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第8話 鍛冶と禁忌の魔剣

 今日は朝一番、早起きしてビスマイトさんの部屋を訪れた。


「どうした、カミラ。まだ休んでいて良いのだぞ」


 そうは言いながらも、俺の顔を見るとビスマイトさんは、無条件で嬉しそうな顔をしてくれる。相変わらず分かり難い表情だが、最近はかなり読めるようになってきた。


「お父様、お願いです。私にも剣を作らせてください!」

「無理はせずともよい。お前は品物を見定める目さえあれば良いのだ。あらかたの目利きもシャルルやドルトンがやってくれる」

「いいえ。目利きをするにも、製法を直に感じ、剣を実際に使って判断できるようにしたいです」

「だが剣を打つのは大変な作業だ。儂はお前に苦労はさせたくないのだ」

「お気遣いは嬉しいのですが……。お願いです。ぜひやらせてください」

「意思は固いようだな。わかった、儂と弟子たちで手伝おう」

「お手間をかけます。よろしくお願いします、お父様」


 こうして俺の鍛冶研修は始まった。実際に始まって分かったことがある。想像以上にやることが多い。鍛治というと、鉄を溶かしてハンマーでカンカン叩いて冷やしてを繰り返すだけのイメージだった。だがそれ以外の工程も重労働かつ、繊細な技術が必要とされた。工程は細かいタイミングなどを含めると、まさにノウハウの塊だった。


 俺は部屋にあった例の武器製法の本を読破していたので、皆が話している事は何となく理解できた。


 まず鉱山まで行って、産地によって異なる鉱石の性質を見極める訓練から始まった。まさか、自分で鉄鉱石を調達するところから始めるとは思わなかった。鉱石の良し悪しを見極められないと、後の工程はすべて無駄になってしまうのだそうだ。鉱石の目利きは基本中の基本らしい。


 俺はすべての工程をメモしながら進めた。ドルトンさんやシャルルさんは、それを不思議そうな目で見ていた。というのも、ノウハウは体で覚えるものであって、頭を使うものではない、というのが職人の常識だったからだ。


「文字を書けるってのは、こういう時に便利だな」


 ドルトンさんが興味深そうに覗き込んで来た。しかし、残念ながら彼にはタダの一文字も読めない。なぜなら、俺は敢えて日本語で書いていたからだ。これなら俺しか読めないハウツー本になる。万が一、紛失したり盗み見されても安心である。まぁ、暗号みたいなものだね。


 メモと同時に、俺はあの本で得た知識と、ブラッドールの製法との違いについても、細かくメモしていった。工程違いから生れる最終的な差異はどう出るのか。もしも、良し悪しに関わる違いなら、見直すヒントにもなる。


 俺は片手が不自由なため、右手一本で作業をしていた。片手でできないところは、ドルトンさんとシャルルさんに手伝ってもらった。カンカンと熱い鉄を打っては、冷やす。そしてまた熱して打つ。これをひたすら繰り返す。根気と体力が必要なのはもちろんだが、何よりも打つタイミング、冷やすタイミング、加熱する温度などなど、様々な要素があった。


 ほとんど寝ずに3日間打ち続け、ようやく剣の原型が出来上がった。鍛冶は作業というより、もはや闘いに近いな。剣は3本。大体品物として満足行くレベルに達するのは、ベテランでも3本に1本しかないという。だから、最低でも3本を同時並行で造るのだという。


 俺の場合は、カタールとハンド・アンド・ハーフ・ソードをまず打った。どちらも片手で持てる剣だ。つまり自分で使うことを意識したものだ。残りの1本は、長めの直刀だ。片手でも持てないことはないが、基本的には両手用のやや大振りの剣である。


 原型はできたので、後はひたすら削って砥いで磨いての研磨作業だ。この工程こそ、一番職人的な技が必要とされる。


 ここで一段落だ。研磨作業は明日以降だ。4人ともほとんど寝ていないので、クタクタだ。赤熱した鉄を扱っているので、汗も酷い。全員、汗が固まって塩になっている。


「カミラちゃん、一緒にお風呂入りに行こうか?」

「お風呂なんてあるんですか?」

「まぁ、大抵は家で湯浴みして済ませちゃうんだけどね……。近所に公衆浴場があるんだよ」


 風呂好き日本人の俺としては、最高にうれしい言葉だ。毎日たらい風呂では物足りない。ザブーンと大きな湯船に浸かりたい。手足を思い切り伸ばしてお湯を堪能したい。トイレの上下水道を見た時から、もしやとは思っていたが。やはりあったか公衆浴場。


「いくいくー!」

「おっ、カミラちゃん、ノリがいいね。お湯好きだもんね」

「シャルル、面倒を見てやってくれ。くれぐれも警戒を怠らぬようにな」


 今は昼間だ。さすがにナイトストーカーのような奴らも居ないだろう。ビスマイトさん、心配し過ぎだって。


 俺とシャルルさんは、寝不足で全身ドロドロになった体を引きずって、近所の公衆浴場へ向かった。


 銭湯みたいな物をイメージしていたが、全然違っていた。サウナがメインだった。湯につかるというよりも水風呂だった。そうか、ここはフィンランド方式なのか。熱いサウナで体を温め、水風呂に入って急激に冷やすというヤツだな。俺は熱い湯船に浸かりたいんだよ。これではちょっと物足りないな。


 とはいえ、浴槽は清潔で広々としていたし、熱い風呂とまではいかないが、ぬるま湯風呂はいくつあった。俺はぬるま湯風呂でゆっくりすることにした。ちなみに、シャルルさんは俺から一秒たりとも離れず密着してついて来ている。


「……あの、何でそんなに密着するんですか?」

「だって、親方に頼まれたでしょ? 私はカミラちゃんの護衛でもあるのよ。護衛は離れちゃ意味ないでしょ」


 だからその舌なめずり止めろって。この人、これさえなければ最高に素晴らしい人物なのだが。


「そうだ、体洗いっこしよう!」

「えっ、遠慮します。自分で洗えますから……」

「何言ってるのー、もうお互いすべてを知り合った仲なんだからー」


 いや、一方的に知られたというか、不可抗力だ。もう勘弁してくれ。


 しかし時既に遅し。シャルルさんは石鹸を大量に泡立てていた。俺を泡であっという間に包むと、速攻で背後に回られ、手で全身を隈なく洗われてしまった。


 だがなぜ、俺の胸と敏感な部分を集中的に洗う?


「ヒッ」


 思わず自分でも信じられないような声をあげてしまった。それ以上洗うんじゃないっ! 徹夜で疲弊していても、自分の欲望に本当に忠実な人だな……。


 俺とシャルルさんがさっぱり湯上り肌になって工房へ帰ると、ひと騒動起きていた。


「カミラ、帰ってきたか!」

「お父様、どうかされましたか?」

「お前の打った剣を見てみろ」


 何だろう。まさか致命的なミスがあって、割れてしまったとか? ここまで来て振り出しに戻るのは、ダメージが大きすぎるぞ。


 工房のドアが閉められ、ガチャりと内側から鍵のかかる音がした。ドルトンさんが工房を密室にした。何か外に漏れちゃいけないことがあったのだろうか。


 俺は自分で打った剣を見た。カタールとハンド・アンド・ハーフ・ソードの刀身が紫色に輝いている。そして両手剣として使える大型の直刀は、薄緑色に輝いている。光を反射して輝いているのではない。剣そのものが発光しているのだ。


「あの、これは一体何なんですか?」


 風呂上りでまったり緩んでいたシャルルさんが、急に深刻な顔付きになった。


「親方、これはまさか……」

「ああ、そうだ。魔剣だ」

「魔剣!?」

「カミラ、お前は稀有な資質の持ち主のようだ」

「どういう事ですか?」

「魔剣は作ろうとして作れるものではない。才能を持った者だけが作れる特殊な剣なのだ」


 ビスマイトさんの話によると、ブラッドール家400年の歴史の中でも、魔剣を作れたのはただ1人だけ。2代目の当主のみだったという。


 魔剣は偶然の産物に近く、ある金属原料の組合せに対し、その才能と資質を持った人間が、特定の工程を施すことで生まれるものらしい。前例も少なく、体系化もされていない。それゆえに製造方法は不明。伝説の剣とされていた。


 現存する魔剣は1本のみ。ブラッドール家2代目当主が作った短剣である。それは今、メンデル城の武器庫の地下深くに封印されているという。


 それが今、目の前に3本もあるのだ。


「それで、魔剣とはどのようなものなのですか?」


「特徴として、刀身自体が発光すると言われている。そして大きさに関わらず非常に軽く、決して砕けない。だが魔剣は災いを呼ぶ剣なのだ。死と破滅しかもたらさぬ。凄まじい切れ味を誇り、鉄や岩をも簡単に斬ることが出来る。しかしそれは剣士の寿命を削りながら、発揮される力なのだ」

「そんなものが本当にあるのですか。でも3本のうち2本は紫色、1本は緑色なんですね。何か違いがあるのでしょうか?」

「わからぬ。何しろ魔剣は伝説しか残っておらぬからな」

「では試してみてはいかがでしょう?」

「ダメだ!!! 魔剣は禁忌なのだ」


 ビスマイトさんが初めて俺に対して怒りを向けて来た。いや、心配ゆえの怒りだったのだろうけど。


「この3本は封印する。明日からまた新しく3本を作るぞ」

「……はい、わかりましたお父様」


 ビスマイトさんは、3本の魔剣を持つと自らの部屋に戻ってしまった。


「嬢ちゃん、偶然とはいえ、すげぇもんを作っちまったな。ズブの素人がいきなり魔剣を(こしら)えるとは……。俺もたまげたぜ」

「私にはよくわかりませんけど、作り直しになっちゃいましたね。また暫くお付き合いください」

「ああ、もちろんだ。2回目は少しスピードアップして作業できるだろうし、嬢ちゃんも大体流れはわかっただろう? 俺たちは手を出さないようにするから、なるべくできるところは自分でやってみな」

「はい、ありがとうございます!」


 法律違反の魔剣が出来てしまったのは予想外だったが、工程を再度確認しながら、自分で作業できるのは、メモった内容を試す上でもいい機会だ。ある程度俺の自由にやれそうだ。ちゃんとした剣を作って、ビスマイトさんの役に立てることを証明してやろう。


 だが、翌日から開始して作った3本の剣も、また魔剣化するという驚異の事態が発生してしまった。


 ビスマイトさんは大層驚き嘆いたが、今度はシャルルさんの一挙手一投足を真似しつつ、さらに原料もシャルルさんと同じものを使うよう指示をした。3本のうち、シャルルさんが1本を作り、残り2本を俺がそれに倣って作るという恰好になる。これなら、偶然魔剣が出来てしまうということは、避けられるだろう。


 しかし、それでも俺の作った2本だけが魔剣になってしまった。これでブラッドール家は、呪われた魔剣を8本も抱えることになってしまった。


「一体どうなっておるのだ。こんな事は聞いたこともない。カミラの打った剣は、すべて魔剣になってしまうのか」

「ということは、魔剣が出来る条件は、材料と製法の組合せではなく、打つ人の資質ということになりますね。逆に言うと、カミラちゃんが打つ剣は、すべてが自動的に魔剣になってしまう……」

「うむ。これ以上呪われた剣を増やす訳にはいかぬ。何しろ魔剣は何百年も朽ちず、破壊することもできないのだ」

「そう……なんですか……」


 俺はもうこの工房にとって、”迷惑量産機”みたいな存在なんだな。働けば働くほど負債が増える、利益率マイナスの人間なのか。悲し過ぎる。


「カミラ、すまんがもう鍛冶をするのはよしてくれ。工房や剣を見たりするのは構わんが、これ以上魔剣が増えたら、我が家が傾いてしまう。魔剣の存在が知れたら、犯罪組織や他国の者は必ず力欲しさに奪いに来るだろうからな」

「……はい」


 残念だ。まさか俺がそんな特殊な体質だったなんて。折角やる気を出していたのだが、自分で自分の剣を作るという夢は儚くも消え去ってしまった。


「なぁに、剣はできなくとも此処で苦労したことは無駄にはならねぇ。当主として一通りの仕事は体験できたんだ。目利きにも後々役立つこともあるって……」


 悔しそうに肩を落とす俺に、ドルトンさんが慰めの言葉をくれた。


「そうだぞ、カミラ。お前の努力、儂は認める。あとはもう目利き役に専念しなさい」


 ビスマイトさんの優しい言葉も、ちょっと虚しく響く。ああ、何だか鍛冶師の家の跡継ぎとして否定された気分だよ。


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