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第48話 治癒呪術の開発

 しつこい尾行をまくためとはいえ、せっかく西地区まで来たんだ、ミッドミスト城に寄ってみようか……。もしかしたら、カーミラの研究成果が何か残っているかもしれない。近所の人間も盗賊たちも、あの不気味な城には近づかないはずだ。カーミラの遺品も、そのままになっている可能性が高いだろう。


 俺達3人は、ミッドミスト城まで足を伸ばしてみた。


 昼間でも荘厳で不気味な感じは、迫力十分だ。城壁に這う蔦が、以前よりも繁茂している。メンテナンスしないと、近いうちに全体を覆うよな。そのうち緑の城になってしまう。これだけの立派な装飾が見えなくなったら、勿体無いよな。しかも海際に建っているから、塩害も結構ありそうだよ。


 ボロボロになる前に、なんとかしたい気分に駆られてしまうな。やっぱりファンタジー世界のロマンは城だ。財力があったら、ぜひ買取ってメンテナンスしたいところだけど。……まぁ、さすがにそんなお金はないよな。


 城門の前に1人の女性が立っていた。長いカーキ色のローブ着ている。城の方を見つめ、何か思いに耽っているようだ。


 それは見知った人物だった。シャルローゼさん、カーミラの妹だ。


 ……そうだな、いくら悪行三昧だったモンスターといえども、元は人間だ。仮にも遺品を漁るのだから、本来なら身内に断っておかなきゃいけないよな。でも彼女はコーネット領に向かったはずなのに、どうして今ここにいるのだろう?


「お久しぶりです、シャルローゼさん。こんなところで奇遇です」

「うん? 誰だお前は?」


 いかん。すっかり以前の面影がないもんな、俺。昔の知り合いにいちいち説明しなきゃいけないのは、さすがに面倒だ。


「むっ!? その義手、まさかお前カミラか?」


 よかった、義手のおかげで説明の手間が省けたみたいだぞ。まさか、義手が本人確認の証明になるとは思わなかったけど。


「はい、いろいろありまして、体が成長しました」


 俺は簡単に爺さん師匠との話をした。さすがのシャルローゼさんも驚いていたが、冬眠のことを考えれば、短期間での成長も十分あり得ると納得してくれた。


「でもデスベアの冬眠って歳を取らないんじゃないですか?」


 レイさんが不思議な顔をして訊ねてきた。


「いや、その辺の生態は実はよくわかっていない。冬眠といっても、完全に時が停止する訳ではない。極端に進む時間が遅くなると思ったら、わかりやすいかもしれないな。私も延命魔法を使う時は、そういう話を悪魔達としている」

「それで……シャルローゼさんはどうしてここへ?」

「いやなに、ブリッツから頼まれてな。元はお前の手紙が原因だぞ」

「ブリッツさんとお会いになったのですね?」

「ああ。今はあいつのところで世話になっている」


 よかった。シャルローゼさんとブリッツさんがいれば、コーネット領は戦力的にしばらく安泰だろう。中央王都もおいそれと手出しできないはずだ。何しろ、バンパイアロード級の魔法戦力が2名も居るのだからね。中央王都も迂闊に軍を差し向ければ、大損害を被るのは簡単にわかるはずだ。


「ここに来たのは、姉の研究書に治癒呪術の研究がないかと思ってな」

「考えることは同じでしたか。でもシャルローゼさんには、延命魔法があるのですよね? それを使って病を治せないのですか?」

「治癒は無理だな。延命魔法は文字通り”延命”しかできない。体の老化を止めること、それが術の正体だ。重篤な病の人間を延命すれば、確かに寿命は延びるだろう。だが、老化がストップするだけで、病は進行してしまう。長い間、苦しいまま生かされることになる。そんな生き地獄を作り出すのは拷問だ」


 延命はあくまで老化を止めるだけで、病や傷を治して健康にするという効果はないのか。実は期待していただけに残念だ。


「呪術で人間の治癒は可能なのでしょうか?」

「まだわからない、とにかくやってみないとな。だが姉は何か掴んでいたようだぞ。これからそれを探りに行く」

「わかりました、私達もお供します」


 シャルローゼさんと俺達3人は、昼間のミッドミスト城へと潜入した。まぁ、身内が居るのだから、俺も遺品を漁るのに罪悪感が減って少し気が楽になったよ。


 城内に入ると、以前のような張り詰めた緊張感は消えていた。動く物といえば、吸血コウモリやネズミだけだ。


 城内で小さな祭壇を見つけると、シャルローゼさんはその周りの床を調べ始めた。床のブロックを一つ外すと、その軽くなった重みをスイッチとして、機械的な何かが動く音がした。大きな金属音だ。


「うむ、これで開いたか」


 そういって祭壇の裏手へ回ると、今までただの石壁だったところに、人間の背丈くらいの観音開きの扉が出現していた。


 おお、これはからくり屋敷じゃないか。城にはこういう仕掛けがあるのが楽しいところだ。忍者屋敷じゃないが、きっと君主が隠れる場所だったり、秘密の抜け穴だったりするんだろうな。俺もいつかこういう城に住んでみたい。もちろん王族としてではなく、ただの観光でね。


 分厚い扉を開けると、カビ臭い匂いが立ち込めてきた。埃舞う中を進むと、そこは書庫になっていた。カーミラ蔵書とでも言えばいいのだろうか。数万冊はあるだろう。これを読みこなすのは大変だ。だけど、これだけの本があるなら、治癒呪術について何か分かるかもしれないね。


「しかし大変な量だな。魔術用語と呪術用語ばかりだ。カミラ、お前がここに居ても役に立たぬぞ。よければ私に任せておけ」

「はい……」


 本に記載されている言語は、エランド語やメンデル語ではないようだ。どうやら中央王都の貴族達が使っていた言語らしい。これはダメだ。専門用語だけならまだしも、言語がわからないと話にならない。


「何かわかったら連絡する。あの音速の鳥を毎日巡回させよ。城の窓から白い旗を揚げておく。それを目印に今一度ここへ参れ」


 これで呪術の方は、少し光明が見えたな。やはり治癒術を持つのは、攻撃魔法を持つのと同等以上に使い道があるからね。何よりも戦場では重宝するだろうし、仲間を失うリスクを減らすことができる。


 ――― そして1週間後。ヴァルキュリアから、城の窓に白旗が揚ったとの知らせを受けた。シャルローゼさんが何か発見したようだな。良い知らせだといいんだけど、またも否定的な結論だったらと思うと、少し怖くもあるな。


 よし、今日はまだ陽が高い。剣を持っていれば出掛けても大丈夫だろう。もしシャルローゼさんのリサーチでダメだったら、また直ぐに次の手を考えなきゃいけない。暗殺者はいつ来るかわからないし、精神衛生上もなるべく早い方がいいよな。俺は早速レンレイ姉妹を連れて、西地区の外れのミッドミスト城まで出かけた。


 城に入るとシャルローゼさんが城門で出迎えてくれた。表情を見るとあまり芳しくない。うーん、これはもしかして良くない知らせだろうか?


「ふむ、では手短に話そう。呪術に病気や怪我の治癒を行う術はない」

「やっぱり駄目でしたか……」

「人の話は最後まで聞くことだ。治癒術はないが、呪術では病気や怪我を呪いと見做して、それを他人に移すことができる」


 シャルローゼさんの調べによると、呪術の世界では、病気や怪我も呪いと見做すことで、病を人から人へ移すことができるらしい。もちろん、人を殺すための術として開発された攻撃用の術だけど……。ただ残念ながら、病の呪いそのものを解くことはできない。つまり病を治癒させることはできず、人から人へ移動させるだけだ。根本的な問題となる傷病は、何も解決していないことになる。


「それでは意味がありませんね……」

「いや、どんな傷病でも治せる人物へ呪いを移すせばどうだ?」

「一体どこにそんな都合の良い人物が……。あっ!」

「気が付いたようだな。そうだ、お前だ。獣王の再生能力があれば、大抵の傷病は治癒できる。他人から自分へ移すことが出来れば、治癒術が完成するのではないか?」


 おお、シャルローゼさん、頭良いな。こういう風に気転が利く人が、会社の新規事業開発に必要なんだよね。できれば日本で出会いたかったぜ。


「しかし、誰が呪いを移す呪術を使えるのでしょうか?」

「魔法使いは悪魔と契約しているから、呪術は使えない。普通の人間ももちろんだ。使えるのは黄泉の力、つまりアンデッドの力を持つ呪術師だけだ」


 これは難しいな。知り合いにアンデッドはいないぞ。唯一知っていると言えば、あの仇敵アルベルトくらいだ。ちくしょう、やはりここで行き詰まりか。


「お前だ、カミラ」

「えっ?! 何を言ってるんですか? 私はアンデッドじゃありませんよ?」

「だが姉と戦って勝っている。アンデッドを直接殺せるのはアンデッドだけだ。理屈からいえば、お前は何らかの形で黄泉の力を保持している。……信じられぬが人間のままな」


 人間が黄泉の力である呪術を使うためには、黄泉の世界を見なければならない。つまり、一度死んでアンデッドとして蘇るか、死ぬ直前で息を吹き返すことが必要だ。はっきりいうと臨死体験が必要ということだね。だけど俺には受入れ体質がある。カーミラと戦ったことで、アンデッドの特性を少し取り込んでいるのかもしれない。


 そういえば、ブリッツさんもそんな事を言っていたな……。まぁ、心臓も何回か止まっているから、臨死体験もしているといえば、既にしているな。いつの間にか、呪術師としての条件が揃っていたということか。これは完全に盲点だった……のか?


「でも呪術ってどうすればいいんでしょうか?」

「術の発動方法はここに書き出しておいた」

「は、はぁ……」


 シャルローゼさんが書いてくれた発動方法は、幾つかの決められた手順を踏むことで、効力を発揮するらしい。本当に儀式みたいな感じだな。もちろんこの発動も、黄泉の力を持った人間がやらないと、何も起きないらしいけどね。


「物は試しだ。今ここでやってみようか」


 発動方法の指南書に従って、魔法陣のような物を地面に描いていく。発動には、塩と新鮮な豚の血が必要らしいが、既にシャルローゼさんが準備してくれていた。


 手順通りに怪しげな呪文を読み上げる。正直、内容はまったく理解していない。こんな適当で大丈夫なんだろうか。


 シャルローゼさんが、自身の右腕を短剣で傷つけた。


「この傷を移してみろ」

「あの……具体的にはどうすれば?」

「手順は全部済んでいる。後はお前が命令すればいい。普通の言葉でいい、発話するんだ」

「彼の者の傷病の呪いよ、我が体へ移れ!」


 よくわからんが、それっぽい言葉を並べてみた。……正直、この術式はちょっと恥ずかしいな。


 命令を発してから数秒後、シャルローゼさんの傷が赤黒く光ったかと思うと、綺麗に消えていた。代わりに俺の腕が毒々しい光に包まれた。シャルローゼさんの腕にあった傷と同じ傷が、俺の右腕に現れた。


「成功したな」

「ええ。でも獣王の力を発揮しておくのを忘れました……。傷が治りません。レンさん、すみませんが手当をお願いします」


 ……危ない。この呪術の発動前に、獣王の力を発揮しておかないといけない。治癒しないからね。


「何をしている。手当など必要ないぞ。もう一度私に傷を移せ。その間に獣王の力を発揮しておけばよい」


 あ、そうか。思わず焦ってしまった。この呪いの移動は、双方向通信なんだね。よかった。不治の病で同じミスを犯したら、自分が死んでしまうところだった。リスクは高いようで案外低いな。


「大きな問題はないようですね」

「いや、問題はある」

「は、はぁ……どのあたりでしょうか?」

「術を発動させるまで、何分かかった?」

「大体30分くらいでしょうか」

「新鮮な豚の血が手に入らなければ、何日もかかるやもしれぬな」

「……それが何か?」

「緊急を要する病や怪我には、対応できないということだ」


 確かに魔法のように杖を振って、言葉を叫べば発動する訳じゃない。一刻を争うような傷病の手当には不向きだ。この限界と欠点を弁えて使えという事か。万能の治療術と自惚れてはいけないのだね。


「それともう1つ。致命傷を治そうとするなよ。獣王の治癒力は強大だ。だが、どんな傷病でも治る訳ではない。首が落ちている者の傷など転移させれば、たちまちお前が即死しかねん。本来は攻撃用の呪術ということを忘れるな」


 ローリスクだと思っていたが、傷病の見極めを誤ると、俺にも死の危険があるという事か。これは……滅多やたらと発動する術ではないな。


 だけどこれで、少なくともあの鎧女と交渉できるだけのカードが得られたと思う。確実な治癒術は、医療が未発達のこの世界で、かなり強いカードだろう。


「うむ。とりあえず成功はしたが、あくまで獣王の再生能力という特殊な存在があって成り立つ術だからな。その辺を肝に命じておくように」


 シャルローゼさんはさすがの年長者だった。きちんと使い方の警告をして、コーネットへ帰って行った。不可能と言われた治癒呪術。それを僅か1週間で術式を見つけて、実現してしまう。あの人もただ者じゃないよ。やっぱり、あの伝説のカーミラの妹だけのことはあるね。


 だけどまだ問題があった……。受入れ体質との関係はどうなるんだろうか? 容量オーバー寸前かもしれない俺が、大きな病を自分に移してしまったらどうなるんだろか? 考えてもわからないが、試してみる訳にもいかない。もしも重篤な傷病を治すことで、容量が埋まってしまったら、その場で俺の方が死んでしまうかもしれない。うむ……この治癒呪術、あの鎧女の件で使ったら、当分封印ということにしておこう。滅多やたらに使って、突然ぽっくり逝ってしまうなんてシャレにならないからね。

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