。だから金剛精に触れることができるのだろう。ましてやその長老ともなれば、実際に持って運ぶこともできるのか。


「ありがとうございます。でも私にはもう何の力もありません。せっかくの金剛精を活かすこともできません」

「何を言っている。お前はあの悪魔によって生かされているのだ。今は金剛精の”正当な所有者”だ」


 俺が所有者? ……死にぞこなった皇帝の悪魔を、受入れ体質で取り込んだからか?


 エルフの長老に言われるがままに、金剛精を持ち上げてみた。もちろん右手だ。左腕はもう居ない。


 ……軽い。この感覚は以前、左腕の義手で扱った時と変わらない。試しにブンブンと振り回してみた。普通に扱える。というか、剣よりもむしろ体に馴染んでいる。


 そうか、皇帝の悪魔を直に取り込んだ俺は、いわば”所有者ネイティブ”になった訳か。金剛精が完全に制御下に入ったってことだな。よしよし、武器としては十分使えそうだ。


 が、問題はある。ガトラスさんの話、というかドワーフの伝説によれば、金剛精は所有者の属性によって斬れるものが違うらしい。おそらくこの巨大斧で人間を斬ることはできる。振るう人物が人間である俺だからだ。そしてたぶん、悪魔も斬ることができる。皇帝の悪魔の力が作用しているからだ。しかし、アンデッドは斬れないだろう。


「何を迷っている! さっさと金剛精を振るってあの術者を斃してこいっ!」

「でも長老様……私に黄泉の力はありません。金剛精でもアンデッドは斃せないのでは?」

「ったく、あのアホが。何も教えてなかったのか。金剛精はな、所有者が斬りたいと念じたものなら何でも斬れる。実体があろうがなかろうが関係ない。精神だけを斬ることもできる万能の武器だ」


 えーっ! ガトラスさん、ドワーフの伝説と違うじゃないかよ! やっぱり伝説って伝わっていくうちに、正確さが失われるものなんだね。伝言ゲームみたいなものか。


「へぇ、その大きな斧、面白そうだね。でもこの軍勢を前にしてどうするつもりだい? アハハハハ」


 黄泉の軍団を指揮する余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)のソルト。馬上から、いたずらっ子の無垢な笑顔で話しかけてくる。


 くそぉ……馬鹿にしやがって。その顔を今度は俺が恐怖に変えてやるよ!


「シャルルさん、長老様、皆さんと一緒に観客席に戻ってください。ここにいると巻き込まれます」

「ふむ。後は任せた。金剛精を持つ皇帝の悪魔、お前ならこの程度の相手、赤子の手を捻るよりも簡単に滅せるはずだ」


 いや、今の俺には何の力もない。金剛精を振るえたとしても、それは剣技や闘技を知らない非力な女児が、無闇に大きな斧を振り回すだけに過ぎない。力任せの攻撃でも、何体かのアンデッドを斃すことはできるかもしれない。しかし、万を超える黄泉の軍団では、相手にならないだろう。


 でも今戦えるのは俺だけだ。こいつら不死の怪物には、魔法も剣撃も意味をなさない。ブリッツさんやシャルローゼさんの攻撃魔法さえ通じないのだ。


 やるしかない。皆んなに力を尽くしたと言ってもらえるくらいには、善戦したい。少なくとも時間稼ぎにはなる。ソルトのおもちゃである俺が動けている間は、黄泉の軍団も観客達に手を出さないはずだ。どうか皆んな、今のうちに逃げてくれ。


「行きますっっ! ――― ウオォォォォォォォォォォォォッ!」


 雄叫びを上げて自分を奮い立たせた。覚悟を決めるためだ。皇帝の悪魔、どうか俺に力を貸してくれ。


 ”もう何でもいい、全部ぶった斬れ、金剛精っ!”


 金剛精を思い切り振りかぶり、目の前の騎馬スケルトンに全力で撃ち下ろす。技も何もない本当に力任せの一撃。そんな大ぶりの一撃だ、スケルトンの騎馬は余裕たっぷりに斧をかわした。空振りした斧は、勢い余って刃先が地面に突き刺さってしまった。ダメだ、やっぱり技も何もない今の俺では、せっかくの金剛精も意味がない。こんな無様な戦いでは、皆んなを逃す時間稼ぎにもならない。


 しかし、次の瞬間だった。バリバリと凄まじい音を立てて、空間が裂けた。耳をつんざく爆音が響き渡った。斧を振るった軌道が光っている。目に入ってくる映像が歪んでいる。空間がぱっくりと割れているのだ。……おいおい、一体何だこれは?!


 空間の裂け目は、斧の斬撃に沿って凄まじい速度で走っていった。その先には……ソルトが居た。余裕の態度で手足を組み、アンデッド軍団に守られ安心しきっていた彼には、空間の裂け目をかわす時間はなかった。


「あっ? え? ……何だこれ? まさか、こんな、私が、終わ、る、なん、て」


 金剛精が作った空間の裂け目は、ソルトの体を脳天から真っ二つに切り離していた。激しい血飛沫が舞い上がり、ソルトは声もなく闘技場の地面に転がった。あの無邪気でムカつく笑顔はもうない。ただの2つの肉の塊になっていた。


 あまりにあっけない終わりに、本当にソルトを斃したのかどうか、自分の目を疑ってしまった。まだ幻覚呪術に掛けられていて、それがソルトの死体を見せているのではないか? そう思えるほどだった。


 だが幻覚ではない。ソルトの死とともに、闘技場を埋め尽くしていた黄泉の軍団は煙のように消えていった。術者が死ねば、アンデッドは人間界から黄泉の国へと還る。それが絶対のルールだ。


 金剛精は所有者が念じたものを斬る。俺はヤケクソで”何でも斬れ”と念じて振り下ろした。だから、金剛精は空間をも斬ってしまったのだ。その空間の裂け目が、ソルトまで到達したという訳だ。


 ……何とも恐ろしい斧だな。使い方を間違えると、とんでもないことになる。魔神の武器とはこれほどのものだったのか。


「さすがは正当な所有者の振るう金剛精というべきか」

「長老様、一体今のは?」

「見てのとおりだ。金剛精は目に見えぬものまで斬ることができる。今お前が斬ったのは、人間界の空間そのものだ。本来空間がやすやすと斬れる訳はない。だが、金剛精と魔神の力でならばこそだ」

「あのー、それで空間なんて物を斬ってしまっても、大丈夫なんでしょうか?」


 そうだ。大抵こういう場合、SF小説やアクション映画では、空間の歪みが生じて世界の終わりがー、とかいうオチになっている。そもそも空間を斬るって理屈としておかしくないのか? 何もないのに斬れちゃうってことだぜ? しかも斬り開いた”向こう側”には何があるんだろう。無駄に気になってしまう。


「この程度の歪みならば、直ぐに修正される。問題はない」

「……あの、裂けた空間の向こうには、何があるんでしょうか?」

「お前は変なところに興味を持つのだな」

「すみません、ついつい気になってしまって」

「裂けた空間の向こう側は、人間界、魔界、死界(黄泉)、精霊界の狭間だ。落ちたら誰も帰ってはこれない場所だな」


 次元の狭間みたいなものだろうか。どちらにしても、迂闊に近づかない方がいい。直ぐに修正されるとはいえ、完全に修復されるまで見守りたい。誰か近づいて落ちちゃったりしたら、大惨事だ。


 長老のいうように、見ている間に歪みはあっという間に直っていった。まるで砂浜に描いた絵が、波に洗われて消えていくようだった。


「お、俺たち助かったのか?」

「今のアンデッドの軍団は何だったんだべ」

「あのちびっこい黒髪のお嬢ちゃん、とんでもねぇでかい斧振るってたな」

「誰だかしらねぇが、あのお嬢ちゃんのおかげで助かったべ」

「コンテストはどうなるんだ」

「王様は? こんな時に王様は何をやってるんだ?!」


 俺が観客席の声を聞いていると、いつの間にかルビオンさんが隣に立っていた。


 あ、そうだった……。ソルトの登場ですっかり忘れていたけれど、元々は”王印の儀式”を国民の前でやるのが目的だったんだよ。だけど、俺、優勝してないぞ。いちおうシカには勝ったけど、それでも準優勝だ。シナリオ通りに行ってない。


 さらに言うと、俺はもう獣王じゃない。獣王の力はあの”剥奪の悪魔”に奪われてしまった。それでもルビオンさんは、俺に味方してくれるのだろうか。


「ルビオンさん、わ、私はもう獣王ではありません。それでも……」

「何を仰います。貴女は今でもしっかり獣王様ですよ」

「えっ?! 私の力は、剥奪の悪魔に盗られてしまったんですよ」

「ご自身に何が起きたのか、まだ理解されていないようですね」

「は、はぁ……」


 どういう意味だ? 俺がこれまで受入れ体質で取り込んでいた獣王の力と、僅かばかりの黄泉の力、そして修行で培った剣技や見切りの技はすべて奪われてしまったはずだ。その代わりと言っては何だが、皇帝の悪魔の残渣ざんさで、命だけは取り止めることができた。なのにまだ獣王とはどういうことだろう?


 はっ!? そうだ! ヴァルキュリアだ。彼は獣王の従者だ。俺が獣王の力を失っていたら、彼が俺の呼びかけに反応することはないはずだ。


『……ヴァルキュリア、聞こえますか?』


 俺はおそるおそる、呼びかけてみた。いつでも応えてくれたヴァルキュリア。彼がもしも応えてくれなかったら、俺はどんな気持ちになるだろう。悲しいというよりも、自分の体の一部を無くしたみたいな気持ちなるのかもしれない。


 ――― 返事がない。やはり、ダメか……。


『獣王様、お呼びでしょうか?』


 ちょっとタイミングは遅かったが、反応があった。呼びかけに応えてくれた。ヴァルキュリアはまだ俺の従者でいてくれるのか。ということは、俺の体は一体どうなっているんだ? 獣王の力が残っている。剥奪の悪魔は、俺から獣王の力を奪えなかったということだろうか。


「まだ戸惑っているようだな、獣王、いや皇帝の悪魔と呼んだ方がいいかな。小さき人間の娘よ」

「長老様、私の体は一体どうなったんでしょうか?」

「ふむ、一言でいうなら皇帝の悪魔を取り込んだ……ということだ」


 それは知っている。神様爺さんも言ってた。


「でも獣王の力が残っているのは、なぜなんでしょうか?」

「カミラ、お前は”皇帝の悪魔”が何者か理解していないのか?」

「え、ええ……確か本当の名前は”原始の悪魔”でしたっけ?」

「そうだ。原始の悪魔、すべての悪魔を含む頂点、全悪魔の根源であり魔界の創造者だ」

「つ、つまり?」

「原始の悪魔を取り込んだということは、全悪魔の能力を取り込んだということだ」


 あの偉そうな皇帝の悪魔は、全悪魔の生みの親だ。魔獣の頂点である獣王も例外ではないということか。要するに今俺の体には、全悪魔の種みたいな物が存在しているのか。


 だけど悪魔は1体でも相当強力な存在だ。特に上級の悪魔ともなれば、片腕の一振りで小さな山くらい簡単に消し去る力を持っている。何億という眷属を持つ悪魔を取り込んで、なぜ俺の受入れ体質はオーバーフローしないのだろうか。そんな強大な力を取り込んだら、あっという間に能力がオーバーフローして即死のはずだ。


 ……あ、わかった。皇帝の悪魔が消滅寸前の弱々しい体だったからか。そもそも本来の力も全然回復してなかったしな。その上で剥奪の悪魔とぶつかり合ったんだ。だから、俺が取り込んでも能力のオーバーフローが起きなかったのか。


 とはいえ、取り込んだ悪魔1つ1つの能力は微々たるものだ。普通の魔法使いと比べても、弱々しい魔法しか使えないってことか。


 強くなっているようで、トータルで考えると弱くなってるような気がする。金剛精だけは、体に馴染んでいるから味方になってくれそうだけど、魔法の素養は相変わらず無さそうだ。全悪魔を取り込んでいるというのに……トホホ。


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