第42話 青い刀の刺客
――― コーネットからメンデルへ戻る道。
レンさんを先頭に馬を走らせる。ヴァルキュリアの報告では、今すぐに事態が動く気配はなかったが、万が一ということがある。ミカさんという身内を失い、ビスマイトさんにまで何かあったら、と思うと自然と馬の脚も速くなる。
順調に進む帰途。コーネット領を出て、メンデル郊外に差し掛かった時だった。人気のない寂しい田舎道だが、前方に何人かの姿が見える。道を塞ぐように中央に立っているのは女だな。そして小さい男達が5人ほど見える。一番目立っているのは、女の隣に立つ長身のシルエットだが、人間にしては大きすぎるな。たぶん亜人だろうね。
「カミラ様、あれはおそらく山賊の類です。このまま突っ走りましょう」
「いえ、わざわざ待ち伏せしているくらいです。もし私達を狙っているとしたら、捕まえて企みを吐かせたいと思います」
「かしこまりました。では止まります」
山賊と思われる連中の前で馬を停める。中央の女が前に出て来た。リーダーなのだろうか。鎧を着こんでいるが、結構な数の傷がある。きっとかなり使い込んだものだろうな。腰に差してある剣の柄もボロボロになっている。うん……こいつからは実戦経験の豊富さを強く感じるぞ。
「隻腕の小娘……。お前がカミラ=ブラッドールか?」
「そうです、あなたは?」
「チッ、本当にまだ幼い子供じゃないか……」
「もしかしてナイトストーカーですか?」
「用件は終わりだ。可哀想だがここで死んでもらう」
女が剣を抜いた。細身の刀身が緩くカーブしている。装飾は西洋刀だが、剣の雰囲気はまるで日本刀のようだな。刃全体が青白く輝いていて不気味な感じがする。おそらく、何らかの特殊加工がされているのだろう。魔剣かもしれないな、警戒しておこう。
周囲にいた小柄な男達は、戦いに巻き込まれたら大変と道の端へと散っていった。この女の仲間というよりは、仕事を監視をしているという感じだな。もしかしたら雇い主は小柄な男達の方か?
「レンさん、レイさんは長身の方をお願いします!」
俺は馬を降りて短剣を抜いた。当然戦闘モードである。
鎧女が猛然と斬りかかって来た。速い。そして想像以上に打撃が重い。突きを交えた凄まじい連撃が放たれる。優れた剣士でもこれだけの鋭い攻撃は、受けただけで怯んでしまうかもしれない。
それに巧みにフェイントを織り交ぜての連撃だ。お行儀の良い道場剣術とは違う。相手を斃すための完全なる実戦剣術だ。普通、フェイントを混ぜれば一撃一撃の威力は落ちるはずだ。でもこの鎧女の剣撃はまるで威力が落ちないぞ。一体どんな鍛え方をしているのだろうか?
「ふん、噂どおり子供の癖に少しはやるようだね」
「私を襲う理由はなんですか? 誰に頼まれたのですか?」
「口を動かす暇があったら、自分の心配をしな」
鎧女が大きく踏み込んで来た。上段からの袈裟斬りだ。これを普通に受けたらただでは済まなそうだ。少しでも受け方が悪いと致命傷もあり得るな。
俺は相手の剣を叩き折るつもりで、思い切り短剣をぶつけに行った。何しろビスマイト鋼の魔剣だ。相手の剣がダマスカス鋼の魔剣でもない限り、粉砕できるはずだ。
剣と剣が激しくぶつかった。キーンと高い音が辺りに響き渡る。予想に反して、鎧女の剣は砕けなかった。刃こぼれすらしていない。余程の業物なのだろうか?
「あたしの打ち込みを弾き返すとは、ただ者じゃないね。だけど片腕でどこまで持つかしら」
女は大振りを避け、小さく速い突きを繰り出してきた。剣での戦いは片腕の場合、圧倒的に不利だ。それはニールスさんにも指摘されていたからよくわかる。攻撃も防御も半分しか対応できないのだから、当たり前の話だよね。だからこそ、獣王の力を活かした独特の戦い方が必要になるんだけど……。今は、受入れ体質の容量オーバーが怖い。獣王の力も、再生能力は迂闊に使ってはいけないだろうな。
しかしこの女、本当に強いな。突きの鋭さはさらに増すばかりだ。疲れを見せるどころか、威力の方も右肩上がりで強くなっている。おそらく、今のニールスさんよりも強いだろう。こんな凄腕の剣士が盗賊もどきの中に居るとは信じられない。
それに気になるのは青い刀身だ。攻撃を受ければ、何か特殊なダメージを喰らう危険があると見た。
「ヌアァァァァァァァァッ!」
鎧女は掛け声と共に、さらに踏み込みを強めつつ、突きの速度を上げてきた。いよいよトドメを刺しにきたようだ。だが大振りにならず、一定のストロークを保っているのは大したものだ。これでは隙を突くことができない。防戦一方だ。
わざと出血して猛毒の血を浴びせるという手もあるが、今は使えない。レンレイ姉妹を巻き込んでしまう。それに相手が即死してしまっては、企みを吐かせることができない。
「死ね死ね死ね死ねーーーーっ!!!」
殺る気満々だ。鎧女はますます勢いづいていた。パワー、スピード、スタミナすべてが高次元だが、連撃を防御している間にあることに気が付いた。女の刀の光が増しているのだ。青い光は、今や辺りを照らすほどに眩しくなっている。やはりただの刀ではないな。このままではまずいっ!
その時だった。
突然、黒い影が鎧女にぶつかってきた。嵐のような連撃が止んだ。女と黒い影が対峙している。影の正体は巨大な狼だった。
「チッ、とんだ邪魔が入ったね」
女は狼に剣を振るうが、狼はまったく意に介していない。なぜなら、刀身が当たる寸前で狼が霧になってしまうからだ。この技、よく覚えている。バンパイアロードが使っていた技だ。吸血鬼は、狼、蝙蝠、霧に変化できるという。霧に変化されてしまうと、物理的攻撃が一切効かなくなる。非常に厄介な相手だぜ。
「お前ら、今日のところは退くよ!」
鎧女の判断は素早かった。得意の剣が通用しない相手とは、戦わない方が得策と悟ったのだろう。一味は一目散に藪の中へと消えて行った。
レンレイ姉妹を見ると大汗をかいている。あの長身の亜人も、かなりの手練れだったようだね。
さて問題はこのオオカミさんだが……
「あなたは何者ですか?」
人間の言葉が通じるかわからないが、話しかけてみた。すると、狼が見る間に1人の女の姿に変化していった。いや、これはもしかして、吸血鬼……なのだろうか? でも今は昼間だぞ。太陽の下を歩ける吸血鬼なんて聞いたことがない。
女の顔には見覚えがあった。いや、もう二度と見たくない顔の1つだ。そう、カーミラ=シュタインベルクの顔に似ている。斃したつもりだったが……まさか生きていたのか!? バンパイアロードの不死性は、獣王の血液にも耐性があるのだろうか?
「カーミラ=シュタインベルク……?」
「ふっ、驚いているようだな」
「……貴女は本当にカーミラなんですか?」
「フフフ、私はシャルローゼ=シュタインベルクという。カーミラの妹だ」
なんと。吸血鬼に血の繋がりがあるのかわからないが、家族がいたのか。意外だった。
「助けて頂いてありがとうございました。ですが、貴女の姉を斃してたのは私です。敵討ちに現れたのですか?」
「私と姉の間に家族としての感情はない。ただ、あの姉を斃した相手が、どんなヤツなのか一目見てみたかっただけだ」
何と言っていいのかわからない。だが、このまま逃がして貰える可能性は低いだろうな。わざわざ俺の顔を見に来たくらいだ。たぶん戦ってみたいとか言い出すに違いないよ。
「こんな小娘に姉は負けたのか……。興味深いな。隻腕の上に剣の腕は初心者レベル。魔剣を持ってはいるようだが、使いこなせてはいない。魔法も呪術も使っている形跡はない。さて……」
この展開は”戦ってみればわかる”という流れじゃなかろうか。正直、バンパイアロードと戦うのはもう嫌だ。さっきの鎧女も相当な強さだが、こいつらは強さの桁が1つ違う。
「あなたはどうして陽の光の中を歩けるのですか?」
咄嗟に話題を逸らしてみた。知的レベルが高く、好奇心旺盛なバンパイアロード。誤魔化せるとは思えないが、上手く煙に巻いて戦いを避けたいところだ。今こそ俺の営業トークの力を発揮する時だぜ。日本の社蓄の力を見せてやる!
「私は吸血鬼ではない。ただの魔法使いだ」
「でも、オオカミや霧に変化するのは、吸血鬼の特殊能力ではないのですか?」
「あれはただの幻覚魔法だ」
「……紛らわしいですね」
「お前を驚かせたくてな。ちょっと反応を見てみたかっただけだ」
おいおい、バンパイアロードじゃないのかよ。洒落にならない驚かせ方してくれるな。
「でもシュタインベルク家のカーミラさんの妹となると、相当なご年齢だと思いますが?」
「ただの延命魔法だよ。寿命を延ばすくらい簡単な魔法だ」
いや、それはとても簡単だとは思えないぞ。軽く見積もっても3000年以上は延命している計算になる。不老不死は人間の夢だ。それを簡単だと言うこの人、かなり高位の魔法使いという事なんだろうか? しかもよく考えたら、悪魔に寿命を渡して延命してもらうというのもおかしな話だ。自己矛盾している。でもブリッツさんのように、寿命以外のものを渡す魔法もあるみたいだから、素人が早とちりしちゃいけないかもしれないな。
「姉を斃してくれて礼を言う。あの者は、シュタインベルク家の恥さらしだったからな。進んで吸血鬼となり、自らを実験台として生きながらえた狂気の研究者だった。それを止めるため、私も長い年月努力したが、魔法では姉を斃す事ができなかったのだ」
まさか礼を言われるとは思わなかった。だがカーミラは家を捨て、自分すら実験台にして何がしたかったのだろうか?
「いえ、私も成り行きで戦いになっただけですので。彼女は何を目的に研究していたのでしょう?」
「人の身でありながら、黄泉の力すべてを取り込むことが目標だったらしい。我がシュタインベルク家は、歴代魔法使いの家系だ。そこから外れた異端者がカーミラだ。黄泉の力に魅入られた大馬鹿者だ」
聞けば、シュタインベルク家は中央王都の名門貴族で、密かに魔法を継承してきた旧家だという。現在は家を継ぐ者もなく、断絶しているらしい。ずっと魔法研究をしていたシャルローゼさんも、今さら跡継ぎと名乗り出ることもできず、長い間放浪の身だという。
おや、そういえば耳が短い。ブリッツさんの話しによれば、悪魔と契約した者は、その印として耳がエルフ状に伸びるはずだ。
「シャルローゼさんは、耳が伸びていないのですね?」
「ああ、これか……。この大陸では何かと面倒だからな。幻覚で視えないようにしている。余程の魔法使いでなければ、見破ることはできないよ」
なるほど。この人の得意分野は、幻覚魔法なのかもしれないな。だとすれば、幻覚呪術を駆使してくるアルベルト戦で重宝するかもしれない。
「これまで延命してきたのは、カーミラさんを斃すためだけだったのですか?」
彼女は唇を噛みしめて下を向いている。無言のままだ。もし仮に、カーミラを斃すためだけに生きてきたのだとすれば、目標を失った今、彼女はどうするつもりなのだろうか。
「これからどうされるおつもりですか?」
「……生きている理由はもうない。私は長く生き過ぎた。もう疲れた……」
カーミラを斃してしまったのは俺だ。間接的だが、俺がシャルローゼさんの存在理由を奪ってしまったかもしれない。知らなかったとはいえ、ちょっと責任を感じてしまうな。
「あの、もしよろしければ力を貸していただけませんか?」
「私の力を……か」
「ええ。リッチの弱点克服法はご存じでしょうか?」
「あのリッチがリッチを作り出す外法の事か?」
「そうです。つい先日、コーネット領でそれが起きました」
「アレはバンパイアロードより厄介な者だぞ。そんな恐ろしいことが……」
「そのリッチは、私の双子の妹を依代に使おうとしています。そして逃げ掛けにドラゴンゾンビをけしかけてきました。そのせいで私の親類が犠牲になっています」
「ドラゴンゾンビまで……。お前は一体どれほどの者と戦ったのだ」
「敵の名はアルベルトといいます。幻覚を使う呪術師が、自らをリッチ化した存在です」
「むぅ……。それでそのリッチは何処に?」
「呪術を使って逃走しました。推測ですが、おそらく中央王都に向かったと思います」
「そうか。王都でひと暴れするつもりか?」
「たぶん違います。ヤツは王家に取入って、裏から支配するつもりです」
「ふん、陰険で狡猾なリッチの考えそうなことだな」
「ヤツの最終目標はエルマー大陸全土の支配です。中央王都を操り人形とした後、この国にも攻め込んでくるのは、間違いありません」
「考えるだけでも身の毛がよだつな」
「そこでお願いです。私にご助力いただけませんか? リッチはあまりに強敵です。弱点もなく、巨大な軍隊を操ることができるとしたら、手に負えません」
「どうするつもりだ?」
「今、コーネット領で対策を講じています。ですが、全然力が足りません」
「……私などで力になれるだろうか?」
「魔法に明るく、アンデッドにも詳しい……これ以上ないくらい適任です」
「わかった。引き受けよう。私も元は中央王都の貴族だ。大陸がリッチに支配されるなど絶対に許せる訳がない!」
「ありがとうございます、心強いです」
シャルローゼさんの顔が明るくなった。やる気に満ちている。どうやらまた生き甲斐を取り戻してくれたみたいだな。
「それで、私は具体的にどうすればいい?」
「コーネット領の宰相、ニコルルという人を訪ねてください。王宮に居ます。私の名前を出せば会ってくれるはずです」
「わかった。そこで指示に従えばいいのだな」
『ヴァルキュリア! 伝言を頼みたいので降りて来てください』
『はっ。ただいま』
程なくして、ふわりと俺の左肩に小鴉が降りて来た。レイさんに紙と筆を用意してもらい、ニコルルさん宛に一筆書いた。もちろん、シャルローゼさんの事だ。
『ではこれをニコルルさんのところへ』
小鴉は手紙を咥えると、無音で飛び去った。
相変わらず速い。もう完全に”メール送信ボタン”を押した気分だよ。
「今のは音速の鴉ではないか? お前はもしかして獣王と契約しているのか?」
「よくわかりません。ですが、私は獣王の力が使えるようです」
「まさか……あり得ない」
「ところで、カーミラを斃したのが、どうして私だとわかったのですか?」
「ああ、それは簡単だ。ミッドミスト城へ久々に出かけたら、カーミラは不在だった。残っていた吸血蝙蝠共を締め上げて居所を聞き出したら、片腕の小娘に斃されたというではないか。それから片腕の小娘の噂を求めて、メンデル中を駆けずり回っていたんだよ。冒険者ギルドで話は大体聞けた。私もコーネット領に向かおうとしていたんだが、この街道を進んでいたら、戦いが見えたものでな。片腕の小娘が剣を振っていたから、ピンときた訳だ」
疑うつもりはないが、辻褄は合っている。まぁ俺を斃すつもりだったら、あの鎧女を止めてはいなかっただろう。そういえば、あの鎧女は何者だったんだろうか? 察するにナイトストーカーの幹部なのだろうが。あの剣の腕前はとんでもないからな……。
それと冒険者ギルドのマスターには、ちょっと口止めが必要だ。俺の個人情報を情報漏えいしちゃダメだぜ。
「あの女の持っていた青く光る刀は何だったのでしょう、ご存じですか?」
シャルローゼさんに聞いてみた。何せ経験と知識は桁違いだろうからね。
「あれはバロールの魔剣だ」
「何ですか、それは?」
「知らずに戦っていたのか? 危なかったな、お前……。あの魔剣は人間の怒りや殺意、憎しみや嫉妬など負の感情に反応して威力を増す。斬られれば、かすり傷でも即死する恐怖の魔剣だ。だが使い手の寿命を大きく削る。1人殺せば1年寿命が短くなると言われている」
そんなにヤバい剣だったのかよ。下手に体で受けていたら、俺も即死していたかもしれない。それにあの鎧女の剣の腕前だ。次にまともに対峙したら、もう逃げの一手しかないじゃないか。
「あの魔剣に対抗するには、どうしたらいいですか?」
「当たらなければいい。剣を振るわれる前に斃せばいい」
ごもっとも。だがそういう答えは期待していなかった。魔法でパパっと封印できるとか、そういう技が欲しかったのだが。
「お前は剣の扱いが下手すぎる。子供だからと言って甘えていると、さっきの女に殺されるのも時間の問題だぞ」
もちろん甘えているつもりはない。俺のは邪道の片手剣術だ。本来なら剣など持つなと言われているのだ。片腕は治らない。物理的にどうしようもないじゃないか。
「ふむ。そう悔しそうな顔をするな。片腕だから剣術にも身が入らないのであろう?」
わかっているなら言うなよ。外見的な差別はあまり気にしたことはない。幸い周囲でそんな扱いをしてくる人は居ないからね。でも、実際に戦いとなると、圧倒的に不利だという事を嫌でも思い知らされる。
案外と獣王の力は使いにくい。今日のように味方が周囲にいる場合、思い切って使うことができない。1対1、もしくは1対多数の個人戦でしか使えないのだ。
下級の魔法使いを怯ませて無効化することもできるが、高位の魔法使いにはおそらく通用しないだろう。つまり、アルベルト戦ではあまり役に立たないということだ。その上、今は容量オーバーのリスクまで抱えている。相手の攻撃を受けて、再生能力に期待する戦い方もしたくない。
「それとな、片腕では魔法を満足に使うこともできないぞ。発動には両手が必要な魔法も多いからな」
俺の心を見抜くように、シャルローゼさんが冷徹に言い放った。そう、実は剣がダメなら魔法で、とも思っていた。杖さえ握れれば何とかなると簡単に考えていた。だが、その道も同じく中途半端になりそうだな。残念無念なり……。
「カーミラを斃してくれた礼をしよう。お前に左腕を授けてやる」
「えっ?! どういうことですか?」
「もちろん元の腕のようにはいかない。あまり期待はするな。特に見た目はな。だが腕としての機能は一応果たせるようになる」
そういってシャルローゼさんは、俺の左腕の付け根付近に杖を軽く当てた。何やら苦しそうな顔で、大仰な呪文を詠唱し始めた。数分も唱えただろうか。途端に俺の腕の付け根付近から、眩い光が辺り一面に放たれた。思わず目を瞑る。シャルローゼさんが、光の圧でよろめくのが見えた。馬たちもただならぬ気配を感じたのだろう。激しく嘶いている。
光が収まると、俺の左腕部分には、甲冑の腕が生えていた。金属製の義手のようにも見える。
「これは……?」
「意思の通っている義手みたいなものだな。魔法で動いているが、寿命を消費することはほとんどない」
不思議な感覚だ。今までなかった左腕がある。そして神経が通っているように動かせる。だが腕の中身はどうなっているのだろう。甲冑を外してみたい気がする。
「その義手は取り外しができる」
シャルローゼさんが俺の左腕をもぎ取った。神経は通っている感じなのに痛みはない。服を着る感覚と同じだ。驚いたのはその義手の中身だ。何も詰まっていないのだ。つまり中空でがらんどうの鎧の腕が、そのままくっ付いている感じだ。いくら魔法で動いていると言っても、原理が謎すぎるだろ、コレ……。
「義手は常に右手とのバランスを見ている。成長に合わせて、大きさや動きも自然に変わるから作り直す必要なはい。ダメージを負っても、勝手に再生するから手間いらずだ」
「この義手の正体は一体何なんですか?」
「低級なホムンクルスの一種だな」
おおぉ! あの伝説の魔法生物か。まさか腕が意思を持って勝手に喋りはじめるなんてオチはないよな? しかしそんな物をいきなり出せるなんて、この人ただ者じゃないだろう。味方にしておいてよかったぜ。
「これである程度は両手で剣を振るうことができるはずだ。しっかり精進しておかないと、リッチと戦う前にさっきの女にやられてしまうぞ」
見た目は左腕だけが甲冑娘という厳つい感じだが、とにかく獣王の力だけに頼らず、少しは剣技で戦うことができるだろう。
「ありがとうございます!」
「うむ。ただ残念だが、その腕では魔法は使えない。魔力を喰ってしまう腕だからな」
「えっ!? そうなんですか? 私の魔力は大丈夫なんでしょうか……」
「腕はお前の一部だから心配ない。自分の腕に栄養が摂られてしまう、なんて考える人間はいないだろう?」
「ええ、でも……」
「魔力があった場合は、それを阻害してしまうだけだよ。だから他の悪魔と契約して供給された魔力は、使えないということだ」
よくわからんが、この義手を使っても使わなくても、魔法使いへ道はないということがわかった。だが両手が機能するというのは、それを捨てても大きな財産だ。両手が使える剣技に、獣王本来の怪力を乗せることができれば、剣士としては大きな進歩だ。修行に励まないといけないな。まぁ、実戦でこの張りぼての腕がどこまで持つかわからないけどね。
俺は丁寧に感謝の言葉を尽くして、シャルローゼさんと別れた。彼女はコーネット領へ向かい、俺はメンデル領へ向かう。この旅の最後で大きな物を得ることができた。人生巡り巡ってどうなるかなんて、わからないものだ。”人間万事塞翁が馬”と上司がよく言ってたけど、この世界でも通用する諺のようだね。まぁ、”人生一寸先は闇”とも言えるんだけどね。今はネガティブなことは考えずにおこう。




