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第68話 皇帝の悪魔と誘拐事件

 今日も朝からディラックさんと選挙活動をしている。独特の辛さはあるが、だいぶ慣れてきている。会話の要領というか、勘所を掴んできている。


 基本的に貴族のおっさんやおばさん達は、いつぞやのパーティで見たように退屈している。経済的にも社会的にも十分満たされ、朝から晩までゴロ寝していても、死ぬまで安定した身分が保証されているのだ。大抵の娯楽はやり尽くしてしまうだろう。貴族の坊ちゃんが、新たな世界を求めて冒険者になりたがるのも頷ける。遊びではなく、本物の冒険をしたくなるんだろうな。命のやり取りまで含めた。


 社蓄と呼ばれる大勢の日本人代表として言わせてもらえば、贅沢極まりないよ。働き盛りの独身男性のことを「独身貴族」なんて言うけど、たぶんそれは違う。「貴族」だったら働かなくていいはず。でも日本の独身貴族様は、自分で働く必要がある。その点、このメンデルの貴族様は本物の貴族だ。人に働かせて収入を得ているのだからね。


 ……と、俺の愚痴を言ってても仕方がないよな。いや、あまりに日本とは違うメンデルの貴族達の生々しい生態を見ていて、いろいろ思う所が出てきてしまった。


 で、その貴族達だ。意外なことに、礼儀作法をうるさく言う人はいない。堅苦しい古風な挨拶や体面を張るのに、飽きてしまっている人達が多いのだ。だから最初の挨拶こそ緊張するものの、直ぐに打ち解けてくれる人がほとんどだ。


 貴族は常に刺激を求めている。俺のような変わり種の訪問者は、まさに”飛んで火にいる夏の虫”。貴族達がなかなか俺のことを離してくれないのも無理はない。


 訪問先で必ず話題になるのが左腕の事だ。全身を清楚でシックなドレスで着飾っても、左腕だけは厳つい金属鎧……そりゃ誰だって気になる。特に新しい物や変わった物に餓えている貴族達が、俺の左腕に興味を示さない訳がない。昔の俺が、今の俺自身を見たら、やっぱり左腕の義手に目がいってしまうだろう。


 しかも義手は、俺の意思に従って自然に動いているのだ。初めて見た貴族達は、誰も義手とは思わない。「どうして貴女は、左腕だけ鎧を着けているのですか?」と聞かれる。俺が「いえ、これは義手ですよ」と返すと、「嘘でしょ?」という展開になるので、そこから一気に会話が弾むという展開になっている。


 これはもう、俺とディラックさんの中では鉄板過ぎる話題になっている。義手で興味を釣っておけば、有閑貴族は誰もが目を輝かせてこちらの話を聞いてくれる。思わぬところでこの義手に助けられているぞ。シャルローゼさんに感謝しないといけない。


 だけど、訪問するうちにとんでもないことが起きた。


 ――― いつものように、ヴルド派の貴族を尋ねた時だった。


「えっ!? 嘘でしょう? 義手が本人の意志に連動するなんて……」

「いえいえ、本当ですよ。ほら、これが証拠です」


 と俺はいつものように、さっと義手を取り外した。この左腕、未だに原理はよくわからないが、強力な磁石みたいな力で俺の肩口とくっ付ているだけだ。だから力を込めれば、右腕で引き剥がすことができる。金属とはいえ、自然に動いている左腕を取り外す俺の行動に、貴族達は皆驚くが、そこがポイントだ。この驚きが彼らの強い興味を誘う。


 外した瞬間、俺はふと義手の中身が気になって覗いてしまった。気にしたのは実に下らないことだった。義手はいつもつけたままだ。ずっと洗っていない。もしかして凄く汗臭くなっているんじゃないかと……。いちおう見た目は乙女なので、左腕から加齢臭もびっくりな”すえた匂い”がしてくるのは、まずいなと。


 そんな下らないことが気になって、腕の中をチラリとみると、暗い空洞の中に3つの眼が光っていた。一瞬、俺の見間違いかと思って、もう一度目を凝らす。やはり眼が3つある。しかも思いっきり俺と目が合っている。鎧の腕の中で、眼が紫色に光っているぞ……オイオイ、確かに昨日まではちゃんとただの空洞だったはずだ。それがどうして目玉があるんだよ!


 俺は思わず鎧を引っ込めて、また自分の左腕にくっつけてしまった。


「……うん? し、証拠は?」

「す、すみません、今日は調子が悪いみたいで、アハハハ」


 冷や汗をかいてなんとか誤魔化す。ディラックさんも俺の異変に気が付いて、すかさず世間話で貴族の気を逸らす。ナイスプレイだ、騎士団長。


 そして気になる左腕だが……今のところ変化はない。世間話が続いている間も、普通に動かすことができた。あの眼は一体何だったのだろうか? これはまた、シャルローゼさんのお世話になる必要が出てきたかもしれない。


 何とか世間話を繋いでその場を乗り切った。訪問先の貴族の館を出ると、直ぐにディラックさんが心配そうに尋ねてきた。


「カミラ殿、何かあったのですか?」

「ちょっと義手の調子がおかしいようです。明日はお休みにさせて頂けませんか?」

「もちろんです。私に何かできることはありませんか?」

「す、少し休めば大丈夫だと思います」

「そうですか、何か困ったことがありましたら直ぐにお知らせください」


 ディラックさんはいたく心配してくれるが、義手の中身の話はあまりしたくない。低級とはいえその正体は悪魔だ。メンデルでは、あまり大手を振って話せる事ではないだろう。


 それにディラックさんは、仮にも国の要職だ。身内に悪魔に近しい人間がいるなんて知れたら、立場上、印象はあまりよくないはずだ。俺の選挙活動にも支障が出かねない。もしもこの悪魔がまた何か悪さをしそうだったら、今度こそシャルローゼさんにお返ししよう。鍛冶師コンテストでの戦いは、かなり厳しくなるけど、ディラックさんの立場を危うくするよりは全然いいからね。


 ブラッドール屋敷に戻り、自分の部屋に入る。直ぐに鍵を閉めて誰も入れないようにした。あの”3つの眼”の正体を確かめなければならない。


 俺は左腕を外すして机の上に置いた。中を覗くといつもの空洞だった。コンコンと叩いてみるが、普通の金属の腕だ。おかしいな……あの時は確かに暗い空洞の中に眼が光っていたはずなのに。


「おい、”空隙の悪魔”、本当はそこにいるんだろ?」


 俺は無駄だとわかっていて、机の上の腕に話かけてみた。ここだけ見られたら、鎧の腕に話かける頭の逝っちゃったお嬢さんになってしまうけどな。シャルローゼさんの話によると、空隙の悪魔は本能だけで動く低級の悪魔だ。昆虫みたいなものと考えればいいのかな。人語はもちろん、言葉で意思疎通するという概念すら持っていないのだろうね。


 ……うーん、大事になる前に一度シャルローゼさんに相談してみるか。


 そう思って、机の上の腕を右手で掴もうとした時だった。低い声が聞こえた。


「我が力の源はおぬしか?」


 部屋には俺以外はいない。ヴァルキュリアも、エルフの所へ例の契約書を取りに行っている。彼との念話でもない。ということは……


「そうだ。我だ」


 うっ、なんで喋れるんだよ、左腕が。しかもちゃんと流暢なメンデル語で喋ってるよ。


「まさか……どうして低級悪魔のあなたが人語を理解できるのですか?」

「”低級悪魔”だと? クックックッ……なるほど、人間からはそう見えるのか。私も舐められたものだな」

「低級悪魔ではないのですか?」


 鎧のつなぎ目から紫色の光が漏れている。あからさまに怪しいな。悪い予感しかしないぞ。


「お主は”空隙の悪魔”が力を蓄える理由を知っているか?」


 腕が元気に喋りかけてくる。絵だけみたらシュール過ぎるぞ、これ……。とはいえ、空隙の悪魔が力を吸って蓄えた後、どうなるかはあのシャルローゼさんでも知らなかったんだよな。よく考えたら、知らない悪魔(もの)を道具として使ってるって、結構危なくないかな。特殊なケースだったとはいえ、一度は暴走しかけてたしな。


「知りません。なぜですか?」

「フッ、フハハハハハハハ、これは面白い。我のことを知らずに契約を結んでいたのか。これは本当にお笑い草だ。傑作だよ、アーッハハハハハハハハハ」


 あまりに嫌味な口調にちょっと腹が立ってきたぞ。こいつ性格悪そうだな。いや、悪魔だから性格が悪い方が普通なのか。とはいえ、もうこんな不気味なヤツを左腕として使う気にはならないぞ。それに契約を結んだのは俺じゃない。シャルローゼさんだ。


「もういいです。気持ち悪いので腕ごと火山地帯に捨てますね」

「ち、ち、ちょっと待ってくれ!」

「何ですか。悪魔と話すことなんて、もうありませんよ」

「わ、悪かった。我が悪かった。話を聞いてくれ」

「もったいぶらずに、早く話してください」


 焦っているのだろうか。腕がガシャガシャと机の上で動いている。うむ、ぶっちゃけ凄く気持ち悪い。腕だけ勝手に動くなんて、もうホラーでしかない。


「わ、わかった。正直に話そう。”空隙の悪魔”というのは我の休眠期の呼称だ」

「休眠期?」

「そ、そうだ。だから我は外界とコミュニケーションを取らずにひたすら栄養、いや魔力を蓄えて喰っておったのだよ」

「ふーん、それで今、休眠が終わって言葉を話すようになったというのですか?」

「そうだ。悠久の時を経てようやくここまでになったのだ」

「随分と気の長い悪魔ですね。それで、休眠が終わったあなたの名前は?」

「う、うむ……”皇帝の悪魔”だ」


 名前だけは格好いいな。シャルローゼさんの話によると、悪魔の名前はその力の特性を現しているらしい。となると、”皇帝”とはこれまた偉そうな名前だ。どんな悪魔なのかわからないが、性格が悪そうなことだけはなんとなくわかったぞ。話し方が上から目線なんだよね、いちいち鼻に付くな。


「……それで、言いたい事はそれだけですか?」

「なっ、なんだと? お主、我の事を知らんのか?」

「あいにくと悪魔に友達も親戚もいないもので。じゃあ気持ち悪いんで捨ててきますね」

「い、いや、待て待て待て! ちょっと待ってくれ!」


 ガシャガシャと机の上で激しく腕が暴れている。怖い。何も知らない人がここだけ見たら、卒倒するぞコレ……。


「何ですか。喋る上に勝手に動く腕なんて気持ち悪くてもう着けてられませんよ」

「わ、我を近くに置いておくといい事があるぞ」

「……いい事?」

「そっ、そうだ。力の一部を貸してやろう」

「悪魔と契約しろというのですか。まっぴらご免ですね」

「け、契約はしなくてもよい。見返りなしで協力しよう」


 危ないな。悪魔は狡猾だ。甘い言葉で人間を誘い、寿命や魂を奪っていくとブリッツさんから聞いている。本気で契約する気がないなら、迂闊に耳を貸してはダメだという話だったな。


「へぇ、どんな力ですか?」

「い、いや、具体的にはなんとも言えんが……とにかくお主が危機に陥ったら、我が必ず助けよう。それだけは約束する」


 ダメダメだな、この悪魔。やっぱり低級から成り上がったばかりの悪魔だけあって、人間を騙すこともまだまだ低レベルなのだろう。具体的な力を示せないなら、そりゃあ交渉の土台にも載ってないよな。


 営業マンが見積もりするのに、客に条件提示もできないようなものだ。新人サラリーマンレベルだな。よし、今からコイツには”新人くん”というあだ名をつけてやろう。”皇帝の悪魔”なんて立派な名前はもったいない。


「約束ですか。信用なりませんね。どうせ私から寿命を奪い取るつもりでしょう?」

「い、いや、決してそんなことは……あるようなないような……」


 やっぱり嘘じゃないか。


「わ、悪かった。正直に言おう。我はお主の魔力がないと消滅してしまうのだ! すまない、だから今は助けてくれ!」


 確かにほんの少しだけだけど、俺の魔力、つまり寿命がコイツに吸われていたんだよな。それは承知の上で便利に使わせてもらっていたけれど。俺から養分を吸っているうちに、離れられなくなっちゃったのか。それはそれで少し可哀想な気もする。


「仮に消滅したらどうなるんですか?」

「人間界には居られない。魔界に強制送還だ」

「じゃあそれでいいじゃないですか。悪魔のくせに、どうして人間界にいたがるのですか?」

「い、いや、その……今魔界に還るとちょっと都合が悪くてだな」


 何だこの悪魔は。もしかして、魔界から追い出されたハグレ者なのだろうか。ほら、人間でもいろいろ悪さをし過ぎてその土地に居られなくなっちゃうヤツがいるじゃない。こいつも魔界で何かやらかしてしまったのだろうか。


 俺も日本ではブラック企業の最下層で、トカゲの尻尾切りに遭った人間だ。ハグレ者の気持ちはわかっているつもりだ。そう思うと、コイツにもちょっと親切にしてやってもいいのかもしれない。左腕としては優秀だしな。


「わかりました。では条件付きで今まで通りにしてあげましょう」

「ありがたい! どんな条件でも飲むぞ」

「1つはこれまで通り私の左腕に徹することです」

「うむ、もちろんだ」

「2つは、私の魔力を必要以上に吸わないこと」

「り、了承した。我の成長にはお主の魔力が不可欠だ。必要以上に吸えばお主が早死にしてしまうからな。そうなれば我も困る」


 ……なんかちょっと心配だな。それって、”生かさず殺さず、死ぬまで利用してやるぞ”と言われてる気分だ。まぁいいか。どうせシャルローゼさんがコイツにかけた制限魔法もあることだし、下手な動きはできないだろう。


「そして最後に……私が許可した時以外は、勝手に喋ったり動いたりしてはいけません」

「だ、大丈夫だ、たぶん。我は我慢強い方だからな、ハハハハ」


 小声で”たぶん”って言っただろ。微妙に心配が残るな。でも悪魔ってこんなにおちゃらけた人間っぽい性格なのか。俺が勝手にイメージしてた悪魔は、もっと迫力があって威圧的な存在だった。だけど今目の前にいるのは、憐れなことに俺にひっついてないと、消滅してしまうような悪魔だ。しかも契約しなくてもいいとか、もはや悪魔の本分すら失っている。


 死の契約をさりげなく迫ってくるエルフの方が、よっぽど悪魔っぽい気がするぞ。うーん……それにしてもこの弱っちい感じの皇帝の悪魔さんは、何者なんだろうか。何だか愛くるしい感じさえしてくるな。雰囲気はペット的な使い魔だな。ヴァルキュリアの方が全然役に立ちそうだし。


 とにかく、まずは左腕としてちゃんと機能してくれれば問題ない。


「あのー聞いてもいいですか?」

「何だ、何でも答えてやろう。我に知らぬことはないからな」


 これまた高飛車なヤツだな。態度だけは立派な皇帝だよ。


「あなたはどうして魔界を追われたのですか?」

「ぐっ……そ、それだけは答えられぬ」


 何だよ。一番聞きたい事情はスルーなのか。


「無理にはお聞きしません。代わりに答えてください。あなたがこのまま成長したら、最後はどうなるのですか? ええと、つまりですね……皇帝の悪魔からどういう悪魔になるのでしょう?」


「ぐぐぐっ……そ、それも答えられぬ、すまぬ」


 何でも知ってるくせに教えてくれないのか。ケチくさいヤツだな。”教えてやるから魂よこせ”とか言うつもりなのかもしれないけど。名前までわかっているなら、シャルローゼさんかブリッツさんに聞けば直ぐにわかるだろうし、まぁいいか。


「そうですか。じゃあもういいです。これまで通り左腕に戻ってください」

「我からも質問がある」

「何ですか?」

「どうしてお主が獣王の力を持っている?」

「特殊な体質でたまたま獣王の力を得てしまったみたいです」

「ふむ、なかなかに稀有な体質のようだな」

「欠点も多いですけどね」

「そうか。だがそのおかげで我はこうして休眠期を脱することができた。ふむ、礼を言うぞ」

「いえ、これからも左腕としてよろしくお願いしますね」


 悪魔から感謝されるなんて、裏があるとしか思えないよな。油断させておいて、懐柔するつもりなのかもしれない。だけどこの際だ……ちょっと利用させてもらおうか。


 鍛冶師コンテストは、いわば何でもありの戦いの場だ。対魔法使いも想定しておく必要があるだろう。魔法について知識を得ておきたい。魔法とはつまり悪魔の力の事だ。魔法の事は一通り勉強したといえ、まだまだわからないことだらけだ。悪魔の事は、悪魔に聞くのが一番早いもんな。


「魔界と悪魔の事について教えてください」

「……ほほぅ、お主、興味があるのか?」

「ありません。魔法使いと戦うために知っておく必要があるのです」

「ふむ、まぁよかろう。教えてしんぜよう」


 またしても偉そうな態度だな。ちょっとイラっときたので、机の上から床の上に置いて、見下すような感じにしてみた。うん、気分的にはこっちの方がいいな。


「では……悪魔にはたくさんの種族がいると聞きましたが、一番危険な悪魔というのはどんな悪魔ですか?」

「ふん、それを我に聞くのか……最も危険な悪魔といえば、我に決まっておろうが! フハハハハハハ~ッ」


 ……何の冗談だよ。床の上でガッシャンガッシャン音を立ててのたくってる金属鎧の左腕が、どうして一番デンジャラスなんだよ。


「じゃあ2番目でいいです」

「2番目か。うむ、それは”紅極の悪魔”だな」

「どんな力を持っているのですか?」

「簡単に言うと火の悪魔だな」

「なるほど、炎の化身というわけですか。確かに危ない感じがしますね」

「危ないどころではない。彼奴は我を人間界に追いやった張本人だぞ。あの恨みはわすれまいぞ」


 ふっ……この悪魔やっぱり魔界を追われたハグレ者だったのか。憐れに見えてきた。偉そうなのもきっと虚勢を張っているんだろうな。


「彼奴の炎は、あらゆるものを焼き尽くす。悪魔や人間はもちろん、黄泉の者や神界の者すらな」


 おかしいな。俺の理解とちょっと違うぞ。確か魔界の力、つまり魔法は悪魔と人間にしか効かないんじゃなかったかな。それなのに死人や神様にまで通用する炎なんて、あり得るのだろうか。それだけ”紅極の悪魔”とやらが、規格外の強さってことなのかもしれない。万が一、アルベルトやソルトと契約してたら、かなりまずいことになる。


「ちなみに、その紅極の悪魔と契約している人間はいますか?」

「知らん。だが、あやつは人間と契約するようなタマではない。一方的に蹂躙して搾取するだけだ」


 よかった。それなら、そんな恐ろしい悪魔と剣を交えることはないな。


「それから別の意味で恐ろしいのが”剥奪の悪魔”だな」

「どんな悪魔ですか?」

「文字通り相手の能力を奪う悪魔だ」

「相手の能力を奪って自分のものにする、ということでしょうか?」

「まぁな。我も直接戦ったことはないゆえ、詳しくはわからん」


 何だよ。魔界の物知り博士も大したことないじゃないか。


「カミラ様? お帰りですか?」


 その時、ドアの向こうからレンさんの声が聞こえてきた。


「ええ、帰っています。今鍵を開けますのでちょっと待ってください」


 俺は素早く床から左腕を拾って装着した。ちょっと気持ちは悪いけど、今までと着け心地が変わる訳でもないので、何か事が起きるまでは気にしないでおこうか。それにしても皇帝の悪魔か……。ヴァルキュリアが帰ってきたら、早速シャルローゼさんに手紙を出して聞いてみよう。


 ドアの鍵を開けると、レンさんが深刻な顔をして立っていた。何かあったのだろうか。ナイトストーカーの一団が一掃されてから、最近はずっと平和だったので、今の俺は危険に対する感覚が鈍っているかもしれない。


「……どうかしましたか? レンさん」

「レイが……レイが居なくなりました」

「レイさんが!? どういうことです? 詳しく話してください」


 よく見るとレンさんの手が微かに震えている。よっぽど動揺しているに違いない。唯一の血のつながった身内である妹が行方知れずになった。それは気が気じゃないだろうけど……そう、俺はレイさんの強さをよく知っている。ハイバンパイアの一撃を喰らっても、平気な人だ。そんじょそこらの騎士よりも全然強い。そんな人が行方をくらますとしたら、何かとてつもない事件か事故に巻き込まれたと考えるのが自然だ。


 俺は震えるレンさんの肩を抱いて、部屋の中に入れた。ベッドに座らせて手を握りながら呼吸を落ち着かせる。


 ゆっくりとレンさんが話を始めた。


「書置きが玄関にありました」


 レンさんが懐から1枚の紙を出す。それに目をやると、癖のある文字でこう書かれていた。


”メイドを預かった。返して欲しくば当主1人で南地区の廃城まで来い。約束を違えたらメイドの命はないと思え”


 誘拐事件か。レンさんは、姿の見えないレイさんがさらわれたと考えた訳か。


 ……うん? だけどこの手紙、何かおかしいな。誘拐犯としては間抜けだよな。だってメイドが誘拐されて、ノコノコ出て行く当主なんている訳がない。場所までわかっているんだ。警備兵に通報され、一網打尽にされてしまうだろう。


 そしておかしなところがもう1つ。要求がない。誘拐するなら普通は身代金を要求してくるだろう。当主を呼びつけるにしても、”金貨100枚を用意しろ”とかいうハズだ。だけど、この手紙はただ1人で来いとしか書いていない。


 あるとすれば、ブラッドール家に対する個人的な恨みだろうな。だけど、警備兵に通報されるリスクを冒してまで、わざわざ呼びつける必要があるのだろうか? 恨みを晴らすだけなら、夜道で闇討ちでもした方が、よっぽどリスクは少ないと思うけど……。

 

 とはいえ、あのレイさんが本当に掴まってしまったとすれば、相当な手練が誘拐犯の中にいるのか、あるいは何か巧妙な罠があるのかもしれない。


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