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第43話 師匠

 ブラッドール屋敷は変わりなかった。ナイトストーカーが屋敷を直接襲撃してくる心配は、まだなさそうだ。それにしても、やっぱりこの屋敷に帰って来ると安心するよ。


 エリーとビスマイトさんが、俺の部屋に来ては話をしたがっていた。部屋に来てもらうのも申し訳ないので、代わりに食事の時間を長く取るようにした。それでもコーネット領で起きた事は、話しきれないほど濃厚なものだった。さすがにミカさんの話題に触れた時には、みんな涙ぐんでショックを隠せなかったけど……俺も思い出すと彼女の最後の笑顔がちらついて、気分が落ち込む。何だかんだ言って、俺がこの世界に来てから、初めて失った仲間だからな。


 当面警戒すべきは、ナイトストーカーだ。特にあの鎧女は要注意人物だ。もしエリーやビスマイトさん、それにドルトンさん、マドロラさんが襲われるような事があれば、悔やんでも悔やみきれない。ここは相手の情報を掴んで、こちらから攻め入りたいところだ。俺の方が守るものが多い分、待ちの姿勢は圧倒的に不利だからな。屋敷の場所を知られているなら、向こうからはいつでも狙える。こちらは雲隠れでもしない限り枕を高くして眠れない。


「ところでカミラちゃん、その腕はどうしたの?」


 エリーが義手の話題に触れてきたので、鎧女の件と絡めて、皆にも警戒を促しておく。だが皆の興味は完全に義手に向いていた。特にビスマイトさんだ。鍛冶師魂に火が点いてしまったようで、素材や造りを入念にチェックしていた。義手にも感覚が通じているので、触られるとくすぐったい。そこまで神経を再現できているというのも、凄いものだ。


「お父様、く、くすぐったいです」

「おお、スマンスマン。つい夢中になってしまった」


 ビスマイトさんが顔を赤らめている。スキンシップってほとんどなかったから、改めて意識すると、こっちも恥ずかしくなるよ。


「よろしければ中もご覧になりますか?」


 左腕を外してテーブルの上に無造作に置いてみた。この義手、不思議な事に嵌まってる訳ではない。ましてや留め金のようなもので装着されている訳でもない。しいていえば、強力な磁石で吸い付いている感じだ。


「えっ?! それ外れるの?」


 エリーが驚いていたが、義手が外れなくてどうする。……いやいや、そうじゃないな。意思と連動して動かせるのだから、体と癒着していると思う方が自然か。俺も感覚がコーネット領の魔法に毒されているかもしれない。


「なんだこれは……。中身は空じゃないか」


 エリーもビスマイトさんも食い入るように見ている。そりゃ不思議だろな。着けている俺もよくわらかんのだからね。


「これで本当に剣を振るえるのか?」

「日常生活は大丈夫なの……?」


 ビスマイトさんもエリーも怪訝な顔をしている。まぁ、そりゃそうだ。


 俺は義手を装着し、中庭まで2人を連れ出した。左腕で短剣を持つと、軽く素振りをしてみせた。そして最後に訓練用の庭石を簡単に切り裂いてみせた。


 あとはエリーのリクエストか。


「レンさん、グラスに水を持ってきてください」


 水の入ったグラスを左手だけで掴み一口飲む。それを左の掌の上に乗せ、中庭を走り回ってみせる。


「エリーお姉ちゃん、大丈夫でしょ?」

「う、うん、わかったよ……これからはもう1人でできるんだね」


 エリーの顔が少しだけ寂しそうだ。そうか、俺のお世話って名目で酒場の手伝いからは、抜け出せなくなるのか。エリーとの接点も減ってしまうかもしれない。


「もう1人でできるから、これからはエリーお姉ちゃんといっぱい遊べるね」


 エリーはほっとした顔をしていた。これで関係が終わるのかと、心配していたのかもしれないな。そんな事はない。エリーほどの美人で良い娘を俺が逃すはずがない。


 ……と男の時にこの台詞を言ってみたかったな。だけど、エリーは掛替えのない家族に変わりない。


 ちなみに義手を他の人が装着しても、何の変化も起きなかった。俺以外の人が着けても、ただの金属製の義手でしかないのだ。どうやって個人を判別しているのかわからない。でも他人に盗まれる心配は、しなくてもよさそうだ。


◇ ◇ ◇


 その日のうちに俺はヴルド家を訪問した。ニールスさんの件を伝えるためだ。それとナイトストーカーの件も気になる。


 ディラックさんは不在だったが、メルクさんに引き留められ、長々と話をしてしまった。相変わらずメルクさんは聡明で話好きだった。この人ももう一緒にいると安心する大切な1人だな。


 いつの間にか日が傾き、夕暮れ時になってしまったので、撤収することにした。あまりに居心地がいいので、甘えていると何日も泊まっていってしまいそうだからね。


 玄関までレンレイ姉妹と一緒に歩き、ドアを開けると見慣れない人物が立って居た。


 老人だった。ボロ布を纏い、長い杖を持っている。貴族の屋敷街には似つかわしくないその風体は、何か不吉な空気を感じさせる。まさか、ナイトストーカーからの新しい刺客か?!


「ほぅ、お前がニールスの小僧の新しい愚弟か?」


 老人は目を細めながら言った。


「失礼ですがどなたですか?」


 とレイさんが尋ねた。


「ふむ。メイド達は下がっておれ。少し試したい」


 老人は、年齢に見合わない速度で突進してきた。軽く杖を振ると、レンレイ姉妹がまとめて吹き飛ばされていた。平和なヴルド家の庭に殺気が迸る。当然、俺は直ぐに獣王の力を覚醒させた。


 老人の杖が俺に向かって突き出される。


 ――― 速い。


 あの鎧の女の突きも速かったが、それをさらに上回る。獣王の眼をもってしても、見切るだけで精一杯だった。


「これならどうじゃ?」


 今度は老人の杖が弧を描いて横薙ぎに飛んで来た。思い切って踏み込み、威力の弱くなっている所を腕でブロックした。重い。ただの細い杖の一撃なのに、重量級のハンマーで殴られたみたいだ。この小さな老人のどこに、そんな力があるのだろうか。


 ブロックした姿勢のまま、俺は吹き飛ばされた。ゴロゴロと庭を転がって威力を殺す。腕が折れていた。直ぐに再生するけど痛いものは痛い。


 だが老人はその時間すら許さなかった。俺が立ち上るとまた杖が飛んで来たのだ。紙一重でかわす。さらに杖が唸りをあげてやってくる。この威力、ブロックしたらタダじゃ済まないな。杖が掠めるたびに、チリチリと体毛が焦げるような錯覚に陥る。


 その時だった、老人の姿が目の前から消えた。まるで瞬間移動したかのように、俺の背後にいた。背中に激痛を感じる間もなく、俺はまた吹き飛ばされていた。庭をゴロゴロと転がり、服は土まみれになった。


 何なんだ、このジジイは!? 尋常じゃないぞ。体術だけで言ったらバンパイアロード級だ。


「よし。では攻めて来い。先手を取らせてやろう」


 そういって老人は短い杖を俺に投げてよこした。いつも使っている短剣くらいの長さだ。まぁ、子供の俺が持つとちょうどいい長剣なんだけどね。


 老人が何者かはわからない。どうやら俺を試す気らしい。それにニールスさんの名前を口にしたということは、関係者なのかもしれない。だがこの強さ、とても人間とは思えない。手加減していたらこちらが痛い目にあってしまう。


 俺は躊躇なく老人へ打ち込んだ。それこそお構いなしの力技だ。だが老人はヒラリと俺の一撃を交わす。二撃、三撃……打撃を積み重ねるがまったく当たる気配がない。老人は、縁側でお茶でも飲んでいるかのごとく余裕の表情だ。


「はぁ、はぁ、はぁ、……」

「攻撃の方もまったくなっとらんな。ったくニールスのヤツは何を教えていたのか」


 散々やりあった後にする会話ではないと思うが、いちおう尋ねるだけ尋ねてみた。


「あの、すみません。あなたは一体どなたですか?」

「ニールスの剣の師匠だ。ヤツに頼まれてカミラとかいう小娘を、儂直々に鍛え直しに来たのじゃ」


 ニールスさんの師匠って、相当なご高齢ではないかな? だってニールスさんは70歳くらいだろう。その師匠と言ったら100歳は超えている気がする。その歳でバンパイアロード級の体術って化け物だぜ。


 庭での騒ぎを聞きつけたのか、メルクさんが慌てて出て来た。


「あらあら、老師様。お久しぶりです」

「おお、ニールスの嫁か。ひさぶりじゃの」

「今日はどういったご用件で?」

「この小娘を徹底的に鍛え直すよう頼まれてなー。しばらくメンデルに滞在することにしたのじゃー」

「まぁそれはそれは。ではぜひ私どもの邸宅をお使いください」

「いや、もう既に冒険者ギルドの近くに宿は取ってある。気遣いは無用じゃ」


 聞けばこの化け物爺さんは、大陸でも群を抜く高名な剣客だそうだ。強い相手を求めて各地を放浪し、尽く打ち果たしてきたらしい。そしてニールスさんの剣術の師匠であり、これから俺の指導者になってくれるとのことだ。


 剣の放浪中、たまたま立ち寄ったコーネットでニールスさんに出会い、話し込んだところで俺の話題が出たらしい。面白そうだというので、協力してくれることになったようだ。念のためヴァルキュリアをコーネットまで飛ばしてニールスさんに確認してもらった。ニールスさんから返ってきた手紙には”師匠は大陸でも3本の指に入る伝説の剣士”と書いてあった。


 素性は謎だが、桁違いの強さを持っている。バンパイアロードとも互角かそれ以上に渡り合える力を感じる。さすがは伝説だ。まぁ、この世界に来て日が浅いので、どういう伝説なのかは知らないけどな。


 俺も剣を我流で学ぼうとしていたから、ちゃんとした師匠が居てくれるのはやっぱり心強い。指導はかなり厳しそうだが、もう甘いことは言っていられない。どうなるかわからないけど、この爺さんの強さを少しでも吸収しておかなければ。これからは、再生能力を封印したいところだし、この伝説の爺さんとの出会いを絶好の機会ととらえておこう。


◇ ◇ ◇


 翌日からヴルド家の庭で伝説の爺さん、もとい師匠の下で稽古をつけてもらうことになった。


「すまんの。儂も人に剣を教えるのは、久ぶりでよくわかっておらん。それに小娘に教えるのも初めてだしのぉ。さてどうしたものか……」


 いきなり教え方で躓くなよ! もう必殺技だけ教えてくれないかな。ほら、中国拳法の映画とかでよくあるアレだ。仙人みたいな爺さんが出て来て、山の中で修行を付けてくれるという定番の。そして必ず主人公はとんでもない必殺技を教えてもらって、敵をバッタバッタと斃していくという……。この爺さんも雰囲気だけは、中国拳法の仙人みたいだだからね。期待しておこう。


「よし。とりあえず儂と打ち込み稽古だの。そら、打ち込んで来い!」


 基礎も何もなく最初から実戦剣法かよ。必殺技はダメか……。


「とおぉりゃあああーーー!」


 俺は全力で打ち込みながら、爺さんの動きをよくよく観察した。どうして俺の剣が当たらないのか。獣王の力の乗った一撃は決して遅くはない。威力も当たれば相当なもののはずだ。今は意思疎通の出来る義手のおかげで、両手剣が可能になっている。バランス的にも申し分ない。


 だが爺さんには一度として当たらない。当たらないだけならまだしも、”もう少しで当たる!”という感覚すら湧き上がらないのだ。そう、まるで幻を相手にしているみたいだ。


「当たらんの」

「はぁ、はぁ、はぁ……どうしてですか?」

「言葉ではなく、本来は自ら体得するものだが時間が無い。最初から種明かしじゃ」

「なぜ攻撃が当たらんのか。それは儂が相手の攻撃をよく見聞きしておるからじゃな」

「まぁ……それは私もやっていますけど」

「いや、お前のは単に目や耳に入って来るものを漫然と受け取り、反応しているだけじゃのぉ」

「何がどう違うのでしょう?」

「例えば相手が剣を振り下ろして来るとしよう。お前は何を感じる?」

「それはもちろん、剣の軌道を見て交わすか受けるかを考えますが……」

「普通はそうだの。だが儂は違う。相手の心音、脈拍、血の流れる音、筋肉が出す音、服や鎧が擦れ合う音や振動、剣が空気を斬る音……いろいろなものを見聞きする。そしてそれから2手先、3手先まで予想するのじゃ」

「まさか……。戦闘中にその情報で判断して動いているのですか?」

「人間は実にたくさんの光や音を発する。剣1つ振るうにしてもな。全身でその情報を拾うのじゃ。そうすれば、どのような剛剣であろうと魔法であろうと、当たることはない」


 この爺さん、やっぱり化け物だ。そんな微細な音や光をどうやって集めろというのだ。しかも戦闘中に。さらに情報を基に次の動きを予測する。確かにその理論は納得できる。だが、どう考えても実践するのは無理だ。


「ニールスはこの技、断念したがの。お前さんならできると思っている」

「どうしてですか?」

「獣王の力があるからな。獣の王はどの獣よりも感覚が研ぎ澄まされているはずじゃ。儂の言ったことを戦闘中に意識せい、集中せい! そうすれば自ずとわかってくるじゃろ」


 無茶をいいやがる。だけど理屈はよくわかる。……そう理屈だけはね。


 だが爺さんとその後何時間も打ち込み稽古をするうちに、徐々に感覚が掴めて来た。もちろんこれは自分の実力じゃない、獣王の力のおかげだ。


 爺さんの心音、動く前の脈拍、踏み込みに伴う大地の震動、剣の風切り音。改めて集中して意識してみると、これがすべて打撃の前に伝わって来る。そしてこれがわかると、攻撃の予測が容易になる。攻撃を余裕を持って交わすことができれば、反撃もかなりバリエーション豊富になるという訳だ。何だか掴めた気がするぞ。まさかこんな技があるなんて。我流剣術では絶対に気が付かなかっただろうな。


 3日も経つと、俺は爺さんからの攻撃をほとんど交わせるようになっていた。


「ふむ、まさか僅か3日間で体得するとはのー。剣の天才と呼ばれる者でも、1年はかかるんじゃが。まぁいい、儂もダラダラやるのは嫌いじゃ。早いに越したことはない」

「ありがとうございます!」

「問題は攻撃の方じゃの」

「は、はぁ、どの辺が問題なのでしょうか?」

「お前さん、今まで力任せの攻撃だけで乗り切ってきたじゃろ?」


 うっ……。それは図星過ぎる。だってあまりにも獣王の力が強いもんだから、ついつい頼ってしまってね。


「まずはその左腕じゃの。義手に頼るな。その義手は便利じゃが、戦いの中で頼ることはできんぞ。もし肝心な時に機能しなければ、それが命取りじゃからの。使うなら日常生活の中でだけにせい。戦闘中は外すのじゃ」


 やむなく俺は左腕を外して、レンさんに預けた。レンさんも興味深かそうに腕を観察していたが、爺さんの次のひと言で、その場の全員が驚きの表情になった。


「気付いておらんかもしれんが、儂はお前に初めて会ってから、左腕での攻撃防御は一度もしておらん。つまり剣術で隻腕が不利というのは、ある水準を超えれば意味のないものになるのじゃ」


 そうだった。今思い返すと、爺さんが振るう杖は必ず右手だった。左腕はずっと腰に当てたままだった。稽古に夢中になり過ぎて意識できていなかった。片腕であの凄まじい攻撃をしていたと考えると、隻腕に甘んじて剣術を諦めていた自分が、まだまだ甘かったことに気付かされた。もっとも、普通の達人レベルであれば、隻腕が不利というのは常識なんだろうけどね。だけど、爺さんの教えてくれた戦い方であれば、隻腕の不利はかなり小さくなるだろう。


 それにあの重い打撃。片腕のバランスの悪い体勢で、どうして強い攻撃が出せるのか。爺さんにそれほど筋力があるとは思えない。魔法でも使っているのだろうか?


「相手の攻撃を確実に交わすことができれば、攻撃を当てることは難しくない。それはわかるか?」

「はい。動きを予測できれば、素早い相手でも捉えられますから」

「よし。では問題は打撃力じゃの。獣王の力は確かに強力じゃ。まともに当たれば大抵の者は無事にはすむまい」

「はい、それは自覚しています」

「だがそれは、全身の力と体勢がきちんと揃った時にのみ発揮される」

「どういうことですか?」

「何、簡単じゃよ。要するにお前さんは、ほとんど腕の力だけで剣を出している。本来なら足も腰も背中も肩も全部使って攻撃を出すのじゃ。確かに腕の力だけでも獣王の打撃は凄まじい。じゃがな、真の達人レベルの人間からすれば、まぁ普通の攻撃にしか過ぎん」


 爺さんの言いたいことはわかる。俺は、巨大な大砲を持っているが、土台が軟弱なのだ。要するに足腰がふにゃふにゃ、さらに正しい姿勢を取れていないから、獣王の力があっても、ほとんど腕しか使えてないということだ。


 強い力を発揮できる獣王の右手。俺は、これを支える足腰も当然獣王並だと思い込んでいた。だけど、足腰はあまり強化されていないのかもしれない。今まで剣技にばかり注意が向いていたし、再生能力があるので、勝手に全身が均等に獣王の力で満たされているのだと思っていた。


 そういえば、死にそうになったあの黒鎧の男に放った蹴り……手加減していたとはいえ、今考えると弱すぎた気がする。バンパイアロード級の化け物が相手の場合、いかに獣王の力とはいえ、腕の力だけでは通用しないということなのかもしれない。


「全身の力を使って攻撃するためには、どうすればいいのですか?」

「急にはどうにもならん。攻撃の型を覚えて素振りと木偶相手にひたすら打ち込み稽古するのじゃな。こればかりは、体がきっちりできておらん子供では難しいの」


 なんという結末。折角攻撃を交わせるようになったというのに……。この体が成長するまであと何年かかるのだろうか? 


 この世界の女性は、平均的な日本女性よりも身長も体重もある。だけど自分の今を見ると、かなり貧弱だ。これから本当にシャルルさんやニコルルさんのように成長できるのだろうか。だって皆さん女性でも170cm以上はあるのだよ。今の俺は120cmくらいしかない。どう考えても低すぎる気がする。


「まぁ、ヒントくらいは置いていこう」

「は、はぁ、ありがとうございます」


 それから爺さん師匠の講釈が延々と続いた。無駄なうんちくがかなりあった気がするが、要するに体がある程度できると同時に、足腰強化もしなければならないということだった。


 だから、徹底的に体力向上のため基礎訓練をするように、ということだった。爺さんから、訓練方法を一通り教えてもらう。剣の型もいくつか教わるが、あまり意識しないでいいという。基本は、あくまでも腕だけで剣を出すのではなく、足から肩まで全身の力を意識して全力でパワーを振り絞るということだった。


 正論で利にはかなってはいるが、実に地道だ。俺にはあまり時間がない。魔法がある世界なんだから、なんとかパパっと行かないものなのだろうか? 身体強化とかいう魔法があれば、楽なんだけどな。


 と呟いてみた。

 

 当然、爺さん師匠は俺の言葉をきっちり拾っていた。


「剣は魔法とは違う。地道な努力と才能がなければ大成せんのじゃ。悪魔と契約して己を切売りする下種な術と一緒にするでない!」


 はい。わかってますって。言ってみただけじゃん。


「じゃがの……剣術や体術の世界でも、ある種の裏技のような物はある」

「本当ですか!?」

「そう顔を輝かすな。過剰な期待はせんことじゃ。この技は成長の遅れている子供に1度だけ使える施術での……正常な体の発育を助ける効果があるのじゃ」


 なんとこれまた地味な裏技……。”毎日牛乳飲んで運動しろ”、みたいなノリじゃないか。でもやらないよりはいいだろう。この体は400年も石棺の中で冬眠していたんだ。成長が正常でない可能性は十分にある。爺さんにその裏技とやらを施術してもらうことにしようか。


「お願いします、師匠!」

「覚悟が必要になるぞ。しばらくの間、全身が激痛に襲われることになる。高熱が2週間以上続くのじゃ。苦しいぞ」


 おいおい、そんな怖い施術なのかよ。毒でも飲まされるんじゃないだろうな? でも俺には、獣王の力があるから何でも解毒しちゃうぜ。たぶん薬の類は効かないよな。


 と思っていると、爺さん師匠は、俺を庭の椅子に座らせた。レンレイ姉妹を呼び寄せ、毛布を用意するように命じている。一体何を始めるつもりだろうか。ちょっと怖くなってきた。


「行くぞ。覚悟せい」


 爺さん師匠がそう叫ぶと、背中と頭に強い激痛が走った。うん? ツボ押し? いやこれは突きに近いな。とにかく無茶苦茶に痛い。やがて痛みが全身に広がり、息をする事も難しいレベルになった。俺は椅子からずり落ち、用意されていた毛布に寝転がる格好になった。レンレイ姉妹が心配そうに見ている。指1本動かせない。動かそうものなら、壮絶な激痛が走るのがわかっているからだ。何なんだこれは!?


「成長を正常にする人体のツボを突いたのじゃ。今日一日は激痛で動けんはずじゃ。激痛が終われば直ぐに高熱にうなされる日が続く。気をしっかり持って療養するのじゃぞ。お前なら乗り越えられると信じておる。回復したら教えた基礎訓練をひたすら繰り返せ。決して稽古をサボるでないぞ。わかったな。ではさらばじゃ」


 最後の台詞を残して爺さん師匠が庭を去って行くのが見えた。これまで修行をつけてくれたお礼を一言いいたかったので、声を掛けようとした。でも呼吸をするだけで、全身に痺れるような激痛が走る。俺はただ見送ることしかできなかった。

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