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第72話 コンテスト前夜(2)

 ーーー ドンドン。 こんな夜更けなのに屋敷の玄関を叩く者がいた。まさかソルトってことはないよな。いくらあいつが突拍子もないことをやらかす暗殺者だとしても、堂々と玄関をノックしてくることはないだろう。


 俺は念のために短剣を持って玄関へ向かった。鎧は脱ぐことができないので、着けたままだ。何かが起きても、いきなり致命傷を負うことはないだろう。眠ってはいるが、2階にはレンレイ姉妹もいる。物音を立てれば、彼女達は確実に気が付いてくれる。


「どなたですか?」

「夜分にすみません、ルビオンです。それとエルフ族の長老もお連れしています」


 おう、前日の深夜になってビックなゲストの来訪だ。それにしてもエルフ族の長老とはね。まさか契約内容に不満があったとか、そういう事じゃないだろうな。曲がりなりにも、こっちは命を掛けたんだ。もっと担保をよこせと言われても、これ以上は何もでないぞ。


 急いで開錠してドアを開けると、イケメンサーバルキャットのルビオンさんが立っていた。獣の長のルビアさんのお父さんにして、王印の儀式の立会人だ。その陰に隠れるようにして、一人の小さな女の子が居た。ルビオンさんの従者だろうか。それにしては、獣っぽくないな。・・・・・・うん? よく見れば耳が尖っている。エルフの従者? だいぶ幼い感じだ。


「じ、獣王、私はエルフ族の長老だ」


・・・・・・うっそ。これで長老だって?! どう見ても幼女にしか見えないぞ。俺がこの体になる前の小学生女児だった頃よりも、見た目が年齢は若い。イクリプスさんの弟、デュポンといい勝負だ。まぁ、あっちは男だけどな。


 そんな俺の心を察したのか、エルフの長老は雄弁に自己紹介を始めた。


「わ、若く見えるが、これでも3万歳は超えている。初代メンデル王やエランド王も知っている。今回はエルフ族を代表して、長老自らが出張ってきてやった。ありがたく思うがいい」


 幼子にそんな偉そうに言われてもな。長身の俺から見れば、完全にお子ちゃまだぜ、この長老さん。3万歳とは驚きだけど、長寿のエルフの中でも一番年寄りなんだろうから、そのくらいになっていもおかしくない。このちびっ子エルフがいれば、アンデッドを追い払う算段ができるというものだ。物理的な戦力は期待できないだろう。だけど、精霊やアンデッドに対抗する力になってくれるんだ、それだけでもありがたい。


「感謝いたします。どうぞよろしくお願いしますね、長老様」

「う、うむ・・・・・・まさかルビオンの知り合いだったとは思わなかったのでな、契約の時は少し言いすぎたかもしれない。許せ」

「気にしてませんよ。さて、立ち話も何です、どうぞ屋敷にお入りください」


 俺はエルフのちびっこ長老とルビオンさんをリビングに案内した。


 だが、リビングの椅子に座るやいなや、早速ちびっこの様子がおかしい。鼻をくんくんとヒクつかせて匂いを嗅いでいる。失礼なおこちゃまだな。うちのリビングは、レンさんが毎日きっちり掃除しているんだぞ。変な匂いがするわけがない。


「うーん、何やら香ばしい匂いがする。油のような匂いだ」


 おう、それはとんかつの匂いだよ。匂いは部屋ではなく料理の香りの方か。


「ええ、先ほどお父様に夜食を作りましたので。その匂いかと。失礼いたしました」

「ほう、その夜食とやらに興味がある。作ってくれないか?」

「え、ええ、別に構いませんけど、少し時間がかかりますよ」

「構わない。どうせコンテストの格闘部門の受付は昼過ぎからだ」


 なんだよ、結局腹が減ってるだけじゃないか。エルフといえば、高貴で霞を食って生きているイメージだったんだけど、人間が食べるような揚げ物なんて俗っぽいものを食べるのだろうか。まさか作って出した途端に「こんなもの食えるか!」と突っ撥ねるつもりじゃないだろうな。ワガママなおこちゃまなら、それもありえるからなぁ。まぁいい、その時は俺が美味しくいただくとしよう。


「ルビオンさんもどうですか?」

「はい、よろしければ私も頂くとしましょう」


 うむ、とんかつ2人前か。まぁいいか、何とかなるだろう。食材もたくさんあるし。特に豚肉は結構な量をストックしてある。豚は定期的に購入することにしているからね。もちろん、”新鮮な血”を入手できるようにしておくためだ。いざという時、直ぐに治癒呪術が使えるからね。


 また厨房に戻り、下ごしらえから揚げ物をこしらえる。こうして自炊をしていると、日本での一人暮らしを思い出してしまう。といっても、仕事命の社畜だった時は、自炊なんて週に1度くらいしかしなかったけど。


 ビスマイトさんに作った残りの米と味噌汁があったので、揚げ時間だけで完成した。よしよし、だいぶ手慣れてきた。まさかコンテスト前夜に、こんなにたくさんのとんかつを揚げることになるとは、夢にも思ってなかったけど。


 俺は2人前のとんかつとご飯味噌汁の黄金セットを、大きめのトレイに乗せてリビングまで運んだ。作った俺の方が腹が減ってきてしまったぞ。


「はい、お待たせしました」

「おおお! これは何という食べ物なのだ!?」

「油で揚げたのがとんかつ、豚肉を植物から採れる油で揚げたものです。そして白いのは白米、スープが味噌汁と言って大豆と塩から作ったものです」


 ちびっこエルフ長老が、目を輝かせている。・・・・・・どんどん俺の中のエルフ像が俗っぽいものになっているけど、まぁいいか。むしろ人間っぽくて扱いやすいかもしれない。


「では早速いただこう」


 パクリととんかつを口にするちびっこ。


 うん? 動きが止まってるぞ。もしかして口に合わなかったのだろうか。


 ーーー ぅまぃ


 小声でボソリと呟きが聞こえた。


「うおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ! なんだこれは! 獣王、お前はいつもこんなに美味い物を食べているのか?!」

「・・・・・・まぁ、だいたいそうですけど」

「信じられん。森の木の実や僅かな根菜類を齧るしかない我々エルフには、到底考えつかぬ食べ物だ!」


 それからのちびっこエルフは、壮絶な食べっぷりを見せた。米と味噌汁はおかわりするし、ルビオンさんのとんかつまで奪おうとするし。察するにエルフって森の賢者とかいって格好はいいけど、食文化は未発達みたいだな。といっても、ここメンデルでさえ、レストランや酒場に入っても、絶対にとんかつなんて出てこない。食の国であるコーネットでもとんかつモドキを食べられるのは、一部の食堂だけだ。やっぱり、普通にどこでもとんかつが食べられる、日本の食文化が異常に発達していたともいえる。


 そして、がっつりと飯を食い終わったちびっこエルフは、なんと豪快ないびきを立てて寝てしまった。おいおい、お前は一体何しに来たんだよ。ルビオンさんもさすがに呆れた顔をしている。


「カミラ様、すみませんね。昔からこういう自由奔放な人なんですよ、アハハ」

「そ、そうですか。ルビオンさんも苦労しますねぇ」

「ところで、本日伺ったのは美味しい食事を頂くためではありません。明日の儀式の打ち合わせに伺ったのです」

「はい、前打ち合わせですね」

「ええ。とはいっても、簡単な段取りだけです。基本的には私にお任せくだされば結構です」

「ありがとうございます、不慣れなもので・・・・・・助かります」

「大丈夫ですよ。慣れている人なんていませんから」


 それから俺達は、豪快に寝ているちびっ子エルフを横目に見ながら、”王印の儀式”の段取りを話し合った。大体の内容はディラックさんから聞いてはいたけど、具体的に何をするのかまでは知らない。少し不安はあるけど、これまでの地道な選挙活動が上手く進んでいるし、ヴルド家の根回しも十分過ぎるほどだ。儀式では下手に自己主張しない方が、いろいろ都合がよさそうだ。


「儀式では上半身を人前に晒すことになります。そのお覚悟はできていますか?」

「もちろんです。女だからといって遠慮は入りません。きっちりやってください」

「・・・・・・そのお覚悟を聞いて安心しました。歴代のメンデル王には女性もいましたが、彼女たちは王印の儀式を回避してきたそうです」


 回避することもできるんだよな。でも俺の場合は、この儀式こそが重要だ。今のメンデル王が偽の血筋だと証明するパフォーマンスになるわけだから、逃げられない。むしろこの儀式をきっちりやることで、正しい王位を国民の前に示すんだ。おっぱいの一つや二つ、見せたって全然平気だ。そうだ、俺はそもそも男なんだぞ。ちょっと膨らんでいるからって、胸を見せても平気なはず、だ・・・・・・。あ、でもやっぱり恥ずかしさはあるよな。まぁいいか、もうその場の勢いで行くしかないよ。


 俺は寝息を立てているちびっ子長老の方へ目をやった。


「この長老さんとは長いお付き合いなのですか?」

「ええ、伝統的に獣の一族とエルフの一族は仲がいいですからね」

「この方と打ち合わせはしなくてもいいのでしょうか?」

「エルフは気まぐれですからね。綿密に打ち合わせなどしても、明日になったらきっと忘れているでしょう」


 そんな適当な一族なのか。まぁ、悪戯好きの妖精ってのが、本来的なエルフだって日本のファンタジー事典にも書いてあったし、きまぐれというのは当たっている気がする。でも、そんな適当な奴らがどうして”エルフの契約”なんて堅いものを考えるのだろう。およそイメージとは合わない。


「エルフは適当で自由奔放、気まぐれで物事を深く考えない種族です。ですから、戒めとして契約というものが必要だと、悟ったみたいです」

「そうでしたか。では、契約は自分たちを守る大事な手段ということなのですね」

「ええ。ちなみに”契約を守らないと死ぬ”、なんてことはありませんよ」

「そうなんですか!?」

「ただの伝説です。しかもエルフ達が自ら作り上げた噂ですから・・・・・・」

「死の契約という噂を流布させることで、契約の価値を高めようとしてたんですね」

「はい。ですから、この事は秘密ですよ。黙っていてくださいね」


 そういってルビオンさんは、右手の人差し指を立てて鼻にあて、ウインクした。「黙ってなさい」というジェスチャーなんだろうけど、日本と同じジェスチャーするんだな。まさか異世界の、しかも人間ではない種族が、まったく同じ動きをするのは、地味に新しい発見だった。


「ふあぁ〜あ・・・・・・」


 ルビオンさんと雑談を重ねていると、ちびっ子が目を覚ました。お腹が空いたら即爆睡なんて、まったくもって子供だ。暢気に目をこすりながら、体を起こす。抜けるように白い肌と金髪碧眼。長い耳がピクピク動いている。やっぱりエルフだよな。


「うん? 何か変だ・・・・・・」


 起きがけにちびっ子はそう言うと、自分の両手が微妙に震えているのに気がついたみたいだ。顔がみるみるうちに強張って、緊張しているのが見て取れる。一体どうしたというのだろう。


 次の瞬間、ちびっ子長老は跳ねるようにして俺から思い切り距離を取り、懐から小さな杖を出して構えていた。完全な臨戦体制だよな。俺、何かしたのか? とんかつをふるまっただけのような気がするけど・・・・・・。


「そ、そんな! ありえない。どういうことだ?」

「どうしたのですか、長老様?」

「獣王・・・・・・いや、獣王ですらないな」

「はぁ、仰っている意味がわかりませんが?」

「その左腕か?」

「この義手がどうかしましたか?」

「とぼけおって。その中に何かとんでもないヤツがいるな?」


 ぐっ・・・・・・さすが3万年も生きてるだけはある。皇帝の悪魔の存在がバレてしまったようだ。エルフは人間や獣と違って、悪魔にも敏感に反応するのだろう。でもそれなら、最初に会った時に気がついてよさそなものだけどな。もしかして、とんかつを食べて睡眠を取ったら魔力感知の力が上がったとか、そういうオチじゃないだろうな。


「さ、さぁ、何のことでしょう?」

「誤魔化すでない。私にはわかっている。さっさと顔を出せ、”皇帝の悪魔”よ」


 左腕の反応はない。俺のピンチの時にだけ、反応するという約束だからね。


「よかろう、ならば力づくで引っ張り出してやろう!」


 そう言ってちびっ子エルフは、短い手足を忙しく動かしながら、長い呪文を詠唱し始めた。


 おいおい、まさかこの室内で攻撃魔法をぶっ放すつもりじゃないだろうな。屋敷が壊れちゃうぜ。


「わ、わかりました。長老様、こんな所で魔法を使うのはやめてください!」

「やはり、その腕にはヤツがいるのだな?」

「え、ええ、まぁ、いるといえばいるのですが・・・・・・」


 俺は左腕をノックして、話をすることを許可した。


 皇帝の悪魔は、ずっと喋るのを我慢していたみたいで、一気にまくしたて始めた。


「ふむ、懐かしい匂いがすると思ったら、エルフの小娘ではないか。ふふん、相変わらず小さいままだ」

「・・・・・・う、うるさいっ! お前なんか体すらないじゃないか?!」

「2人は面識があるのですか?」

「まぁな。なかなかに面白い出会いではあったが、今は昔の話だ。我が力を失って直ぐの頃の話だからな」

「どういう関係なんですか?」

「エルフ族を救ったのが我だ」


 何だって? 悪魔が人を救っただって? あ、いけない、エルフは人じゃなかったな。悪魔の中でも、もっとも悪魔らしいヤツが、他の種族を助けるだなんて、信じられないな。


「あの時、お前が救ったのは私だけだ。他の者は大勢死んだ」

「それはすまなかった。今でも後悔はしている」

「くっ・・・・・・そんな言葉だけでは納得できない」

「我は力がなかったのだ。許せとはいわぬ。だがあの時、持てる力は尽くした」


 2人の間をしばし沈黙が支配する。といっても、ちびっ子エルフが俺の左腕に話しかけているという、端から見たらかなりシュールな絵なんだけどね。


「今、力は戻っているのか?」

「まぁ1割程度だな」

「完全に戻ったらどうする気だ」

「決まっておろうが。この人間を喰らい尽くして、人間界と魔界で覇権を復活させる。そして黄泉の世界も丸ごと頂く」


 おう、やっぱりこいつ、悪いヤツだよ。


「強がりを言ってからに・・・・・・3万年経っても、その無理に悪びれるアホな性格は変わってないな」

「ふん、うるさいわい!」

「獣王よ。察するに、コイツはお主から魔力を吸って力を取り戻している最中だろう」

「ええ、そうです」

「それを知っていて、なぜ解き放たない? 普通なら恐ろしさのあまり捨てるだろうよ」

「まぁ・・・・・・そんなに悪そうな悪魔には見えませんでしたから」

「プッ、プハハハハハハハハハハハ! これは畏れ入った。さすがメンデルの次期王だ。すっかり見抜いている。その通りだ。コイツは口と態度と性格は最悪だが、悪い事はできない優しいヤツだ。どうか私からもよろしく頼む」

「は、はぁ・・・・・・状況はよくわかりませんが、かしこまりました」


 ちびっ子エルフは、俺の左腕をコンコンと叩くと、言い放った。


「よかったな。また会えて嬉しかった」


 左腕の悪魔からブルブルと振動が伝わってくる。言葉はないが、痛く心に響くものがあったらしい。


 しかし、悪魔を統べる親玉が”優しくていい人”とはね。大発見だ。でも、”悪魔”って名称そのものが、成り立っていない気もするぞ。そもそも”悪魔”というのは、”悪いヤツ”のことを言うんじゃないだろうか。


「ここにきてから私は驚きっぱなしだ。人間の美味い料理、そして何よりも恩人である旧友に会うことができた。感謝するぞ、獣王」

「お二人の関係はまだ飲み込めませんが、良い話に繋がったようですね」

「今、この大陸にエルフ族が存続していられるのも、その左腕の中の悪魔のおかげなのだ。我々エルフ族は、全面的に獣王に協力すると約束しよう」

「また例の”契約”、ですか?」

「いや、必要ない。その左腕の悪魔は、エルフ族を絶対に裏切るはずがないからな。その親になっている獣王、お主も私を裏切ることはないだろう」


 エルフと皇帝の悪魔の関係がよくわからない。もしかして、魔法が使える人間が『エルフと同じ耳の形になる』ことは、何か関係があるのだろうか? 深いエピソードがありそうだな。突っ込んだ話を聞いてみたいけど、何しろ3万年以上も積み重なった話だ。聞いていたら確実に徹夜してしまう。今日はもう早めに寝たい。


 騒ぎを聞きつけた、レンレイ姉妹がフル装備で現れたのは、ちびっこエルフが杖を出してから1分後だった。彼女たちに事情を話し、ちびっ子エルフとルビオンさんを屋敷に泊めることにした。


 だけどな・・・・・・だからって、どうしてちびっ子エルフと俺が同じベッドなんだよ! ちびっ子が「どうしても左腕と積もる話がある」とかいうので、甘い顔をして許したら、俺の左腕にしがみついて離れなくなってしまった。おかげで、ほとんど眠れずに最悪のコンディションで、コンテスト当日の朝を迎えることになってしまった。勘弁してくれよ。とほほ。

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