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第63話 ウイスキーと燃焼石のハーモニー

※『お酒は二十歳(はたち)になってから』

 俺は今、考えている。そう、久々に頭を使っている。大きな問題だよ、これは……。選挙公約先取りだよ。一体何から手をつけていいのやら、さっぱりわからない。森林破壊を止めるなんてスケールの大きな話、どうすりゃいいんだ。


「カミラ様、難しい顔をされてますね、また考え事ですか?」


 見かねてレンさんが、紅茶を持ってきてくれた。難しい事を考える時は、話し相手がいた方がはかどる。そうだ、まずはブレインストーミングから初めてみよう。


「レンさん、木を伐採しないようにするためには、どうしたらいいと思います?」

「は、はぁ……木ですか」


 発想豊富なレンさんも、さすがに今回は分野違いのようだ。俺以上に考え込んでしまった。動きが完全に止まってるよ。顔は冷静だけど、足が小刻みに揺れている。貧乏ゆすりだ。レンさんのこんな姿を見るのは初めてだ。うん、こりゃやっぱり一筋縄じゃいかないよな。


「難しいですね。まず木材の用途をはっきりさせる事でしょうか」

「なるほど、それはそうですね」

「一番多く使われるところを、木以外の何かで代用するとか……」


 レンさんの言わんとしていることはわかる。実に真っ当な考え方だよ。だけど、文字もろくにかけない、記録もないような商業施設を片っ端から回って、木材の使用状況を把握するだけでも、数ヶ月はかかるだろう。


 さらに問題なのは、代替できる材料があるか、ということだ。日本なら、セラミックスやらプラスチックやら、炭素繊維やら最先端の材料がいろいろある。だけど、この世界では難しいだろう。特に素材の大量生産ができない。うーん、どうしたものか、本当に困った。


「あのー、木の伐採って素人では難しいと思うんです。しかも大量に伐り出すとなると……」


 部屋の隅で服を縫っていたレイさんが、会話に割り込んできた。


「確かにそうですね」

「ですから、伐採を専門にしている、業者さんがいるんじゃないかなって」


 レイさんがさらに話を続ける。こういう面倒な話題の時には、滅多に口を出してこないのに、今日は珍しく饒舌なレイさん。案外、面白いアイディアがあるのかもしれない。


「木材の用途なら、その業者さんに聞けば、直ぐにわかるんじゃないでしょうか?」


 クマ親分が、いつも似たような人間が来て、手際よく伐採していくと言ってたな。そりゃあ専門業者って事か。レイさんが正解だろう。メンデルには、材木問屋的な所があるのかもしれない。


「レイさんはその業者、ご存じですか?」

「はい、もちろんです。だってこのお屋敷の向かい側が、材木問屋さんですから……」

「……えっ?」


 屋敷の周囲は全部、ブラッドール関連の鍛冶師の家かと思っていた。灯台下暗しとはこの事だ。ぐぬぬ、街の地図は大体頭に入っていると思ったけど、屋敷の周囲がぜんぜんお留守だった。


「じゃあ私、ちょっと聞いてきますね」

「あ、お願いします」


 レイさんがひょいと腰を上げて、屋敷の前の問屋に入っていく。そうか、いつも見下ろしていたあの家は、材木問屋だったのか。てっきり工房かと思っていた。まさか、材木を扱っているなんて思ってもいなかったよ。


 数分後、レイさんが戻って来た。当たり前だが、早い。調査に数ヶ月かかるだろう、なんて考えていた俺が、アホだったな……。


「ええとですね……木材を収めるのが一番多いのは、鉱山と鍛冶の工房だそうです。その2つで大体8割近い売上げだそうですよ」

「鉱山? 一体何に使うのでしょうか?」

「坑道を掘る土木工事に使うそうです」


 鍛冶工房の用途はわかりきっている。火床(ひどこ)の熱源が炭だからね。熱した炭を使って鉄を鍛え上げるのだ。工房が増えれば増えるほど、たくさん炭を使う。炭の原料はもちろん木材だ。


 それと土木工事用の建築資材か……。街は大体発展しているから、急速に建物が必要になることはない。鉱山は当然、鉄鉱石を掘るためだ。どちらも鍛冶産業が木を必要としているってことだ。おいおい……これじゃまるで、ブラッドール家が森林破壊の犯人みたいじゃないか。どうしよう。クマ親分にバレたら俺、殺されちゃうよ。


 レンレイ姉妹は、良い案を一心不乱に考え続けてくれていたが、虚しく時が過ぎて行くだけだった。さすがの万能メイドさん達も、これにはほとほと参ってしまったらしい。そして気が付くと、2人ともウトウトとし始めていた。もう眠くなってしまった。今日は脳を酷使し過ぎた。考えてもわからんものは、わからんのである。煮詰まったら寝てしまおう。うん、人間は切り替えが肝要だよ。


「はぁ……、今日はもう寝ましょうか」

「そう、ですね……」


 疲れ果てた顔のレンさんが、ベッドメイキングを始めた。レイさんも表情に翳りが見える。もう数年分は脳を使ったという顔だ。ごめんな、俺の選挙公約に巻き込んじゃって。

 

 疲れているせいだろうか。レンさんがよろめいて、机に体をぶつけてしまった。しかも机の角に激突。痛そうだ。その拍子に、机の棚から1冊の本がドサリと床に落ちた。

 

 その本のタイトルは「鉄と武器 その製造技術」


 何とも懐かしい。俺がこの屋敷に連れて来られて、最初に見た本だ。詳しく鍛冶の技術が書かれているんだった。そうそう、この本からいろいろ始まったんだよなぁ。改めて手に取って、パラパラとめくってみた。あるページで目が止まった。気になる一文があった。


”鍛冶の火床には、炭より燃焼石が好ましい。温度も高く火力も保ちやすい”


 ……ね、燃焼石? 聞いたことがないな。でも、直球のネーミングだから想像はつく。燃える石、つまり石炭のようなものではないだろうか。この事実、ビスマイトさんは知っているのだろうか? そしてこの燃焼石は、このメンデルで採れるのだろうか? もし炭から石炭に替えることができれば、かなりの木材が削減できるのではないだろうか?


 腰を机に打ち付けたレンさん。ぶつけた所を痛そうにさすっている。


「レンさん! よくやりました!」

「はい? ……何のことでしょうか?」

「机にぶつかったことです」

「……よくわかりませんが、お役に立てたのなら光栄です」


 俺は本を持ったまま、ビスマイトさんの部屋へ直行した。ドアをノックして声をかける。


「お父様、今ちょっとよろしいですか?」

「あ、ああ、カミラか……どうした、こんな時間に」


 ドアを開けて中に入ると、ビスマイトさんは、寝床で一杯やっているところだった。ウイスキーのスモーキーな香りが鼻に入ってくる。いい香りだ。


 ずるいぞビスマイトさん、俺だって酒を飲みたい。特にウイスキーは結構いける口だったのだよ。まぁ、銘柄とか全然わからなかったけどね。


「工房の火床には炭を使っていますよね?」

「ああ、昔からそう伝わっているからの」

「この本には、燃焼石の方がいいと書いてあります」


 俺はビスマイトさんに「鉄と武器 その製造技術」の分厚いページを開いて見せた。そういえばビスマイトさんは、文字があまり得意じゃないから、内容は半分も読んでないとドルトンさんが言ってたな。


「……すまん、その本はあまり読んでいないのだ。しかし燃焼石は、この辺りではあまり見たことはない」

「これまで鍛冶作業で使ったことはありませんか?」

「ないな。考えたこともなかった。もし燃焼石が炭より良いならば、ぜひ使ってみたいが、それなりの量が必要だろう。確保するのが難しいのではないか?」


 確かにビスマイトさんの言うとおりだ。燃焼石、もとい石炭がたくさん採掘できなければ、やはり炭を使うという流れになってしまうよな。……石炭か。誰に聞けばいいんだろう。


 俺を尻目に、ウイスキーをグビリと口に運ぶビスマイトさん。これほどウイスキーの似合う中年も珍しいよ。やっぱり渋いおっさんというのは、ちょっとカッコいい。


 ちょっと待てよ……ウイスキー? ということは泥炭があるのか。確か泥炭で燻して香りを付けるんじゃなかったっけ? イギリスだかどこだかでは、そうしていると酒好きの先輩が、うんちくをたれているのを何度か聞いたことがある。泥炭がある、ということは石炭に近いものがあるのではないだろうか。


「お父様、そのウイスキー、どちらのものですか?」

「うん、ああ、これか。メンデルの北にある酒造所のものだよ。大きな酒造所でなぁ、昔から気に入っている銘柄だ」


 大きな酒造所がある。大規模に泥炭を使っているかもしれない。それなりの量の泥炭を採掘しているだろう。石炭についても、何か知っているかもしれない。よし、少し希望が見えた気がする。


「お父様! ありがとうございました!」

「あ、ああ……カミラ、だがお前にはまだ酒は早いぞ」


 そっちの心配ですか、おとーさま。いや……でも本音は飲みたい、すごく飲みたい。今の大きな体なら絵的には許されると思うんだが、周囲はまだ少女扱いだからなぁ。って考えるのはそこじゃない。早速明日にでも酒造所へ話を聞きに行ってみよう。言っておくけど、決してウイスキー目当てで行くんじゃないぞ。


◇ ◇ ◇


 酒造所の場所は直ぐにわかった。レンレイ姉妹は酒の香りに敏感らしく、直ぐに察知していた。特にレンさんが敏感だった。もしかして、案外この姉妹もイケる口なのかもしれないな。一度飲ませてみたい。酔ったレンさんとかどうなってしまうのか、興味がある。


「あん? ……泥炭だって? ああ、燃焼土のことか」


 この世界では、泥炭は”燃焼土”と呼ばれているらしい。面倒くさそうにウイスキー職人が答えてくれた。忙しいのに仕事を邪魔して申し訳ない。それにしても凄い酒の香りだ。思わず涎が出て来てしまう。くそぅ、飲みたいぞ。


「ええ、その土はどの辺で採れるのでしょうか?」

「燃焼土ならエランド河の下流で山ほど採れるぜ。もう100年以上も掘ってるらしいが、ぜんぜん涸れる気配がねぇな」

「下流、ですか。わかりました、ありがとうございます」


 100年掘っても枯渇しない泥炭。これは間違いなく、大昔に植物が覆い茂る大きな湿地帯があったということだ。環境的には申し分ない。もしかしたら、石炭も期待できるかもしれないな。


「ついでと言ってはなんですけど、燃焼石も採れたりしますか?」

「ああ、あの石か。採れるけど使い物にはならねぇな」

「どうしてですか?」

「煙が全然出ねぇ。煙で燻すのがウイスキーなんだよ。燃やしても煙が出ないんじゃ意味がねぇだろ?」


 ……凄くいい事を聞いた。煙が少ない燃焼石なんて、鍛冶の火力には最高じゃないか。問題は、簡単に採れて、しかも量を確保できるかということだ。一度、採掘現場を見ておく必要があるな。


「すみません、採掘現場って勝手に見てもいいんでしょうか?」

「現場って言ってもな……ただの河川敷だからなぁ。別にいいんじゃねぇか」


 なんとまさかの露天掘り。つまり地面をそのまま掘れば、勝手に出て来るということだ。石炭は、泥炭より深く掘る必要があるかもしれないが、山に穴を開けて坑道を作るのとは労力が全然違う。


 一旦引き返して、ディラックさんに相談してみよう。人を出してもらって試し掘りするのだ。ビスマイトさんに燃焼石を見てもらって、使えるとわかれば、傘下の工房へも直ぐに広がるだろう。


 燃焼石が安くて良い物だという噂が流れれば、ハッブル系列の工房も木炭ではなく、燃焼石を使うようになるだろうし。我ながら上手い流れになるんじゃないかと思う。……まぁ、これでとりあえずクマ親分に殴られずに済みそうだ。危なかった。


 俺とレンレイ姉妹は、事の次第をディラックさんに話し、家路についた。もちろん、手ぶらではない。ウイスキーのお土産つきである。ビスマイトさんが喜んでくれるといいんだが。


「カミラ様、今回の件……」

「何ですか、レイさん?」

「もし上手くいくようなら、向かいの材木問屋さんに採掘をお願いしたらどうでしょう?」


 おお、ナイスアイディア。材木問屋が石炭を扱えば、売上もさらに伸びるだろう。流通もスムーズになるし、何よりご近所さんに問屋があるのは、ブラッドール家としても都合がいい。よし、材木問屋を巻き込んで進めることにしよう。


 家に到着して、ビスマイトさんに酒を渡すと、いつにもまして複雑でわかりにく表情をしていた。普通に見たら偏屈な不満顔にしか見えないが、俺はもう慣れている。この表情はビスマイトさんの嬉しい顔だ。しかも涙を堪えている状態ね。つまり、感動して喜んでくれている。


「すまんの、カミラ」


 そういって俺の頭に手をおいて撫でるビスマイトさん。昔の小さな女の子姿だったら、絵になったけど……今の長身ではちょっと格好悪いかもしれない。ビスマイトさんには、相変わらず俺が奴隷商人から買われてきた時の姿で、イメージが固定されているようだ。


 まぁ、一番怖いのは、この姿でシャルルさんに会った時なんだが……


「カミラちゃん! もう大人だから何でもできるわね!」


 とか言って、何をされてしまうかわからない。ちょっと想像したら背筋が寒くなってしまった。いかんいかん。でも燃焼石の件が片付いたら、コーネット領に出掛けておかないとな。あちらはあちらで、激変しているみたいだから、気になって仕方がない。


 ……あ、いけね。


 メンデルでの選挙活動が終わらないと、コーネット領には出掛けられないか。ノルマはあと数百軒以上ある。1日2軒こなしたとしても、1年くらいはかかってしまう計算だ。トホホ、せっかくナイトストーカーが居なくなって自由に動けると思ったのに、こんなところで身動き取れなくなってしまうとは。


 ――― 次の日。俺達はエランド河下流の河川敷に来ていた。俺達、というのは、ディラックさんとその配下の騎士団、そして土木を専門とする業者さんたちだ。もちろん、お向かいの材木問屋さんも加わっている。


 河川敷には、あちこちに大きな穴が開いている。おそらくウイスキー職人たちが泥炭を掘った跡だろう。河川敷だけあって、穴が開いても直ぐに土砂で埋まってしまうようだ。


「こりゃあ、どこまで掘っていいかわかりませんぜ。燃焼土ならともかく、燃焼石の層がどの深さなのか……」


 土木職人さんが、やれやれという顔で眉間に皺を寄せている。まぁ確かに、土砂で覆われていて、さらに泥炭層の厚さもある訳だから、試掘といってもどこまで掘ればいいかわからないよな。素人考えで簡単に試掘できるだろうと思っていたが、ちょっと行き当たりばったり過ぎたか。玄人専門集団の彼らなら、お任せで大丈夫かと勝手に思い込んでいた。


 よくよく考えれば、彼らは掘るのが専門であって、どこまで掘ればいいのかなんてこちらが指示しないとわかる訳がないよな。うむ、下請け孫請けに仕事を丸投げすると、下流の企業がブラックになっていく現象になってきている。しまった……異世界に来てまで、似たような事を考えてしまうとは。ううむ、社蓄だな、俺も……。


「さて、どうしましょうか、カミラ殿」


 ディラックさんも困っている。数メートル掘る程度ならまだいい。でも100メートルを露天掘りで、なんて言ったら、試掘と言えども今日の人数では無理だ。後日改めて大規模なプロジェクトを組まないといけないよな。うう、何だか日本で仕事していた頃と同じパターンになってきたぞ。


 でもここは日本じゃない。異世界だ。異世界には、異世界なりのやり方があるはずだ。……魔法? いや、穴を掘る魔法なんて聞いたこともないな。……呪術? もっと縁が遠そうだな。地面を呪ってどうするんだよ。


 ……うん? そうだ、俺にはアレがあるじゃないか。早く気が付くべきだった。


『エランド領のすべての土竜(もぐら)たちに命令します。この地に埋まっている燃焼石を掘り出しなさい!』


 俺はモンスター事典を読んで知っていた。エランド周辺に住むモグラは、日本のそれとはまったく違う。まず大きさが桁違いだ。平均的なモグラでも10メートルはある。大きな個体だと数十メートルになるという。そして堅い鱗がある。事典で見た絵は、モグラというよりアルマジロを大きくしたイメージに近い。


 最大の特徴は鋭くて大きな爪だ。穴を掘り進めるのが大得意なのだ。土だろうが岩石だろうが豪快に掘り進む。おかげで、突然家が穴に沈んだり、畑が消失したりと事件になることも多かったという。ただ、彼らも最近は数がめっきり減り、そうした事案もほとんど発生していないらしい。


「ディラックさん、皆さん、ちょっと河川敷から上がっていてくださいますか?」

「一体どうされたのですか?」

「今から援軍が来ます」

「援軍? どこからですか?」


 その時、大地が小刻みに揺れ始めた。職人達が不安な顔をしている。騎士達が乗っている馬も怯えた様子だ。


「大地の下からです」


 次の瞬間、大きな鍵爪が、地面の下から轟音とともに現れた。爪の長さだけで人の身長の倍以上はあるだろう。予想を超えた大きさだ。その爪が河川敷のあちこちからドンドン現れ、やがて辺り一面が爪だらけになった。


「……まさか土竜(もぐら)?」

「そうです。私が呼びました」

「こんなことまでできるのですか?」

「一応”獣王”ですから、この辺りの獣達は言う事を聞いてくれます」


 職人達を見ると、腰を抜かして地面にひれ伏している。土竜は彼らにとって恐るべきモンスターなんだろうな。ちょっと可哀想なことをした。ちゃんと予告してからやればよかったか。反省。


「ひ、ひぃ! 土竜の群れが!」

「俺達はもう終わりだ。いくら騎士様達が強くても、これだけの数の土竜じゃ敵いっこねぇ!」

「お助けくだせぇ~」


 全員が青ざめた顔で拝んじゃってるよ。あまり不安にさせるのも忍びない。さっさと終わらせるとしようか。


『土竜達。燃焼石を掘り出す前に、燃焼土をより分けておきなさい』


 そうそう、泥炭をちゃんと分けておかないとね。ウイスキー職人達が困ってしまう。美味しいウイスキーが作れなくなったら、ビスマイトさんの楽しみがなくなってしまう。


 地面の下に居た土竜達が、モコモコと群れを成して、地面を掘り始めた。表面の泥炭はきちんと爪でより分けて、河川敷の端に寄せられた。寄せられた泥炭は、立方体に固められ、ピラミッド型に積まれ始めた。


 ……こいつら見た目はワイルドなのに、仕事はやけに丁寧だな。しかも器用だ。泥炭を粘土のように扱い、正確な立方体を作っている。1時間もすると、泥炭の層が綺麗に剥がされ、河川敷の端には巨大なピラミッド型に積まれた山ができていた。土竜の作った泥炭の山だ。


 そして今、土竜たちが掘った巨大な穴がぽっかりと開いている。……でかいよ! しかも深いよ! 深さにして100メートルはあるだろうか。広さもメンデル城の敷地くらいはあるぞ。これを1時間程度で掘るとは、さすがは”土の竜”というべきだろう。


 ひときわ大きな体の土竜が、俺の前に立つと、人の頭ほどの大きな黒い塊を差し出して来た。そう、泥炭層の下にある石炭だ。この世界風にいうと、燃焼石の露天掘りができるまでになっている。


「あ、ありがとう……」


 大きな土竜はボスだったのだろうか。俺が礼を言うと、群れを連れてまた地面の深いところへと潜って行った。人語は操れなかったみたいだな。体は大きいけど、丁寧でいい仕事をする奴らだ。想定以上に仕事を捗らせてくれてしまったが、まずはこの燃焼石を持ち帰ってみよう。


「……すんげぇもん見ちまったな」

「ああ。あの凶暴な土竜がこんなもんを作っちまうとは、奇跡だ」

「あの背の高いねえちゃん、何者だべか? 土竜と話してたみてぇだげど」

「そんなバカな……土竜と話せるような人間が居たら、そりゃあ化け物だべ」


 土竜から渡された燃焼石は、俺が思っているような石炭ではなかった。昔々に工場見学で製鉄所に行った時、本物の石炭を見せて貰ったことがある。だから、石炭とは違うということがわかる。今手にしているモノは石炭というより、鉄の塊みたいに感じる。


 正直に言おう。とんでもなく重い。手渡された時は、獣王の力を発揮していたので、難なく持つことができた。でも普通に持とうと思ったら、大人4~5人がかりになるだろう。とんでもない重さ、いや密度というべきだろう。少なくとも俺が知っている石炭ではない。果たして、こんな鉄みたいな物が燃えるのだろうか?


「これが燃焼石……」


 ディラックさんも、実物を見るのは初めてのようだ。珍しそうに表面を撫でている。表面は粗い訳でもなく、かといって滑らかでもない。石のようでもあり、金属のようでもある不思議な質感だ。


 燃焼石を馬車に乗せ、メンデル市街まで戻り、職人さんたちに別れを告げる。結局彼らは出番なしだったな。申し訳ないことをした。とはいえ、全員燃焼石に興味津々だ。別れ際に「また何かあったら声をかけてくれ」としきりに言っていた。土竜の大群にあんなに怯えていたのに、まるで懲りていなかったみたいだ。さすがはメンデルの職人達、肝が据わっている。


「と言う訳で、お父様、ぜひこの燃焼石を使ってみてください」


 ビスマイトさんに経緯を話し、試用をお願いした。最初、ビスマイトさんは燃焼石を見て、手で叩いたり撫でたりしていた。そのうち工房の奥から小型のハンマーを持ち出して来て、思い切り石に叩きつけた。


 だけど……ビスマイトさんの振り下ろしたハンマーは、見事に弾き返され、その反動で尻餅をついていた。あぶないな。鍛えられた元冒険者の体とはいえ、もうそれなりの年齢なんだから、無理はしないで欲しいぞ。


「……カミラ、これはただの燃焼石ではないぞ」

「といいますと?」

「うむ、これは”結晶燃焼石”だ」


 ビスマイトさんによると、普通の燃焼石は軽くハンマーで叩けば、直ぐに砕け散る代物だという。しかし、燃焼石の中にはより純度の高い、結晶化したものがあるらしい。稀にしかできないので、高値で取引されているという。最大の特徴は、長寿命で高火力という点だ。普通の燃焼石の100倍は長持ちするらしい。こぶし大の燃焼石が一つあれば、普通の家庭1軒で半年は火力に困らないという。平たくいうと、石炭が密度高く集まった石ということだ。


「これをどこで手に入れたのだ?」

「メンデル河の河川敷です」

「うむ……。量はどのくらいあるかわかるか?」

「少なくとも、メンデル城くらいの大きな燃焼石の層がありましたけど……」

「むぅ、なんとメンデル領内にそんな物があったとは」


 ビスマイトさんが、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。もしかして、俺はよくないものを掘り当ててしまったのだろうか?


「カミラ、でかしたぞ!!! この結晶燃焼石は使える。木炭は止めよう。今すぐにでも人を出して採掘するのだ!」


 ビスマイトさんは、大慌てで工房へ引っ込むと、ドルトンさんとチャラ男を呼び出した。そして客間でゆっくりお茶をしていたディラックさんまで巻き込んで、早速採掘の計画を立てはじめていた。


 どうやら上手い事行ったみたいだな。木材ではなく、燃焼石を鍛冶作業に使うようになれば、伐採もだいぶ減るだろう。


 ――― 数週間後。


 騎士団や冒険者ギルドまで引っ張り出したビスマイトさんは、たくさんの結晶燃焼石を確保していた。それを自分の弟子の工房へ流す。あっという間に噂が広がり、鍛冶作業に木炭が使われることはほとんどなくなった。はす向かいの材木問屋も、扱う商品を燃焼石へと変え、さらに売上げを伸ばすようになっていた。


 ヴァルキュリアにエランドの森林地帯の様子を見に行かせると、伐採のペースがだいぶ遅くなっているという。とりあえずは一安心だな。残り半分は、建築資材用の木材だけど、これはゼロにはできないだろう。過剰な伐採が行われないよう、監視するしかないよな。


『獣王様、監視は森の賢者達に任せましょう』

『森の賢者? 誰ですか、それは』

『森の中には、私と念話できる者達がいます』

『ルビアさん以外にですか?』

『はい。森の奥地にエルフの一族が住んでいます。彼らと私は常に念話できる状態です』

 

 へー、エルフか。エルフって言ったら、色白で耳が長くて魔法が強くて、金髪美男美女がいると言うお決まりのアレか。……って、本当にこの世界にエルフもいるのかよ!? ドラゴンが居るくらいだから、むしろ居ない方が不自然か。


『エルフは森の木々とつながっています。木が切られれば、即座に彼らは反応します』


 なるほどね。神秘の力を持つ謎の一族という訳だね。面白そうだけど、会おうとしたらきっと”よそ者は来るな!”とか言われて石を投げられてしまうんだろうな。


『そんな事はありませんよ。人間は嫌いますが、獣王様は別格ですから』


 ……ヴァルキュリア、最近俺の心にグイグイ入り込んで来るな。頼むからそれ以上は心に踏み込まないでくれ。変な呟きがルビアさんにバレちゃうじゃないか。


『も、申しわけありません。ですが私は獣王様の配下、秘密は厳守いたしますゆえ』


 いかん、ヴァルキュリアと仲良く遊んでいる場合じゃないんだよな。これからも、当分草の根選挙活動が続くんだった。うーん……。


 後日談というか、ちょっとした裏話がある。あれからひと月ほど経ってから、大量のウイスキーがブラッドール屋敷に届けられた。何事かと思ったら、届けてくれた人の中に、見知った顔があった。燃焼石の場所を教えてくれた、あのウイスキー職人だ。


 彼が言うには、”河川敷へ行ったら、泥炭が綺麗に積み上げられていたので、運ぶだけで済むようになった。地面を掘る重労働から解放された、仕事が楽になって助かっている、そのお礼だ”という。土竜達が丁寧な仕事をしてくれたおかげだ。俺は何もしてない。でもウイスキーはビスマイトさんの好物だし、飲みきれなければマドロラさんの”鋼鉄の女神亭”で使ってもらう事もできる。思わぬ臨時ボーナスってやつだね。


 もちろん俺も何本かくすねておいた。こっそり机の引き出しに入れておいたら、いつの間にか無くなっていた。犯人は直ぐにわかった。レンさんだった。だってレンさんからウイスキーの香りがプンプンしてくるんだぜ。相当飲んだようだな。でもそこはレンさん、表情がまったく変わっていないのがさすがだった。


 問い質したら「カミラ様には早すぎますから……。捨てるのももったいないですし、私が犠牲になっておきました!」とな。ううむ、レンさん、それは呑兵衛の都合の良い言い訳というのだぞ。

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