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第58話 消失

「イクリプスさんへ作戦の内容を送りましょう」


 俺はディラックさんから聞いた、ナイトストーカー殲滅作戦を手紙にしたためた。だが、1つ気になる事があった。それは、騎士団や近衛師団のメンバーは、イクリプスさんの顔を知らない事だ。


 当日は、彼女もナイトストーカー幹部として総会に参加している。そこに騎士団達が踏み込んだらどうなるだろうか? 当然、イクリプスさんに対しても剣を振るうだろう。そうなったら、彼女の魔剣が抜かれるかもしれない。少し手元が狂えば、騎士団側に死傷者が出る事も考えられる。


 だから彼女に注意点を書いておく。もし騎士団や近衛師団に疑いを掛けられても、決して魔剣を抜かず、大人しく捕縛されること。イクリプスさんも根っからの武闘派だから、攻撃されれば条件反射で抵抗してしまうかもしれない。彼女には、剣の一振りで何人も殺せる技量がある。それで味方が犬死してしまう危険性は、今のうちに潰しておきたい。


 ということで、俺はディラックさんの作戦にオプションを一つ付け加えておいた。そう、ヴァルキュリアに合図を送ったら、直ぐに屋敷を出るようにとの指示だ。もちろん他の幹部達に怪しまれるかもしれない。だから、あらかじめトイレやお茶など、席を外す口実をいくつか手紙にも書いておいた。


「これでよし……。あとは」


 俺は、ヴァルキュリアに手紙を託した。イクリプスさんから確認完了の返事があれば、俺にできる事はもうないと思う。いや……ちょっと待てよ。当日現場にヴァルキュリアが居るなら、俺もリアルタイムで作戦の様子を見られるのか。日本に居る時は、よくインターネットの動画中継なんかを観ていたけど、ちょっと似た感覚かもしれない。

 

 だけど、今回は手を出せないだけに、逆に緊張するな。自分で突入して戦いに参加してた方が、まだ気楽だったかもしれない。


 10分もしないうちに、ヴァルキュリアから念話で返信があった。イクリプスさんも納得してくれたようだ。シンプルな指示だから、さほど難しい事はないと思う。でも、怪しまれないよう多少の演技が必要になる。俺は、イクリプスさんの演技力を知らない。万が一、怪しまれるような事があれば、総会が中止されてしまうかもしれない。千載一遇のチャンスを逃してしまう。イクリプスさんの演技は結構重要だ。


 それ以降、俺とレンレイ姉妹は、なるべく部屋から出ないようにして、引きこもり生活を始めた。もちろん、例の手練れ尾行者が気になるというのもある。だが、一番の理由は、ナイトストーカー殲滅作戦に影響を与えないためだ。今回は絶対に失敗できない。さすがの俺も、それはよくわかる。ディラックさん達の苦労を、俺一人の勝手な行動でぶち壊しにする訳にはいかないからね。


 引きこもっていても、気配感知とヴァルキュリアにおかげで、外の状況は大体把握できたし、食料品や衣料品は、レンレイ姉妹が調達してきてくれる。何の不自由もない。


 ……異世界でも、普通にひきこもり生活が成り立つな。


 日本でもニートという言葉でしばしば括られる、ひこもり生活者が居たけれど、衣食住に不自由がなければ、案外快適なのかもしれない。しかし、訓練できない日が続くとまずいので、室内でもできる事を始めた。レンレイ姉妹とメンタルトレーニングである。もっと感覚に磨きをかけて、あの爺さん師匠に少しでも近づくのだ。まぁ……あの反則的な存在の爺さんと比べること自体、何だか不条理を感じるけどね。


 しかし、暇だな……。とその心を察知されたのだろう、レイさんが退屈を紛らわせるために話かけてきてくれた。


「カミラ様は、どんな人がタイプなんですか?」

「ブッ」


 レイさんの唐突な質問に、俺は思わず飲んでいた紅茶を吹いてしまった。


「だって、これほど綺麗な方がどんな人を好きになるのか、気になるじゃないですか」

「そ、そうですか? 私は普通の人であれば誰でも」


 俺は適当に誤魔化した。正直この手の話は、心の整理がついていないので、答えようがない。


「……普通、ですか? じゃあディラック様なんてどうでしょう?」

「え、ええ、まぁ……」

「あれれ? 何だか微妙みたいですね、フフフ」

「い、いえ、そんなことはないですよ」


 やばい。このままでは、レイさんの鋭いツッコミをかわし続けることができそうにない。苦しいぞ。


「じゃあ、ケッペンさんですか? カッコイイですもんね!」

「え、あ、まぁ……」

「やっぱり微妙みたいですね、ウフフ」


 レンさん、買い物から早く帰って来てくれ。助けて欲しい。


「まさか、ドルトンさん?」

「は、はぁ……」

「冗談ですよ。年齢が離れすぎてますもんね」


 おのれ、レイさん。からかって楽しんでいるな。ここは一つ逆襲してやろう。


「じゃあレイさんは、どんな人が好きなんですか?」

「私ですか!? えー、どうしようかなー、言っても怒りませんか?」

「怒る訳ないじゃないですか。レイさんの好みを知りたいだけですから」

「私のタイプは、黒髪、礼儀正しい、強い、優しい、仲間思い。これが揃った人です。できれば、人外の力なんかを持っていると理想ですね」


 おいおい、それって。……いや、皆まで言うまい。


「へぇ~、そういう男性がいつか現れるといいですね」

「えへへ、ありがとうございます」


 これでレイさんは間違いないだろう……。恋愛対象は女性なのか。添い寝した時から、少しそういう気配は感じてはいた。う、うん、恋愛は自由だからな。そういう人も居るってことで、認識はしておこう。今の俺では、理解は難しいかもしれないけど。シャルルさん以外にも、警戒すべき人が増えてしまったかもしれない。ちょっと頭が痛い。


 そういえば、人外の力で思い出した。ルビアさんと話をしてみようか、時間があるから……。いやいや、決して暇潰しって訳じゃないぞ。


『ええと、ルビアさん、聞こえますか?』

『はい、しっかりと』

『近いうちに、ナイトストーカーを捕える大規模作戦があります』

『聞き及んでおります』

『作戦の内容はご存じですか?』

『はい、もちろん』

『それではこの作戦、何か見落としや弱点を感じませんか?』

『……ない、と思います。ですが……いえ、何でもありません』

『どうぞ遠慮なく言ってください』

『ただの勘です。嫌な予感はしています』


 これが野生の勘と言うヤツだろうか。だけど具体的にどこがどう悪いのか、分からなければ対処のしようがない。


『そうですか……もしルビアさんだったら、どうしますか?』

『私だったら、別動隊を準備しておきます』


 別動隊か。バックアップ部隊ということだろうな。だけど、俺にはそんな部隊を作る余裕はないし、いちおう警備兵たちもメンヒルトの屋敷を遠巻きに包囲する予定だ。仮にナイトストーカーの幹部達が、手下を大勢連れてきたとしても、戦力的には問題ないと思う。


『よろしければ、私達を別動隊としてお使いください』

『えっ?! ルビアさん達を? どうやって?』

『獣王様……もしかしてご存じないのですか?』

『何をですか?』

『メンデル一帯の獣たちは、すべて獣王様の命令を聞くのですよ』


 な、何だって。そんな話、聞いてないぞ。……いや、アレ? なんか似たような事を聞いたような聞かないような。忘れていたというより、ルビアさんが命令して動かすというイメージでいたから、スルーしてたんだよね。いざとなったら、ルビアさんにお願いすれば、彼女が勝手に動かしてくれるものだと思っていたから。


『……すみません、具体的にはどうすればいいんでしょう?』

『操る対象の獣や虫、魚などをイメージしてみてください。すると、その種の長が代表して反応してくれます。その者に命令すればよいのです』


 ……なんてこった。俺は獣達に話が通じるのは、ルビアさんだけかと思っていた。だって”獣の長”っていう称号だったからね。完全に勘違いしていたようだ。


『はい、私が操れるのはエランドの森の獣達だけです。それに、獣王様は私の上位に居る方ですから、ほとんどすべての獣は、私を介さずに命令できるはずです』

『そ、そうだったんですか……』


 よし、試しにやってみるか。俺は日本では猫派だったから、とりあえず猫だな。メンデルの街でもノラ猫はよく見かけるし、猫ならぜひ会話してみたいからね。


『猫!』

『………』

『猫っ! 猫っ! 猫っ!』

『………』

『あのー、ルビアさん、猫が誰も反応してくれないんですけど』

『いえ、その者は今直接向かっているようです』

『直接? どういうことですか?』


 その直後、部屋のドアに何かがぶつかる音がした。レイさんがドアを開けると、そこには、丸々と太った白い毛の猫がふてぶてしい態度で座っていた。見るからにボス猫だ。


「あのー、あなたがメンデルの猫の長ですか?」


 猫はすくっと立ち上がって俺の方へ近づいてきた。そしてゴロリと寝転がり、腹を見せた。うん、これは服従のポーズだね。とりあえず従いますということか。


「あなたお名前は?」

「ニャーニャー」

「お話はできないのですか?」

「ニャーゴ」

「念話は無理ですか?」

「ニャニャーゴ」

「そうですか、お話は私から猫への一方通行なのですね」


 猫の気持ちが分かると期待していたのだが、難しいようだ。だけど、俺の気持ちや話は伝わるようだから、命令する分には問題なさそうだ。


「カミラ様、猫と会話できるんですか?」


 不思議そうな顔でレイさんが尋ねてきた。そうだな、レイさんから見たら、俺の話しかける言葉に対応して、猫が鳴いているように見えた訳か。


「一方通行ですが、話が通じるみたいです」

「凄い! 猫以外にもお話ができるんですか?」

「さ、さぁ……試していないのでわかりませんが、ほとんどの獣や虫、魚などには通じるみたいですよ」

「それは……ちょっと微妙ですね」


 レイさんが顔を曇らせている。何か問題でもあるのだろうか。


「だって、可哀想で動物が食べられなくなっちゃうじゃないですか」

「うっ……」


 た、確かにそうだ。下手に動物の気持ちが分かってしまったら、今後豚肉や牛肉、魚を買う時に大変な事になる。すべての動物に感情移入してしまったら、ベジタリアンになるしかない。市場に並んでいる生きた魚から、”後生だから食べないで!”と涙ながらに訴えられたら、心が折れてしまう。ある意味、一方通行の意思疎通しかできなくて、正解だったのかもしれない。


 しかし、ルビアさんと会話しておいてよかった。動物たちに直接念話で命令できる能力を使えば、ディラックさん達のバックアップに回れるかもしれない。


 ……白い猫長に続いて、部屋の外から複数の猫の鳴き声が聞こえてきた。ドアを開けて廊下を覗いてみると、なんとそこには、数えきれないほどの猫達が集結していた。おそらく、この辺り一帯の猫が大集合しているのだろう。床が見えないほどびっしりと猫で埋め尽くされていた。


 そして……


「何の騒ぎですの、これは!?」


 買い物から帰ってきたレンさんが、食料が入った袋を抱えて、猫の大群に足元を取られて右往左往していた。


「すみません、私の仕業です」

「カミラ様が? ……マタタビでも撒いたのですか?」

「ハハハ、ちょっと違います。今解散させますから、大丈夫ですよ」


 俺は猫たちに向かって話しかけた。実際にどう行動してくれるのか、ちょっと興味がある。


「元の場所に戻りなさい!」

「ニャーゴ」


 猫たちは、指揮でもされたかのように一斉に鳴き声を上げると、素早く散っていった。ものの10秒で、廊下を埋め尽くしていた猫がすべて消え去っていた。


「こ、これは……どういうことですか?」

「レンさん、どうやら私は、動物たちに命令をすることができるようです」

「どんな動物でもですか?」

「虫や魚などもいけるようです」

「……あの、カミラ様、いいですか?」

「何でしょう?」


 レンさんが、いつになく真剣な顔で迫ってきた。何だろうか。


「台所に現れる黒い光沢のある、カサコソと動くアレ……」

「えっ? ……黒くてカサコソ。ああ、ゴキブリですか?」

「そ、そうです。アレを今のように集めることだけは、絶対におやめくださいね!」


 おお、そうか。虫も命令を聞いてくれるのであれば、ゴキブリの操作もできるのか。なるほど、レンさんの苦手はゴキブリだったのか。


「それと……」


 そういってレンさんが、買い物が入っていた紙袋を俺の方に突き出した。


「今の猫達が、今晩のおかずの魚を盗んでいきました。ちゃんとした”しつけ”が必要みたいですね」


 ……なんてこった。命令は聞くけど、結構自由にやってくれているようだな。さすがは獣だよ、ちゃっかりしている。仕方がない、今晩は魚抜きの野菜料理で我慢することにしよう。


 その日から俺は、いろいろな動物たちに命令してみる実験をした。犬、雀、トンボ、蛙、蛇など面白いにように言うことを聞いてくれた。もちろん、レンさんの強い反対にあったので、ゴキブリを召喚することだけは止めておいた。


 力の弱い虫や獣でも数が集まるので、使いようによっては大きな力になる。直接戦わせることができなくても、陽動や目くらまし、時間稼ぎなどに使うことができる。今、迂闊に動けない俺に取っては、かなり嬉しい能力だ。


◇ ◇ ◇


 そして時間が経ち、ついにナイトストーカー総会の日がやってきた。夜明け前からヴァルキュリアに、メンヒルト屋敷の上空を旋回してもらっている。周囲に異常がないかどうか、見張ってもらっているのだ。だから、俺にはリアルタイムで状況が見えている。


 やがて陽が昇り、朝日が射してくると、少しずつ浮浪者や物乞いたちが活動し始めた。もちろんスラム街だから、元々そういった人種は多い。だが、今朝は特に人数が多いようだ。とりもなおさず、それは変装した騎士団や近衛師団のメンバーが混じっているからだろう。


 陽が高くなり、正午が近づく頃から、メンヒルトの屋敷へ小奇麗な身なりの人物が複数吸い込まれていった。察するにナイトストーカーの幹部だろう。さすがに幹部だ、みすぼらしい服装の者はいない。スラムでは、目立つ格好だ。これでは顔がわからなくても、直ぐに判別がつきそうだ。


 やがて、見覚えのある人物が屋敷に入っていくのが見えた。イクリプスさんだ。いつもと違って、ちょっと緊張しているようだ。彼女の役割は、演技といっても鴉を追い払う仕草だから、まず失敗することはないと思うけど。


 そして、ヴルド家の息子2人が現れた。屋敷から見えないよう、街路の角に隠れている。商人に変装しているが、俺から見たらバレバレである。そして、いつの間にか商人の数が増えていた。スラム街ということを考えると、ちょっと不自然な気もするけど、なかなか変装が上手いので、兵士だということはバレてはいないだろう。


 昼食時になると、ヴァルキュリアが屋敷の直ぐ上を旋回し始めた。そろそろ踏み込むタイミングが近いということだろう。そして窓の近くの樹にとまり、室内を眺める。ヴァルキュリアの目を通して、イクリプスさんの姿が見えた。他にも人影が大勢見える。ナイトストーカーの幹部だろう。


 程なくして、全員が椅子に座る動きを見せた。


 ――― いよいよ総会開始だ!


 手筈どおり、イクリプスさんがヴァルキュリアの方に近づいてきた。窓が開いた。室内の声がよく聞こえてくる。


「おい、イクリプス、早く座れ」

「いや、鴉がいるのでね」

「鴉なんて放っておけ」

「不吉だから追い払っておくさ……。シッシ、さっさと消えな」


 そういってイクリプスさんが、ヴァルキュリア目がけて手を振る姿が見えた。なかなかの演技だ。どうやらここまでは、上手くいっているようだ。


「おめえも迷信深い奴だな。鴉なんてタダの鳥だろ?」

「あたしは、信心深い家で育ったものでね」

「そうかい。んじゃさっさと席につけ。総会を始めるぞ」


 ……あれれ? まずいぞ。俺の手筈では、イクリプスさんはこの後直ぐに退出するハズなのだが、タイミング的に難しかったか?


 ヴァルキュリアは、直ぐに屋敷の尖塔へ向けて飛び立った。三角錐になっている塔の頂点とまる。ここから二度ほど大きく鳴けば、合図は完了。あとは一網打尽で万事めでたしのはずだ。


……

………

…………


 鳴かない。どうしたヴァルキュリア!?


『獣王様、緊急事態です』

『どうしました?』

『あの男が見えますか?』


 ヴァルキュリアの目を通して映ったのは、怪しげな派手貴族ことソルト=エルツだった。今日は、上から下まで黒で統一されたスーツを着ている。だが真っ赤なシャツが、黒のスーツに浮かび上がってくるように目立っている。そして、ヤツの顔を見て鳥肌が立った。いい大人なのに、まるで無邪気な子供のような笑顔を浮かべている。何を考えているか読めない。このアンバランスさが、不気味な印象を強めている。どうしてこのタイミングで現れた?


 一方のディラックさん含む騎士団と、イオさんを含む近衛師団は、静かに屋敷を包囲していた。合図次第で一気に突入する構えだ。だが、皆ヴァルキュリアの方を見て、鳴かないのをやきもきして待っている。


『獣王様、いかがいたしましょう?』


 結局、判断は俺に任せられてしまった。ソルト=エルツは、ナイトストーカーと繋がりのある貴族だ。だったら、この総会に顔を出してもおかしくはない。所詮は文官貴族だから、武力としては大したことはないだろう。


 見たところ剣や弓などの武器も持っていない。格闘術に優れているような体型でもない。作戦の障害にはならないだろう。屋敷内に騎士達が踏み込んだら、ソルトも逃げ出すに違いない。彼を捕えるのもいいが、今はナイトストーカーが優先だ。どうせソルトは素性が知れている。今逃げられても、後から対応できる。


『大丈夫です、作戦を続行しましょう』


 俺のGOサインでヴァルキュリアが鳴いた。ディラックさんを先頭に、一斉に騎士団が踏み込んで行った。表玄関からはディラックさん達が、裏口からはイオさん達が突入した。


 よし、これで作戦成功のはずだ。多少の負傷者は出るかもしれないが、ほとんど丸腰の幹部達と武装した騎士では、勝負にならないはずだ。


 そして、気になる派手貴族の方を見る。屋敷から少し離れたところで、ぼんやりと空を見つめて笑っている。何なんだコイツは……? 初めて会った時から感じていたが、得体が知れない。


 すると、懐からこぶし大の石を取り出した。白くて少し透き通っている。何をするつもりだろうか。どんどん嫌な予感が膨らんできた。


 もう一度口角を上げてニヤリと笑うと、その石を屋敷へ目がけて思い切り投てきした。石は屋敷の壁に当たると砕け散り、鋭い光を発した。


 光はあっという間に、屋敷全体を包むくらい大きく広がり、目を開けていられないほど明るくなった。と言っても、俺の目ではなくヴァルキュリアの目を通しての映像だ。程なくして映像が途切れてしまった。


 俺とレンレイ姉妹は、急いでドルトンさんの別荘の窓から身を乗り出して、西地区の方を見た。太陽とは違う光で、ぼんやりと空が明るくなっているのがわかった。


 そして数秒間の後、光は急速に萎んで消滅した。


「カミラ様、今のは一体!?」

「わかりません。ヴァルキュリアからの連絡も途切れました」

「……どういうことでしょう?」

「西地区へ急ぎます! 今すぐに出ます!」

「「「はいっ!」」


 レンレイ姉妹はいつになく緊張した面持ちで、馬を用意し、素早く剣だけを持った。そして俺達は、西地区のスラム街へと疾走した。当然、獣王の力を全開である。よくわからないが、悪い予感がしている。早く駆けつけなければ! そう思うと、馬が勝手に応えてくれた。猛スピードで走り始め、レンレイ姉妹を遥か後方に残して、凄まじい速度で疾走し始めた。


 俺は馬を極限まで酷使して、メンヒルトの屋敷まで到着していた。この間、わずか5分程度。通常なら、どんなに鞭を入れても30分はかかる。馬も到着と同時に崩れ落ち、全身から汗を噴き出していた。もう暫くは走れないだろう。


 しかし、俺は馬に構っている余裕などまったくなかった。何しろ、メンヒルトの屋敷が無かったからだ。


 ……そう、メンヒルトの屋敷は、基礎部分だけを残して綺麗さっぱり消えていたのだ。


「な、何だ、コレ……。一体何がどうなってるんだ?」


 知らぬ間に全身が震えていた。あのソルトとかいう派手貴族が、石を投げつけた結果がこれなのだろうか。それにしても屋敷全体が忽然と消えるとは、どういう術なんだ? 消えた屋敷はどうなったのだろうか? 何よりも、中にいたナイトストーカーの幹部やイクリプスさん、そして踏み込んだ騎士団、ディラックさんとイオさん……彼らは何処へ行ったんだ?


 まさかソルトがこんな隠し玉を持っているなんて、想像もつかなかった。俺があの時、もっと警戒していれば、よかったのだろうか。いや、正直ここまでの事が起きるなんて予想できなかった。シャルローゼさんが居れば、あるいは事前に察知できたのかもしれないが……。


「ど、どうすりゃいいんだよ……」


 すべてが消失してしまった屋敷跡に、俺は茫然と立ち尽くすしかなかった。


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