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第51話 それぞれの策略

「クソッ! クソッ! クソッ! どうしてニールスの子せがれなんぞが近衛師団長に!」


 宰相カール=エルツは苛立っていた。騎士団長に続き、近衛師団長という軍事の要職を、ヴルド家に奪われてしまったからである。


 宰相率いるエルツ家は、文官を中心として勢力を伸ばしている。文官の要職はカールを筆頭に、約8割をエルツ家、もしくはその息のかかった貴族が占めている。しかし軍事力の要である武官は、約8割をヴルド家かその縁者が占めている。騎士団長と近衛師団長は、軍事の要である。それをヴルド家に抑えられてしまった。騎士団や近衛師団を統括する将軍が軍事のトップではあるが、実質的にはお飾りの職であり、権限はない。軍を指揮し、動かすことができるのは、騎士団長と近衛師団長なのだ。


「はて……近衛師団長の任命権は、国王にあると思いましたけどぉ」

「その通りだソルト。メンデル王家の秘密を掴んだ今、国王は我が傀儡だ。だが、国王は任命するだけなのだ。決定権は貴族議会にある。そこで反対されれば、国王の意向も覆ってしまうのだ」

「じゃあ、地道に派閥を大きくするしかありませんねぇー」


 ――― ドォン!


 カールは、分厚い執務机に拳を激しく打ち付けた。怒りで腕が小刻みに震えている。


「それが進まぬから、こうしてお前に策を弄させているのだろうがっ!」

「あら、八つ当たりですかぁ? 私はちゃんと計画を進めてますよぉ」

「ふん、今までお前に一任してきたが、計画の内容を話して貰おう。内容によっては、儂がテコ入れしてやらんでもない」

「でもいいんですかぁ? 天下の宰相様が関わったら、足がついた時に被害がおよんじゃうかもですよぉ?」

「だから、足はつかんようにヤレと言ったはずだ。金ならいくらでも出す。心配するな」


 そういってカールは、机の中から小さな革袋を取り出し、ソルトに向けて放り投げた。袋の中身を確認すると、神暦金貨20枚が入っていた。メンデル金貨にして約2000枚分に相当する。かなりの額である。


「アハハハ、毎度ありぃ。どうしてこんな大金がポンポン出て来るのぉ? 宰相様のポケットマネーにしては、ちょっと多すぎなぁい? こっちが心配しちゃうよぉ……」

「金の出所はまた別の話だ。資金源は色々とあるのでな」


 宰相の報酬は高額である。だが、さすがに神暦金貨が何十枚も出て来るような額ではない。エルツ家も名門貴族ではあるが、そこまでの金銭的な余裕はない。つまり、宰相は裏取引や不正をしているのである。その収入源は、主に便宜を図ることによる賄賂だ。たとえば奴隷商人との癒着や貿易商との裏取引がある。禁忌の魔法の品や魔剣の売買に目を瞑ることにより、懐に大きな額が入ってくるのだ。


 また、他国への武器輸出においても同じだ。武器のバランスを取るには、他国高官との交渉が欠かせない。立場としては、良質で高性能な武器を売る側のメンデルが優位である。それゆえ、交渉では他国からの賄賂が、懐に投げ込まれることも少なくない。こうしてカールは、着々と軍資金を蓄えているのである。


「ふーん……。じゃあ話すよ、ヴルド家失脚計画をね」


 にやりと笑いながら口角を持ち上げると、ソルトはゆっくりと計画を話し始めた。


「ブラッドールの小娘には、手練れの暗殺者を貼りつかせてるよ」

「手練れの暗殺者?」

「名前は知らない。でも中央王都の元騎士団長だってさ。腕は確からしいし、何よりも魔剣を持ってるみたいだから、まぁ失敗しないでしょ」

「元騎士団長……。そんな頭の堅そうな人間に暗殺を依頼して大丈夫か?」

「大丈夫みたい。身内が病気で、どうしてもたくさんお金が必要なんだってぇ、アハハ、大変だよねー」

「ふむ、弱みは押さえているということか、よかろう。それで次は?」

「ハッブル家のお坊ちゃん当主を籠絡中」

「ハッブル家? ……いったいどうするつもりだ」

「その当主はねぇ、弱点が女なんだって。だから女で釣って骨抜きにして、操れるようにするよ」

「操ってどうするのだ?」

「鍛冶師コンテストでブラッドール家の作品を、魔剣にすり替えてもらうよぉ」

「ほほう、少し読めてきたぞ」

「コンテスト中、剣に触れられるのは、提出した鍛冶師と対戦相手の鍛冶師、そしてそれを振るう騎士だけ。騎士は当然ヴルド派閥だから介入できないよねぇ。でも敵のハッブル家なら可能ってわけ。でもハッブル家は金じゃ動かない。だから、女を使うんだよ」

「要はブラッドール家が、コンテストでインチキをしているとでっち上げるのだな?」

「ブラッドール家を監督しているのは、親戚筋になったヴルド家の責任……。天下の鍛冶師コンテストでいかさまをした家は、当然処罰されるよねぇ、捕縛されちゃうよねぇ、国王の御前を穢したんだからぁ……アハハハ!」

「公衆の面前で恥をかかせ、責任問題で捕えることができる。投獄さえしてしまえば、あとはいくらでも理由をつけて左遷することができる。まぁ悪くないシナリオだな」


 カールは宰相である。そして、罪人を裁く裁判所を運営するのは文官だ。文官のほとんどは、エルツ家の手の者である。罪人にどんな刑を言い渡すのも自由自在だ。栄誉ある鍛冶師コンテストで、いかさまという罪を公衆の面前で犯せば、貴族であっても裁判は免れない。確実に、しかも安全にヴルド家を滅ぼすことができる。


「ありがとうございますぅ。ちゃんと奥の手も用意してあるよぉ」

「ほう、奥の手か……」

「うん。ある種の魔法かなぁ……」

「魔法使いはいかんぞ。禁忌の者を使えば、問答無用で処断されてしまう」

「アハハハハ、心配ないって。魔法っていっても、全然魔法っぽくないから」

「魔法らしくない? どういうことだ?」

「相手の能力と経験を無効化する魔法かな」

「……何だそれは?」

「世の中には不思議な魔法があってねぇ……人の能力とか経験で身に着けた力とかを全部消しちゃうの」

「つまり、騎士団や近衛師団の手練れも、全員”ただの素人に戻せる”、ということか?」

「ピンポーン! 正解。この魔法にかかば、どんな達人でもまとめてゴミにできる。もし軍事方優勢のヴルド家が力に訴えてきても、こちらの優位は揺るがない」

「それで、その魔法の使い手はどのような者だ?」

「あはは、大丈夫大丈夫、裏切らないよ。だってそれは私だもん」

「ソルト、貴様いつの間に魔法を? 身内に魔法使いが居ると知れたら、エルツ家が危ないぞ」

「心配ないよぉ。悪魔と契約した訳じゃないよ。悪魔を閉じ込めた石があってねぇ、それを放り投げるだけで発動するんだ」

「……魔法石、ということか。だが悪魔には、寿命を喰わせる必要があるのだぞ? お前の寿命が喰われてしまうのではないか?」

「それも心配無用だよぉ。その悪魔は珍しいヤツでね。寿命の代わりに人の能力と経験を喰いたがるんだぁ。だから魔法石を放り投げれば、勝手に周囲の人間は、凡人になっちゃうって訳」

「……恐ろしい石だな」

「そうそう、欠点もあるよ。悪魔は敵味方の区別ができないから、コンテストの時はなるべく騎士団の周りには近づかないことだねー」

「ちなみに聞いておくが、記憶はなくならないのか?」

「うん、記憶は残るみたい。でも特殊な能力とか修練で身に着けた力とかは、根こそぎ持っていくって。まぁ、詳しくはよくわからないけどね」

「効果の範囲は? 石を投げればどこまで利くのだ?」

「よくわかんないけど、目視できる範囲の人間は全部じゃないかな、アハハ」

「そ、そうか、わかった。当日は離れた場所に待機しておくことにしよう」


 カールは背筋に冷たい汗をかいていた。


 人が積み上げた修練をゼロにする魔法……。つまり、その人間の生きてきた人生を否定するにも等しい魔法だ。こんな絶望的な魔法が、この世にあるだろうか。


「大丈夫、死ぬわけじゃないし、どうせ宰相様は剣術なんてやらないし、特殊能力なんて持ってないでしょ?」

「……言ってくれるな。だがその通りだ、儂には能力などない。あるのは権力だけだ! そして覇権を握るのはこの儂だ! フハハハハハハハーッ!」


 カールは拳を力強く握り、思わず椅子から立ち上がっていた。文官最高の宰相という地位では満足できない男の野望が、体からにじみ出ていた。


「まぁ、私は楽しければなんでもいいんだけどねぇー。今の王家をひっくり返すのは、すっごく面白そう」

「そうだ……儂が王になったら、ソルト、お前を宰相にしてやろう」

「ええー、要らない。だって面倒なの嫌いだもん」

「ふふん、どこまでも欲のないヤツよ」


 宰相カールと貴族議員ソルトは、謀略を共有し、ますますヴルド家排除への信念を堅くしていた。


◇ ◇ ◇


 一方、ナイトストーカーの本拠地では、首領(ボス)であるメンヒルトが苛立っていた。


「ちっくしょう、街のいたる所に警備兵がうろついてやがる。仕事がやりにくくって仕方がねぇ。一体何だってんだよ。まさか俺たちを狙ってる訳じゃねぇよな?」

「ボス、それはないと思いますぜ。あの御方の後ろ盾がありますし、何しろあしらは地下組織でさぁ。下っ端を一人二人を捕まえたところで、意味がないのは警備の連中だってわかってるはずでさぁ」


 部下がボスの苛立ちを諌めるように答える。部下と言っても、下っ端ではない。組織の中でもかなり地位の高い者だ。その証拠に、身に着けている物に相当な金がかかっている。服も装飾品もすべて手の込んだ一級品だ。貴族の服装と比較しても遜色がない。


「だがな、マーガレットとイクリプスの野郎はどうなってる。ちゃんと仕事してんのか?」

「何よ、あたしの事? あたしは別に問題ないわよ。ただちょっと、今は邪魔が入ってるだけよ」


 場にそぐわない清楚なドレスを纏った、金髪碧眼の巻き髪女が答えた。


「邪魔? やっぱり警備兵か?」

「違うわよ。どうして男を口説くのに警備兵が関係するのよ!」

「じゃあ誰だ?」

「誰かまではわからない。でもマイヤーの坊ちゃんが、ぞっこん惚れちゃった女が居るらしくてさぁ……ちょっとね」

「何だと!? マーガレット、お前しくじったらタダじゃおかねぇぞ!」

「大丈夫だって。あの初心なお坊ちゃんを落とすのなんて、いざとなれば簡単よ」

「チッ、まぁいい。さっさと吉報を持って来ることだな」

「うるさいわね、言われなくてもわかってるわよ!」


 女としてのプライドを刺激されたのだろうか。マーガレットは、叩きつけるようにしてドアを閉めて出て行ってしまった。


「ボス、イクリプスの方ですが、少し気になる動きが……」

「何だ、言ってみろ」

「特段大きな問題じゃねぇんですがね、あいつの弟が居なくなったらしいんですわ」

「……スラム街のあのボロ家から居なくなったのか?」

「へぇ、その通りで」

「気になるな……。イクリプスが俺達についている理由は弟だ。弟さえ押さえておけば、あいつは何とでもなる」

「へぇ、わかりやした。早速居所を探って参りやす」


 その時だった、メンヒルトが窓の外に気配を感じた。そこに居たのは小さな鴉だった。


「チッ、最近よく鴉が飛んで来やがる。シッシッ!」


 窓を開けて手で追い払う仕草をすると、鴉は音もなく飛び立ち、凄まじい速度で空の彼方へ消えて行った。


◇ ◇ ◇


 夕刻。楽しい楽しい夕食だ。今日は肉料理にするか魚料理にするか、エリーと一緒に考えていた。そこにデュポンがやってきた。


「ボク、お肉がいい!」


 そうかそうか、やっぱり若いうちはがっつり肉を食べて筋肉つけないとな。デュポンはどうやら、肉好きらしいな。病気が治って直ぐに食欲旺盛になるところは、やっぱり若さだろうなぁ。


「デュポンの好きなハンバーグにしようか?」

「やったー!」


 ジャンプしてガッツポーズをするデュポン。やっぱり子供だよなぁ。そして、ヒラヒラスカートが眩しいぜ。正直に言うが、まったくもって少女にしか見えない。元々ほっそりした顔で、美形ということもある。さらに幼さも手伝って、男という要素がかなり薄まっている。声変わりもしてないし、これなら変装としては完璧だろう。


「カミラお姉ちゃんも料理するの?」

「あ、うん。まだエリーお姉ちゃんみたいに上手くできないけどね」

「ふーん……」


 少女な少年が不思議そうな顔で見ている。はて、俺が一体何をしたというのか?


「カミラお姉ちゃんの方が背が高くて大人なのに、料理が下手なの? どうして?」


 ガーン! そうなのか、デュポンは俺の方がエリーより年上だと思っていたのか。あ、まぁ、そうかもな……俺の方が背は高いし、落ち着いてるしな。エリーは童顔で言動がほぼ女子高生だから、俺から見ても年齢より若く見える。それに、俺が年上ってのは本当だしな。38歳、独身、社蓄のサラリーマンだぜ。


「デュポン、カミラお姉ちゃんはたくさんお料理を知ってるのよ。ハンバーグだってカミラお姉ちゃんが、考えてくれたお料理なんだぞー」


 エリーがフォローしてくれたので、俺はなんとかショックから立ち上がることができた。面目躍如だぜ。でもハンバーグをエリーに指導したのは、確かに俺だ。メンデルの肉料理は、基本的に素材を切って蒸すか焼くかだけだ。肉を挽くという加工方法を教え、そしてハンバーグの作り方を伝授したのだ。

 

 まぁ、俺ができる肉料理なんて、たかが知れているけど、メンデルの料理文化は日本に比べれば、まだまだ発展途上だからね。早くコーネット並になって欲しい。


「そうなんだ! カミラお姉ちゃんは料理博士なんだね?」


 いやー、子供の尊敬を集めるのがこんなに嬉しいとは思わなかった。思わず俺の父性が刺激されてしまうぜ。


「これからもデュポンのために、美味しい料理を一杯考えるからね、楽しみにしててね」

「うん!」


 満面の笑みで応えるデュポン。……ちくしょう、カワイイじゃないか。思わず妙な妄想に囚われてしまうぞ。エリーが妻で俺が父親。デュポンが子供……。ああ、幸せだ。


 その時、突然玄関から物凄い衝突音が聞こえてきた。柔らかい物が、分厚い扉に叩きつけられる音だ。もしかしてナイトストーカーの襲撃か?


 急いで玄関に向かうと、そこには汗だくのイクリプスさんの姿があった。他には人影はない。どうやら急いでいて、玄関の扉に激突したらしいな。痛かっただろうに……。


「そんなに急いで何事ですか?」

「はぁ、はぁ。ナイトストーカーが…… はぁ、はぁ……」


 全速力で長い距離を走ってきたのだろう。息があがっている。落ち着かせるために、台所からデュポンとエリーに水を持ってきてもらった。


 イクリプスさんは、コップの水を一気に飲み干した。ここまで急ぐとは、よっぽど緊急の用件なのだろう。


「はぁ、はぁ……。ナ、ナイトストーカーの奴らが、私の家に探りを入れにきた。デュポンの不在がバレてしまった!」

「それで、どのようにお答えに?」

「デュポンは、中央王都の親戚に預けたと咄嗟にウソをついてしまった……。デュポンがここに居るとバレたら、まずい」


 やっぱりそういう動きになったか。悪いヤツらの考えそうな事だ。デュポンはこの通り、完璧なる女装をしている。


「大丈夫ですよ、きっと。ナイトストーカーも、2000km以上離れた中央王都まで調べには行かないでしょうし……」

「だがデュポンがここに居ることがバレたら……。カ、カミラ殿、デュポンは今どこに?! はぁ、はぁ、はぁ……」


 ……いや、今俺の隣に立ってるのがそうですけど。


「まぁ、まぁ、デュポンを匿うのは問題ないと思いますよ。落ち着いて水でも飲んでください」


 まだ呼吸の激しいイクリプスさんを促すと、彼女は喉を鳴らしてコップを空にした。するとデュポンが、一歩前に出て発した。


「お姉ちゃん、ボクなら大丈夫だよ」


  プーーーーーッ!


 その瞬間、イクリプスさんは、口に含んでいた水を全部噴き出してしまった。当然水は俺の顔に全弾命中した。……冷たい。


「デュポン! ……お前デュポンなのか?!」


 俺は顔に掛かった水を手で払い、イクリプスさんに向き直った。


「ええ、女装させてみました。身内を騙せたなら変装は完璧ですね」

「えっへへ、お姉ちゃん、ボク可愛くなったでしょ?」


 だからその手慣れたスカートワークを止めるんだ、デュポン。普通の女の子以上に女子っぽいぞ。


「あ……ああ、可愛いな」


 イクリプスさんもどう返してよいかわからず、反射的に返事をしてしまった感じだ。その証拠に目が泳いでいる。


「わ、悪いとは思いましたが、幸いエリーのおさがりがたくさんありますし、ここまで見事に変装していれば、まず見つかる心配はないと思いまして……。とりあえず、ブラッドール家の遠縁の子で、預かっていることにします」

「わ、わかった。私もその役回りで動く……。だが、本当に見事な女装だ。本当にデュポンなのか私でもわからなくなる……」


 イクリプスさんが茫然としている。そりゃそうだ、元々素質が十分ある。その上で、エリーがきっちりメイクアップしているのだ。手間は掛かるけど、これを見抜ける人間はまぁ、なかなか居ないだろうな。


「これから夕食にするところです、イクリプスさんもご一緒にどうですか?」

「いや、私はこの家にはあまり長居しない方がいいだろう。ナイトストーカーがどこで見張っているかわからない。では、重要な情報を掴んだらまた来る」


 デュポンが寂しそうな顔をしていた。やっぱりまだ姉ちゃんは恋しいだろうな。たまには、母親にべったり甘えたい年頃だろうし。


「デュポン、イクリプスお姉ちゃんが居なくて寂しい?」

「ううん、ボクにはエリーお姉ちゃんとカミラお姉ちゃんがいるから……」


 ……泣ける台詞だ。子供に言われるとジンときてしまう。このままエリーと結婚して、デュポンを引き取ってしまおうかと頭をよぎる。いやいや、今のカミラという人物の立場を考えれば、絶対にできない話だよな。


 それからビスマイトさんやマドロラさん、ドルトンさんやチャラ男も囲んで賑やかな夕食を取った。デュポンには、大勢で食べる食事というのが初めてだったようだ。最初は戸惑っていたが、熱々のハンバーグを目の前にすると、周囲の目を気にすることなく食べ始めた。それを皆が優しい目で見つめる。大人数で食べるご飯は美味しい。食卓はこうじゃなくちゃね。


 俺も日本では仕事一辺倒だったから、夕食は大体デスクの上でコンビニ弁当だった。1人で定食屋に入るのも珍しくはなかった。1人は気楽でいい。でも充実感はない。食事もただ腹を満たした、という満足感だけだ。楽しい訳じゃない。家族、か……うん、欲しいな。


「カミラちゃん神妙な顔しちゃって、何考えてるのー?」

「エリーお姉ちゃん、やっぱり家族っていいなって……」

「あっ、カミラお姉ちゃん、泣いてるよー」

「こらデュポン、お姉ちゃんは泣いてなんかない!」


 人知れず自然に涙が零れていたようだ。俺も中身はおっさんだから、涙もろくなっているのかもしれないな。


「アハハハ、まぁ、嬢ちゃんも家族を失って久しいもんな。デュポンなんてまだいい。肉親が近くに居るんだ……」

「えっ?! そうなの? カミラお姉ちゃん……家族いないの? 寂しいね」

「今はお父さんにお母さんに、おせっかいな叔父さんに、綺麗なお姉ちゃんに、そして可愛い弟がいるから、寂しくなんかないよ」

「そうそう、カミラはね、この家の中心人物さ。家族の大黒柱みたいなもんさ」

「コラコラ、この家の当主はまだ儂だぞ」

「はっはははー、ちげえねぇ!」


 マドロラさんが調子に乗って話すところに、ビスマイトさんがすかさず合いの手を入れる。さすが2人は元冒険者仲間だけあって、息も合っている。


 楽しい団欒の時間が終わり、皆それぞれの部屋へ帰る。俺の部屋はさほど広くはないが、今やレンレイ姉妹とデュポンがベッドを並べている。ベッドのスペースで、ほとんど埋まってしまっていると言えるだろう。これ、もはや部屋というか寝室だよなぁ。こういう賑やかなのも楽しいけどね。


 ――― 夜中に目が覚める。


 布団がゴソゴソと動く音がする。何だろうか? 人肌程度の温かいものを感じる。俺の布団から顔を出したのは、デュポンだった。寝ぼけて自分のベッドと間違えてしまったのだろうか?


「デュポン、ベッドは隣だよ」

「う、ううん……寂しいからこっちで寝かせて」

「わかったよ。じゃあお姉ちゃんと一緒に寝ようか」

「うん……」


 俺も久々に人肌というものを感じながら眠りについた。最近感じた人肌というと……シャルルさんとニコルルさんか。うむ、あれは邪心に塗れたものだったからな。こういう純粋な人肌は安心する。愛おしくなるね。……うん? 俺、もしかして母性が目覚めているのか? いやいや、これは父性だよ父性。そう言い聞かせていないと、どんどん流されて行く気がして、少し怖くなる。


 だけど、睡魔に意識を任せる直前、デュポンの寝言を聞いてしまった。


「うう、ん……お母、さん」


 何だろうこの感覚は……。この世界に来て初めての感覚に襲われた。なぜだか、もう元には戻れないような予感がした。

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