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第41話 魔法使いキラー

 コーネットにブリッツさんが戻り、ニコルルさんと密に連絡を取り合うようになってから、一気に国政の改革が進みはじめた。さすがは姉妹といったところだろうか。息もぴったりなので、周囲が口を差し挟まなくても国とギルドが滞りなく連携していった。まぁ、相変わらずブリッツさんは掴みどころのない性格だけどな。とはいえ、このまま居るとメンデルに帰る機会を失ってしまいそうだ。


 ニールスさんに、思い切ってナイトストーカーの不穏な動きを話してみた。


「心配いらない、ここには儂とシャルルが残る。メイド達と帰国しなさい。ビスマイトのヤツも今頃やきもきしているだろう。早く戻ってやりなさい」


 と言ってくれた。かなり後ろ髪は引かれるが、その言葉に甘えて帰国することにした。だがその前に、ブリッツさんの所に寄る事にしよう。あの人には、魔法のことをもっと聞いておきたいからね。


 俺がブリッツさんの店、もとい冒険者ギルドに入ると、彼女はカウンターの上にフワフワと浮いていた。……魔法だとわかっていても驚くな。こういう風に臆せず人前で魔法を使っちゃう所が、天災的な天才魔法使いブリッツさんたるゆえんだろうか。


 ギルドの酒場は、フードを被った連中で埋め尽くされていた。もう希少な魔法使いをこんなに集めたのだろうか?


「おや、カミラちゃん。いらっしゃーい」

「ブリッツさん、そんなに普段から魔法を使っていて大丈夫なんですか?」

「ああ、寿命の話ね。ボクは寿命の代わりに他のものを渡しているから」

「……他のもの、ですか?」

「うん。ボクの悪魔は知識人だからね。情報を渡す換わりに魔力を貰っているのさ」

「そんな事ができるのですか?」

「もちろん寿命を渡す事もあるよ。でも日常で使う魔法くらいなら、ちょっとした情報で十分なんだ」


 悪魔は人間の寿命を欲しがる。だからこその禁忌じゃなかったのか? 情報だけで満足する悪魔なんて居るのだろうか? いろいろと魔法の世界も奥が深そうだな。


「そんな反則が許されるんですか?」

「コラコラ……、反則技の塊みたいな君だけには言われたくないよー」

「はぁ、仰ってる意味がわかりませんが?」

「シャルルから話は聞いているよ。マンティコアを魔剣で斃したんだって?」

「え、ええ。まぁ……」

「マンティコアは魔獣であって悪魔だよ。普通の人間じゃ斃せないよ。どうして君が斃せたんだろうね? おかしいと思わなかったのかな?」


 はっきり言って理由までは深く考えていなかった。何となく魔剣を使えば、斃せるんじゃないかと思っただけだ。単純に勢いで戦っただけだ。


「……この世界で悪魔を直接斃せるのは、魔法だけだよ」


 ふむ。つまり俺が魔法を使ったと考えれば、辻褄が合うということか。


「でも私は、悪魔と契約した覚えはありません」

「君の場合、契約とはちょっと違うのかもね」

「獣王の事を仰っているのでしょうか?」

「うん。獣王はすべての獣の王。つまり魔獣も配下ってことさ。でも君はどうやってその力を得たのかな? ”獣王”なんて凶悪な悪魔と契約できる人間はまず居ないよ。同類の悪魔ですら、獣王には誰も触れたがらないのにね」


 まったく自覚はないが、受入れ体質のせいだろうな。……そんな大きなものを取り込んでしまったのか、この体は。ミカさんの言っていた、容量オーバー寸前である危険性は高いな。


「それとバンパイアロードを斃したね?」

「運良く、ですけど……」

「バンパイアロードの属性はアンデッドだよ。どうして君が斃せたのかな?」


 言われればそうだな。確かこの世界では、アンデットはそれを作り出したきっかけになった人、つまり術者を斃さないとダメなんだったな。

 

 それにしても獣王の属性が悪魔だとすると、悪魔とアンデットの関係ってどうなっているんだ? 親戚みたいなものなのだろうか。


「わかりません。私は悪魔とアンデッドの関係を知りません」

「だから反則なんだよね。悪魔(まほう)とアンデッドは別物だよ」

「どう違うのでしょうか?」

「魔法は悪魔の力。アンデッドは黄泉(よみ)の力」


 何となく理解はできた。要は力の源泉が違うのね。でも、だからどうだって言うのだろうか。


「魔物は魔界の力でしか斃せない。バンパイアロードみたいな強力なアンデットを直接斃すには、黄泉の力が必要だよ。君は直接手を下して、どちらも斃すことができた。これは一体どういうことだい?」


 ……いや、それは俺が聞きたいよ。


 考えてもわからない。でもブリッツさんなら、解明してくれるんじゃないかと淡い期待をしている。


「ゴメン、ボクにもわからない。例の”研究者(あくま)”にも聞いてはみたよ。だけど彼も知らないって……」

「そうですか。残念です」

「可能性があるとしたら、”混合種”だけだよ」

「なんですかそれは?」

「人間と悪魔と黄泉の力、全部を取り込んだって事かな。まぁそんなのあり得ないけどね。アハハ」


 ムムム、それは受入れ体質そのものなんじゃないか?! ミカさんが居れば、いろいろ分かったかもしれないのに。もし戦いの中で相手からの攻撃を受け、傷を負うことで無意識にデスベアとバンパイアロードの力の一部を取り込んでいたとしたら……? 闘争心でスイッチがオンになるのは、デスベアの力だけではなく、実は”受入れ体質”だったとしたら? ブリッツさんの疑問はすべて綺麗に説明できる。


 闘争心がオンの状態で、体に攻撃を貰うことが、相手の力を取り込むトリガーになっているとすると、俺はバンパイアロードに相当殴られている。それだけで相手の力を取り込んでしまうのだとしたら、大変な事だ。直ぐに容量オーバーになってしまいかねない。ミカさんの話だと、容量オーバーは死をもたらす。


 今まで俺は散々調子に乗っていたが、実は戦う度に死へのカウントダウンを進めていた事になる。この”受入れ体質”というヤツは、戦う度にまるで罪をどんどん背負っていくような怖い体質ともいえる。これからは迂闊に戦うこともできないじゃないか。いや戦うことができても、相手から攻撃を貰うことができなくなった。もっと現実的な言い方をすれば、再生能力を過信して使いすぎると、突然死してしまうってことだ。……本当に深刻だ。考え方を根本から改めないといけない。


「おー カミラちゃーん、来てたんだ!」


 シャルルさんがたくさんの食材を持って現れた。酒場で出す料理のために調達に出ていたようだ。


「どうしたの? 2人ともそんな深刻な顔しちゃって……」

「今、ブリッツさんから魔法の話をお聞きしていたところです」

「ふーん、難しい話? ま、それはともかく、お昼ご飯にしましょうか」


 シャルルさんは明るかった。鍛冶師をしている時よりも、生き生きしている感じがする。やっぱり家族が居ると、心持ちが違うのかもしれないな。


 シャルルさんが買って来た食材で、店のコック達が賄を作ってくれた。その賄を見て驚いた。なんと親子丼である。どこからどう見ても完璧な親子丼だ。味も日本で食べるものとほとんど変わらない。一口食べただけで、思わず涙が零れそうになった。出汁もしっかりしている。醤油の香もそこはかとなく漂って来る。間違いない、ここには醤油文化がある。いやーもうコーネットに引っ越したいくらい。


「カミラちゃん……涙ぐんでるよ? そんなに口に合わないなら無理して食べなくても」

「違います! 美味し過ぎて感動しているだけです」

「ええっ?! こんな厨房の賄料理で?」

「これが大好きなんです! 私は」

「そんな拳を握りしめて力説しなくても……アハハ」


 シャルルさんもブリッツさんも奇異な目で見ている。厨房のコック達も心配そうに眺めている。


 いや、今は料理の味に感動している場合じゃない。早くメンデルに戻らないと。


「私はブラッドール家に戻ります。メンデルで一波乱ありそうです」

「うん、わかった。私はここでしばらく手伝いをしてから戻るよ。親方の事、よろしく頼むね」

「はい。……ところでこのホールに居るフードの方々は何者ですか?」

「コーネット国内の魔法使いだよ。もちろん粒は揃ってない。何が起きるかわからないけど、とりあえず集めてみたってところかな」


 ”とりあえず”でこれだけの数が集まるのか。パッと数えただけでも100人はいるぞ。義賊魔法使いブリッツさんの人望は、10年経った今でも健在というところか。さすがだ。


「ちゃんと軍の形をなせば、騎馬1万くらいには相当するかもね」


 魔法使い1人で騎馬100人分の戦力か。これは凄いな。周辺国にも声をかければ、多くの魔法使いが定住してくれるかもしれない。そうなれば”魔法国家コーネット”の誕生だ。中央王都も教会も、おいそれとは手が出せなくなる。


「なぁ、ブリッツさんよぉー」


 極上の親子丼を食べ終わった頃、灰色のフードを被った男が話しかけて来た。


 ハッキリ言おう。臭い。饐えた匂いがする。この男、よほど野外での生活が長かったのだろう。


「……君は誰だっけ?」

「忘れたとは言わせねぇ。俺は10年前、ここであんたに魔法で大恥をかかされた男だ」

「ごめん、心当たりありすぎて忘れた、テヘヘ」

「んだとゴルァ!」

「それで、また恥をかきたいのかな?」

「ふざけるな! 俺も悪魔と契約したんだ。魔法だって使える。今度はてめぇが恥をかけ!」


 灰色ローブの男は、懐から短い杖を取り出した。短刀よりも少し短い。その辺に落ちている枝のようにも見える。あれが魔法使いの杖なのか。思ってたよりも貧相だな。


「ファイアボール!」


 男の杖の先端に、サッカーボールほどの赤く輝く球体が生成された。


 これだよ! 俺がイメージしてる”魔法”ってのは。


「こらこら、店の中でそんな危ない魔法使ったらダメだよー」


 赤い火球にブリッツさんが素手で触れると、途端に球が小さくなって萎んでしまった。最後はプスンとカワイイ音を立てて消滅した。


 男があっけにとられている。顔色が悪い。余程ショックな事だったんだろう。


「そ、そんな……俺の得意魔法がこんな簡単に無効化(レジスト)されるなんて……」


「あーーーーーっ! そうだ」


 突然ブリッツさんが大声を上げた。声に反応して、ホールの全員がこちらに注目している。


「へへへ、カミラちゃん、コイツの魔法と戦ってみてよ」


 なぜ俺に振るんだよ。さっき変な話を聞いた後だから、余計に戦いたくないよ。もしコイツの魔法を喰らったら、変なものを取り込んでしまうかもしれない。そして取り込んだ挙句に、容量オーバーで死んじゃうかもしれないじゃないか。


「どうしてですか?」

「だって魔法に興味あるでしょ? へへへ」


 まったくいい性格してるよ。本能というか勘で動いている人だな。天性の天然キャラだね。俺が魔法に興味があるのは確かに本当だ。だがさっきの発動スピードを見たら、止まっているようなものだ。至近距離だったら、相手が魔法を放つ前に一瞬で勝ってしまうだろう。


「わかりました。外でやりましょう」


 シャルルさんが心配そうな顔で見ている。


「大丈夫ですよ、ちょっと試すだけです」

「えっと、心配なのは相手の命だけど……」

「……あ、そうですか」


 まぁいい。魔法というヤツを体験してみようじゃないか。何よりもファンタジーの定番だしね。百聞は一見に如かず。実体験は何よりも素晴らしい教材だぜ。もちろん攻撃を食らわないことが大前提だけどね。


 俺は、茫然としている灰色ローブの男を店の外に引っ張り出した。


「なっ、なんだよ、小娘。お前とやる理由なんかねぇよ」

「あなたになくても私にはあります」

「そうだよ、灰色ローブ君。この子と本気でやりあって勝てたら、次にボクが相手してあげるから」

「チッ、どこまでもコケにしやがって!」


 男は腰を落として杖を構えた。顔は真剣そのものだ。


「今度は容赦しねぇぞ。ファイアストーム!」


 あら、ファイアボールじゃないのかよ。ストームの方が強そうだな。


 俺は獣王の力を体に漲らせた。眼が紫色に発光する。


 男の足元から炎の竜巻が立ち上った。ギルドの屋根より高い。思ったよりも大きい。


「ヒャハハハ~、俺の魔法を見たか! 2人まとめて焼き殺してやるよ」


 炎の竜巻が猛烈な速度で一直線に向かって来た。さて、どうしようか。殴っても蹴っても火傷しそうだし、熱いのも痛いのも嫌だな。ここはかわしてみるか。


 と、のん気に考えていたら、見る間に竜巻が縮んだ。俺の体に触れる前に完全消滅してしまった。


「んなっ……そんな馬鹿な。どうして俺のファイアストームが?」


 男の顔がまた青くなっている。がっくりと両膝を地面に付き、茫然と俺の方を見ている。


「うわー、これは驚いた……」


 ブリッツさんが呆れ顔で俺の方へ近づいてきた。


 なぜアメリカ人のように掌を上に向けて肩を竦め、溜息をついているんだよ。周囲の野次馬連中もざわついている。俺は悪くないはずだ。だって何もしてないもん!


「あの、私、何もしてませんけど……」

「今のは最高最悪のレジストだったよ」

「ど、どういうことでしょう?」

「魔力を供給しているのは、あの灰色ローブ君が契約した悪魔。その悪魔が獣王の力に怯えて、契約を破棄しちゃったんだよ。だから魔法自体が使えなくなったのさ。とんでもないね。レベルの低い魔法使いは、君が睨んだだけで力を失うってこと。とんだ魔法使いキラーだよ」

「えっと……悪いことなんでしょうか?」

「うん。魔法使いとは最悪の相性だと思うよ。命を賭けて契約した悪魔を逃がしちゃうんだもん。今後ボクらにあんまり近づかないで欲しいな」

「……はい、ゴメンナサイ」

「カミラちゃん、この店の事は気にしなくていいから、もうメンデルに帰って親方を安心させてあげてね」


 シャルルさんが苦笑いしながらフォローしてくれた。


 この店と俺は相性が悪い。飯が美味いだけに、出入り禁止になってしまったのは、残念でならないけど。でも収穫もあった。並の魔法使いは俺の敵ではないということだ。高レベルの魔法使いが相手の場合は、追々考えていくことにしよう。


 レンレイ姉妹と城門で合流し、一路メンデルへ向かった。失った物も大きかったが、得た物もたくさんあった。そして敵が明確になった。これからは、コーネットとの関係も重要になってくるだろうな。

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