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第65話 元騎士団長の新しい特別能力

「デュポンを連れて引っ越す? ど、どうしてですか!?」


 俺の目の前には、イクリプスさんとデュポンが立っている。今日になって突然、引っ越したいと言い出したのだ。これまで仲良くやってきたのに、何か不満でもあるのだろうか。


 イクリプスさんからは、剣を教わったりしてるけど、お金を払っている訳ではない。彼女に収入はないが、住む場所も服も食事もちゃんと提供している。デュポンには、お小遣いもちゃんとあげている。教育面も気を遣って、俺が読み書き計算の英才教育をしている。普通よりは恵まれているはずだ。


「何かご不満でもあるのでしょうか? 不都合があったら遠慮なく言ってください」

「……それだ。カミラ殿は優しすぎる。私達姉弟は、ついついそれに甘えてしまうのだ」

「でも、家族なんですから」

「そう思ってもらえるのはありがたいし、嬉しい。だけど甘え過ぎはよくない」


 そうか、俺の方が彼らにべったりくっつき過ぎちゃったのか。俺の言動が、重荷になっていたのなら、申しわけないことをした。彼らには彼らの領分があるのだ。ちゃんと尊重してあげないといけない。


「……そう、ですか。ではせめて、引っ越しのお手伝いくらいはさせてください」

「いや、それは結構だ。自分たちで全部できる」

「では引っ越し祝いを兼ねて、親睦会などを……」

「いや、それも結構。不要だ」


 引っ越しの手伝いはまだしも、親睦会まで断られちゃうのかよ……。俺、実はイクリプスさんに嫌われてたのかな。ちょっとどころか、猛烈にへこむぞ。毎日笑顔で顔を合わせてた友人が、突然「実はあなたのこと、嫌いだったの」なんて告白されちゃう、悲劇の展開だよ。泣きそうになるじゃないか。


 落ち込んでいる俺など気にする風もなく、今日もデュポンは笑顔だ。だけど……その笑顔が今は辛いよ。


「うん? カミラちゃん、何かあったの?」


 エリーがいつの間か入ってきていた。相変わらず美人だよ、この娘さんは。だけど空気読まない天然なところがある。今俺は、猛烈に落ち込んでいるんだよ……くぅ。


「い、いえ、何でもありません。イクリプスさんが引っ越すと言うので」

「ああ、お引っ越しのことね。私も手伝うから、カミラちゃんは心配しなくていいよ。荷物も大した量じゃないし」


 ……何ということだ。俺には何も言わなかったのに、エリーには話をしていたのか。完全に村八分じゃないか。ダメだ、目まいがしてきた。そんな不思議そうな顔で見るんじゃない、デュポン!


「あれぇ? カミラお姉ちゃん、泣いてるの?」

「う、うん……お姉ちゃんね、デュポンに毎日会えなくなると寂しいな」

「アハハ、大丈夫だよ。ボクが毎日会いに来てあげるから」


 優しいじゃないか。この子、将来女たらしになったりしないよな。見た目はいいから優男風のイケメンに成長するのは、間違いなさそうだし。くれぐれも、チャラ男の後を継がないように注意してあげないと。


「それでは失礼する」


 イクリプスさんは、落ち込んでいる俺には一瞥もくれずに、あっさり出て行ってしまった。でもデュポンが残っていた。心配そうな顔をしている。俺の事を気に掛けてくれているのか。幼いのに空気を読める子だよ。


「お姉ちゃん、元気出しなよ。また直ぐに会えるんだから」

「う、うん。デュポンは優しいね」


 そういって俺は彼を抱き上げた。身長差がかなりあるので、完全に母子みたいな絵になっている。……こういう感じなのかな、子供を持つ感覚っていうのは。段々と父性と母性が入り混じった、妙な気分になってくる。


「カミラお姉ちゃん、あの……」

「どうしたの?」

「ボクもお姉ちゃんみたいな、おっきなおっぱいが欲しい」


 おう……デュポン、それはダメだ。周りに同年代の男の子が居なかった影響なのか? それとも、エリーが女装させてしまったせいなのか? 男の子として真っ直ぐに育ってないぞ。


「デュポンは男の子なんだから、おっぱいは大きくならないんだぞ。もっとたくさん鍛えて、筋肉を付けなきゃね」

「ええー、そんなのヤダ。おっぱいの方が柔らかくて気持ちいいもん!」


 ……コラコラ、本格的にまずい事になってるじゃないか。周りに女しかいない環境だったしな。こうなったら、ドルトンさんの工房に放り込んで、鍛えて貰うのがいいかもしれない。汗にまみれる荒っぽい力仕事で、男らしさを取り戻すのだ!


「デュポン、明日から少し鍛冶をしてみよっか?」

「ゴメン。ボク明日から、働かなきゃいけないんだよ」

「……は、働く? デュポンが?」

「うん。ボクが働くところ、カミラお姉ちゃんも見に来てね!」


 おいおい、イクリプスさん、こんな小さな子供を働かせるとか結構スパルタだな。確かにこの世界では、子供が店先の掃除や、荷物運びなんかを手伝っている姿をよく見かける。江戸時代の丁稚奉公を想像させるけれど、実際には生活苦の人が多いのかもしれない。異世界でもやっぱりモノをいうのは、金の力……なのか?


「ボクが働きたいって言ったんだよ。だって制服がすっごく可愛いんだもん」


 へっ? ……せ、制服? 何だそりゃ。まさか、いかがわしい所で働くんじゃないよな? あの真面目一本槍のイクリプスさんに限って、そんな事はさせないと思うけど、少し心配になってきた。


「デュポン、一体どこで働くの?」

「ヘヘヘ、今はまだナイショだよ。でも、お姉ちゃんもよく知ってるところだよ」


 俺が知っているところで、制服……。はて? 思いつかないぞ。頻繁に行く場所といえば、西地区の露天市場や雑貨屋、そして工房くらいだ。どこも制服なんてものはないぞ。


「じゃあね、お姉ちゃん」


 そういってデュポンは俺の腕からピョンと飛び降りると、イクリプスさんの後を追っていった。あの姉弟が居なくなると寂しくなるな。


 バタバタと騒がしく廊下を歩く音がする。レンレイ姉妹も、イクリプスさんの手伝いをしているようだ。エリーも割烹着みたいな恰好で、忙しそうに走り回っている。俺だけ蚊帳の外じゃないか。このまま部屋に居ても、寂しさが募るだけだから、中庭で剣でも振ってみるか……。


 俺はビスマイトさんの渾身の作である長剣を持ち出した。禍々しい表面の文様は相変わらずだけど、見慣れてくるとこれはこれで結構愛着が湧いてくる。もうすっかり手に馴染んでいる。柄を握ると、なぜか安心するんだよね。この長剣で本格的な戦いをしたことはないけれど、きっと実戦では大いに活躍してくれるだろう。


 中庭の真ん中に立って、静かに精神を集中する。獣王の力は封印したままだ。鍛冶師コンテストでは、極力普通の人間として戦う必要があるからね。獣王の力なしの状態で、今自分の実力はどの程度なのだろうか? 少なくともニールスさんくらいにはなっておかないと、騎士相手には話しにならないよな。


 上段に構えて一歩踏み出し、剣を振り下ろす。鋭く空を切ると、小気味良い音がした。次いで、横薙ぎに振って連撃の動きをしてみる。よし、いい感じだ。左腕の調子も今のところ問題ない。もしも、試合中に左義手の悪魔が暴走したら大変だ。片腕でも戦えるようにはしているけど、そうなったら、獣王の力を発揮しないとさすがに厳しい。


「カミラ様、お一人で稽古ですか」

「レイさん、引っ越しの方はもういいんですか?」

「はい。荷物も少なかったので、出番なしでした……」

「そうですか。ではすみませんが、久々に手合せ頂けませんか?」

「もちろんです」


 レイさんの身体能力は相当なものだし、徒手空拳に近いスタイルで戦うからスピードがある。取り回しの野暮ったい長剣よりも、遥に速い。何より小回りが利く。懐に入られたらまず勝ち目はない。選挙活動で鈍った体にはちょうどいい相手だ。だけど、獣王の力を発揮したらダメだ。以前、立ち会った時に怖がらせてしまったもんな。あんな顔のレイさんは、もう見たくないよ。


「では、お願いいたします」


 スッと戦闘モードに入るレイさん。つられて俺も剣を構える。状況を見たら、長剣を持っている俺の方が、圧倒的に有利だ。でも拳の届くところまで間合いを詰められたら、立場は逆転する。だから、いかに間合いを取って、先に剣を当てるかが重要なポイントになってくる。


 2人の間に濃厚な緊張感が張り詰める。レイさんが素早く横に動いた。目で追いながら、剣先も同時に動かす。何か物が飛んできた。小石が4つ。いつの間か、袖口に仕込んでいたみたいだな。2つは首を振ってかわすことができたが、残り2つは無理だった。バックステップしながら、腕を上げて払いのける。


 その隙を見て、レイさんが一気に間合いを詰めてきた。凄まじい速さの踏み込みだ。ここだけなら、あの爺さん師匠と大差ない実力かもしれない。さすがレイさん、以前立ち合った時よりも強くなっているぞ。


 踏み込んでくるレイさん目がけて、剣を横薙ぎに振る。もちろん峰打ちだけど、当たったら相当痛いはずだ。だがレイさんのスピードは落ちるどころか、さらに上がっていた。おかげで剣の根元付近で、レイさんを叩く格好になってしまった。当然ダメージは半減している。


 完全に間合いを制されてしまった。飛んでくる剣にスピードを上げて踏み込んで来るなんて、尋常じゃない勇気が必要だ。踏み込んだ方が、ダメージは少なくなると頭では理解していても、普通は腰が引けてしまうだろう。


 気が付くと、もう目の前にレイさんの拳が迫っていた。しかし、俺には爺さん師匠直伝の見切りの技がある。大抵の打撃は先読みできる。レイさんの攻撃も、俺にはほとんど当たらなくなっている。拳を4発、蹴りを2発。素早く繰り出されるが、すべて交わすことができた。よし、訓練の成果は確実に上がっているみたいだ。


 まだ懐に居るレイさんに向かって、思い切り膝蹴りを突き上げる。きっちりと両腕でガードはしていたが、レイさんの体は大きく宙に浮いた。今の俺の力は、長身になったおかげで結構なものになっている。よしよし、調子がいいぞ。これなら獣王の力に頼らずとも、レイさんに勝てそうだ。


 ――― そう思った瞬間だった。甘い匂いがした。イチゴ? いや、サクランボだろうか? ……そんな甘い物を食べた覚えはない。中庭にも果樹なんて植わってはいない。だけどこの匂い、どこかで嗅いだことがあるな。はて、どこだったか。


 膝蹴りで飛ばされたレイさんが、クルリと空中で回転して着地する。何やら気配がおかしい。目付きがいつものレイさんじゃない。鋭い目付きがまるで獣のようだ。それに彼女の吐く息が甘い。甘い匂いの発生源はレイさんだったのか。もしかして、俺に内緒で何か食べてたのか?


 そんなのん気なことを考えていたら、いつの間にかレイさんが目の前から消えていた。かろうじて、目の端で動きを捉えることができた。彼女は俺の背後へ移動している。これは、明らかに爺さん師匠並の速度だぜ。まさか、レイさんがここまでやるなんて!


「ガアァァーーーッ!」


 雄叫びだ。それと同時に鋭い拳が向かってくる。何とかブロックするも、大きく弾き飛ばされてしまった。まるで、車にでもぶつかったかのような衝撃。とんでもない拳だ。こんなに強い打撃を食らったのは、バンパイアロード戦以来かもしれない。咄嗟に獣王の力を発揮する。そうでもしないと、こちらが大怪我をしてしまう。


「そこまで!」


 中庭に大きな声が響き渡った。レンさんのものだった。レイさんの獣のような目付きは、もう普段の優しいものになっている。


「……レイさん、いつの間にこんなに腕を上げたんですか?」

「えっ? あの……私、どうしたんでしょうか?」

「覚えていないんですか?」

「戦いの途中までは記憶があるんですけど、その後がちょっと……」

「そうですか。でも凄い力でしたよ、レイさん」

「きっと戦いに集中し過ぎて、一時的に正気を失っていたのかもしれないですね」


 とレンさんが会話に入ってきた。


 戦いで正気を失うって……。それは”バーサーカー”ってヤツじゃないのかい。怒らせちゃいけないな、この人は。


 だけど、あの甘い匂いは何だったんだろうか?


「ところでレイさん、私に内緒でフルーツ食べたりしませんでした?」

「フルーツ? いいえ、食べていませんけど……」


 無理に聞き出すこともないけどね。ただ、生身の体であれだけの力を出せるレイさんは、何者なのかと少し不思議に思う。バーサーカーならRPGの鉄板だから、理解はできる。いわゆる、火事場の馬鹿力だよね。うーん、まぁいいか。とにかくレイさんのポテンシャルは、十分理解できた。敵に回したら怖いけど、味方ならこれほど心強いことはない。


「イクリプス様達のお引っ越し完了しました」

「レンさん、ところで彼女達は、どの辺りへ引っ越したのですか?」

「カミラ様……ご存じなかったんですか?」

「え、ええ」

「お隣です。エリー様宅のお部屋です」


 はっ? ……そういうオチだったのかよ。


 後から話を聞けば、引っ越しの話は、イクリプスさんがエリーとレンさんに相談していたらしい。イクリプスさんは、エリーかレンさんから、俺へ話が伝わっていると思ったらしい。反対に、エリーとレンさんは、イクリプスさんから俺へ話が伝わっていると思ったそうだ。


 ……うん、これは、”ぽてんヒット”という有名な伝達ミスだね。そういえば、会社でもよくやらかしてた人、いたよな。


 イクリプスさんが無賃で住み続けるのは気まずいというので、エリーが気を利かせてくれたらしい。エリーの宿に住み込みという扱いで、働くことになったのだ。もちろん、イクリプスさんが居れば、”鋼の女神亭”はこの上ない用心棒を得ることになる。そしてデュポンもお手伝いさんとして、下働きという訳だ。デュポンが言った”制服”というのは、エリーの店の制服ということか。これは盲点だったよ。


 ほとんど同じ敷地内にあるエリーの宿屋に引っ越すんだったら、そりゃ確かに挨拶も親睦会も要らないよな。母屋から別棟に引っ越すような感覚だもん。俺一人で騒いて落ち込んでいたのが、アホみたいじゃないか。ちゃんと話してくれれば、誤解しないで済んだのに。


 数日後、酒場の方に顔を出してみたら、デュポンが制服を着て床を拭いていた。


「あっ、カミラお姉ちゃん、いらっしゃいませ」


 ……おい、ちょっと待て。デュポン、なぜお前は女子用の制服を着ているんだ? お前が着るべきは男子用のはずだ。


「デュポン、どうして女子用の制服なの?」

「だってこっちの方が可愛いんだもん。ね、似合うでしょ?」


 そういって、デュポンがスカートをヒラヒラさせる。女子にしか見えない。髪も伸びてきているので、もう誰も男子と見破れる人はいないだろう。……イオさん、手強い後輩ができちゃったかもしれません。後はよろしく頼みます。


 夜の酒場をチラリと覗いたら、さすがにデュポンは居なかったので、そこは一安心だった。代わりにイクリプスさんが超ミニの可愛い制服を着て、給仕係をやっていたのは見ものだった。いつものクールな顔が微妙に赤くなり、緊張して声が上ずっていたのは、俺だけが見てしまった秘密だ。意外にも、”クールで可愛い給仕さん”として、密かに人気になっているという話を、後からエリーに聞いた。


 ……男目線で申し訳ないけど、ミニスカで照れるイクリプスさん、結構可愛いな。これで泣く子も黙る、中央王都の元騎士団長なんだよな。そのギャップがまたいいかもしれない。


「カ、カミラ殿、何をニヤニヤしている。注文があるなら早くしてくれ!」

「あ、ごめんなさい。じゃあ、豚肉の煮付けと紅イモのタルトを」

「うむ、わかった。あ、いえ、……かしこまりました、お客様」


 イクリプスさんが、完全にツンデレカフェのメイドになっている。新しい道が拓けてしまったのかもしれない……。ついにツンデレ系メイドスキルを開眼してしまったか。とりあえず、彼女の新たなスペシャルスキルに乾杯。

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[良い点] 全体的には面白いです。文章も問題ありません。(なろうで普通の文章は貴重なので) [気になる点] 56話で甘い匂いについて強い警告を受けて、さらにシャルローゼがぶっ倒れるほどのイベントがあっ…
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