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第39話 裏切り

 ファラデー家の屋敷は、王宮から歩いて僅か20分程度のところにある。アルベルトさんを先頭に闇中を急ぐと、大きな門が薄っすらと見えてきた。


 門は頑丈そうな錠で閉じられていた。これをレンレイ姉妹がこれを難なく開錠する。そういえばこの姉妹の特技は、ドア構造の把握と鍵開けだったな。このレアな特技はどこで身に着けたのか。聞くのをすっかり忘れていた。俺もいざというときのために教えてもらいたいぞ。


 門を抜けると広い芝生の庭になっていた。野球場が何個も作れそうなほど広い。屋敷にはまだ灯が点いている。


 ここから二手に分かれる。シャルル・ニコルル組は屋敷の裏手へ、主力は正面で待ち伏せ準備だ。庭には、隠れるのにちょうどよい大きな植木がある。ここまでは作戦通りだ。何の問題もない。


 10分もすると、周囲に煙の香が漂いはじめた。放火が成功したようだな。暫くすると、屋敷に火が回り、煙の臭いがいっそう濃くなってきた。


 正面玄関から、ワラワラとメイド達が逃げ出すように現れた。必死の形相だ。さらに貴族と思われる数名と商人達が逃げ出てきた。本命のヘンリーはまだ見えない。


「おかしいの。少し遅いようだが……」


 ニールスさんのつぶやきと同時に、書類をたくさん抱えたヘンリーが、護衛を連れて現れた。焼け出されたら困る書類を選別していたのだろう。よし、今がチャンスだ。


 俺とニールスさん、レンレイ姉妹がヘンリーの前に躍り出て剣を抜いた。貴族や商人たちは暴力の匂いを感じ取ると、一目散に屋敷の敷地外へ逃げ出していた。あいつらは放っておいていい。


「ヘンリー=ファラデー、貴様の企みはすべてお見通しだ。国王陛下への反逆、万死に値する。よってこの場で処刑する!」


 ニールスさんが剣を掲げ、高らかに宣言する。さすがメンデルの元騎士団長。こういう時はかっこいいぜ。


 ヘンリーはきょとんとした顔をしていた。だが、一瞬の間を置いて突然笑い出した。


「フハハ、……フハハハハハハハハッ~~!!!」


 企みをぶち壊されたショックで、気でも触れたのだろうか。どちらにしても、自分の終わりを悟ったのかもしれないな。


「何がおかしい! 貴様は追い詰められたネズミ同然、もう終わりだっ!」


 ニールスさんが剣の切先をヘンリーの喉元に向けた。肝心の護衛は、ぼんやりと突っ立たままだ。ヘンリーの護衛ならば、剣を抜いて抵抗するはずだが、どうも動きがぎこちない。あまり人間らしさを感じない。


 その不自然さをレンレイ姉妹も感じ取ったのか、護衛達に即斬りかかった。ほとんど抵抗もなく裁断され、地面に死体となって転がった。だが血が出ていない。ほんの少し、レンレイ姉妹の剣を濡らす程度しか出ていないのだ。護衛が既にアンデットになっている可能性があるな。


「カミラ様、何かおかしいです。早くヘンリーを始末してくださいっ!」


 その言葉を聞いてニールスさんが、素早く動いた。だがヘンリーは持ち出した書類を楯にしてニールスさんの一撃を防ぎ、剣を抜いて両手で構え、戦闘態勢に入った。


 ここはもう多勢に無勢だ。焦ることはない。護衛は既に斬り捨てた。蘇る気配はない。まだ出来の悪い不完全なアンデットだったのかもしれない。これでヘンリー1人だけだ。


 直ぐにシャルルさんとニコルルさんが駆け付けてくれた。ちょうどヘンリーの後ろに回っている。これで挟み撃ち。作戦通りである。ここまで上手く行き過ぎると気持ちが悪いくらいだ。あとは警戒していたリッチだが、姿が見えない。今日は屋敷にいなかったのかもしれないな。俺達の目標はあくまでヘンリーだ。リッチが居ないなら、それに越したことはない。


「おい……何であんたがそっちに居るんだよ!」


 ヘンリーが大声で叫んでいる。叫んだその先には、――― アルベルトさんが居た。


「クククッ……。うるさいぞ小僧。事前に情報を流してやったのに失敗しおって。この使えないウスノロがっ!」


 温厚で紳士なアルベルトさんが、突然汚い口調で怒鳴り出した。何が起きたのか理解できない。どういうことなんだ?


「ここにはもう用はないな」

「あ、あの……アルベルトさん?」

「黙れ小娘」


 ドキっと俺の心臓が跳ね上がった。不吉な感情が湧き上がる。もしかして、アルベルトさんはファラデー家のスパイだったのか?


「フヒャヒャヒャヒャ! アルベルトさんはな、俺たちのボスなんだよ。お前らの様子は全部筒抜けだったんだぜ」

「そんな! ……アルベルトさんが敵だなんて」

「敵どころか、俺は全部この人の指示で動いていただけだ」

「黙れヘンリー。それ以上口を開くとお前からアンデッドにしてくれるぞっ!」

「……アルベルトさん、嘘ですよね?」

「ふん、小娘。全部ヘンリーの言う通りだ。暫く様子を見ようと思っていたが、この国にもう用はない。必要な物は手に入れておるしな。このまま消えさせてもらうぞ」


 アルベルトさんが手を地面にかざすと、青い光が迸った。光の中から人影が現れた。髪の長い女だ。


「あれは、カミラ様?!」


 なんと光の中から現れたのは、俺だった。いや違うな。顔に生気がない。肌の色が青黒い。とても生きているようには見えない。


「小娘、お前を初めて見た時は肝を冷やしたぞ。儂の大切な死体が、生き返ったのかと思ってな」

「まさかそれは……!」

「そうだ。お前の妹メリリアの死体だよ。殺したのも儂だ。騎士団長に化けてな。首を斬り落とすつもりが、うっかり腕を切り落としてしまった。儂は呪術専門だから剣は素人でな。まぁ、結果死んでくれたから問題なかったがね、クヘヘヘヘヘ」


 邪悪な笑みを浮かべている。まさかあの人畜無害な宰相が、真の黒幕だったなんて!


「おっと、気付いていないようだから言っておくが、儂がリッチだ。あのチビ鴉が見たのは儂の姿だよ」


 このおっさんがリッチだと? 普通の人間にしか見えないぞ?! まったく疑いもしなかった。


 リッチは骸骨姿にローブを羽織っているはず……。この固定観念が仇になったかもしれない。どのモンスター資料を見ても、リッチは骸骨の姿でしか描かれていなかった。まさか、完全な人間の姿で存在するなんて予想もできなかった。


「妹の遺体をどうするつもりだ!」

「決まっておろう。こやつは強い生命力に溢れている。そして殺したのはこの儂だ」


 こいつ……。メリリアを2体目のリッチにするつもりか。これはまずいな。なんとか遺体を取り戻さないと、コーネットどころか世界が恐怖する怪物を生み出してしまう。自分の双子の妹がリッチになって世の中から敵視されるなんて冗談じゃないぜ!


 俺が動く前に、ニールスさんが動いていた。アルベルトという名のリッチに猛烈な剣撃を浴びせていた。だが、剣が当たったと思った瞬間、体をすり抜けた。ホログラムを相手に斬っているようだ。めげずに何回も斬り込むが、幻を相手にしているが如くだ。


「無駄だ。儂の専門は幻覚の呪術。何人にも正確な姿は捉えられない。フヒャヒャヒャー」

 

 気持ちの悪い笑い声を上げると、アルベルトだったリッチは、メリリアの遺体を抱えたまま姿が薄くなっていった。瞬きする間に背景に溶け、消えてしまった。


「何処へ行った!?」


 ニールスさん達が必死になって探すが、取り残されたヘンリー以外の人影はない。屋敷が煌煌と燃え上がっている。周囲は昼間のように明るい。だがリッチとメリリアの姿は闇と同化してしまったかのように、気配すらも完全に消えていた。これが呪術の力なのか!?


「アルベルトの旦那ぁ、俺を置いていくなんてひどいじゃないですかー」


 ヘンリーが剣を握ったまま泣きそうになっていた。


 そう、どこの世界でも役目が終わった駒は、捨てられるだけなのだ。


「お前ら、わかっただろ? あいつが全部の黒幕で俺は無実なの! 脅されてやってただけなんだよ、ヘヘヘ、なぁ許してくれよぉ」

『そうそう。お前らにはこれを土産に置いておこう。せいぜい楽しんでくれ。フヒャヒャヒャヒャ』


 空から声が降って来た。人畜無害だったはずのアルベルトの声だ。どうしてヤツがリッチだと誰も気が付かなかったのか。全員が幻覚呪術を掛けられていたのだろうか。


 ――― ドシン。


 夜の闇から地響きがした。全員が音の方向を向くと、そこには巨大な影があった。


「こ、これは……まさか旦那、アレを……」


 ヘンリーはどうやら正体を知っているようだ。火の灯に照らされて闇から浮かび上がってきたのは、ドラゴンだった。だが少し様子がおかしい。皮膚が爛れてどす黒い紫色だ。所々肉が削げ、骨が覗いて見える。口からは炎ではなく、死臭を吐き出している。


「カミラ、これはまずいぞ」

「ニールス叔父様、何者ですか。これは……」

「ドラゴンゾンビじゃ。ドラゴンがアンデッド化しておる!」


 こんなの反則技だ。ただのドラゴンですら伝説的な強さなのに、それが死なないアンデッドになっているなんて、もはや天災だ。普通に戦ってどうこうなる相手じゃないぜ。


「皆さん! 全員全力で撤退してください!」


 一度ここは引くしかない。戦っても死人が出るだけだ。


 全員が素早く門まで移動する。1人取り残されたヘンリーが、ドラゴンゾンビを見上げて動けなくなっている。


「あ、おっ、おい、ちょっと待ってくれよぉ」


 恐怖で体が固まっている。足が震えて走れないようだ。


 その時だった。ドラゴンゾンビがヘンリー目がけて黒い息を吹きかけた。口から吹かれるブレスは、本来なら真っ赤な炎のはずだ。だがゾンビ化しているせいだろうか、息が黒い。辺りが強い死臭で満たされる。鼻が曲がり目まいがするほどの臭さだ。


 まともに息を喰らったヘンリーの体は、みるみるうちに全身がどす黒く変色していった。


「あ、あ、あ、……まだ死にたくな」


 全身が死臭に侵されたヘンリーの体は、脆い土人形のようにボロボロと崩れ落ちていった。


 あのブレスに当たると腐って死ぬのか。これは危険すぎるな。逃げの一手が正しいはずだが、このまま俺達だけ逃げた場合、コイツは街の方へ行くだろう。多数の死者が出るかもしれない。

 

 やはり作戦というのは、想定通りにいかないものだ。結果的にヘンリーは死んだが、これではオマケがあまりにも大きすぎる。下手をすると、コーネット全土が死臭に満たされた焦土になってしまう。


『ヴァルキュリアっ! ドラゴンゾンビを斃すには、どうしたらいいですか?』


 音速の物知り博士なら知っているかもしれない。最後の頼みの綱だ。


『アンデッドは、術者を斃すしかありません。あるいは高僧や聖なるもので封印する以外、対処する方法がありません』


 術者であるアルベルトは、既に消えて行方不明だ。探している間に街を破壊されるか、自分たちがやられてしまうだろう。聖なるものというと、教会くらいしか思いつかない。そこまで誘導する間に、街の人々を巻き込んでしまう危険がある。ブレスが一発誤爆しただけで、何人死者が出るかわからない。あまりにも犠牲が大きすぎる。


 ……仕方がない、最後の手段はアレしかないよな。俺がドラゴンゾンビの能力を受け入れて奪うしかないだろう。もしかしたら、受入れ容量オーバーで、相打ちになってしまうかもしれない。だがそれでも街は救える。最悪は俺が死ぬだけで済む。賭けの勝率は未知数だ。


 そういえば、賭け事好きな先輩が口癖のように言ってたな。”勝敗の確率を気にするようなヤツは勝てない。常に勝つことしか考えないヤツが真のギャンブラーなんだぜ”と。ダメだ、俺はギャンブラーにはなれそうもない。どうしても最悪な事ばかりを考えてしまう。

 

 死を意識すると、なぜか俺の脳裏にはビスマイトさんの寂しそうな顔が浮かぶ。思わず涙が出てきてしまった。


「待て!」


 その時、透き通るような女性の声が聞こえた。銀色の髪を棚引かせて登場したのは、ご先祖様だった。


「ミカ様、どうしてここへ?」


「尋常ではない瘴気を感じたのでな。来てみればドラゴンゾンビか。肝心のリッチはどうした?」

「逃げられました。正体は宰相のアルベルトで、幻覚呪術の使い手でした」

「……なんと。そうだったのか。妖しげな気配を感じてはいたが、私も幻覚で騙されていたようだ」

「ミカ様を惑わすほどの呪術ですか。相当な使い手なのですね」

「私は幻覚呪術と相性が悪い。すまんな、わかってやれなくて」

「いえ。それより今は、アイツをどうするかです」

「すべて私に任せよ。カミラは下がっていろ!」

「一体どうするおつもりですか?!」

「ヤツを地下へ封印する」


 そう言うと同時に、ミカさんは地面を蹴って猛然とドラゴンゾンビに掴みかかった。ブレスが浴びせられるが、気にする様子もなく、かわさずに突っ込んで行った。まずいぞ、アレを喰らったら体が腐敗してしまう。


「ミカ様!!!」

「うろたえるな! ドラゴン族にはドラゴンブレスは効かぬ」


 そうだったのか。知らなかった。まだまだ未知のことの方が多い。もっとモンスターについての知識を身に付けないとダメだな……。


 ドラゴンゾンビの首にぶら下がったミカさんは、クルリと体を回転させながら背中に飛び降りた。両手を上げて呪文のようなものを唱えると、ドラゴンゾンビが苦しそうに咆哮を上げた。


「カミラ、短い間だったがお前と会えて楽しかったぞ。これから辛い事が起きるやもしれぬが、しっかり全力をつくせ。お前ならできる。では……さらばだ」


 最後の捨て台詞みたいで嫌だよ。封印するだけなのに、なぜそう言うことをいうのか。

 

 ミカさんが掛け声を発すると、巨大な稲妻が走った。稲妻がドラゴンゾンビに直撃すると、不思議なことが起きた。そう、ドラゴンゾンビがズブズブと地面に沈み始めたのだ。必死でもがいて抜け出そうとするが、それをミカさんが制止している。


 ゾンビとはいえ、ドラゴンの暴れる力を抑えられるのは、やはりミカさんがドラゴンだからだろうか。


 何となく嫌な予感がした。まさか、ミカさんもこのまま一緒に地下に行く気なのか?!


「ミカ様! 早くこちらへ来てください!」


 ミカさんは何も言わなかった。ただ俺の方を見て、にっこりと満面の笑みを浮かべているだけだった。その笑顔はどことなく寂しそうだった。作り笑いに違いない。


 ドラゴンゾンビとミカさんは、あっという間に地面の中へと消えて行った。封印の跡地は、何事もなかったかのように普通の地面に戻っていた。


「カミラ様、大丈夫ですか?!」


 レンレイ姉妹が心配になって戻ってきていたようだ。いや姉妹だけではい、結局全員が屋敷の庭に戻っていた。


「ミカ様が、初代エランド王が一緒に……。どうして?」

「封印にはそれに見合った力を持つ依代(よりしろ)が必要なのだ。ミカ様は自分を犠牲にして、脅威を排除された。この国を救ってくれたのじゃ」

「そん、な……」


 俺の両目からは、ポロポロと涙が零れていた。悲しみよりもショックの方が大きかった。まさか自分の目の前で、肉親が死んでいくなんて。想像もしていなかった。


 気が付くと俺は、レンさんの胸で泣いていた。大声で泣いていた。涙が涸れるほど泣いた。泣き終わる頃には、ファラデー屋敷が完全に燃え落ちて、炭の塊になっていた。


◇ ◇ ◇


 王宮に帰ると、心配そうな顔をしたジャンさんが出迎えてくれた。事の顛末を説明すると、なんとも言えない雰囲気が漂ってしまった。


「まさかアルベルトが主犯だったなんて……」

「ジャンさんは悪くありませんよ。あの初代エランド王のミカ様でさえ、見抜くことができなかったのですから。呪術の専門家でもない限り、事前に止めることは不可能だったでしょう」

「……しかし、アルベルトは……。いやもう何も言いません。アイツは私が必ず見つけ出して斃します。姉上の仇でもあります。絶対に許しません」


 静かにだが強い決意を秘めた声だった。俺も、自分の妹の遺体を奪われて黙っているほどお人よしではない。もちろん、本来の俺からすればメリリアは赤の他人だが、この体の持ち主に報いるためにも、ちゃんと弔ってあげたいのだ。


「あのリッチは狡猾です。そして幻覚呪術の達人です。そうやすやすと居所を掴むことはできません……」


 レンさんが現実的な意見を言ってくれた。そう、熱い思いだけでは決して届かない。情熱や意思だけでは乗り越えられない壁がある。


「ところで、アルベルトは何をするつもりなのでしょう?」


 俺は純粋に疑問に思った。誰も斃す事のできない不滅の存在となり、何を目指すのか。世界征服なのか、それとも社会の混乱を見て楽しむ下道なのか。


「リッチであり強力な呪術者じゃ。何か目的があるかもしれぬな……」


 一同は黙ってしまった。自らリッチになるような狂人の事だ。およそ常人には推し量れない目的があるのかもしれない。


「アルベルトは……こんな事をよく言ってました。”世界の頂点から見下ろす景色はどんなものだろう”って」


 ジャンさんが記憶を辿るように呟いた。


「”世界の頂点”……ですか?」

「ええ。世界の頂点と言えば、サザ王国の王家の事です」


 サザ王国……? 一体何処だそれは?


「ふむ、これでアルベルトの目的は大体分かったな」


 皆が一斉に頷いた。理解できていないのは俺だけらしい。


「あの……サザ王国というのは何ですか?」

「カミラ様、ご存じないのですね。サザ王国はエルマー大陸で最も大きな支配力を持つ国です」


 レンさんが詳しく説明してくれた。彼女によると、このエルマー大陸の大部分は、中央にあるサザ王国が支配しているらしい。メンデルもコーネットも、大陸の西方にあるほんの小国に過ぎないのだ。”世界の頂点”は、サザ王家を意味する隠語。”世界の頂点から見下ろす景色”という言葉は、アルベルトがサザ王家を乗っ取ることを示唆している。もし成功すれば、実質的に大陸の支配者となる。


「アルベルトが、単独でコーネットやメンデルに戻ってくることはないでしょう。おそらく中央王都で暗躍するつもりだと思います。中央王都に対して私達がどうこう言える筋合いはありません。でも将来ぶつかることになると思います」


 アルベルトの強力な呪術と不死性を駆使すれば、そのサザ王国ですら乗っ取ることができるだろうな。時間はかかるかもしれないが。となれば、その後は大陸統一を目指し、ここへも攻め入って来る可能性はかなり高い。数年後か、あるいは数十年後かはわからないが。


「今は、アルベルトを追って中央王都へ行くよりも、コーネットやメンデルで、”その時”のために力を蓄えるべきかと。放っておいても、ヤツは必ずここへ攻め入ってくるでしょうから」


 レンさんが建設的な意見を言ってくれた。確かに激情に任せて闇雲にアルベルトを追っても、勝算は低い。居場所を発見できるかどうかすらわからない。仮に見つけられたとしても、今の俺達では返り討ちに合ってしまうだろう。


 ヤツの最終目的が大陸の支配なら、最後はこの国へもやってくる。それまでに迎え撃てるだけの力をつけることが、唯一今の俺達にできることかもしれない。話が一気に大きくなったが、これからはますます忙しくなりそうだ。


「レンさん、ありがとうございます。ジャン様、メリリアの仇を討つためにも、相当な国力を付けることが肝要です。一緒に戦いに備えて頑張りましょう」

「カミラさん……いや、姉上。はやる気持ちはまだ収まりませんが、貴女の意見に従います」


 ちょっと頼りない爽やかイケメンはこれでも国王だ。ファラデー家亡き後、政敵はいない。国民人気に乗って、普通に政治を行うだけでも、それなりの国力は付いていくだろう。もちろんそれだけは不足だ。稀代の化け物が操る中央王都軍に対抗しなければならないのだ。圧倒的な軍事力が要る。それと……問題はメンデルの方が大きいかもしれないな。まだ国内に獅子身中の虫がいるからね。


 そこへ突然、コーネット家のメイドとコック達が入って来た。


「何事だ? 食事は頼んでいないぞ」

「ジャン様、これは戦いからお帰りになった皆様へ出すように、とミカ様から仰せつかった料理です」

「これは……カリーではないか!?」

「はい、ミカ様がお考えになられたスパイスの配合で作りました。お願いです、とにかく召し上がってみてください!」


 コック達がやけに強引だ。普段は厨房から出て来ることもほとんどない連中なのに……。


 俺たちは手にスプーンを取って一口放り込む。……美味い。これまで食べたどんなカレーよりも美味い。日本にもかなりレベルの高いカレーがあるが、比較にならない。群を抜いている。


 気が付くと、周りの者は一気にカレーを食べ尽くしていた。あまりの美味さに我慢できなかったのだろう。その光景をコック達はニコニコ顔で観ていた。


「どうですか、このカリーは? ミカ様が独自に研究された味です。私達も食べて驚きました。このような美味は初めてです」

「ミカ様はなぜレシピを作ったのですか?」

「自身で店を開きたいと言っておられました。この味なら大繁盛間違いなしですよ!」


 コック達もメイド達も興奮気味に語っている。


 ミカさんが厨房でしていた大事な話とは、このカレーのレシピだったのか。本当なら彼女は、カレー屋の店主になっていた訳だ。……実に人間らしくていい。きっと楽しい店になっていたはずだ。だがもうそれは叶わない。自らを人柱としてドラゴンゾンビを封印したのだから。彼女はこのカレーを食べることはできないのだ。そう思ったらまた涙が溢れてきた。カレーを食べながら、涙が止まらなかった。


 アルベルトは絶対に許さない。妹の、そしてミカさんの仇だ。ヤツを斃す。そのためには、俺個人はもちろん、国全体がもっともっと強くなる必要があるだろうな。


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