第52話 パーティー騒動(1)
「よし、行こう」
――― 俺は決心した。今日こそ、ハッブル家の坊ちゃんのところへ行く。
結局、インチキ呪術師のキョウさんから、俺が一芝居うった事はイクリプスさんへ漏れてしまった。これはもう仕方がないことだ。漏れた情報は取り戻せない。でも結果的には良い方向に転んでくれた。災い転じて何とやらだ。
意図していない展開ではあるが、キョウさんに借りが出来てしまったのは事実だ。ここで知らんぷりして逃げる手もある。だが、粘着質なマイヤー坊ちゃんの事だ。きっと街中を捜索してくるだろう。そうなると、街を出歩くのに余計な心配が増えてしまう。尾行を気にする生活は回避したい。エリーといちゃいちゃしながら、安心して買い物がしたい。
もし、俺がブラッドール家の人間だと知れたら、マイヤー坊ちゃんがどう出て来るかわからない。そんな程度の事で、ビスマイトさんに手を煩わせるのも申し訳ない。
あと何回か茶飲み友達として世間話に付き合ってやれば、彼の気も収まるだろう。営業の挨拶回りの仕事だと思えば楽なものだ。
俺は長剣を帯刀し、レンレイ姉妹と一緒に北地区へ出かけた。またまた周囲の目が痛い。ここまで目立ってしまうと、いつか身元がバレそうで怖いな。身長が大きいバレーボール選手の気持ちが、少しわかった気がする。目立たないことに関しては、身長が小さい方が有利なのかもしれない。
キョウさんの寺院は相変わらずだった。彼の人柄や実力を知ってしまうと、この建物の濃厚な装飾も、実に胡散臭く見えてしまう。
宗教は信仰を導く雰囲気を作り出すことも重要だ。キョウさんはまさにそれに長けている。巧みな話術も重要だが、衣装や立ち居振る舞いにおいても、隙を見せることなく呪術師を演じている。……呪術使えないけどな。
だが、今日はあの存在感のある教祖様の姿が見えない。彼が不在とは珍しい。どこへいったのだろうか。
「あの……キョウさんは今どちらに?」
と俺は受付係らしきお兄さんに声を掛けた。
「教祖様は今、ハッブル屋敷まで出かけている。祈祷が希望ならば明日また来い」
ぶっきらぼうに追い返されてしまった。とはいえ、わざわざ北地区まで出向いたからには、何としても借りを返して帰りたい。ハッブル屋敷へ向かってしまうことにする。
屋敷の門まで来ると、使用人らしき小奇麗なおじさんが対応してくれた。凄い親切で温和な感じの人だ。
「どちら様でしょうか?」
「私はキョウさんにご紹介頂いた、カミラと申します。以前、マイヤーさんと面会させて頂きまして……」
「そうでございますか。暫しお待ちください」
よかった。門前払いも覚悟していたが、キョウさんの名前を出したら、取り合ってはくれた。彼は頻繁にここへ出入りしているようだから、通りがよかったのだろう。まぁ、アポなし突撃営業だから、今日は挨拶するだけでもいい。
程なくして、使用人のおじさんが戻って来た。
「マイヤー様がぜひお会いになりたいと……」
「ありがとうございます」
使用人のおじさんについて屋敷内を歩く。
相変わらず広い。貴族以外で、これほどの屋敷を持てる理由はどこにあるのだろうか? 疑問に思った。鍛冶の市場としては、ブラッドールの方が少し大きい。売上げから言っても、ハッブルの方が少ないはずだ。資産を蓄えるにしても、かなり上手くやりくりしないと難しいだろう。この家には、優秀な営業の参謀でもいるのだろうか。後ろ暗いことをやって財を成しているとは思わないが、何が起きるかわからないのがこの世の中だ。注意はしておこう。
……うん? そういえば経緯は知らないが、今の王家に入ったのはハッブル家の先祖だ。ということは、今のメンデル王はハッブル家の分家とも言えるのか。まさか今のメンデル王と関係があって、経済的な便宜を図ってもらっているのか? そう考えると少しきな臭い。金の事に下手に触れると、寝た子を起こす危険がある。極力、財産や金の話は避けるようにしよう。
「では、こちらでお待ちください」
俺達3人は、控室のような小さな客間に通された。隣の部屋からは、キョウさんとマイヤー坊ちゃん、そして甲高い女の声がする。
ほう、もしかして既に先客がいたのか? キョウさんの仕事は、お見合い相手の紹介だ。寺院で見つけた目ぼしい女性を紹介しているのだろう。
何だか面接を受ける新卒大学生みたいな気分になってきた。でも、たくさん女性を当てがう余裕があるなら、俺も今日を限りに出入りしなくていい気がするぞ。
ノックの後、ドアが開くと、その場に通された。
相変わらずの陰気な空気を醸し出すマイヤー坊ちゃんと、派手な衣装のキョウさんがいた。そして知らない女が1人。白い清楚なドレスを纏い、金髪を縦に巻いた髪型だ。眼は青く、雰囲気は気品に満ちている。さて、彼女は何者なのだろうか。
「ふーん、貴族でもないのにメイド2人を連れ歩くなんて、よっぽどの過保護なお嬢様なのかしら?」
女が不敵な笑みを浮かべながら、鋭い目付きで嫌味を言う。
……改めて思うよ。女って怖いわ。
「いえ、これはメイドではありません。私の友人です」
「ま、まぁ……2人とも初対面ですから仕方がありませんね。ご紹介します、こちらマーガレットさんです。マイヤー様のご友人です」
キョウさんが、殺気立った雰囲気を収めようと、間に立ってくれた。
「初めましてマーガレットさん。私はカミラといいます。マイヤーさんの友人です」
「私はマーガレット。マイヤーさんの仲の良い親友ですわ、フフフ」
挨拶をしたが、彼女の放つ殺気立った気配は変わっていない。目付きが妖しい。男を誘うような目と口元。立ち居振る舞いも、どことなく全体的に色っぽい。……男心がある俺だからこそわかる。完全にマイヤー坊ちゃんを狙っている。
これはまずいタイミングで来てしまった。できれば早く退散して、マイヤー坊ちゃんと玉の輿狙い女とでくっついて欲しいもんだ。そうすれば、俺も後腐れなく茶飲み友達を引退できる。頑張れ、玉の輿女! 俺も応援しているぞ。
肝心のマイヤー坊ちゃんはと……
「カ、カミラ殿、またお会いできて嬉しいです!」
やばい。完全に目がこっちしか向いてない。マーガレットが視界に入っていない。
「わ、私もお会いできて光栄です」
思わず勢いで答えてしまった。もっと冷たくあしらえばよかったかもしれない。
それからのマイヤー坊ちゃんは、まさにマシンガントークと形容するに相応しい喋りを披露してくれた。内容な実に平凡は世間話ばかりだった。だが椅子から立ったり座ったり、顔に似合わないアクションをしたりと、俺を飽きさせないよう、必死の努力をしていた。
チラリとマーガレットの方を見ると、猛烈に不機嫌な表情をしている。憤怒の神が乗り移ったかのような形相だ。嫉妬の二文字が額に浮き出ている。今にも髪の毛が逆立ってもおかしくない。そうだ、まさにギリシャ神話のアレだよ。……メデューサだ。今なら誰が彼女に眼を合わせても、石化すると思うぞ。
「と、ところでマーガレットさんは、どの辺りにお住まいなのですか?」
ダンッ!
彼女は激しくコーヒーカップをテーブルに打ち付けた。
「あんたに言う必要なんかないわ。ふん」
これはいけない。もう会話が成立しないところまできていた。
だが、マイヤー坊ちゃんはまったく動じていなかった。なんとそのまま俺の方へ近づき、世間話の続きを始めたのだ。
……そうか、これが噂の空気読めない人か。
「あたし、もう帰るわ。またね、マイヤーさん」
いやみったらしく挨拶の台詞を吐いて、メデューサなマーガレットは帰ってしまった。それを気にする風もなく、マイヤー坊ちゃんは話を続けた。
「あの女は見た目こそ良いものの、私に取入ってこの家の財産を狙っているのがヒシヒシと感じられます。嫉妬深く卑しい女というのは、ああいうのを言うのでしょう」
「マイヤーさん、そのように人の悪口をいうものでは……」
「それに比べカミラ殿はどうだ。真の気品と女性としての魅力、内面のからあふれ出る性格の良さが、強く伝わってきます」
いや、俺の内面からあふれ出てるのは、主におっさん成分だがな……。
しかしこの展開はよくない。何としてもマーガレットとマイヤー坊ちゃんをくっつけておかないと、俺が逃げられないじゃないか!
「それはほめ過ぎですよ。でもマーガレットさんが嫉妬するのは、きっとマイヤーさんを深く愛し、愛されたいと思っているからかと……」
「そ、そうですよ。マーガレットさんは、きっとマイヤー様にベタ惚れなのです」
慌てて間に入ってフォローするキョウさん。紹介した手前、悪い人物を当てがった自分の責任を回避したいのだろう。
「えっ?! そうなのか? ……彼女は私を愛しているのか。私はてっきりああいう性根の悪い女なのかと思っていたぞ。私を愛しているのであれば、仕方がないな。ハハハ、モテる男というのは罪だなぁ、アハハハハハ」
うーん、この坊ちゃん、やっぱり少し世間ずれしている。空気を読んでないというより、人間関係の経験不足って感じだな。扱いを間違えると危ないタイプかもしれない。
そして何よりも強く感じる事がある。……この坊ちゃん、恋愛含めて女耐性ゼロだ。人の事は言えたものじゃないが、そんな俺でもよくわかる。女の扱いが普通の男友達と同じ扱いだからね。うん、まだいたしたことのない初心な坊ちゃんだよ、コレ。
「今日のところは、これで失礼させて頂きたいと思うのですが……」
「つ、次はいつお会いできるかな、カミラ殿」
さて、どう答えたものか。曖昧に返事をすると、また尾行されかねない。といって、確実に会う約束をすれば、気を持たせてしまう。変に気を持たせると、勘違いタイプの坊ちゃんだから、暴走の危険もある。
「明日、一緒に夕食などいかがでしょう!」
「は、はぁ……夕食ですか」
「ささやかですが、明日我が家でパーティーを催します。ぜひカミラ殿にもご参加頂きたいのです」
「それはどういった方々が集まるのでしょうか?」
「何、それほど仰々しいものではありませんよ。知り合いの貴族や王族、友人などを招いて親交を深める会です」
貴族だけじゃなく、王族も来るのか。マイヤー坊ちゃんの言葉とは裏腹にかなり仰々しい。
幸い俺の正体はバレてはいない。仮にメンデル城でデスベア事件が起きた時に、俺の姿を見た貴族や王族が来たとしても、今は長身女だ。気が付く人間は居ないだろう。
「パーティーには、マーガレットさんも参加されますか?」
「もちろん。私に惚れている女を参加させない訳がない、アハハハ」
よし。じゃあ俺は、マーガレットとマイヤー坊ちゃんのキューピッドになってやろうじゃないか。
「わかりました。ぜひ参加させて頂きたく思います」
「おお! ありがとうございます! これでパーティーに極めつけの華が添えられました」
貴族も参加するハイソなパーティーか……どうすりゃいいんだ。よくわからないけど、まぁ何とかなるか。俺の使命は、あくまでもキューピッドだ。パーティーマナーなんぞ日本でも勉強したことはない。ましてや、異世界のハイソなマナーなど知る訳がない。うう、早くこの展開から逃れたい。
◇ ◇ ◇
――― ナイトストーカー、メンヒルトの屋敷。
「おう、イクリプスじゃねぇか。お前、最近よく顔を出すようになったな」
「まあね。弟に手がかからなくなったからね」
「そうか、まぁせいぜい頑張れよ」
「もちろんだ。私の腕は知ってるだろう?」
「確かにお前の腕は超一流だ。魔剣の方もとんでもねぇ代物だしな。期待してるぞ」
「ああ、任せてくれ。弟のためにも私はやる」
イクリプスは、内心焦っていた。毎日のようにこの屋敷に顔を出しては、ナイトストーカーの腹心たちと雑談をしている。しかし、一向に会合の情報が掴めない。もしかしたら、自分は疑われ、監視されているのではと嫌な考えが頭をよぎる。仮に疑われているとしたら、みすみす自分に情報を漏らす訳がない。情報収集は手詰まりとなってしまうだろう。
だが、その閉塞感を破ったのは、意外にもマーガレットだった。
「イクリプスぅ、あんたの方は上手く行ってるの?」
「ま、まぁな。お前の方はどうなのだ?」
「あたしの方はもう散々よ!」
「何があった?」
「いやね、ハッブル家の童貞野郎を垂らし込んでやろうと思ったんだけどさぁ、思わぬ邪魔が入ってさぁ……もうやんなっちゃうよ」
「邪魔者なら私が斬ってやろうか?」
「アハ、それいいかもね?」
イクリプスはマーガレットと自分の仕事が、同じ依頼人から出たことは知らされていない。マーガレットも然りだ。だからこそ、お互い気を許して話をした。
「どういう邪魔者なの?」
「なんかさぁ、背がでかくて長い黒髪の女なのよ。専属メイドを2人も連れて歩いててさぁ、嫌味ったらしいったらありゃしない。あれは絶対に金持ちのお嬢様育ちだね」
嫌な予感がした。長身で黒髪の女、そしてメイドが2人といえば、”彼女”である可能性が高い。
「……そ、それで女の名前は?」
「カミラとか言ってたわね。お上品ぶってムカつく女よ。……アレ? そういえばあんたのターゲットもカミラとか言ってたっけ?」
「あ、ああ。でも私の相手は、まだ12歳くらいの小娘だから、同一人物ではないな」
「そうよね……。確か、あんたが子供を殺すのは嫌だとかぬかしてるって、ボスが愚痴ってたわよ」
「う、うむ。後味が悪いからな。だが、殺るチャンスはまだまだある。お前の方はどうなのだ?」
「まぁね。面倒だから明日、一気にケリをつけてやろうかと思ってるわ」
「ケリをつける?」
「明日はハッブル家でパーティーなのよ。そこであの男を酔わせて、寝込みを襲うわ」
「お、襲うって女が男を? 逆じゃないのか?」
「何言ってるのぉ~、童貞なんて一度寝ちゃえばもう私の虜よ」
「そ、そうなのか。私は不勉強なのでよくわからんが……」
「ふーん、まぁせいぜいお互い頑張りましょ。金のためにね」
「ああ……」
ナイトストーカーの会合の情報は掴めなかった。だが、カミラが思わぬところで関わっていることがわかった。マーガレットの計画の先に何があるのかはわからない。だがおそらく、マーガレットを止めるのが良いに決まっている。イクリプスは屋敷を直ぐに出ると、その足でブラッドールの屋敷へ急いだ。
◇ ◇ ◇
「……ということで今説明した通りだ。マーガレットが何を企んでいるのかわからんが、あの女とハッブル家の当主に関係を持たせてはダメだ。ナイトストーカーが、悪事に利用しようとしているに違いないぞ」
「わかりました、イクリプスさん。わざわざ報告をありがとうございました」
俺は、イクリプスさんから懸案のマーガレットに関する情報を得た。まさかあの清楚なメデューサお嬢様が、ナイトストーカーの幹部だったとはね。……驚いた。確かにタダ者ではない雰囲気を出してはいたが、縁というヤツはどこで繋がるかわからない。
だが、どうすればいいのだろうか。察するにマーガレットの目標は、マイヤー坊ちゃんとの結婚だろう。そしてハッブル家の財産と権利を乗っ取るのだろう。しかし、阻止の仕方がわからない。モンスターのような敵が居るなら、戦えば済む話だ。相手が人間で、こちらに殺意を持っているなら、それを挫けばいいだけだ。だが現状はどうだろう?
1人の女が1人の男を何とかモノにしようとして、頑張っている……とも言える。それを俺はどう止めればいいのだろうか。マイヤー坊ちゃんに「あの女は悪いヤツです」なんて言っても仕方がない。
人の恋路を邪魔しているだけのようで、何だか悪い気もする。それにマイヤー坊ちゃんも、もう分別の付く立派な大人だ。騙されるのも自身の責任といってしまえば、それまでだ。
もっと大きな括りで考えることもできる。ハッブル家がマーガレットに乗っ取られれば、鍛冶師として弱体化するだろう。それはブラッドール家にとって、ライバル不在を意味する。メンデルの鍛冶師は、全員ブラッドールになびくだろう。営業的にみれば、マーガレットの計画は賛成したいくらいだ。
……ああ、これなら剣で襲ってきてくれた方が、よっぽどわかりやすくていいよ。
ええい! とりあえず参加して様子を見てみるか。フォーマルなパーティーってのが堅苦しくて辛いけど。目立たないよう、端の方でチビチビやってれば当面大丈夫だろう。
あっ! 重要なことを忘れていた。俺、この世界に来てまだ酒を飲んだことがない! せっかくこんな立派な体になったんだ、明日はしっかり飲んでやるぜ。
パーティーには王侯貴族も参加するんだ。きっと良い酒が出るに違いない。いや、こうなるとちょっと楽しくなってきたかもしれない。へっへっへ、呑兵衛の悪い癖が出てしまう。
――― 翌日の昼。
ディラックさんとイオさん、そしてチャラ男とドルトンさんまでが家に集まっていた。だけど、なぜか俺にはお呼びがかからない。内緒でサプライズの催しものでも考えているのだろうか。
気になったので、彼らがヒソヒソやっている所へ入って行く。途端に話がストップした。直ぐにどうでもいい世間話を始めたので、明らかに俺には隠しておきたい内容なのだろう。わざわざ、現役の騎士団長と近衛師団長が市井の屋敷まで来て、顔を突き合わせて世間話ってことはない。嫌な予感はするが、彼らにも何か考えがあってのことだ。ここは大人しく黙っておくことにする。
するとそこへ、体中煤で真っ黒になったビスマイトさんが入って来た。
「お前たち、何をしている。早く手を貸さんか!」
「ハイッ、今直ぐに!」
チャラ男とドルトンさんが背筋を伸ばして即答した。
珍しくビスマイトさんが、怒っているのがわかった。怖い顔がさらに険しくなっていたからね。おそらく鍛冶作業が立て込んできているのだろう。シャルルさんが居ないのは、やっぱり大きな痛手だったか。
「では、私達も失礼いたします。それではまたカミラ殿」
いつもはいろいろと絡んでくるディラックさんが、今日はやけによそよそしい。雑談や冗談の一つも言わずに、とんぼ返りとは。
ますます怪しいな。とはいえ、ヴァルキュリアに探らせるまでもない。俺に隠す案件といえば、大体想像がつく。王族立候補のことだろう。ヴルド家としては、俺という切り札を持って、偽の現メンデル王家とエルツ家にトドメをさすつもりなのかもしれない。
現王家は偽物で、正当な血筋ではないという証拠は揃っている。俺を王族にするのは十分可能だ。俺が王族になってしまえば、親戚筋のヴルド家は盤石となる。そして、自動的にエルツ家よりも格上となる。貴族議会での派閥争いも一気に白黒が付く。
王族か……。考えると頭が痛くなるけど、それでブラッドール家とヴルド家のみんなが、幸せになれるんだったら、俺が犠牲になるしかないのかもしれない。
「カミラ様、そろそろ今夜のお召し物を選びましょう」
「あ、はい」
と促されてレンさんの準備した服を見てみれば、大変なことになっていた。
スリットが腰の近くまで大きく開いたチャイナドレスっぽい服から、あからさまに胸の谷間を強調するドレス、背中がぱっくりと開いた大胆なドレス……などなど、すべて露出度の高い服ばかりだ。
「あのー、どうして今日は露出の激しい服ばかりなんでしょうか?」
「マーガレットさんに勝ち、マイヤーさんとの関係を良好にするのですよね? でしたら、女の魅力を積極的に出していかなければ」
うう、どうすればいいんだろう。正直よくわからない。自分がどうしたいのかもわからないけど、客観的に見てマーガレットを止めるべきかどうかも、まだ自分の中で結論が出ていない。こんなあやふやな心持ちのまま、パーティーに臨んだら正しい判断ができないかもしれない。
「大丈夫です。自信をお持ちください! カミラ様なら何をお召しになられても、注目の的です。マーガレットさんに負けることはありません」
……レンさん、俺が迷っているのはそこじゃない。
「わかりました。では私が選んで差し上げます」
そういうと、レンレイ姉妹は2人ががかりで俺に一番大胆なドレスをチョイスして、着せてくれていた。背中が大きく開き、スリットは腰まで入り、胸を強調するスタイルだ。大胆要素がすべて詰まっている。ある意味、男の夢ドレスだぞ、コレ……。
俺の感覚から素直に言おう。この服はもはや水着だ。こんな紙装甲の服でどう動けばいいのか。振る舞い方すらわからない。ちょっと大きなアクションをしたら、たちまち大切なモノがポロリしそうだ。
「見た目重視ということで、下着はなしとさせて頂きましたのでご了承ください」
「えっ?! どういうことですか?」
俺は焦った。どうして下着なしなんだよ! 着物なのかよ!?
「万が一お召し物から下着が見えるようですと、エチケットに反しますから……」
そ、そうなのか?! 知らなかった。下着を見せることがこの国では、エチケット違反なのか。下着を付けずに実物をポロリしちゃう方が、もっと失礼な気がするけど。だが郷に入っては郷に従えという先人の教えもある。かなり落ち着かないが、こちらの常識に従っておくか。
それにしてもスースーし過ぎだ。女はこんな薄着でよく風邪をひかないもんだな。夏ならまだいい。おそらく冬は拷問に近くなる。女って男の知らないところで、我慢して頑張っているんだなぁ……。オシャレしても男がその違いに気が付かないと、女がやたらと怒る理由がわかる。これだけ努力してスルーされたら、そりゃあ頭にもくるだろう。
……だが俺は男だ。できれば、関係各位には全力でスルーして頂きたい。




