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第75話 騎士団の実力者

 試合の合間に、爺さん師匠を見つけて話しかける。もちろん、師匠も順調に勝ち上がっている。向かうところ敵なしだ。派手な戦い方をしていないので、目立ってはいない。むしろ、”ラッキーで勝てている幸運な年寄り”としか観客には思われていないようだ。地味に手刀一発で気絶させたりしてる。そんな玄人好みの戦い方が、観客にウケるはずがない。


「師匠、この試合に参加した本当の目的は何ですか?」

「言った通りじゃ。カミラと戯れてみたくなっての、ホッホッ」

「ではズバリ聞きます。師匠は何者なのですか?」

「……」


 返事がない。じっと試合会場に目を向けている。何かを考える風でもなく、何かを感じる風でもない。ただ遠くを見るように目を細めて、遥か彼方へ思いを馳せているようだ。


「直に見てみたくなったのじゃよ、儂の予想を遥かに越えて、面白いことになっておったからな」

「は、はぁ……」

「まさかここまで来るとは思わなんだ。長く、そして興味深い旅路だったのぉ」


 師匠の台詞の意味がわからない。素性を隠すために、話をはぐらかしているのかもしれない。


「仰っている意味がわかりません。ですが、師匠は敵ではないと信じています」

「まぁの。儂はお前の敵ではない。だが味方でもない。あくまで中立じゃ。まぁ、それを破って少し手を貸してしまったがの」


 中立? エルツ家でもなくヴルド家でもない、第3の派閥に属しているということだろうか? いや、この人の場合、1人の格闘家として世俗の政治には”我関せず”といった立場なのかもしれない。どう見ても、世間に干渉してどうこうしようとするタイプではない。


「まぁよい、いずれわかる時も来よう。お前に手は貸さぬ。だが邪魔もせん。せいぜいこの世を楽しんで、精一杯やることじゃ」


 謎かけみたいな台詞に、面喰らうばかりだが、とにかく師匠が俺達の計画を邪魔するつもりはないことはわかった。だけど正体は相変わらず不明だ。この調子じゃ、ニールスさんに聞いてもわからなそうだな。


 ただ……なんだろう。爺さん師匠と話している時のこの感覚、遥か昔に覚えがある。具体的に何だったか思い出せない。俺の男としての記憶も、随分と薄れているのだろうか。


「ああ、そうじゃ。一つだけ言っておこうかの」

「はい、何でしょう?」

「儂とお主は初対面ではない」


 へっ?! 何をいってるんだ。そんなの当たり前じゃないか。ヴルド家の庭で、散々稽古をつけてもらったじゃないか。そもそもこんな長身女の体になったのは、貴方の施術のおかげなんだから。


「ホッホッホッ、まぁ、よい。次の相手は強敵じゃぞ。せいぜい頑張るがいい」


 そう言い残して、師匠は次の試合に向け、闘技場へ降りていった。


 謎が謎を呼ぶ意味不明な台詞ばかりだ。うーん、わかりそうでわからない。この感じがもどかしい。それにしても、師匠と初対面ではないというのは、どいうい意図で言ったんだろう? まさか、本格的に物忘れする年齢になってきたんじゃないだろうな。あの爺さんが介護される状況なんて、とても思い浮かばないぞ……。


「カミラ、何かわかったか?」

「あ、シャルローゼさん……。いえ、師匠の素性はわかりませんでした。ですが、敵ではないことははっきりしました」

「そうか。ならば今はそれでいい」

「コーネットで師匠と何かあったのですか?」

「今は話さない方がいいだろう。余計な情報だ。戦いの雑念にしかならない」

「わかりました。では格闘部門の全試合が終わったら、教えてくださいますね?」


 シャルローゼさんは、こくりと頷いて、そのまま黙り込んでしまった。この人も中央王都との往復を1日でこなすとか、無茶してるから疲れているんだろう。今はそっとしておいてあげよう。


 試合の合間を利用して、気配感知で会場を舐めるようにサーチしていく。観客の熱狂が凄い。俺の方を意識している人も複数いるようだ。殺気は含まれていないので、害意や悪意はなさそうだが、これでは敵が監視していても気がつけないな。とはいっても、観客席から魔法をぶっ放してきたら、シャルローゼさんが止めてくれるだろうし、矢を射かけてくるようなら、警護の騎士団に止められるはずだ。観客席はあまり警戒しなくてもいいかもしれない。


 うわ、ジャンさんが猛烈な勢いで手を振ってるよ。シスコン気質は、まだ全然抜けてないみたいだな。懇願するような表情なので、一応手を振り返しておこう。


 笑顔で手を振り返すと、ジャンさんの心配そうな顔がパッと笑顔に変わった。うん、わかりやすい人だな。


 貴賓席の方を見ると、宰相カールの隣に赤髪の女が座っていた。試合開始まではいなかったはずなのに。一体何者だろうか? 宰相の近くにはべれるのだから、貴族かそれなりの役職の者なのだろう。気配感知で細かく探ってみるが、何も感じない。普通の人間のように思える。


 文官はともかく、メンデルの貴族だったらこの4年間でだいたい会っているはずなので、見覚えがあると思う。だが、あんなに目立つ赤い髪の人とは、お会いした事がない。見たところ、武器は腰にさしている細身のサーベルだけだ。まぁ、貴賓席に居るのだから、そうそう目立った動きはしないと思うけれど、気持ちはあまりよくないな。


◇ ◇ ◇


 ――― 時は少し巻き戻り、鍛冶師コンテスト開催前夜。宰相カール=エルツの屋敷。


「いよいよ明日か。この4年間、我慢に我慢を重ねてきた。……この鬱憤うっぷん、どう晴らしてくれようか」


 宰相カールは、ナイトストーカー捕縛の一件以来、馬脚を現さぬよう、静かに過ごしてきた。ヴルド家が政局を牛耳ろうとも、悪の宰相と噂されようとも、じっと耐えてきた。すべては明日開催される鍛冶師コンテストで実権を握り、この国の支配者となるためである。肝心の謀略は親戚筋のソルト頼みだが、これ以上ない完璧な作戦だった。


「クックック、ヴルド家のアホども、せいぜい今のうちに栄華を味わっておくがいい。明日になれば、すべてが変わる。ついに儂の時代、エルツ家の時代がくるのだ!」

「4年も経ったのに、何にも変わってないね、宰相様」


 いつの間にか、居室に赤毛の女が立っていた。戸締りや警備は完璧だったはずだ。周囲の部屋には、気配感知の達人である自分の調略部隊を配置してある。それらにまったく気付かれず、この居室まで侵入する事など、幽霊でもなければ不可能だ。


「誰だお前は?」

「やだなー、忘れちゃったの? 私ですよ、ソルトですよー」

「……何だと? これまた随分と姿形が変わっているようだが」

「幻覚呪術ってヤツでねー、まぁ、見破れる人はほとんどいないと思うよー」

「呪術だと? 貴様、死人に成り下がったのか?」

「違うよ。説明するの面倒くさいから手短に言うけど、ちょっと偉い人から、呪術の力を借りているんだ」

「ほう、その呪術とやらで化けているということか?」

「ちょっと違うけど、まぁだいたいそんなもんだよ、アハハ」


 実際、ソルトは呪術を使っている訳ではない。アルベルトから付与された護符の力で、黄泉の力を期間限定で操れるようになっているのである。アルベルトの得意とする幻覚呪術を、ソルトも一時的に使える状態ということだ。だから変装ではない。アルベルトの呪術で、見る者すべてを騙しているのである。


「じゃあ、呪術を解くよー」


 赤毛の女が腕を数回振ると、そこには紛れもない狂気の貴族、ソルト=エルツの姿が現れた。


「ふ、ふむ……これはすごい。完璧な術だ。これなら誰も見破れまい」

「どうせ敵さんは、観客か参加者にしか注意してないだろうし、まさか宰相の側近が私だなんて、予想もしてないだろうしねー」

「よ、よし。これならば明日は問題なさそうだな。手はず通り、お前に全部任せる。”サクラ”の準備も万全だ。最後の仕上げだけは儂がやろう」

「うん、わかったよー」


 そういいながら、ソルトは舌舐めずりした。目は怪しく光り、目尻をさげてニィッと笑うその様は、まるで死神のようだ。


 ソルトは、約束を守る気などさらさらなかった。宰相カールの作戦など糞食らえだった。単に暴れられる舞台が揃っているから戻ってきただけだ。そしてもう一つ。自分を貴族議員から追いやった張本人、カミラ=ブラッドールを確実に殺すためだった。


 ソルトの仕込んだ最大の罠は、ハッブル家のマイヤーに仕込んだ”拘束の悪魔”である。コンテスト当日、これが発動する。そして鍛冶師部門のブラッドール家を窮地に追い込む。


 もう一つの”拘束の悪魔”は、カミラのメイドに仕込んでいる。が、これは運悪く解除されてしまっている。もちろん、解除されれば術者であるソルトは、それを知る事ができるのだ。メイドを使ってカミラを暗殺することは、もう不可能だ。


 しかしソルトには、そんなことはどうでもよかった。最大の切り札であり楽しみがある。そう、”剥奪の悪魔”である。これを試合会場で炸裂させれば、ほとんどすべての騎士や兵士、参加者の戦力をゼロにできる。そこに、アルベルトから借りている”黄泉の軍団”を登場させるのだ。会場の人間は、黄泉から召喚された不死の軍団に惨殺されるだろう。それには宰相カールやメンデル国王も含まれている。コンテスト会場の人間すべてを殲滅するのが、ソルトの望みであり楽しみだった。


 アルベルトの召喚した強力なアンデッドに対抗できる呪術者や神術の使い手は、この大陸にはもういないはずだ。それは、これまで多くの要人暗殺を繰り返してみて、よくわかっている。ソルトに負ける要素はない。本人もそう確信していた。


 明日の午後から、惨殺のショウタイムが始まる。想像するだけで、ソルトは楽しさのあまり自然と笑みが溢れてしまうのだった。その笑みを見た、カールは背中に寒気を感じると同時に、強力な味方を得たことを頼もしく思っていた。


◇ ◇ ◇


 ――― 第4回戦。


 この試合で、俺への注目度は一気に高まることになった。何しろ相手は、あのメンデル騎士団の強者つわものだ。しかも、剣技や格闘においては、ディラックさん以上と評判の人物だ。家柄や人物評価の差で、ディラックさんが騎士団長となり、ローリエッタさんが副騎士団長になったと聞いている。


 剣の実力からいえば、今俺の目の前に立っている屈強で大柄な騎士、フェルミが騎士団長に就任間違いなし、との呼び声が高かったらしい。だが、世の中は不条理と差別と不公平で溢れている。フェルミはメンデル人ではなかった。他国の冒険者だった。前回の鍛冶師コンテストで実力を見せ、騎士にスカウトされた人物だ。余所者よそものを国家の要職である騎士団長に据える訳にはいかない。貴族議員達は、そういって反対したのだった。


 中途入社で入った有能な新参社員よりも、コネで入った平凡な古株社員の方が、出世しちゃうってヤツだ。もちろん、ディラックさんやローリエッタさんが無能とはいわない。相当な実力者だし尊敬すべき人格者だ。だけど、それより実力を持つ余所者がポッと出てきたら、血筋や家柄を重んじる保守的な貴族議員達は、何かにつけて目の敵にするだろう。どの世界でも似たような構図はあるものだ。


 戦闘開始の合図が審判から告げられる。観客達の多くがこの試合に注目しているのが、ありありと伝わってくる。正確には、俺への注目ではなく、フェルミへの注目だ。フェルミの戦いっぷりを観客達は見たいのだ。実際、フェルミの3回戦までの戦いは凄まじいものだった。客席は大盛り上がり、一斉に湧いた。つまり観客は、俺が派手に血祭りにあげられるところを期待しているということか。


「貴様がカミラ=ブラッドールか。ディラックの親戚だそうだな。……ふん、いまいましい貴族め。目にもの見せてくれる」


 やべぇ、こいつ敵意全開じゃねぇか。放たれる殺気も本物だ。俺のことを、確実に殺す気できている。構えに一分の隙もない。両手に持ったバスタードソードは、まるで宮本武蔵を思わせる二刀流だ。相当な実力者であることが、ひしひしと伝わってくる。こんな緊張感は久しぶりだ。飛んでくる殺気に首筋がピリピリする。心拍数が上がり、自分の感覚も急激に鋭くなっていく。命を掛けて向き合うこの感じ、イクリプスさんと戦った時以来かもしれない。


 俺は背中の長剣を抜いて正中に構えた。フェルミがフェイントを入れつつ、小刻みに左右のバスタードソードで突きを放ってきた。それを剣で流しつつ、後ろに下がる。


 ……こいつ、見た目の豪快さと違って、緻密な技を繰り出してくるぞ。冒険者上がりと聞いていたので、力任せの荒々しい剣を予想していた。だが、それとは真逆を行く剣技だ。技巧派の方が、剣術歴の浅い俺としてはやりにくい。


 次第に突きのスピードとテンポが上がってくる。ブンブンと無数に飛んでくるハエのようにうっとおしい。


 ドスン。背中に闘技場の分厚い石壁が当たる。いつの間にか俺は壁際まで追い詰められていた。自分では回り込みながら、かわしていたつもりだったが、気がついたら逃げ場がなくなっていた。コイツ、相当戦い慣れしているぞ。まるで詰将棋のような理詰めの戦い方だ。


「でか女、これでもうお前は終わりだ」


 フェルミはそう呟いた。これまでとはうって変わって、大きく剣を振りかぶって打ち込んできた。左右の剣が嵐のように襲ってくる。これはまずいな。想像以上に剣撃が鋭い。長剣で受けるのが精一杯だ。手数が多すぎる。しかも、一撃一撃がまったく油断ならない。


 ギィンギィンと、剣と剣がぶつかり合う音がこだます。徐々に音は大きくなり、やがて俺は防戦一方になった。


「へっ、貴族のお遊び剣術だな。貴様の剣などただの棒切れだ」


 強気の台詞が剣撃の間から聞こえてきた。俺は防御に専念するしかなかった。相手と会話する余裕すらなかったのだ。ディラックさんよりも強いのは間違いない。しかも僅差ではない。圧倒的にフェルミの方が強い。本気モードのイクリプスさんよりも、強いかもしれない。これほどの強さを持ちながら、騎士団長になれなかったのだ。そりゃあ、妬みも深いだろう。しかし、それを俺にぶつけられても困る。御門おかど違いってやつだ。


 フェルミの剣が、さらに速度を増してきた。衝撃が体に響く。ブロックはきっちりしているが、それでも体の芯にズシンとした重い痺れが残る。それほどまでに激しく重い剣撃だ。観客席では歓声が響き、俺の耳にも届いている。


 くそぉ、この状況を何とか打開しなければ。


 サイドステップして壁際から逃げようとした。しかし、それも完全に読まれていた。一歩先手を取って動いたフェルミの剣の方が、俺が防御するより一瞬速かった。フェルミの剣は退路を封じるように、真下から俺の体に迫っていた。咄嗟に左腕を動かし、体を庇う。


 ――― キィン!


 高く乾いた音が響いた。俺の左腕はフェルミの右剣で切り上げられ、高く空を舞っていた。何のことはない、単に左腕の義手を犠牲にして、剣撃を受けた結果がこれだ。


 しかし、客席は水を打ったように静まり返っていた。そりゃそうか、俺の左腕を義手だと思っていた者は、誰もいないだろう。だから、左腕がフェルミの剣で斬り飛ばされたように見えた訳だ。まぁ、驚くよな。


 驚いているのは、フェルミも同じだった。腕を斬り飛ばしたはずなのに、血が一滴も出ない。しかも素早く移動して、剣を拾う敵が目の前に居るんだからね。無理もないか。しかし、左腕の義手のおかげで俺は何とか助かった。もし本物の腕だったら、勝敗は完全に決していた。


「き、貴様……左腕は義手だったのか!?」

「ええ」

「チッ、妙な腕を着けやがって。まぁいい、これでお前は片腕だ。俺の敵ではない。次は首から上を斬り飛ばしてやる」


 フェルミはさらに殺気を強めて腰を落とし、姿勢を低くした。殺す気で来ている。片腕の状態で、さっき以上の剣撃の嵐を受け切れる自信はない。このままだと間違いなく負ける。


 獣王の力を使うしかないだろう。幸い、フェルミに特殊能力はなさそうだ。普通の人間相手ならば、能力を取り込んでしまうリスクは低い。


 俺は素早く獣王の力を発動させた。たちまち闘争心が体を駆け巡り、力が溢れていくのがわかる。五感も鋭敏になって、フェルミの鼓動はもちろん、筋肉一つ一つが動く音まで聞くことができる。


 それを察知したのか、フェルミは大きくバックステップして、俺から距離を取った。


「むぅ……貴様、さっきとはまるで違う。一体、どんなからくりだ?」


 警戒するように、攻撃的な構えから防御の構えに移るフェルミ。冒険者の勘が、獣王の危険性に感づいているのかもしれない。


 久々に完全解放した獣王の力に、俺は圧倒されていた。やっぱりこの力は凄まじい。どうしたって、”力の魅力”に飲み込まれそうになる。


 そう、人間は途方もない破壊力の武器を持つと、思わず使いたくなる。そんな心理に似ているのかもしれない。俺自身の体の成長に合わせ、獣王の力も昔とは桁違いになっている。これなら、あの爺さん師匠ともいい勝負ができる気がする。


 右手に長剣を握り、獣王の力を全開にして踏み込む。瞬時に間合いが潰れ、俺の数センチ目の前には、フェルミの顔があった。


「んなっ!?」


 フェルミは、俺の踏み込みを見切れずに呆然としていた。いや、見切れていないどころか、姿さえ捉えられていないようだ。そう思った次の瞬間、俺の中の闘争心が一気に爆発した。とてつもない破壊衝動が襲ってきた。目の前の敵を殺したい。ぐちゃぐちゃにしてみたい。そんな得も言われない甘美な欲求が、体の底から湧いてくる。


「ヒュッ」


 俺の口から、自然と鋭い呼気が漏れていた。フェルミの動きを予測した上で、至近距離から右の剣を全力で振り抜いた。フェルミは両手の剣をクロスさせ、必死で防御の姿勢を取っていた。だが、構わずそのブロックの上から剣を叩きつけた。


 激しい衝撃音が轟く。フェルミの体は、ブロックの体勢のまま、凄まじい速さで吹き飛んだ。まるで、突風に飛ばされた紙人形のようだった。そのまま観客席との間に設けられた、衝撃吸収用のブロックに突っ込んだ。それでも勢いは止まらず、観客席の最下段に激突してようやく止まった。いや、正確には止められていた。そう、爺さん師匠ががっちりとフェルミの体をキャッチしていたのだ。


「ったく、無茶しおるのぉ、ホッホッホ。こやつ、もう両腕が使い物にならんぞ。じゃが、なかなか気持ちの良い一撃じゃった」


 フェルミの両手の剣は、完全に砕けていた。そして、本人は口から泡を吹いて意識を失っていた。


 危うくフェルミを殺すところだった。もしも爺さん師匠が止めてくれなければ、フェルミは死んでいた。そして何よりも、観客席を巻き込んで、見物していた観客に大怪我をさせていたかもしれない。


 さすがは獣王の力というべきだろう。が、やはり普通の人間相手には、使うべきではないかもしれないな。


 俺はやけに会場全体が静まり返っている事に気がついた。観客も審判もポカンとした顔をしている。そりゃそうか、左腕を派手に弾き飛ばされても、何事もなく動く人間が俺だ。義手には見えないからまぁ、仕方がない。そして獣王の力のパフォーマンスは、少し刺激が強すぎたようだ。しかも相手は、騎士団最強と謳われるあのフェルミだ。何が起きたのか、理解できないのも無理はないだろう。


「あのー、審判さん。相手は戦闘不能だと思いますけど? それと私の名前、ちゃんと登録したフルネームでお願いしますね」


 俺の言葉で、審判役の兵士がようやく我にかえった。


「……し、勝者、カミラ=ブラッドール=メンデル!」


 オオォォォォーーー!!!


 客席からどよめきと大歓声が上がる。よしよし、パフォーマンスとしては、十分効果があったようだ。


「ブラッドール? あの鍛冶師と関係があるのか?」

「いやいや、でも、メンデル姓を名乗ってるぜ?」

「まさか王族?! 何者なんだあのでかい女は」

「しかも片腕だぜ、隻腕のでかい女、信じられない強さだな」

「あのフェルミが一撃だぜ、バケモンだ」


 観客の素直な声が聞こえてきた。これで俺は5回戦から否応無しに目立つことになる。だが、これこそがディラックさんの作戦の狙いだ。メンデル中の注目が俺に集まりつつある。決勝戦で派手に立ち回れば、きっと名前と顔、姿形を覚えてもらえる。後はインチキ国王を晒し者にして、王印の儀式さえこなせば、晴れてミッションコンプリートだ! 道が具体的に見えてきた。ここまで来ると、長かった道のりも感慨深いものがある。と、感傷に浸ってる場合じゃない。あと2回勝たないと、決勝戦まで進めないからな。気を引き締めて行こう。

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