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第74話 師匠の謎

 メンデル城の闘技場は広い。綺麗な階段状になっているおかげで、観客の顔がよく見える。獣王の力を使えば視力もかなりアップするので、誰が座っているか、端から端まで把握できる。さすがに屋内だから、ヴァルキュリアに偵察させることはできないけれど、獣王の気配感知だけで、十分に把握できる。


 お昼を過ぎ、格闘部門の試合の時間が近くと、観客席に懐かしい顔を見つけた。ジャンさん、ニコルルさん、ブリッツさん、そしてニールスさんだ。皆んなが応援に来てくれた。とはいえ、全員今やコーネットの最重要人物だ。本来なら国賓待遇での入場となるが、さすがに騒ぎが大きくなりすぎると踏んだのだろう。お忍びで来てくれたみたいだ。


 シャルルさんの姿はまだ見えない。ヴァルキュリアによると、メンデルに近づいてはいるみたいだが、少し遅れるらしい。そして、肝心なシャルローゼさんの姿が見えない。これはちょっと不安になるな。ヴァルキュリアの偵察でも見つけられない。どこへ行ったのだろうか?


 俺の応援には、エリー、マドロラさん、レンレイ姉妹、イクリプスさんとデュポンが来てくれている。チャラ男とドルトンさんは、ビスマイトさんのサポートだ。


 もちろん、ちびっ子エルフのおこちゃま長老も居る。周囲に注意を配ってくれているのだろう……と思ったら、何やってるんだ、あの子供は。お祭りの出店で買った食べ物を、一心不乱に食い散らかしてる。ああ、都会に慣れてない食い意地の張ったエルフさんだよ。ルビオンさんは、少し離れた観客席で静かに1人佇んでいる。うん、この人の方が長老って言葉が似合っている。


 観客席の中には、厳重な柵で仕切られた座席がある。そこには宰相カールとメンデル国王の姿があった。まぁ、曲がりなりにも主催者本人なんだから、貴賓席に座るということなんだろう。しかし、久々に見たメンデル国王だが、かなり太っている。居室に引き籠って食べてばかりという噂は本当のようだ。


 一方で宰相カールの方は、以前にもまして顔色がよくなってる。表情にも生気が漲っている。勢力を完全に削がれたエルツ家だ。彼が元気になる要素は一つもないはず。それなのに、落ち込んだ様子はおろか、ますますやる気に満ち溢れた顔をしている。何か企んでいるのだろうか。まぁでも、俺の選挙活動とヴルド家の根回しは完璧だ。この地盤はちょっとの事では揺るがない。刺客もおいそれとは入れない警備体制だしな。


 爺さん師匠の参加は計算外だったが、この際、自分のすべてを出し切ってみるしかない。グダグダと愚痴を言っていても始まらないしな。よし、全力を出し切る。爺さん師匠相手だと、獣王の力を出すしかないだろうけど仕方がない。獣王が出血したら、観客も皆んなも危なくなる。だから、そこがギブアップの判断ポイントだろう。


 参加選手は、全員観客席の最前列に座ることになった。当然、勝ち抜き戦だから、最初はフルメンバーが座っている。闘技場を8分割し、8試合を同時に進めることになったようだ。そして、準決勝から1つの舞台になるらしい。まぁ、1000人以上も参加者がいたんじゃ、そうでもしないと終わらないよな。


 戦いの組合せは、いつの間にか観客席の端の方にさらりと貼り出されていた。当然、見る事ができない。組合せがわからないと、どこで誰と戦っていいのかわからない。と思ったが、何の事はない、受付の時に渡された番号札で呼び出されるのだ。ちなみに俺の手元にあるのは、288番だ。


 主催者である、メンデル騎士団の長が舞台に立ち、高らかに鍛冶師コンテスト格闘部門の開催を宣言した。


 ディラックさん、堂々としてるなぁ。こういう姿の彼を見ると、妙に胸がドキドキしてしまう。いや、正直に言おう、今俺はディラックさんをカッコイイと思っている。だけど元男としての記憶が、思い切りブレーキをかけている。やっぱり男の記憶って、大きなものなのかもしれない。


「それでは29番と335番、第1ブロックへ!」


 審判役の人が、番号と戦う場所のブロックを読み上げてくれる。それにしたがっていけばいいだけだ。


 試合のルールは至極単純だ。武器も魔法も使いたい放題。1対1であれば、何でもアリだ。勝敗は、相手が負けを認めるか、戦闘不能になることで決定される。こう着状態になって、時間ばかりが過ぎていく場合は、審判の判断で引き分けになる。引き分けの最終的な勝負は、腕相撲で決められる。あくまでも”腕っぷし”が試されるという訳だ。


 とはいえ、戦闘不能、つまり死んでも文句は言えない訳だから、危険なルールであるこは間違いない。加えて、勝ち抜き戦という過酷さもある。これだけの参加者数だと、準決勝にたどり着くまで、7試合か8試合を戦わなくてはならない。もちろん、相手が負傷して戦えない場合は、不戦勝というパターンもあるので、実際には5〜6試合くらいかもしれない。それでも対戦相手によっては、過酷な戦いになる。


「288番、891番、第7ブロックへ!」


 あ、え、もう順番来ちゃったの? まだ心の準備ができてなかった。


「は、はい!」


 言われた通りに闘技場へ降りる。手には魔剣化した短剣、背中には俺が最初に作った長剣を差してある。金剛精はさすが邪魔だったので、客席に置いてある。盗まれる心配はないからね。そもそも持てる人がいない。万が一手にする事ができても、そのまま逃げるには目立ちすぎる。”捕まえてください”と言っているようなものだろう。


 観客席を見回すと、満席になっていた。お祭り雰囲気の熱気で溢れている。ジャンさんがすごく心配そうな顔をしている。そして対戦相手だが、大きなハンマーを抱えたスキンヘッドの男だった。体がかなり大きい。身長は俺よりもあるし、何よりも筋肉の量が凄まじい。ムキムキのマッチョマンってやつだ。


「へっ、悪いが俺は女だろうと容赦しねぇ。運が悪かったと諦めるんだな」


 お決まりの台詞を繰り出してくる筋肉スキンヘッド。魔法を使うタイプではなさそうだ。肩に乗せているご自慢ハンマーが攻撃のメインだろう。力技で押してくるだけの相手なら、むしろやりやすい。1回戦は楽ができそうだ。


「それでは、はじめっ!」


 審判の鋭い声が響く。他のブロックでは、既に戦いが始まっている。なかなかの熱戦のようだ。観客も興奮しているのが伝わってくる。


「オラアアァッ!!!」


 筋肉スキンヘッドが、勢いよく走りこんできた。当然ハンマーを俺に打ち込むためだ。


 ”ブン”と重く空気を削り取る音を立てながら、男の肩からハンマーが降ってきた。……しかし、遅い。あくびが出てしまうレベルだ。レイさんの拳の方が何倍も速い。


 俺はハンマーを軽く交わし、男の懐に潜り込んだ。そして短剣を素早く抜いて、峰打で一撃を食らわせる。男の横腹にクリーンヒットした。男は、さっと顔色を変えて、大きく後ろに飛びのいた。見た目は大したことないが、ダメージは小さくないはずだ。確実にあばらの2〜3本は折れている。


「ちっ、やるじゃねぇか。油断したぜ」


 男が今度は慎重に構えを取る。少し威圧感が増した感じがする。殺気も強くなっている。しかし、実力のほどはだいたいわかった。魔法や魔法石を隠し玉で持っているとは思えない。


「降参は、してくれませんよね?」

「はん! 当たり前だろ。俺を誰だと思ってやがる。泣く子も黙る天下の傭兵、ビッカース様だぞ」


 傭兵家業で渡り歩いてきた猛者か。なるほど、それなら肋が折れたくらいでは、根をあげたりはしないだろう。一攫千金を狙うのは、傭兵や冒険者の夢だ。そう簡単には諦めないだろうな。


「わかりました」


 俺はそういって、短剣を構えるでもなく、無防備な状態でゆっくりと男に歩み寄っていった。ノーガード戦法というヤツだ。


 ビッカースは、一瞬驚いて怯んだ様子を見せたが、覚悟を決めたようだ。雄叫びと共に、凄い勢いで突っ込んできた。だが俺は、それよりもさらに速く大きく踏み込んだ。そして……短剣をハンマーに向けて素早く振り抜いた。


 ーーー キンィィィーン!


 高い金属音と共に、ビッカース自慢のハンマーは、真っ二つに斬れ、闘技場に床にドサリと重々しく落ちた。


「んな、俺の、俺のハンマーが……」


 返す刀で首筋を一撃。彼の意識も根こそぎ刈り取った。白目を向いて地面に倒れるビッカース。口角からは泡を吹いている。完全勝利だな。体力の消耗もほとんどない。よしよし、これならいけそうだぞ。


「勝者、288番、カミラ=ブラッドール!」

「「「おおおおーーーーっ!!!」」」


 審判の勝利宣言と共に、客席から歓声が上がる。怒涛の拍手が俺の全身に降り注いでくる。うーん、こんな体験は初めてだ。結構気持ちいいな。いや、いかんいかん。雰囲気に飲まれて冷静さを欠いたら負けだぜ。


 隣のブロックを見ると、爺さん師匠が戦っていた。相手は、なんとメンデルの騎士だった。フルアーマーで武装した騎士だ。普通なら、騎士は余裕で勝利するはずだ。でも、相手が悪すぎる。一番普通じゃない相手に1回戦から当たってしまうなんて、お気の毒としかいえない。


「ふむ、カミラ、まだまだ動きに無駄があるぞ」


 爺さん師匠は怒涛の剣撃ラッシュをかわしながら、余裕の表情で俺に話しかけてきた。オイオイ、あまりに力の差があるからって、よそ見はいくらなんでも失礼だろ。


「くっそおぉぉぉ!」


 騎士がムキになって、剣撃の速度を速める。端から見ていても寒気を催すほどの、鋭いラッシュだ。しかし、爺さん師匠はそれを涼しい顔でかわしている。まったくもって剣の当たる気配がない。


 そして、ほんの少しの隙を突いて、爺さん師匠の杖が騎士の喉元に突き刺さった。「ぐえっ」という情けない声とともに、騎士はばったりと前のめりに倒れて、それっきり動かなくなってしまった。


「まぁ、この国の騎士も昔と変わらないレベルだの、ホッホッホッ」


 騎士を手玉にした挙句、ただの一撃で沈めてしまう。さすがだよ。


「勝者、277番、ギル=シュタインベルク!」


 ……あっ! 今初めて爺さん師匠の本名を知ってしまった。誰もが”老師”とか”師匠”としか呼ばないので、本名を知らなかった。しかし、シュタインベルクとは、また意味深な名字だな。カーミラやシャルローゼさんと同じだ。もしかして、この世界では割とポピュラーな名前なのだろうか? 日本で言えば、”田中”とか”佐藤”みたいなものかもしれない。


「カミラよ、決勝戦で会おうぞ」


 爺さん師匠はそう言い残して去っていった。それから駆け足で組合せ表を見に行くと、爺さん師匠と俺は、順調に勝ち上がれば決勝戦で当たることになっていた。そう、幸いにして一番離れたブロックだった。これなら多少の見せ場ができる。観客の注目を集めることができる。決勝戦で劣勢になっても、なんとか王印の儀式に事足りる舞台を設えることができそうだ。


 2回戦は、流れ者の女剣士が相手だった。それなりに太刀筋はよかったが、レベルとしては1回戦の傭兵と同じだった。あっさりと峰打で勝ち上がることができた。よしよし、今のところ順調だぞ。


 ビスマイトさんの方はどうだろうか。城の上空にヴァルキュリアを旋回させてある。中庭で行われている鍛冶師部門の方は、彼からよく見えるはずだ。


『ヴァルキュリア、鍛冶師部門の様子はどうですか?』

『順調です。向かうところ敵はありません。このままなら、ブラッドール家の優勝は確定でしょう』

『そうですか、そのまま監視を続けてください』

『ですか獣王様、一つ気になることがあります』

『何ですか?』

『ハッブル家のマイヤーが出場しております』


 おう、懐かしい。パーティー騒動以来、それっきりになっていたが、あの坊ちゃんも出場しているんだな。鍛冶師名門のハッブル家だから、むしろ出場しない方がおかしいか。


『彼の様子ですが、少し変です』

『どんな風におかしいのですか?』

『目付きが尋常ではありません。まるで獣のようです。つり上がって鋭くなっています』


 うーん、とはいえ、勝負事の真っ最中だ。目付きが鋭くなって、人相が悪くなるのは、それだけ真剣に取り組んでいるってことじゃないのかな。特におかしな事とは思えない。


『い、いえ……私の考えすぎかもしれません』

『ありがとう。今は心配しすぎて損することはありませんよ。念のため、彼の動きに注目していおいてください』

『かしこまりました』


 まぁ、大丈夫だろう。現にビスマイトさんも快進撃を続けているのだし、俺の方も全然問題はない。むしろ簡単に勝ち過ぎて気持ち悪いくらいだ。


 ーーー 3回戦。ようやく骨のある相手に当たった。相手はとんでもないヤツだった。まず見た目のインパクトだけで、観客がざわつき始めた。姿形は細身の若い女だ。装備は革鎧に片手剣が1本。ちょっと短めのサーベルを携えている。そして盾だ。頑丈な良い品物のようだ。しかし、問題はその首から上だ。なんと、頭髪が蛇。生きているベビが、もさもさと動きながらとぐろを巻いている。……はっきり言おう。メデューサだ。


 確かに参加条件に、”人間であること”とは一言も書かれていない。でもだからって、人間のコンテストに参加してくるモンスターがいるのかよ!? 反則じゃないのか、こんなの!


「あ、あのー、審判さん。人間以外の方でも参加可能なんですか?」

「失礼なヤツだ。私は人間だぞ、半分だけだが……」


 審判の代わりに答えたのは、誰あろう、正面に立っているメデューサその人だった。


「半分? もしかしてメデューサと人間のハーフってことですか?」

「そうだ。文句あるか」

「い、いえ……」


 この世界には、モンスターと人間の間に生まれた子たちがいる。数は多くないが、彼らが人間社会に適応し、普通に人間として生活できることもある。それを”亜人”と呼んでいるそうだ。つまり、モンスターハーフだ。


 亜人はほとんどが奇形として生まれ、直ぐに死んでしまう。運良く生きながらえたとしても、多くのケースは人間社会からは拒絶される。


 もちろん、モンスターの社会からも中途半端な存在として、迫害される悲しい宿命の種族だ。だから多くの亜人は、裏世界の住人となるか、奴隷として買われるかの2択になる。


 そういえば、イクリプスさんから最初に襲撃されたときも、亜人が1人いたな。彼がどうなったかもう知る由もないけれど、亜人がこうした人目の多い場所に出てくること自体、相当珍しい。人間からは唾棄される存在だと、彼ら自身もよく理解しているからだ。


「それでは、始めっ!!!」


 審判の声がかかる。だけど俺は少なからず戸惑っていた。だって、メデューサ対策なんてしてないよ! メデューサといえば、何と言っても眼だ。眼を合わせると、石になってしまうという定番のアレだよな。この相手が、石化能力をどこまで引き継いでいるのかわからない。しかし、万が一石にされたら、その瞬間に勝敗が決してしまう。これは、まずいぞ。


「どおりゃああーっ!」


 メデューサ亜人がサーベルを腰にためて突っ込んでくる。何の外連味けれんみもない、単純な突きが繰り出されてくる。かわすことは簡単だ。だが彼女の目線が気になって仕方がない。眼を合わせたらおしまいだ。俺は地面へと視線を落とし、彼女の顔を見ないようにして、攻撃をかわしていた。しかし、突然彼女の顔が視界に入ってきた。地面から這い上がるように、俺をめあげてきたのだ。


 危険を感じて咄嗟に眼を瞑る。しかし、これこそが彼女の作戦だった。右肩に鋭い痛みが走った。眼を瞑ったおかげで、サーベルの一撃をもらってしまったのだ。幸い、獣王の力は発揮していなかったので、猛毒の血を振りまくことはなかった。だけど危なかった。


 思い切りバックステップして、彼女から距離を取り、眼を伏せる。


 俺には制約が多い。まず無闇に獣王の力を発揮することができない。傷が瞬時に回復するのはいい。だが、この密閉空間で出血したら、観客に死人が出でしまう。


 そして、受け入れ体質のリスクだ。特殊能力を持った相手と戦い、傷を負わされると、その能力を取り込んでしまう可能性がある。取り込むだけならいい。問題は、取り込む器に容量があることだ。容量の限界を超えると、どうなるかわからない。


 つまり、攻撃を受けるのはダメ、獣王の力を使うのも危険ということだ。この状態で、メデューサ亜人の彼女から一撃をもらってしまった。容量オーバーになったら、そこですべてが終わる。


「グッ……くそっ」

「メデューサの特殊能力、よく理解しているじゃないの。でもね、どちらにしてもあなたに勝ち目はないわ」


 眼を開けて戦えば、石化してしまう。眼を閉じて戦えば、サーベルで串刺しだ。爺さん師匠みたいに、眼を瞑っていても戦える、なんて心眼は使えないしな。


 メデューサが、またサーベルを振り回しながら踏み込んでくる。大振りなので、かわすのは容易だ。しかし次の瞬間、また彼女は俺の眼を覗き込むように、顔を近づけてきた。さっきと同じパターンだ。


  仕方がない。やりたくはなかったけど、あの手を使うしかないよな。


 俺は右足のつま先を強く地面に突き刺し、彼女の顔に土を蹴り上げた。メデューサは不意を突かれて、思わず眼を閉じる。その隙に俺は短剣を抜いて懐に入り、剣の柄を鳩尾みぞおちへ一閃。見事に彼女を気絶させることができた。


 土をかけるなんて、ねこだましみたいな手は使いたくなかったんだけどね。卑怯者と罵られても仕方がない。でも、これ以上彼女の攻撃をくらうわけにはいかなかった。申し訳ないが、こちらも何としても負けるわけにはいかない。


「勝者、288番、カミラ=ブラッドール!」


 よしよし、ヒヤリとしたけど3回戦を突破することができたぞ。


「カミラ様! お怪我は大丈夫ですか?」


 レンレイ姉妹が、俺が一撃をくらったのを見て、慌てて寄ってきた。不思議なことに、鎧には剣の跡すら残っていない。さすがシャルルさんの特別製だ。自分で修復する機能があるみたいだ。傷の方は、表面の皮だけを斬られた感じだ。骨や大きな血管には届いていない。出血は少しあるが、戦いに影響は出ないだろう。


「傷の方は大したことはありません。それより、シャルローゼさんを見かけませんでしたか?」

「いえ、シャルローゼ様はまだ会場へはいらしてないようです」


 やはりまだ来ていない。ここまで遅いと、何かトラブルがあったと考えた方がいいかもしれない。


「わ、私ならここにいる。ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


 そこには、大粒の汗をかき、肩で大きく息をするシャルローゼさんが立っていた。


「どうしたのですか? そんなに息を切らせて」

「カミラ、お前、”師匠”とは会ったか?」

「はい、師匠なら今ちょうど試合に出ておられますけど」

「あいつの名前を聞いたか?」

「ええ、ギル=シュタインベルク……だったと思いますけど」

「やはりな。だがありえない」


 シャルローゼさんが下を向いている。その顔は酷く青い。元々色白で、血色の良い人ではないけれど、今はもう本当に青いという表現が正しい。


「何かあったのですか?」

「あの男……ギル=シュタインベルクは、この世に居ない人間だ」

「どういうことですか?」

「既に死んでいるということだ」

「まさか……。どうしてそんなことがわかるのですか?」

「ギル=シュタインベルクは、私の先祖だ。当然もう亡くなって久しい。私や姉のような特殊例を除いては、生きている訳がないのだ」

「では、その”特殊例”という事は考えられませんか?」


 あの爺さん師匠の事だ、実は謎の体術パワーで不死身になっているとか、そんな事を言われても全然驚かない。


「いや、ギルという人物の遺体は、中央王都の大教会に安置されている。聖人、つまり神術の使い手としてな」

「そ、そんな、じゃあ遺体が蘇ったっていうんですか?」

「それを今まで確かめに行っていた」


 なんと。わずか1日足らずで、中央王都まで往復してたのかよ。どんだけ無茶してるんだ、この人は。相当魔力を消費したに違いない。


「遺体はちゃんと安置されていた」

「では、同姓同名ということではないでしょうか?」

「それも考えて我が家の家系図を調べ、ギルという人物の肖像画を見つけ出した。あの師匠と生き写しだ。本人としか思えない」

「どういう事なんでしょうか?」

「わからない。ただ、あの爺さんは何か秘密を隠している。ただの人間ではない」

「確かに化け物じみた強さではありますけど……味方なんですよね?」

「念のためだ。疑う心だけは持っておくがいい」

「わかりました、ありがとうございます」


 爺さん師匠が敵? いや、アンデッド? そんな事はありえない。もしも彼が敵ならば、俺を殺すチャンスはこれまでいくらでもあったはずだ。初めて出会った時から、稽古をつけてもらっている間、ずっと俺を殺る機会はあった。激しい稽古で殺してしまったという、もっともらしい理由すらつけられる。


 それに、爺さん師匠の稽古は、至極まっとうなものだった。そのおかげで、現に俺は大きな力を得ている。もし、爺さん師匠がアルベルトやエルツ家の回し者なら、わざわざ敵に塩を送るようなことはしない。


 とはいえ、やはりあの人の智を越えた強さは、謎ではある。……人のプライベートを詮索する趣味はないが、師匠の素性は調査しておいた方がいいかもしれない。

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