第40話 天災的な天才
それからのコーネット王家は大忙しだった。何もしなかった宰相とはいえ、大事な官僚を失ったジャンさんを助ける者がいない。さらに言うなら、支持基盤となってくれる貴族や大きな商家、農家もない。
そんな状況で、俺たちもメンデルに帰るとは言い出せなかった。だが見事な采配を見せたのが、意外にもニコルルさんだった。
ただ者ではない姉さんだとは思っていたが、実に細やかな気配りと大胆な指示をズバズバと出していった。拝謁に訪れる貴族や商人なども軽やかに捌いていった。
本人曰く、
「海千山千の冒険者が集まる店と似たようなもんでしょ? それに比べりゃこんなの楽勝だよ」
だそうだ。
いつの間にか、高いマネジメント能力を身につけていたらしい。どの分野でも、手際がいい人が居ると頼りになる。
特に圧巻だったのは、貴族との拝謁だった。なぜかニコルルさんには、味方になってくれる貴族とそうでない貴族の見分けがついているのだ。いったいどうやって分別しているのだろうか? 基準がわからない。いくつか質問して、普通に会話をしているだけのように見える。だが、味方になってくれる貴族で主要な官僚を固めることができれば、これほど心強いことはない。
俺が不思議に思って尋ねてみると……
「ああ、それね」
そういってニコルルさんは、いつもしている黒い眼帯を外した。
「えっ?! 隻眼じゃない……?」
「ああ、眼は正常なんだよ。でもね、残念ながら余計なものが見えちゃうの」
「余計なもの?」
「人が嘘をついているかどうか」
「そんな事ができるのですか?」
「できるというか……生まれつきみたいだね。嘘をついたヤツを見るとね、片目だけ視界が真っ赤になるんだよ。それが鬱陶しいからいつも眼帯してるだけ」
なんと、そんな秘められた能力があったなんて。だから質問をして、嘘をついている貴族だけ外していたのか。こりゃ歩くウソ発見機だな。政治外交向きだよ、間違いなく。交渉の場で、相手の本音を見破れたらどんなに楽か……。
「あの、ニコルルさんがこの国の宰相に就く、というのはどうでしょう?」
「冗談じゃない、よしておくれよ。あたしゃこんな堅苦しい場所はゴメンだね。第一、宰相なんて貴族様にしかなれないんだよ」
「いや、ニコルル。僕からもお願いだ。宰相として助けてくれないか?」
ジャンさんがじっと見つめている。ジャンさんもニールスさんを通じて、ニコルルさんとは昔から見知った仲だ。信頼できる上にマネジメント能力に長けている。何と言ってもあのウソ発見器がある。スペックは明らかに政治家向きなんだよね。
「ニコルル、儂からも頼む。ジャン様を支えてやってくれ」
「ああー、もうわかったわかった。宰相でも何でもやってやるから!」
ジャンさんの顔がパッと明るくなった。爽やかなイケメンの笑顔。こんな顔をされたら、誰でも落ちてしまうよな。
「では、ニコルルには貴族の爵位を与えます。今から貴女がこの国の宰相です」
「ちょ、ちょっと待って。私の店は誰が切り盛りするのよ!」
確かにあの店を切り盛りするのは、並の人間では難しいだろう。習慣も人種も違う荒くれ者の冒険者登録から管理、寝泊りや飲食までも全部切り盛りしなければならない。中には札付きの犯罪者や、とんでもない喰わせ者が混じっている。まぁだからこそ、ニコルルさんが宰相並のマネジメント能力を王宮でも発揮できるのだけれどね。
だけど切実だよ。冒険者ギルドは国のよろず依頼所でもあるからね。軍隊や警備隊で手が回らないところは、冒険者を活用することで成り立っているのだ。それはメンデルでも同じだ。
「そうですね……。では冒険者ギルドは国直轄にしましょう。いいですよね?」
ジャンさんがいつになく強気だ。
だが公営の冒険者ギルドに、これまで通り人が寄りつくだろうか? たぶん答えはノーだ。礼儀正しいお行儀の良い冒険者はこれまで通りだろうが、亜人や賞金稼ぎなど腕に覚えがある奴らは、敬遠するに違いない。
「公営ねぇ。悪くはないけど、客の入りが面白くなくなるよ。却下だね」
早速、宰相権限で却下された。ジャンさん、これからが大変だぜ。
「ニコルル姉さん、店の方は心配しなくていいよ。アイツを呼んでおいたから」
「アイツって……アンタまさか!?」
「ええ、ブリッツを呼んでおいたわ」
「ふふん、あのプッツン稲妻の風来坊が捕まる訳ないじゃない」
「だからね、カミラちゃんの力を借りたのよ」
そう、俺はちょっと前にシャルルさんにヴァルキュリアを使って、人探しをして欲しいと頼まれたていた。人相書きだけで、どれほど探せるものか分からなかったが、僅か2日で探し出すことができた。件の人物は、メンデル領内に船で入港するところだった。ヴァルキュリアに手紙を託して、その人物を呼び寄せていたのだ。
「その”ブリッツ”という方は、どういう方なのですか?」
なぜかニールスさんが眉間を手で押さえて天を仰いでいる。さらにニコルルさんからは、大きなため息が漏れ聞こえてきた。
そんなに問題のある人物なのだろうか?
「ブリッツは、言ってみれば”てんさい”だわ」
「天才……。何の天才なのですか?」
「違う。その”てんさい”じゃないわ」
ニールスさんが会話に入って来た。
「天災、天の災いの方じゃよ」
「よくわかりませんが、危険人物なのですか?」
「ふむ。シャルルとニコルルの姉に当たるのだがな、その能力のせいで酷い扱いを受けてな……。各地を放浪しているのじゃ」
ニコルルさんが、ウソ発見器という特殊能力を持っているくらいだから、血の繋がりのあるブリッツさんとやらも、きっと面白い能力を持っているのかもしれないな。
「どのような能力をお持ちなのですか……?」
「”魔女”だよ」
とニコルルさんが発した。
はて、魔女ってどいうことだ? この世界には魔法は存在しないという話だった。呪術という謎の”魔法もどき”はあるけれどね。だけど呪術は、俺が期待しているファンタジー的な魔法ではない。儀式的な力の印象が強い。魔法のイメージとはちょっと違うのだよね。やっぱり”ファイヤーストーム!”と叫んで火炎の嵐が吹き荒れるとか、そういうのが魔法のイメージだからね。
「魔女、ですか? この世界には魔法は存在しないのでは?」
「その通り、存在しないのよ。いえ、存在してはいけないのよ……。神様を冒涜する事になるからね。もし魔法なんて使える人間が居たら、悪魔として恐れられ嫌忌されるわ」
「でもブリッツさんは魔女なのですよね?」
「ええ……」
ダメだ。わからない。”魔法”と”能力”と”呪術”の違いはどこにあるのだろうか。そういえばマンティコアは魔獣ということで、悪魔扱いされてたな。魔法は”魔の法”だから悪魔の法と考えれば、何となく分かる気はする。
起こせる現象の違いというよりは、力の源が違うって事なのか。能力は生まれつき体が備えている力で、呪術はある手順や道具を使って祈りや思念の力を引き出す。かなり適当だがこんな分類だろうか。どうも日本のファンタジーの知識が邪魔をして、逆に理解に抵抗を感じてしまうな。
「魔法が使えたからと言って、何か問題でもあるんでしょうか?」
ニコルル姉妹もニールスさんも、ジャンさんも一斉に口を噤んでしまった。もしかして何かまずいことを言ってしまったのだろうか。
「……カミラちゃん、魔女は存在自体が禁忌で唾棄されるものなのよ。この大陸では、魔女は狩られる運命なの」
おっと、魔女狩りか。この世界にもあったとはね。まさに中世ヨーロッパじゃないか。もちろん黒歴史としての話だけれど。
「魔女狩りはどのようなものなのですか?」
シャルルさんが暗い顔で話を始めた。
話によると、”魔女狩り”と言っても、本当に魔法が使える者を処罰する場合と、宗教裁判として教会に仇なす者に制裁を与える場合とに分かれるらしい。一般的には、ほぼ後者の意味で使われる。つまり、教会の反対勢力を潰す時の大義名分だ。
稀ではあるが、本当の魔法使いが現れる事がある。稀と言っても、彼らは普段、ひっそり隠れ住んでいるそうだ。だから、数としては結構いるのかもしれないな。
魔法使いは、生まれながらに魔法が使えるわけではない。意図的に自分から悪魔と契約を交わすことが必要だ。魂を悪魔に切売りした分、代償として様々な力を振るうことができるのだという。魔法を使い過ぎて魂が無くなったら、天に召されることになる。もちろん行き先は天ではなく魔界らしいが、とにかく悪魔と取引した者を魔法使いと呼ぶ。つまり、社会的にいけないことをしちゃった人達という扱いだ。
だが、ブリッツという人は、ひっそり隠れ住む魔法使いではなかった。公然と悪魔と契約し、堂々と人前で魔法を使っていたらしい。開けっ広げで豪快な性格、細かい事や人の目などは気にしない。おかげで周囲の人が大迷惑していたという。
「どうしてブリッツさんは、魔女として狩られなかったのですか?」
「彼女は市民のために魔法を使っていたからね。市民からの支持が強くて、教会もなかなか手を出すことができなかったのよ」
義賊の魔法使い版みたいなものか。性格とやり方には癖があるけど、根は正義感溢れる良い人のような気がするね。
「冒険者制度とあのギルド兼店舗を作ったのも、ブリッツなのよ。荒くれ者や失業した半端者でも、ちゃんとした仕事と居場所さえあれば、生活していけると信じてね。だからギルドは職業斡旋所であり、皆のたまり場なのよ」
安易に魔法に頼るだけじゃくて、先見の明もある人のようだね。結局、街がスラム化して治安が悪化するのは、真っ当な仕事に就けない人がいるからだ。そして収入がなければ貧困層が増え、格差が生れる。生活に困ってせっぱ詰れば、誰でも人生の裏街道へ足を踏み入れる。そういう者に仕事と居場所を与え、身分を保証することが出来れば街も良くなる。
……深く考えている人じゃないか。
「でもね、ついに来ちゃったのよ。中央王都からブリッツの噂を聞きつけた教会が、彼女を捕えに」
やはり教会も黙っている訳にはいかない、というわけか。威信が教会の存在意義でもあるからね。それを正面からぶち壊す輩は、義賊であろうと遅かれ早かれ裁かれる運命なのか。日本にも義賊を名乗る盗賊団が昔いたけれど、やっぱり最後は捕まってしまう運命だったからね。
「だけど彼女は捕まらなかった。教会の手を逃れるために、何処にも定住することができなかった。だから世界を放浪する冒険者になったわ。もう10年以上も前だけどね。それから店はニコルル姉さんが継いで、私も冒険者から鍛冶職人になったの」
「今ブリッツさんをお店……いえ、ギルドに戻して大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないわ。そこで交渉よ、ジャン国王陛下。ブリッツを教会から守ってください」
おお、そう来るか。でもこの時代、国王と教会の力関係は、結構微妙なんじゃないか? きちんと政治と宗教は分離されているのだろうか。
「ぼ、僕はもちろん守るつもりだ。でも具体的にどうすればいいのか教えてくれ」
「簡単です。魔法をコーネット公認にすれば良いのです」
ニコルルさんが、厳しい顔で言い放った。彼女としても何か思うところがあるらしいな。だが実際どうだろう。教会の権威を失墜させるような者を国が公認したら、それこそ中央王都から即時派兵されそうな気がするんだが……。
ジャンさんは黙ったままだ。国の行く末を考えているに違いない。いい加減な返事はできないだろうからね。
「……僕には、それが正しいことなのか判断できない。ニコルル、すまない。何か考えがあるなら教えてくれ」
素直な王様だな。大抵はこの”教えてください”が言えなくて間違った判断で突っ走る愚王が多い。その点、ジャンさんは心配いらないようだな。
「では結論から申し上げます。コーネットを”魔法国家”にしてしまいましょう」
「……というと?」
「魔法使いは隠れているだけで、国内外にたくさんおります。彼らは一部例外はありますが、ほとんどが迫害され、日々流浪を続け、怯えながら人生を送っておりますわ。彼らをコーネットに集めるのです。そして魔法による軍隊を作ります。もちろん、不純な動機で悪魔と契約した者もいるでしょう。ですが、ブリッツが居れば教育できます。何よりも教会に狙われず、負い目を感じることなく安心して暮らせる環境を保証してやれば、彼らの方から協力を申し出てくれるはずですわ」
実に壮大で野心的な計画だ。だがもし上手く行けば、一石二鳥どころか一石三鳥の効果がある。冒険者ギルドは維持され、強力な軍隊ができ、アルベルトの軍に対抗することができる。ドラゴンゾンビを呼び出すほどの呪術に勝つには、魔法くらい使わないとダメだろう。
問題は時間だな。魔法使いを集める前に、中央王都に目を付けられたら、コーネットごと攻め落とされてしまう。サザ王家も脅威は放っておかないだろうからね。その前に、コーネットを迂闊に攻めるのは危険だと認識させるほどの魔法使いを集め、訓練し、軍を組織しなければならない。この計画は、中央王都に対する反乱でもあるな。
「気に入った! その計画乗ったぁ!」
気が付くと、ジャンさんの肩の上に人が乗っていた。身長は低い。子供だ。そして何よりも最初に眼が行ったのはその耳だ。ピンと尖った細長い耳をしている。
……エルフ、だよな? しかしいつの間に、ジャンさんの肩の上に乗ったのだろうか。仮にも国王だぞ。不敬すぎるだろ。
「ブリッツ! いつからここに?」
何!? この人がブリッツなのかよ。見た目は俺と変わらないくらいの子供だぞ。ニコルルシャルル姉妹よりも年上なんだよな……。一体どうなってるんだ? 魔法は人を若く保つ効果でもあるのか?
「あはは、実は朝から居たんだけど、面白そうだからずっと聞いてた」
「ふう。相変わらず常識ってものがないですわね」
「シャルルはいつも厳しいなぁ。でもボクが来たからには大丈夫。心配いらないよ」
そういってジャンさんの頭の上に両足で立ち、ふわりと空中浮遊を始めた。これが魔法か。なかなかに興味深いね。もしかして手から炎とか出せるのかな?
「カミラちゃん、そう面白そうに見つめないでくださいな。こんな破天荒な姉なんです」
かなり天真爛漫の自由人のようだな。扱いが大変だというのは、何となくわかった気がする。
「初めまして、カミラといいます。あの……ブリッツさんは、エルフなんですか?」
「ボクがエルフだって? 面白い子だね、君は」
そう言いながら、空中に静止していた彼女は、ゆっくりと俺の前に降りてきた。
「その特徴的な耳は、エルフではないのですか?」
「この耳こそが悪魔と契約した印だよ。フードを被って隠している連中もいるけどね」
……なるほど。そう言えばメンデルでもフードを被ったヤツは結構見かけた。妖しい雰囲気のヤツも居たが、理由はそう言うことか。悪魔と契約して魔法が使えるようになると、その証拠に耳が伸びるのか。隠さないと迫害されるか捕えられてしまうと……。
「私も悪魔と契約すれば、魔法を使えるようになるでしょうか?」
「なれるよ。でもね、契約を結んだ悪魔に騙されて直ぐ死んじゃう人もいるし、長生きしたいなら魔法なんて使わない方がいいと思うよ」
まぁ、寿命を対価に力を得る訳だからな。言いたいことはわかる。寿命を削ってまでやりたいことがあるなら、別かもしれないけれどね。
確かめておきたいのは、魔法がどこまでの力を発揮できるのかだ。今後、魔法使いが敵に回ることがあるかもしれないし、場合によっては自分が魔法使いになることだってあるかもしれない。
俺はブリッツさんから、魔法のことを徹底的に聞き出した。彼女は淀みなく俺の質問に答えてくれた。
大体の仕組みはこんな感じだ。
寿命を削った分だけ、悪魔から魔力が供給される。寿命を削れば削った分だけ、魔力は大きくなる。燃料のようなものだ。だが魔法を使うためには、魔力だけあっても意味がない。魔力を効率よく燃やして動かすことが必要なのだ。そこで必要になるのが精神力だ。精神の力が魔法を具現化する重要なカギになるそうだ。
そして、魔法でどこまでの力が発揮できるかだが、一概には言えないそうだ。魔力が小さくても、精神の力を上手く使えば大きな効果を発揮する。反対に魔力が大きくても、それを上手く扱えなければ、大した効力を発揮できない。一説によると、僅か1秒分の寿命の魔力で、山一つを消滅させた魔法使いも存在したという。
また複雑なのが、契約する悪魔によって、同じ量の魔力でも要求される寿命が異なるというのだ。悪魔Aでは魔力10を得るのために寿命が10年必要だが、悪魔Bでは寿命1年で同じ魔力10を得られることもある。これは上級の悪魔と契約すれば、要求される寿命が少なくて済む、という訳ではないらしい。人間と悪魔との相性なので、基準がないそうだ。魔法も一筋縄ではいかない世界のようだな。
ブリッツさんが、どうして魔法に詳しくなったかを聞いてみた。すると意外な答えが返って来た。
「契約した悪魔の1人に”研究者”と呼ばれている者が居てね……。彼が魔法について研究しているから、いろいろ教えてもらえるんだよ」
悪魔も人間同様、いろいろな属性があるそうだ。悪魔が人間に供給するのは、原則魔力だけだ。だが彼らの中にも変わり種がいる。そういう悪魔は、契約以外にも人間と特別な関係を築くことがあるらしい。
ブリッツさんは話の途中で、気になることを呟いていた。
「……君はもう悪魔と契約してるみたいだね」
「どういう意味ですか?」
「ゴメン。何でもない。そのうち分かると思うよ」
不吉な言葉を残して、ブリッツさんはシャルルさんと店へ戻り、早速切り盛りを始めたのだった。
もちろん俺は悪魔と契約なんてした覚えはない。なるべく長生きしたいと思っているからね。




