表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/82

第67話 コーネット襲撃(2)

 その夜、シャルローゼは街の教会前に立っていた。魔法使いにとって教会は、自らの存在とは真逆の場所である。もちろんこれまで訪れたことはない。


 夜も更けているというのに、教会は賑わっていた。聖堂への入口である分厚い扉が半分開き、光が薄っすらと漏れている。参拝する客が列を成していた。ブリッツの噂どおり、その中にはローブを纏った魔法使いもいた。


 シャルローゼはその列に並び、信者になりすまして内部の様子を探ることにした。だが、シャルローゼは既にちょっとした有名人だ。特に魔法戦士達の間で、彼女のことを知らない者はいない。場所が場所だけに、素性がバレると都合が悪い。万が一ということもある。


 ひとまず、シャルローゼは得意の幻覚魔法で自分の顔を変えることにした。彼女の魔法をもってすれば、人間はおろか自分の姿を他の生物に見せることさえ簡単なことだった。素早く呪文を唱え、顔を変え、列に並ぶ。教会の入口で参拝客が信者かどうかをチェックしている様子もない。簡単に中に入れるだろう。シャルローゼは、そうタカをくくっていた。


 行列が進み、次第に教会の扉へと近づく。しばらくすると、扉の中へ入ることができた。参拝客が多く、なかなか牧師と噂の美女の姿が見られない。仕方がないので、少しだけ人ごみを押しのけて前に出た。ちらりと牧師と美女の姿が見えた。その途端に、シャルローゼの顔は青くなった。牧師は知らない顔だったが、美女の顔には見覚えがあったからだ。


「そんな、馬鹿な……ありえない。どうしてヤツがここにいる? 確かに封印したはずなのに。シャーリー=ノイカッツェ……」


 シャルローゼは、魔法で変装してはいたが、一目散に教会から離れた。呪術と魔法は相いれないものである。だから、呪術側に属する吸血鬼シャーリーに変装魔法は見破られることはまずない。しかし、シャルローゼはハイバンパイアの潜在能力を恐れた。勘の良さは野性を越えたものがある。その感性で気付かれる危険性があったのだ。


「……まずい、まずすぎる。アイツは……会ってはいけない怪物だ」


 シャルローゼはそう呟くと、ブリッツの宿へと全速力で走った。動揺のあまり思わず足がもつれ、何度も転んでしまう。彼女ほどの伝説の魔法使いが、慌てて転びそうになるほどの相手だったのだ。


「あれ? シャルローゼ、もう帰ってきたの?」


 店の前にはブリッツが立っていた。暗い中で店の前を掃除していたらしい。酒場を閉めた夜中の時間帯に綺麗に掃除するのが、彼女の日課だった。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」

「どうしたの? すごく顔色が悪いよ」

「まずい。まずい奴がいた。あの教会の女は吸血鬼だ!」

「藪から棒にどうしたのさ。まぁ深呼吸して、ゆっくり話そうよ」

「っく……アイツは、私が昔、中央王都で封印したはずのハイバンパイア、シャーリー=ノイカッツェという女だ」

「そういえば、君はバンパイアロードになっちゃったお姉さんを討つのが目的だったんだよね?」

「そうだ。シャーリーはその姉の右腕だった。私はヤツを嵌めて、運よく封印することができた。それを餌に姉を釣ろうと思っていた。しかし、甘かった。姉は躊躇なくシャーリーを見捨てたからな」

「さすがバンパイアロード。手駒は使うだけ使ったら捨てちゃうんだね」

「とにかくだ、あの女は敵だ。今すぐ総力を挙げて斃さねばならない」

「……これはボクの推測だけど、今あの教会は吸血鬼の下僕と、吸血鬼に魅入られた催眠状態の人で溢れているんでしょ?」

「ああ、間違いない。シャーリーはところ構わず下僕を作るのが趣味みたいなヤツだったからな」

「しかも、魔法も剣もアンデッドには通用しないんだっけ? 下僕にも効き目は薄そうだよね」

「……そうだな」

「唯一吸血鬼を封じることができたかもしれない、教会が占拠されてちゃっている。牧師さんもおそらく下僕だよね」


 現実はブリッツの言う通りであった。シャーリーは教会の牧師を押さえることで、当面の脅威である神術の影響を無力化したのである。実際にはコーネット教会に、神術の祝福などなかった訳だが、シャーリーは教会を拠点として次々と下僕を作っていた。あとは、ネズミ算式に信者から住民達が吸血鬼となり、街を支配することができる。国王軍や魔法使い達に気付かれたところで、自分への攻撃は通用しない。すべてはシャーリーの、そして裏で操るアルベルトの計算通りだった。


「さて……どうしようかな。街中の人間が吸血鬼になっちゃっうのも困るし、手をこまねいている訳にはいかないよね。っと……じゃあ元吸血鬼退治の専門家のご意見をどうぞ」

「弱点を狙うしかない。太陽だ。奴らを太陽の下に引きずり出すことができれば、こちらの勝ちだ。もっとも、シャーリーには効果が薄いかもしれないが」

「えっ?! 陽光を浴びても平気な吸血鬼もいるの?」

「完全とはいえないが、強力なバンパイアになれば、多少は耐性がある」

「……吸血鬼は太陽の下に出れば、全部灰になるんだと思ってたよ。勘違いしたまま、突撃してたら、危なかったかも」


 ブリッツの表情が珍しく険しくなっていた。能天気でいつも余裕綽々の彼女も、陽光さえ弾き返すバンパイアの話を聞いて、深刻な顔にならざるを得なかった。


「とはいえ、陽光の下に出れば、相当動きは制限されるはずだ。身体能力も著しく下がる。普通の人間程度になると思っていい」

「でも、肝心の封印する手段、斃す手段がないんだよね」

「……陽光の下なら、ある程度は魔法や物理的な攻撃も効くだろう。しかし、どこまで効果があるかは、私にもわからない」

「ひとつ聞いてもいい? 昔シャーリーを封印した時、シャルローゼはどうやったの?」

「あの時は、中央教会に強力な神術の使い手が居たからな。封印する手段があった」

「今回は、イチかバチか賭けに出るしかないってことだね」

「残念だがな。これ以上放置しておけば、数日の内に街は吸血鬼で溢れかえる。一刻も早く手を打たねばならない」

「わかった。シャーリーを斃そう。ニールスとジャンにも伝えてくるよ。国の一大事だからね」

「そうだな。彼らにも協力を仰いでみよう」


 女吸血鬼の話を聞いたジャンとニールスは、緊急でニコルルと有力貴族達に招集命令を出した。真夜中だったせいか、集まったのはニコルルだけだった。とはいえ、彼らにも何か知恵がある訳ではない。せいぜい、シャルローゼの手足となって動く程度のことしかできない。


 そのシャルローゼの立てた作戦も、ほとんど魔法と時の運に頼った内容だった。


「夜明けと共に行動を開始する。おそらく、下僕達は陽射しを避けるために、教会の地下や室内に待機しているだろう。シャーリーと牧師もそこに留まっているはずだ」

「ふむ、吸血鬼どもを教会から引っ張りだせばよいのだな」

「ニールス殿、引っ張り出すよりも確実に奴らを陽の下に晒す方法がある」

「あっ! わかったよ。教会ごと壊せばいいんでしょ?」

「……教会ごと破壊、そんなことを誰が」


 そうニールスが言いかけたところで、全員の眼がブリッツの方へと向いた。攻撃魔法の天災的天才。ブリッツが本気を見せれば、堅牢な石造りの教会も、砂の城同然である。欠点は、力の加減が利かずに余計なところまで破壊しかねないところだが……。


「任せてよ。中に居る吸血鬼ごと全部吹き飛ばしていいんだね?」

「教会は街の重要な建築物ですが……仕方がないですね」

「国王陛下の許可が出たんだ、思いっきりやっちゃうよ!」

「こら、ブリッツ、少しは手加減しろよ。街ごと燃やしたりするんじゃないぞ!」

「やだなぁ、ニコルル。ボクだって少しは成長してるんだから、大丈夫大丈夫、アハハハ」


 ブリッツは、自分が全力を尽くした魔法であれば、教会ごと吸血鬼を殲滅できるのではないかと考えていた。ブリッツは吸血鬼と戦った経験がない。魔法が効かないアンデッドと戦った経験もなかった。舐めてかかっていた。もちろん、自分の魔法に絶対の自信を持っていたということもある。


 しかし、高位の吸血鬼達と散々死闘を繰り広げてきた、シャルローゼだけは終始浮かない顔をしていた。


「シャルローゼ。そんな辛気臭い顔しないでよ。大丈夫、何とかなるって」


 いつもと違わずお気楽な台詞を吐くブリッツ。その明るさにつられ、シャルローゼ以外のメンバーは、何とかなるかもしれないと思い始めていた。


「ここから教会まで歩いて行けば、着く頃にはちょうど夜明けじゃないかな」


 ブリッツを先頭に、シャルローゼ、ニコルル、ニールス、そして城の手練れの騎士を連れ立って教会へと向かった。万が一を考え、ジャンは留守番となった。国王陛下を危険に晒す訳にはいかない。宰相ニコルルが、そういって聞かなかったからだ。


 やがて朝日が昇る頃、吸血鬼が集結しているであろう教会にも強烈な日差しが射しこんでいた。当然、教会の窓はすべて鎧戸が下ろされ、扉も堅く閉ざされていた。


「やぁやぁ、これはこれは……久々にこの教会見たけど、壊しがいがあるね~」

「ブリッツ、のん気に構えてないで、さっさと魔法の準備に入るんだ」

「へいへい……って、なんで妹に上から目線で命令されなきゃいけないのさ。見た目は子供っぽけど、ボクの方がニコルルより年上なんだぞ」

「どう見ても、ニコルルの方が年上にしか見えんがな」

「うわ、ニールスまでそんなこと言うんだ、ひどーい。ボク泣いちゃう」

「冗談はいい。夜明けから日没までが勝負できる時間だ。陽が沈んだら手の打ちようがない。確実に惨劇が起きる。後手に回ったら、絶対にシャーリーは止められない。コーネットの存続も危ういだろう」

「……シャルローゼは心配性だなぁ、もう」


 そういってブリッツは、手を大仰に振りかざし、長い呪文を唱え始めた。シャルローゼは、呪文を聞いてブリッツが特大の爆発魔法を放つ気だとわかった。強烈な爆風と灼熱の炎で教会を破壊し、一気に吸血鬼達を焼き出すのである。


「うん、こんなもんかなー。じゃあいくよ~」


 ブリッツが両腕を頭上に掲げると、サッカーボール大の黄色く輝く球が現れた。ゆっくりと球は移動し、教会目指して移動する。ひどく速度が遅いので、本当に教会を壊すほどの威力があるのだろうかと一同は心配になっていた。


「これ、スピードが出ないのが欠点なんだよね。威力があり過ぎて、動きが遅くなっちゃうんだ」

 

 ブリッツは、皆の心配を察したかのように呟いた。


 ほどなくして黄金色に輝く球は、教会の真上に到達した。


「みんなー、目を瞑って耳を塞いで伏せてた方がいいと思うよ。今からあの球が炸裂するからね」


 ブリッツがそう言った瞬間だった。教会の屋根にはいつの間にか、白い人影があった。抜けるような白い肌、黒髪の白いドレスの女。(くだん)のハイバンパイア、シャーリー=ノイカッツェその人だった。


 彼女は屋根伝いに輝く球に近づくと、両の掌で挟み込んだ。ちょうどサッカーボールをキャッチするゴールキーパーのように。球はみるみるうちに小さくなり、やがてプスンとコミカルな音を立てて消失してしまった。


「そんな……ボクの爆裂球魔法を素手で消すなんて」

「いきなり出てきたか。ブリッツ、直ぐに2撃目を教会に向かって放つんだ!」

 

 ブリッツは言われるまでもなく、既に次の詠唱に入っていた。2発目の輝く球が生成される。


「ま、まずい……」


 シャルローゼがそう発した瞬間だった。教会に屋根に居たはずのシャーリーは、白いドレスをひらめかせながら、物凄い跳躍をした。瞬きする間に、彼女はブリッツの目の前に立っていた。


「んなっ……これがハイバンパイアの身体能力かっ!?」


 ニールスが慌てて剣を抜く。臨戦体勢に入り、素早く居合抜きで斬りつけるが、女吸血鬼のスピードにはまったく及んでいなかった。シャーリーはニールスの剣を軽くかわすと、ブリッツが作っていた球に触れた。またしても、球は瞬く間に消失した。


「何でだよ~、吸血鬼は陽光の中では人間並じゃなかったの?」


 ブリッツが”敵が理不尽な反則技を使った”、と言わんばかりの顔で叫んだ。しかし、シャルローゼは、さすがの専門家だった。懐に仕込んでいた聖水をシャーリーの顔目がけて振りかけた。至近距離だったため、聖水は見事に直撃。シャーリーの顔を焼くはずだった。……しかし―――


「美味しいお水をありがとう。お久しぶりのシャルローゼ」

「チッ、貴様なぜ陽光の中でそれだけの力を出せる?」

「……わかりませんの? 貴女と戦った時の私は、まだまだ若輩者だった。でもあれから800年も経ちますのよ。もう私の力は以前の比ではありませんわ」


 人間は歳を取るごとに衰えるが、バンパイアは歳を経るごとに力を増す。


「シャルローゼ、貴女は随分と力を失ったみたいね、フフフ」


 会話の隙を見て、ブリッツは至近距離から無詠唱で凍結魔法を発動させた。敵の動きを封じるには、凍結魔法は非常に有効だ。しかもブリッツの魔法は特別製である。絶対零度に達する猛烈な低温であり、しかもその凍結速度は一瞬。文字通り、触れた物を瞬間冷凍するのだ。


 ブリッツがシャーリーの背中に触れると、直ぐに氷に覆われた。あっという間に美しいドレスも黒髪も、そして余裕綽々の態度も含めて氷の中に埋没していった。


「よし! やったね!」


 ブリッツは思わずガッツポーズをする。彼女の凍結魔法で氷漬けになった者は、未だかつて誰も生きて戻って来てはいない。バンパイア含め、アンデッドには使ったことはなかったが、オーガロードやヒドラなど、強敵をすべてこの魔法で葬ってきたのだ。バンパイアと言えども無事には済まないだろう。そう思っていた。


「ブリッツ! 油断するな、そこから離れろ!」

「何言ってるの、シャルローゼ、大丈夫大丈夫。だってもうボクの凍結魔法で……」


 と言いかけたところで、ピシりと氷が割れる音が辺りに響いた。見る見るうちにヒビが入り、バキバキと結晶が粉砕されていく。


「……そんな」


 ブリッツは、初めて恐怖を覚えた。いくらアンデッドには魔法が効かないと言われていても、実際に試すまでは信用していなかった。自分の魔法で、これまで破壊できなかったものはない。魔法戦で負けたこともない。ましてや、無効化(レジスト)できた相手もいない。だが、今目の前で起きていることは、まさしくその”レジスト”である。


 完全に氷の呪縛から抜け出る前に、ニールスの剣が鋭い風切り音を立てて、シャーリーの首に襲い掛かった。首を切り落とすのである。不死身の吸血鬼も、胴体と首が離れれば、さすがに復活までに相当の時間がかかる。その隙にそれぞれを隔離して、封印してしまうのだ。吸血鬼退治の定石ではあるが、並の剣ではアンデッドを切り裂くことはできない。聖なる力を帯びた剣か、それに準ずる剣でなければ、傷一つ付けられないのだ。


「無駄だわ」


 シャーリーが細く高い声で呟くと、ニールスの剣はがっちりと彼女の手に絡め取られていた。


「ぬうぅ……」


 ニールスは直ぐに剣を諦め、懐のナイフに手を掛けた。ナイフはミスリル銀製。しかも聖水で清めてある。ヴルド家に代々伝わる、アンデッド除けの懐刀であった。


 ざっくりとシャーリーの腹にナイフが刺さる。それをきょとんとした顔でシャーリーは見ていた。何が起きているのか理解していないといった表情だ。


「ククク……こんなもので私を斃そうというのね。800年経って人間はすっかり衰えたの? 本当に弱すぎてつまらないわね」


 ニールスを含め、全員が動けなかった。恐怖で体が言うことを利かないのもあるが、打つ手がないのだ。剣も魔法も聖水も通用しない。おまけに今は全員陽光の下だ。それなのに吸血鬼が滅びない。もはや行動することができないのだ。


 シャーリーが無言で拳を振るうと、ブリッツが紙くずのように吹き飛んだ。数十メートルは飛ばされただろうか。さしもの彼女も、まったく防御する暇がなかった。飛ばされて落下する前に、魔法を発動させて空気のクッションを作り、石畳の床に激突するのを和らげるのが精一杯だった。


 ブリッツが落下する前に、次はシャルローゼを極速の拳が襲った。肉弾戦が苦手な魔法使いが、かわす事など絶対に不可能である。しかし、シャルローゼは幻覚魔法により空間を歪め、かろうじて拳の軌道を逸らす事に成功した。それにもかかわらず、拳の風圧だけで、シャルローゼのローブからは焦げ臭い匂いが立ち込めていた。拳が起こした風圧だけで焦げる。凄まじい威力である。


「ふっ……ま、まさかこれほどとは。儂もここまでかの」


 ニールスが笑いながら呟いた。圧倒的な力の差を見せつけられ、もはや抵抗する力すら失せていたのである。思考停止、この言葉が今のニールスには当てはまる。


 ニールスが死を覚悟した、まさにその時だった。シャーリーの胸の辺りから、突然拳が生えた。真っ白なドレスが赤く染まり、まるで新雪に咲く薔薇のようにみえた。


「ゴガァッ……な、なんだこの拳は。どうして私にダメージを与えられる?」


 傷など瞬時に再生する能力のハイバンパイアを以ってしても、胸にはぽっかりと拳大の穴が開いたままだった。


「やれやれ……出来の悪い弟子を持つと、師匠は苦労するのぉ、フォッフォッフォッ」

「ろ、老師!?」


 そこには、ニールスの師匠であり、カミラに稽古をつけた爺さん師匠が立っていた。明るく輝く朝日の中に佇むその姿は、まさに救世主のようだった。シャーリーの胸に穴を開けたのも師匠であった。


「コーネットへ来てみれば、何じゃ、面白いヤツと戦っておるのぉ。なかなか楽しそうじゃ。儂も混ぜて貰うとするか」


 血を吐いて苦しむ女吸血鬼を尻目に、顎髭をいじりながら師匠はホクホク顔で笑っていた。強敵と戦うことこそ彼の生き甲斐であり、人生の楽しみでもあるのだ。強すぎて戦う相手がいない。それが師匠の深い深い悩みだった。


「老師、そやつは吸血鬼です。通常の打撃は効きません!」

「うん? そうか……じゃがもうあの女吸血鬼、まったく動く気配がないぞい」

「そんな馬鹿な!? いくら老師が強いと言っても、拳はタダの打撃のはず。アンデッドに通用する訳が……」


 地面に倒れたシャーリーの体は、見る見るうちに黒ずんでいった。そして細かい灰になり、朝の爽やかな木枯らしに吹かれて、散っていった。


「ど、どうして老師の拳は、アンデッドに通用するのですか? 斃せるのは黄泉の力か、神術だけのはず……」

「若い頃、過酷な修行をやり過ぎて、100回ほどあの世に足を突っ込んだせいかのぉ。神と名乗るヤツから妙な力を貰ったことがあっての……ホッホッ」

「い、いえ……老師、それは笑いごとではありません。知らぬ間に老師は神術の使い手になられていたのですね」

「……まぁ、そんなことはどうでもよい。一撃で死んでしまっては、吸血鬼との戦いを楽しめないではないか。ったく、つまらんのぉ。せっかく面白そうだから来てみたというのに」


 ニコルルもシャルローゼも何が起きたのか、未だに現状を理解できていなかったが、この老人が神術の使い手で、目の前でハイバンパイアを一撃で葬ったらしいということだけは、認識できていた。


 こうして、稀代のハイバンパイアのシャーリー=ノイカッツェは、あっさりと滅びた。コーネットには、またいつもの日常が戻って来た。教会に居た下僕達も、シャーリーが斃されると同時に活動を止め、普通の死体に還っていった。親が死ねば子も滅びる。吸血鬼はそういう宿命である。


「ふむ、何じゃわからんが、最近は妙な輩が多いのぉ。ところで、頼まれていた件はいちおう一区切りつけておいたじゃぞ」

「カミラの事ですね。ありがとうございました」

「あやつ、なかなか良い筋をしておったわ。……数年もすれば、儂といい勝負をするかもしれぬ。ホッホッホッ、次に会って戦うのが楽しみじゃわい!」


 ニールスは思った。カミラには、大変な人を引き合わせてしまったと。そして、ずっと疑問だった師匠の規格外の強さの理由を、知ることができたような気がした。


約1名ほど規格外の御方が出てきてますが、規格外の理由はお察しの通りです。爺さん師匠の正体は……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ