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第76話 ドワーフと4人目の兄弟

 観客席からの大歓声を尻目に、フェルミに斬り飛ばされた左腕を急いで拾いに行った。地面に落ちた左腕は、よく見ればウニョウニョと勝手に動いている。観客たちは興奮しているせいか、気がついていない。


 あの落ちぶれ魔神め、また勝手なことを。地面で尺取り虫のように動く腕は、怪しさ満天だ。バレないうちに素早く回収する。何事もなかったかのように、さりげなく左腕を装着する。


「勝手に動かないでください。約束しましたよね?」


 俺は左腕をコンと叩いて囁いた。もはやこの傲慢な腕相手に、約束しても意味はないかもしれないな。


「仕方あるまい。我は栄養源から離れると苦しくなってしまうのだ」


 おいおい、俺はお前の空気か何かかよ。まるで母親から離れられない乳児みたいだな。


「それにだ……悪魔の気配をいくつか感じる」

「どの辺りかわかりますか?」

「まず一つは客席、もう一つは中庭としか言えんな」

「どんな悪魔ですか?」

「う、うむ……中庭のは中の上クラスといったところか。客席のは……これはよくない気配だ。特殊なクラスだな、かなりの上級だ。だがどんな悪魔かはわからん」


 生みの親のくせに、わからないのか。役立たずだ。まさか、何かを隠している訳じゃないよな。俺と駆け引きをして、より多くの魔力を引き出すつもりだったらどうしよう。


 よく考えたら、客席の悪魔はシャルローゼさんの契約してる悪魔じゃないのか? 彼女も相当変わった悪魔と契約しているらしいし。中庭の方がむしろ気になる。


「嫌な予感がするぞ」

「何か特別な気配でもあるのですか?」

「そ、それも含めてよくわからん。だがな、我の勘は当たる。警戒しておいて損はないぞ」


 その台詞、昨日も誰かから聞いた記憶がある。だけど「客席に注意しろ」と言われても、あまりに漠然とし過ぎててどうしてよいのかわからない。それに、今チラッとブリッツさんの姿が見えた。彼女とシャルローゼさんが居るんだ、悪魔対策は万全だろう。


 敗者のフェルミの方を見ると、爺さん師匠がひょいと背中に担いで、担架に乗せているのが見えた。嫌な奴だったが、気持ちは理解できる。悪いことをしてしまった。ちゃんと両腕を治して、剣が振るえるようになるといいんだが。フェルミは、メンデルにとって貴重な戦力だ。俺が王になったら、あいつにも実力に見合った職位や報酬で、報いてあげたいもんな。


◇ ◇ ◇


 ――― 一方、鍛冶師部門会場。


 俺は試合の合間を利用して、ヴァルキュリアの目から流れ込んでいる映像を観ていた。音こそ聞こえてこないが、映像はリアルタイムで把握することができる。しかし、この映像の鮮明さを考えると、日本のインターネットより通信速度出てるんじゃないだろうか? 原理がよくわらかないけど、使えるからまぁいいか……あとで博識のお子ちゃまエルフの長老様にでも、ヴァルキュリアの事を聞いてみるか。


 鍛冶師部門の会場では、地味に防具と武器をぶつけ合う試合が繰り広げられていた。今のところ、ビスマイトさんの剣は、武器部門で最も勝ち進んでいる。そしてドルトンさんの鎧も負けじと勝ち上がっているようだ。次いで勝ち進んでいるのは、やはりハッブル家だ。マイヤー坊ちゃんの様子が見える。


 確かにちょっと目付きが鋭い。昔見た彼の地味で大人しい印象からすると、信じられない表情だ。まさに闘争心剥き出し。親の敵討ちでもするかのような、激しい野次も飛ばしている。あのパーティー事件の後、彼を変えてしまうような”何か”があったのかもしれないな。


 ともかく、鍛冶師部門の方は心配なさそうだ。あと数時間もすれば、ビスマイトさんとマイヤー坊ちゃんが、戦うことになる。まぁ、戦うといっても、互いの武器を判定役の騎士に手渡すだけなんだけどね。受け取った騎士は、その武器をそれぞれ規定の防具に叩きつけるだけだ。その破壊具合で採点される。


 ただ、決勝戦だけは違う。お互いの武器をぶつけ合うらしい。ぶつけ合うのは、ランダムに選ばれる判定役の騎士なので、本人たちが介在する余地はない。だから公平な試合ともいえる。半分神聖視されている儀式的な側面もあるようだから、いかさまやインチキは絶対に許されない。メンデルの鍛冶師に限らず、この大陸の鍛冶師は、公平な勝負を自らの誇りにもしているから、騎士の買収などもありえないだろう。


 よしよし、ビスマイトさん、頑張ってくれ。


◇ ◇ ◇


 ――― 第5回戦前の待機時間。


 ここまで勝ち上がると、参加者の疲労の色が濃くなってくる。怪我をしている戦士もかなりの割合になる。中には手足を骨折しているにもかかわらず、根性で戦い続けようとする者もいる。この試合に人生を賭けているような奴もいる。だから、5回戦ともなると満身創痍でも出場しようとする参加者の割合が増えてくる。あと2回勝てば決勝戦。そう思ったら、無理してでも戦おうとする気持ちはよくわかる。ほとんど負傷していない俺でさえ、”決勝戦”という文字が具体的に見えると、冷静さを欠いてしまう。


 隣に座った参加者にふいに話しかけられた。髭もじゃの大男だ。ドワーフをそのままスケールアップしたような外見だ。言ってみれば”ドワーフロード”だな。この世界にドワーフが居るのかどうかわからないけど、エルフが居るくらいだから、居てもおかしくはない。そういえば、ドルトンさんって風貌はドワーフだけど、ドワーフ族なんだろうか? あまりに身近すぎて、ずっと聞きそびれていた。


「おい、おまえ。その左腕、どうなってんだ? 義手なのに動くのかよ」

「え、ええ。まぁそこそこは動きますよ」

「どういうからくりなんだ? 魔法か? それにしちゃあ、耳が人間だよな」

「それは私の戦いを不利にするので教えられませんね」

「ふん、そうかい。でもまぁ、正直あのフェルミを殺っちまうなんて、思ってもみなかったよ」


 いやいや、殺してませんから。まだ彼は生きてますって。勝手に俺を人殺しにしないでくれよ。


「それにしても、観客席に放ってある馬鹿でかいあの斧、……おまえのか?」


 ドワーフのおっさんは、急に声を低くしてヒソヒソと話してきた。


「ええ、そうですけど……」

「ただの斧じゃねぇだろ? 近づいただけで震えがきたぞ」


 よく見れば、ドワーフのおっさんは立派な斧を背中に差している。高度な技術で鍛え上げられた斧だ。素人の俺でさえわかる。メンデルで見る斧とは、だいぶ違う仕上がり方だ。このおっさん、もしかしたら鍛冶もやるのだろうか? それに、あの魔斧に近寄っただけで何かを感じ取る感性……。目利きもかなりの物なのかもしれない。


「わかりますか?」

「ああ、俺にはわかる。なんせ100年も斧を作り続けてきたんだからな」


 やっぱり鍛冶師兼冒険者だったか。まさにRPGの中のドワーフだ。だけど俺の知っているドワーフは、こんなに大きくない。もっと小さくて、地中の穴をちょこまかと動く奴らだ。このクマのような体のおっさんが、ちょこまか動くなんて想像できない。しかし、魔斧のことがこんなに早くバレるとは。試合には使わないから別にいいけど。


金剛精こんごうせい、というらしいです」


 ――― ガタン!


 大柄なおっさんが、椅子からずり落ちた。顔は驚愕のまま固まっている。目を大きく見開き、俺の方をじっと見ている。どうしたんだろうか?


「おい女、嘘じゃないだろうな? 今、金剛精こんごうせいと言ったか?」

「はい、言いました。間違いありません」


 金剛精のことまで知っているのか。だったらちょうどいい。俺は結局、皇帝の悪魔から金剛精のことをほとんど聞き出せなかった。事情を知ってそうなこのおっさんから聞き出してやろう。


「金剛精がそんなに珍しいですか?」

「珍しいなんてものじゃねぇ……あれは伝説だぜ」

「どんな伝説なんですか?」

「俺らドワーフの里に古くから伝わる話でな ――― 」


 おっさんの話によると、金剛精は元々ドワーフの里にいた精霊だったそうだ。地中の金属に好んで住みつき、鉄器や青銅器の出来を左右する存在だった。ドワーフ達は金剛精を崇め、神様として祀っていた。そのおかげで、ドワーフは大陸でも類を見ない、高品質の武器や防具を生産できていたそうだ。


 しかし金剛精は精霊。精霊は実に気まぐれな存在だ。ある日、忽然と地中から姿を消してしまったそうだ。それ以降、ドワーフ達の作る金属製品は質が落ち、里は衰退の一途を辿った。衰退した里の連中は、大陸全土に散り散りになってしまった。しかし、いつの日かまたドワーフの里を再興しようと、頑張っているらしい。


「このコンテストに出たのも、賞金が目当てだ。金を稼いで里再興の足しにするんだよ」


 と、おっさんは切々と語ってくれた。ドワーフというと、無骨で寡黙な職人のイメージしかないけれど、チャラ男並によく喋る。エルフといい、ドワーフといい、この世界の連中は軒並み俺が持っていたファンタジーのイメージをぶち壊してくれる。


 それにしても、金剛精がまさかドワーフと繋がる生い立ちを持っていたとはな。皇帝の悪魔の話と照らし合わせると、気まぐれな金剛精がドワーフの里から魔界に移動して、そのまま悪魔の眷属になってしまったようだ。そして、皇帝の悪魔の武具として化身したというところだろう。


 俺は彼らの信仰する神様の御神体を持ち歩いている訳か。畏れ多いな。神様剥き出しで、持ち出しちゃってるよ。あ、でもこの左腕も神様といえば神様か。今は神様の”残りカス”みたいなもんだけど。


 うん? 待てよ…… ということは、金剛精をこのおっさんに返せば、ドワーフの里は再興できるんじゃないのか?


「あの斧を貴方に返せば、ドワーフの里は再興できるということですか?」

「うーん、それはわからん。俺も金剛精の伝説を聞いたことがあるだけだ。本当に妖精が居るだけで、金属製品の質が上がるなんてのは、信じてないしな。それに、優れた製品が出来るだけじゃ、大陸に散ってしまったドワーフは結束できないぜ。もっと大きな求心力がないとな」


 おっさんの顔が少し翳った。寂しさと無力感を感じているんだろう。一度崩壊した国を復興させるのは、相当難しい。国を失った民族がどうなるか。俺の住んでいた日本でも、連日ニュースで流れていた。国土を失い流浪する民族が、どれだけ大変な目に合うか。


「では、どうなさるつもりなのですか?」

「そうさな、まずは金剛精を頂いて帰るか」

「……」

「はははっ、冗談だよ、冗談! 人から物を盗んで国を再興したって、そんな盗人ぬすっと国家、恥ずかしくて住めやしねぇ」

「いえ、もしよろしければ金剛精をお貸出ししますけど」

「ほ、本当かっ!?」

「ええ。当面使い道はありませんので、問題ありませんよ」


 おっさんの顔が一気に笑顔になった。と、同時に左腕がプルプルと微動している。「我の武器を勝手に渡すんじゃない!」と言いたいんだろうな。だけど俺が持っていても使わないし、そもそも持ち主はドワーフ族らしいから、貸すくらいなら別にいいんじゃないだろうか。


 喜び勇んで魔斧を持ち上げようとするおっさん。しかし、その顔が直ぐに驚きに変わる。そう、俺の左手以外は触れられないんだった。貸すとは言ったものの、実際は持って運ぶのも無理なんだよな。魔力の込もったものなら、何とか触れられる。でも確か、ドワーフって魔法とは縁遠い存在じゃなかったっけ? RPGだとドワーフは魔法が使えないから、ファイター役で前列に並ぶとか定番だったしな。


 触ることすらできずに、悲しそうな顔をしているので、俺はおっさんに教えてあげた。


「魔力を帯びたものでないと、触ることはできません。持って歩くことができるのは、私だけみたいですよ」


 せっかく元気な笑顔になっていたおっさんの顔が、また悲しい顔に戻ってしまった。


「そ、そうか……やっぱり世の中、そう上手くはいかんもんだな、はぁ」


 ドワーフに貸しを作っておくのもいいかもしれない。元々彼らは、職人気質で手先が器用だ。鍛冶の技術にも精通している。ここメンデルも鍛冶師の国だ。大陸全土からドワーフ達を集めて、彼らの技術を融合し、メンデルの国力を高めるという手もある。金剛精をそのための取引材料にするというのは、どうだろうか。ドワーフ達にしても、住む場所ができる訳だから、渡りに船なんじゃないだろうか。


「あの、ドワーフさん」

「ガトラスだ」

「ではガトラスさん、もしよろしければ、この国にドワーフの里を作りませんか?」

「何を言い出すんだ、お前は」

「この国は、鍛冶師の国です」

「もちろん知っている」

「だから、ここに散り散りになってしまったドワーフ達を集めればいいじゃないですか」

「……住む場所、仕事、国民としての権利、全部ないぞ。金剛精を借りることすらできん」

「全部私が提供します。その代わり、この国の鍛冶師と技術交流をしてください」

「はっはっはっ! こりゃあいい。どうしてただの女に領土や仕事を提供できるんだ? 笑わせるんじゃねぇ、お前は一体何様なんだ?!」


 いけね。ついつい、調子に乗ってしまった。知らない人から見たら、俺はただの参加者でしかない。そんな人間が上から目線で「住む場所を提供する」と言ったところで、冗談にしか聞こえないだろう。とはいえ、どう説明したものだろうか。まさか初対面の人に全部事情を話すこともできないし……。


「そうですね、ではもし私が優勝したら、賞金は全部ガトラスさんにお渡ししましょう。それでこの国に土地を買ってください。金剛精も私が運んでおきますから」


 優勝は爺さん師匠がいるので、いまいち自信はないが、自己犠牲の精神だけは見せておきたい。信用を得るためだ。俺は優勝するのが目的であって、賞金は別にいらないからな。


「おいおい、早くも優勝宣言か? 随分と自信家なんだな。でも、あのフェルミを一瞬で斃した上に、伝説の金剛精を持つくらいだ。お前の優勝も案外近いところにあるのかもな。だが、どうしてそこまで良くしてくれるんだ?」

「私はメンデル人です。メンデルの発展のために、ドワーフ族の鍛冶技術が必要だと思ったからですよ」

「政治家みたいなことをいいやがる。うん? そういえば、お前の名前、確かカミラ=ブラッドール=メンデルとか言ったな。もしかして……」

「そうです、この国の鍛冶師の盟主、ブラッドール家の後継あとつぎです」

「なるほどな。国一番の鍛冶師の後継者は、ドワーフ族の技術が気になるって訳か」


 よかった。ここにきてブラッドールの知名度が役に立った。鍛冶師がさらなる鍛冶の技術を求めるのは、自然な流れだ。同じ職人同士、通じるところもあるだろう。


「メンデルも鍛冶について、独自に技術を磨いてきました。交流することで、お互いを高め合うことができるのではないかと」

「うむ、そういう話なら乗った。だが、お前か俺、優勝できなかったらどうする? 賞金がなければ土地も買えねぇ。俺たちドワーフは、住む場所がねぇことになるぞ。どうすりゃいい?」

「その点は心配されなくても大丈夫ですよ。ブラッドール家の土地がいくつかありますし、親戚が宿なども経営しています。有力貴族に知り合いもいますので、用立てて貰えると思いますよ」

「……本当か? 少なくなったとはいえ、大陸全土のドワーフが集まったら数万人になるぜ? それでも大丈夫なのか?」


 おぅ、数万人もいるのか。まぁでも、東側の鉱山地帯に土地は余っていたはずだ。いざとなったら、エランドの土地もあるしな。あの街は今の所、廃墟というか遺跡扱いだけど、そこを綺麗にして街を作り直すという手もある。ドワーフなら、獣達とも上手くやってくれるだろう。


「はい、保証はできませんが、全力を尽くします」

「そうかそうか、天下のブラッドールの後継が言うんだ、間違いねぇだろう。わかった、信用する。どうせ俺たちドワーフ族は、根無し草の自由人だしな。仮にメンデルに移住できなくったって、また風来坊をやるだけだ。俺たちに損はねぇ」

「ありがとうございます。ところで金剛精ですけど、あの斧ってどんな効果の武器なんでしょうか?」


 ドワーフのおっさんこと、ガトラスさんはあんぐりと口を開けていた。もちろん呆れ顔だ。


「し、知らなかったのかよ」

「え、ええ……すみません、浅学なもので」

「まぁ、ドワーフ族の常識だから、仕方がねぇか。よし、俺が教えておいてやる」


 ガトラスさんは、金剛精の斧について、丁寧に教えてくれた。もっとも、彼も人から聞いた話なので、正確かどうかは実際に使ってみないとわからないという。


 ――― 武具としての金剛精。それは、悪魔や精霊を斬ることのできる斧である。だが、本来ならば魔界や精霊界など、人間界には存在しない物であるため、人が触れられるものではないという。よって人間界の物は斬ることができない。干渉することもできない。つまり、人間界において、武器としての機能はない。しかし、それは金剛精を扱う者によって変化する。人間が扱えば、人間界のあらゆるものが斬れ、悪魔が扱えば、魔界のあらゆるものが斬れる。そして、黄泉の世界の者が扱えば、アンデッドをすべて斬ることができるのだ。


 ちょっと待て。この斧、俺が左腕を通して使ったら、どうなるんだ? 左腕は仮にも悪魔だ。そしてカーミラの力を少しだけ取り込んでいるから、黄泉の力も持っている。そして俺自身は人間だ。


 ――― 凄いことになりそうだな。でも金剛精を受け入れ体質で取り込んでしまったりすると、今度こそ容量オーバーの可能性がある。今はまだ振るう気が起きないな。


 ガトラスさんと話し込んでいるうちに、俺の番号が読み上げられた。うむ、第5回戦だ。気合を入れていくぜ!


 と、意気込んだはいいが、闘技場に降り立ってみれば、なんと相手は子供だった。デュポンよりも少し大きい程度の少年だ。武器すら持っていない。丸腰の子供が、一体どうやってここまで勝ち上がって来たのだろうか? 唯一考えられるのは魔法だ。体術や剣術は、この小さな体ではありえない。まぁ、一部例外もいるけどな。懐に短い杖を何本か持っているのかもしれない。


「始めっ!」


 鋭い掛け声がかかった。観客も静かに俺たちの試合を観ている。ざわつきはあるが、緊張した雰囲気が感じられる。激戦になる事が、観客にもわかっているようだ。


 少年は懐から短い木の棒を取り出した。やっぱり魔法か。ついに魔法使いと戦う時が来てしまったか。だが俺は結構安心している。なぜなら、魔法は詠唱に時間がかかるからだ。もちろん、ブリッツさんのような無詠唱で発動可能な特例はある。しかし、どんなに短くても数秒の詠唱時間は必要になるのが一般的だ。1対1の接近戦で数秒間のロスというのは、あまりに長い時間だ。詠唱している間に、少なくとも数発の打撃を打ち込むことが可能だ。


「アイスボール! 氷の悪魔よ、我が敵を撃ち抜け!」


 少年が杖を振りながら、複雑な動きをして呪文を発した。その動きをしている間に、俺は素早く近づいて、彼に拳を一閃 ――― したつもりだったが、予想に反して拳は空を切った。少年はスルリと俺の懐に入ってきた。


 まずい。この子、動きが素人じゃない! まるで猿のような身のこなしだ。何らかの体術を使う!


 次の瞬間、超至近距離で彼の放ったアイスボール、氷の塊が凄まじい勢いでぶつかってきた。それを俺は短剣で受けた。普通の剣で魔法を受ければ、剣は粉砕され、防御に失敗する。だが、俺の剣は魔剣化している。魔法に対抗する力を持っている。


 上手く彼のアイスボールを弾き返すことに成功した。一瞬ヒヤッとした。危なかった。


「へぇ、お姉ちゃん、やっぱり凄いね。今のを防ぐなんて……聞いてた通りだ」

「あなたは体術、格闘術に長けた魔法使い、ということですか?」

「へへへ、それはどうかな」


 少年はニヤリと笑って、再度杖を振って呪文を唱えた。


「ウインド・スラッシュ! 風の悪魔よ、我が敵を斬り裂け!」


 俺の足元から、途端に小さな旋風が発生した。土埃が舞い上がり視界が悪化した。バチバチと音を立てて、俺の皮膚が傷つけられる。表面的な痛みだけなので、大した威力はないようだ。両手で顔を覆って、皮膚の露出を少なくする。


 風はすぐに止んだ。ダメージはほとんどない。両手のガードを解き、目を見開いてみると少年の姿がない。一体どこへいったんだ? この闘技場に隠れる場所なんてないぞ? もしかして、隠匿の悪魔の魔法? さすがに気配のない透明人間相手に戦うのは辛い。嫌な予感がする……。


 そう思った時だった。ぞくりと背筋に寒いものが走った。胸に違和感を感じた。何かが触れている!?


「あー、やっぱりカミラ姉ちゃんの胸は、聞きしに勝る安心感と触り心地だよー」

「ひ、ひぃ!」


 俺は女っぽい情けない声を上げていた。いや、だって対戦相手の少年が、俺の死角となる真下に入って、嬉々とした顔で胸を揉み上げていたからだ。何なんだコイツは!? さっきの風の魔法は単なる目くらましかよ。


「な、何なんですか? あなたは?」

「うーん、この触り心地、たまらないものがあるね。マシュマロみたいだ」


 俺の言葉には何の答えもなく、触り続ける少年。……おい、コレは一体どうすりゃいいんだよ!


「あっ、審判さん、もう僕の負けでいいよ。戦う気はないから」

「勝者、カミラ=ブラッドール=メンデル!」


 観客席はある意味、度肝を抜かれていた。いや、まぁ……一番抜かれているのは俺だけど。まさかこんな戦いになるなんて。


 試合終了の宣言にもかかわらず、このエロ少年はまだ俺の胸を触っている。仕舞いには、ジャンプして俺の胸にしがみついて、顔を埋めてきた。まるでシャルルさんの子供版みたいなヤツだ。仕方がないので、少年を引き剥がして、猫の子供を持つように襟首を掴んで闘技場から上がった。そこには、ブリッツさんとニコルルさんが待っていた。神妙な顔をしている。すると、俺の手にぶら下がっている少年の顔が見る間に青くなっていった。


「こらっ、パスカル!!!」

「ったくもう、ダメだよ、ボクが教えた魔法を勝手に使っちゃ」


 ブリッツさんもニコルルさんも、ご立腹だ。どうやらこの少年、2人の知り合いのようだ。ブリッツさんから教えを受けているらしい。だから、あんなに淀みなく魔法を使えるのか。体術が一端なのも、5回戦まで勝ち上がれた理由もわかる気がする。


「あのー、この少年はお二人の顔見知りなんですか?」

「弟よ」


 ……ああ、なるほどな。エロ魔人なところは血筋か。しかし、このファミリーは随分と子沢山なんだな。一体何人兄弟なんだろうか?


「弟さんだったんですね。だから私の事を知っていたのですか」

「ごめんね。私たちがカミラちゃんの事を楽しそうに話していたら、この子が興味を持ってしまったみたいでね。まさか、勝手にコンテストに出場するとは思っていなかったの。監督不行き届きで申し訳なかったわね」

「い、いえ、お気になさらずに。ところで、ニコルルさんのご家族というか、ご兄弟って何人いらっしゃるんですか?」

「12人よ。まぁ、コーネットでは普通かしら」


 そんなにたくさん! と思ったが、戦後の日本でも結構子沢山の時期はあったみたいだし。そういえば、上司の兄弟も10人いると言ってたな。子供の生存率を考えると、子沢山になるのは生物としての基本なのかもしれない。


 しかし、ブリッツ、ニコルル、シャルル、ときてパスカルか。……あと8人もこんな濃いエロキャラがいるのかよ。もうこの4人だけで、十分にお腹いっぱいでございます。

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