第38話 クーデター
――― 2週間後。
俺は再びコーネットの王宮に居る。
そしてなぜだか、ニールスさん、シャルルさん、ニコルルさん、レンレイ姉妹も一緒だ。さらに言うと、解呪され自由に動けるようになったミカさんまでもが居る。
簡単に言うと、ジャンさんに頼んで用意してもらったスパイスをメンデルに持ち帰り、ブラッドールの屋敷に帰った。が、誰も居なかったのだ。心配してヴァルキュリアに様子を探らせると、ミカさんのいる火山地帯に全員集合しているというではないか。
なので、俺もミカさんの下に急いだ訳だが、そこでは全員で情報共有がはかられていた。まぁ、情報共有はチーム連携の基本だから悪いことではないけれど、俺が到着するなりカレーパーティが始まってしまったのだ。
火山地帯のため、熱源には困らない。茹でる、湯がくは簡単だ。そしてディラックさんが調査隊で使っていたランチ仕様の炭窯を設置し始めてしまった。
そこではもう、飲めや歌えやのちょっとした宴会になっていた。
事の起こりは、レンレイ姉妹だった。彼女たちが皆にミカさんのことを話して歩いたところ、王家の初代を粗末に扱うわけにはいかない、という展開になった。毎日のようにミカさんの所へ何人かが料理を持っていっては、楽しく過ごしていたらしい。
俺としても嬉しい限りだけど、話し込んでいるうちに結束が高まってしまったようだ。皆、俺の話題をきっかけにして、盛り上がって親交を深めてくれたようだ。まぁ、俺ごときが皆の話のネタになれたのなら本望だ。ええ、新人サラリーマンは弄られてなんぼですから。弄られ上手は愛され上手、ということにしておこう。
結局、火山地帯でチキンカレーを食べながら、コーネットの状況を全員で共有するという変なミーティングが行われ、結論として全員でコーネット行くと言い出した爺さん……もといニールスさんがいた。
その話しに乗った人達が今、王宮に集合しているという訳だ。まぁ、ニールスさんはジャンさんと昔からの繋がりがあるし、ニコルルさんはそもそもコーネットの人だ。シャルルさんはまだ姉妹の絆を温めたいだろうし、レンレイ姉妹は俺のお付きということで良しとしよう。だがね……ミカさんは一体どうしちゃったのだろうか。
ちなみに、ビスマイトさんは長い間工房を離れることができないので、屋敷にとどまった。ヴァルキュリアで随時様子を連絡するという約束で、なんとか納得してもらえたが、目茶苦茶ついてきたそうな顔をしていた。あの怖い顔が半泣きだったもんな。ちょっと可哀想だったが仕方がない。
当然ディラックさんは城から離れられないので、お留守番である。現役の騎士団長が、他国の王宮に長期滞在してサボるわけにはいかない。
ということで、これまた偏ったメンバーでコーネットにお邪魔しているという訳だ。
ジャンさんの好意で、一部屋づづ客間を貸してもらっている。王宮だし来賓用の宿泊施設は元々充実しているだろうから、その辺は心配していない。
「あのー……ミカ様はどうしてここへ?」
「あの”カレー”というヤツが忘れられなくてな。コーネットが美味い食べ物で溢れているならば、ぜひ自分の舌で本場の味を確かめたいと思ってな」
なるほど。食欲先行で動いた訳か。これまで長い間粗食だったのだから、気持ちはわからんでもない。だけど今、コーネットは危ないんだぜ。もうドラゴンでもなんでもないミカさんが、怪我でもしたら大変だ。
「何を不安そうな顔をしておる。ひよっこの子孫に心配されるほど、まだまだ落ちぶれてはいないぞ」
「ですが、これからコーネットでは何が起きるかわかりませんよ……」
「私は政争やら戦闘に加担するつもりはない。残りの人生、美味い食べ物を追求することにしたからな」
ニッコリと無邪気に笑うミカさん。この人ほどの苦労人はこの世に居ないだろうから、もうそれくらい吹っ切れて、政治や争い事から身を遠ざけて欲しいというのも俺の本音だ。彼女が納得してくれるなら、むしろコーネットで食をとことん追及して楽しんで欲しい。この人の場合、100年くらい遊び続けてもバチは当たらないよ。それほどまで身を犠牲にしてきたんだからね。休暇無しで、しかも全部がサービス残業だった訳だ。ドラゴンに喰われるなんて完全に労災だぜ。
「わかりました。美味しいお店を見つけたら教えてくださいね」
対象的に一番息を巻いているのは、ニールスさんだ。やはりジャンさんに対する思い入れもあるだろうし、先代のコーネット王への恩義もあるんだろうな。
「それで、カミラよ。どういう作戦でいくのじゃ? 儂はいつでも剣が抜けるぞ」
この人もう戦う気満々だよ。ベテラン貴族だから政争や王族の扱いには慣れている手練れかと思っていたが、脳筋ファイターの要素が強いようだ。まぁ、騎士だしな。基本属性は戦いなんだろう。となると、ここでブレーンとして頼れるのは誰なんだろうか?
「カミラ様が作戦の指揮官となってください」
レンレイ姉妹、余計なことを言うな。
「姉上、どうかご指示を!」
ジャンさん、もう姉上の呼び名が定着したのかよ。だが、できれば兄上と呼んでほしい。あと他力本願過ぎるぞ。そんなんじゃ、この先大変だぞ。
「アリシア様、お願いいたします」
アルベルトさん、宰相だったら普通はお前が指揮官だろ。老獪な搦め手をたくさん知ってそうだけど……。
ということで、なぜか俺が”コーネット改革軍”の指揮官に任命されてしまった。当たり前だが総大将はジャンさんだ。
でもな、具体的に誰が敵で、何が悪いのかもわからない。まずは徹底した情報収集からだろう。情報がないのに作戦を立てるのは愚の骨頂だ。
足並みは揃っていないけど、やる気だけはあるハチャメチャなプロジェクトチームが結成されたような気分だよ。
まぁでも、情報戦で頼りになるのはアイツしか居ないよな。
『ヴァルキュリア、居ますか?』
『はい、情報収集ですね? 獣王様がメンデルへお越しだったこの2週間でほぼ済ませております』
『……さすがですね』
『いえ、私の出来る事は、情報を集めることと伝達することだけですから』
この鴉さんが、序盤戦では一番頼りになりそうだな。知識と情報収集力は人間では敵わないし、何よりもスピードが違う。情報は鮮度が命だ。
『それで、この国の政治体制はどうなっているのですか?』
『最も警戒すべきは、やはりあのヘンリー=ファラデーです。ファラデー家は、王家の乗っ取りを画策しています。押しの弱い国王、発言力のない宰相の性格に付け込んで、クーデターを計画しているようです』
『クーデターの具体的な内容はわかりますか?』
『明日、その打ち合わせが行われるようです。探って参ります』
ほう、これはきわどい展開になってきたな。クーデターを起こすには、それなりの大義名分がないと難しい。武力で王家を制圧できたとしても、国民が納得するだけの理由がないと後が続かない。国民から反感を買って、3日天下に終わったクーデターもたくさんあるからね。
『しっかり探ってください。他には何かありますか?』
『コーネットの国民感情ですが、王家に対する期待は大きいようです。ジャン国王は若さとルックスも手伝って、人気は上々です。他に警戒すべき貴族はいくつかありますが、基本的には風見鶏です。クーデターからは距離を置いていますが、流れが傾いた方に付く算段をしています』
悪の総帥はファラデー家だけのようだな。ここを叩けば、少なくとも見た目上の敵はいなくなる。あとはもう、ひたすら良い政治を心掛ければ、元々人気は高いのだから、自然と国民や貴族もついてくるだろう。
しかし、この国は碌な貴族が居ないな。その点はちょっと可哀想だと思う。ヴルド家のように、1つくらいはまともな貴族が居てくれてもよさそうなものだが。
『それとメリリア様謀殺の件です。主犯はファラデー家です』
『間違いありませんか?』
『ヘンリー自身が話しているのを聞きました。メリリア様殺害の実行犯もこの耳で聞きました』
『実行犯は誰ですか?』
『この国の現騎士団長です』
『……まさか!?』
『元は一介の騎士でしたが、メリリア様を暗殺したことで、突然の出世をしたようです』
早くも仇が見つかったな。やはり情報を制するものは世界を制するというが、ある意味当たっている。情報ばかりの頭でっかちは良くないけれどね。あとは油断せずに、ファラデー家以外にも反国王派の勢力がないか、気を配っておこう。
◇ ◇ ◇
レンレイ姉妹はともかく、他の皆はコーネットの王宮生活を堪能していたので、そのまま放置しておくことにする。ジャンさんも親しく話せる人が増えて嬉しいのか、一緒になって遊んだり剣を振るったりとのびのび過ごしている。今のところ作戦も立っていないので、遊んでもらっている方がいい。
本当なら、こういう時くらいはレンレイ姉妹にも羽を伸ばして、ゆっくりしてもらっていた方がいいのだが。
あれこれ考え事をしているうちに、ヴァルキュリアからの連絡があった。
『獣王様、クーデターの詳細を掴みました』
『ありがとう。話してください』
『はっ。既に1年前からクーデターは始まっていたようです』
『それはどういうことですか?』
『ファラデー派は国王命令と称して、税率を現在の3割から8割へ引き上げることを画策しています』
『その狙いは何でしょうか?』
『国民の反乱を狙っています』
ふむ、なるほど。何も知らない国王と宰相を出し抜いて、王の名前で無茶な税率アップを執行する気か。政治や財政にノータッチの国王は、知らぬ間に国民を敵に回すというシナリオだね。しかし国王はともかく、宰相のアルベルトさんはもう少ししっかりして欲しいな。宰相というと、実権を握る代表格なんだけどね。こう言っては悪いが、仕事をサボり過ぎているように思う。
『しかし現国王は、国民から人気があるのでしょう? 反乱が起きる前に国王の耳に入り、止めると思いますが……』
『そうさせないよう、ファラデー家は国民感情を扇動するサクラを仕込んでいるようです。昨年から、有力な商家や農家が多数買収されています』
なんと手回しのよいことで。金に目が眩む連中が居るのは、どの時代でも同じだ。こちらも早々に手を打っておかないとまずいな。序盤で負けると挽回が難しくなる。
『ファラデー家は国民の反乱に乗じて、国王を殺害し、自ら国王と称して税率を元に戻すことを約束することで、支持を得るつもりです』
『決行はいつになりますか?』
『扇動のサクラ達が噂を流し、広まって浸透するまで時間がかかりますので、1ヶ月後のようです。街中に税率引き上げの掲示が出ます。扇動者達が小作の農家を連れ立って、王宮に押しかけて来ることでしょう。その騒乱を利用して、騎士団長が国王を殺害します。国民が悪政の王を征伐したと、発表する計画です』
『わかりました。あなたのおかげで国王は救われそうです。他に気になったことはありましたか?』
『万が一の保険のために、良からぬモノを準備しているようです』
『……良からぬモノ?』
『アンデッドです』
ほほう、これもまたファンタジーの定番だね。スケルトンやゾンビの軍団でも用意しているのだろうか?
『アンデッドの種類と数はわかりますか?』
『数は1体のみですが、今後増えるかもしれません。その1体はリッチです』
……リッチ? なんかこう、死んだ魔法使いとか僧侶が蘇ったヤツだっけ。骸骨がローブを着て強力な魔法とか呪いを発動するイメージしかないな。
『アンデッドというのは、通常の攻撃で斃せるものですか?』
『彼らは不死の力で操られている人形です。力の元を断たない限り、斃しても直ぐに復活します。リッチを生み出した黒幕を斃さない限り勝てません』
そうなのか。俺の知っているRPGの常識とは少し違うようだ。黒幕を斃さない限りは、攻撃しても意味がない不死の軍団ということか。恐ろしい話だが、逆に言えばアンデット軍団が何万体襲ってきたとしても、黒幕の大将さえ倒してしまえば勝てるということだ。これまた情報が鍵だな。
『ではそちらの方も探っておいてください』
もはやヴァルキュリア頼みではあるが、早急に手を考えねばならない。俺にはこんな大がかりな政治的な戦いの経験はない。もちろん学んだこともない。相談できる人が居ないのはさすがに辛い。
唯一相談できそうなのはミカさんだけど、彼女を政争に巻き込む訳にはいかない。せめてディラックさんが居れば、知恵を貸してくれるかもしれないのだが。……無い物ねだりをしていても仕方がないか。まずは自分の力で考えてみるとしよう。
サクラによる扇動行為が一番の強敵だ。これをどう抑えるかがポイントになる。扇動が失敗すれば、ファラデー家も大義名分を失うはずだ。
扇動を止めるには、どうしたらいいのだろうか? こちらも対抗するために、買収行為を行なえばよいのだろうか? いやそれはダメだな。商家や農家が疑心暗鬼になって、下手をすればサクラ同士で争いが始まってしまう。一度争いが起きれば、それこそファラデー家の思うツボだ。
後は、税率引き上げの発表を直前で押さえてしまうことくらいか。でも、決まった方法で発表されないかもしれないよな。狡猾なファラデー家だったら、いくつも発表の手段を準備しているはずだ。事前にわかっていたとしても、当日に全部止めるのは難しい。
……さすがに手詰まり感がある。何しろこちらには駒がないのだ。頼りになる貴族もいない。戦争だというのに、武器が何もないというのは辛い状況だ。気は進まないが、ミカさんに知恵だけでも借りよう。もう四の五の言ってる場合じゃない。
ミカさんを王宮中探して歩くと、思わぬ場所で見つけることができた。彼女は王宮の厨房の中にいた。王専属のコックたちと何やら談笑している。何をやっているんだこの人は?
「ミカ様、ご相談があります」
「カミラか。今大事な話をしている、もう少し後にしてくれ」
コックと大事な話しですか。なんだろうね。もしかして料理でも始める気になったのだろうか。包丁も握ったことのないお嬢様なのに。
コック達との話が終わった後、ミカさんにヴァルキュリアからの報告のすべてを話してみた。直接手を動かすことはさせたくないが、アイディアや助言を貰うだけならいいだろう。年長者の話は聞いてみるものだし。
「どうすればファラデー家の陰謀を阻止することができるのか、私では全然わかりません……」
「随分と単純な話しだと思うが。わからんか?」
「はい、ですから困ってご相談しているのです」
「ファラデー家を潰せばよい。今すぐにそのヘンリーとやらを殺すがいい」
さすがは元ドラゴン。何でも暴力で解決すると思っているのだろうか。想像以上に脳筋だった。相談した俺が間違っていたかもしれない。
「あまりに乱暴な話ではありませんか?」
「お前は頭を使っているようで使えていないな」
ぐっ、脳筋に最も言われたくない台詞だ。
「相手はこの国で長い間政治を取り仕切り、貴族とも繋がりがある。商家や農家の動きも熟知しておる。その上でサクラを1年前から仕込むなど用意も周到。さらに万が一の戦力としてアンデッドを準備している。しかも相手はあのリッチ。厄介な相手だぞ。こちらは若き経験不足の王と無能な宰相しか駒がない」
「ええ、わかっています」
「いや、わかっておらん。カミラ、お前には地の利も人の利も無いのだ」
「だからわかっています! 戦うための武器がないから、こうしてご相談しているのです」
「武器なら持っているだろう……。今お前の手元にあるのは何だ?」
ニールさんを始め、政治には疎いが戦いに秀でた人達。これだけだな。
「そうだ。圧倒的に不利な状況で、よそ者のお前が政治的手法で敵うなどあり得ぬ。相手は政治だけでなく、戦力も用意してある。戦う気満々だ。だったら先手必勝しかない。単純な話だ」
「しかしそれでは、大義名分が立ちません! 国王や王族への不平不満が高まります。貴族たちも付いて来ないかもしれません」
「大義名分が無いのはあちらも同じだ。だからそれをでっち上げようとしておる。だがそんなでっち上げでは直ぐにバレるだろう。だからこちらも大義名分をでっち上げる。まぁ失敗しても国王の人気は高いのだろう? 少しくらい下がっても問題ない。政権を取ってからゆっくり挽回すればよい」
……脳筋だと思っていたが実に明快だった。踏んでいる場数が違う。それに国政というものを長期で考えている。俺みたいな、せいぜい企業経営くらいしか考えたことのない人間には無い視点だった。やはり聞いておいてよかった。
「……ありがとうございます、納得できました」
「安心するのは早いぞ。今の我らではリッチに勝てぬかもしれん」
「それは私でも敵わない、ということでしょうか?」
「そうだ」
リッチがそんなに強敵だったとは思っていなかった。所詮操り人形だ。本体である人間を止めればよいのかと思っていた。俺はこれまで、デスベア、ゴブリンロード、バンパイアロード、マンティコアと強敵と戦ってきた。それなりに経験値も上っている。まぁ、バンパイアロードは運で勝ったようなものだけれどね。
「リッチは操っている人間を斃せば、終わりなのではないでしょうか?」
「確かにな。だがな、操っているのが人間とは限らぬ。リッチがリッチを操ることもできる」
そんなの反則だ。でももし、そんなことができるなら、確かに勝つのは難しいだろう。一体どうすれば斃せるのだろうか。
「リッチは、死んだ高位の呪術師や僧侶が、呪術によってアンデッドに変化した者だ。当然他のアンデッドを生み出すこともできる。リッチを生み出した人間がリッチになったら、さてどうなるか……わかるか?」
「わかりません」
「人間が2人いるとしよう。2人とも高位の呪術師だ。1人目が死ぬ。これを2人目が呪術でリッチ化させる。そして1人目のリッチが2人目を殺して呪術を使いリッチ化させる。もちろん、リッチになれるのは、かなりレベルの高い呪術者だけだがな。もし2人の能力がリッチに相応しい水準まで達していなければ、この術は成功しない」
「つまりリッチを直接斃さない限り、勝てないということですね?」
「そうだ。だがアンデッドは死なぬ。体を剣で刻んでも炎で焼いても直ぐに復活する」
「ではどうすればよいのですか?」
「逃げるのが大原則じゃな」
「聖水や高僧の祈りは通じないのですか?」
「一時的に退けることは出来ようが、その場しのぎに過ぎない。最後は強力な呪いでやられてしまう」
何なんだよ、この世界のアンデットは。強敵じゃないか。スケルトンやゾンビなんてどっちかというと雑魚モンスターだと思ってたけど、そんな生ぬるい存在ではないらしい。
「……それでは打つ手なし、ということでしょうか?」
「方法がない訳でもない。ただし、お主に覚悟があればの話だが」
凄く嫌な予感がするけど、ここまできたらもうやるしかないだろ。
「言ってください。お願いします」
「うむ。お主がリッチとなって解呪すればよい」
……相変わらずミカさんの話は難しくて意味がわからない。俺にアンデッドになれ、と言っているのだろか。それには一度死ななければならない。どう考えても無理だろう。俺がリッチなっちゃったら、もちろん正常な精神を保てない。皆の敵にまわってしまうぜ。
「獣王の再生力を持つカミラにしかできん」
「は、はぁ……どうすればいいのですか?」
「アンデットになるための死の定義は、心臓の停止だ。お前なら心臓が止まっても再生されるだろう?」
試すのは真っ平ゴメンだけど、確かに再生されるよ。カーミラ戦やニールスさんにやられてるからね。
「リッチに一度殺されるのだ。するとお前もリッチの力を得ることができる。だが本当は生きているのだから、リッチ化することはない」
「お話わかりますが、それで何になるのですか?」
「奴の呪術能力を奪えばよい」
うっ……。わかるようなわからん理論だ。最終的に何をどうすればいいのだろう。そもそも”呪術能力”って何だ?
「わかっておらんようだな。お前は獣王である以前に”受入れ体質”なのだぞ。交わった相手の能力を受け継ぐことができる。リッチを殺せるのは、リッチの呪術だけだ」
そこまで言ってもらえば、さすがの俺でも理解できる。要するに相手の力を奪えということだね。……待てよ。となると、バンパイアやマンティコアの能力も奪えたのか?
「ただし受入れ体質の容量には限界がある。もしお前が、獣王の力だけで容量が一杯になっておったら、リッチの呪術能力を受け入れた瞬間、耐え切れずに死ぬことになる」
「……容量があとどれくらいか、事前に判別する方法はないのでしょうか?」
「ない。だから最初に言うたであろう。お主の覚悟が必要だと」
もしも俺がバンパイアロードの強力な能力を奪っていたら、容量オーバーで死んでいたかもしれないな。能力を吸収するのは、ハイリスク・ハイリターンって事か。……この体質、ギャンブル要素が強すぎるぞ。自慢じゃないが、賭け事は大の苦手だ。
「それ以外に手段はありませんか?」
「ない。嫌なら全員で逃げ出すしかないの。仮に私がドラゴンの力を使えたとしても、2体以上のリッチが同時に目に入れば、戦いを避けるだろう。それ程厄介な相手だ。バンパイアロードも強敵だが、奴らには日光という決定的な弱点があるしな。本来ならリッチにも、作った人間を斃せばよいという極めつけの弱点があるが、それを克服できてしまったら、バンパイアロードよりも厄介ということだ」
なんてこった……。これを聞いてしまったら、政治的な手法で勝とうとしていた自分が、馬鹿みたいじゃないか。ファラデー家の本命は、用意周到な政治的陰謀なんかじゃない。討伐不可能な無敵のリッチが切り札なんじゃないのか?
「リッチの弱点克服法は有名なんでしょうか?」
「リッチ自体がかなり稀だからの。微妙なところだ。人間が自らリッチになるためには、相当高度な呪術力もしくは強靭な生命力が必要じゃ。それを同時に2人分用意するのは難しかろう……」
「敵が弱点を克服したリッチを用意する可能性は、低いかもしれませんね?」
「だがあの小鴉の言い分では、もう何体か増えそうなのじゃろう?」
そうだな。1年前から用意周到に準備をするくらいの連中だ。完全体のリッチを用意する事も考えつくと思っておいた方がいい。俺もいろいろと覚悟が必要になるか……。
ちょっと考えが甘すぎたかもしれない。死傷者を出さずに、すべて平和的な政治手法で解決できると思うのは、現代日本人の感覚でしかない。この世界は過酷だ。少しでも手を間違えれば、命の危機に直結する。その恐ろしさを危うく忘れるところだった。獣王の力と味方が増えたことで、知らぬ間に過信していたかもしれない。
◇ ◇ ◇
「作戦会議をします。至急集まってください」
王宮の彼方此方に散っていたメンバーを集めるよう、メイドさん達にお願いしておいた。
「カミラ様、私達はいつでも戦場へ出られる準備をしております。ご命令ください」
レンレイ姉妹にやる気が漲っている。ニールスさんに至っては、室内で剣の素振りを始めてしまう始末だ。
「皆さん、落ち着いて聞いてください。これから作戦を説明しますので」
部屋の中心に立ち、周りにメンバーを座らせ、1人1人の行動を説明して言い含める。
作戦はこうだ。今夜、ファラデー家を襲撃してヘンリーを斃す。斃すと言っても少数精鋭だけを投入して短時間に蹴りをつける。ハッキリ言えば暗殺だ。汚いと言われるかもしれないが、相手は人外のアンデットを用意しているのだ。手段を選んでいる場合ではない。
まず国王はミカさんと王宮で待機。ニールスさん、レンレイ姉妹は主力として俺と一緒に行動を共にしてもらう。宰相のアルベルトさんは、ファラデー屋敷の間取りや構造をよく知っている。だから、案内役として俺たち主力を先導してもらう。
ニコルルさんとシャルルさんは、陽動部隊として動いてもらう。屋敷に火を放つ役割だ。火事で驚いた連中が出て来たところへ主力をぶつける。おそらく強力な護衛を連れているだろうから苦戦する。その隙に陽動のニコルル姉妹が後ろから強襲する。いわゆる挟み撃ちになるわけだ。
敵は切り札として、リッチを連れている可能性が高い。それを俺が引き受ける。リッチ以外を皆で斃してもらう。
以上をファラデー屋敷の見取り図を広げて説明した。各自流れを確認させ、質疑応答をいくつかする。
「すみません、ファラデー家を強襲する理由はリッチですか?」
心優しい爽やかイケメン国王が尋ねて来た。
「それもあります。ですが、ヘンリーが現騎士団長を使いメリリアを謀殺したのです。敵討ちもあります」
「僕も主力として参加したい。この手で……姉さんの仇を討ちたい」
「駄目です。大将自ら危険を冒すのは下策です。ジャンさんには綺麗な所に居て、知らぬ存ぜぬを通して頂きたいのです」
「どうしてですか?」
「大義名分は、国王陛下に忠誠を誓う有志の騎士達が、姉上の仇を討ったということにしたいのです。そうすれば、国民感情もジャンさんへと傾きます。あとは騎士団長を捕縛して締め上げれば、すべてを吐くでしょう」
「なるほど、上手い策ですな。これならば間違いありませんね」
答えたのはジャンさんではなく、アルベルトさんだった。いつもは腕を組んで寡黙なポーズをしているのに、今日は珍しく饒舌だな。
「肝心のリッチはどうする? 儂の知る限り、あれは稀代の化け物だぞ」
「わかっています、ニールスさん。それは私が何とかします。皆さんはとにかくヘンリーを斃すことです。捕えるのもいいかもしれませんが、余計なことを考えないよう各自役割に専念してください」
――― エランド調査隊のマンティコア討伐。役割と違った勝手な動きをして、ディラックさんに怒られたな。あの一発は今でも心に残っている。組織戦は全員が力を合わせないと勝てないのだ。
ヴァルキュリアの情報では今夜、ファラデー家でクーデターの打ち合わせが行われる予定だ。買収された貴族と商家も集まるらしい。そこを襲う。一網打尽にできれば幸運だが、最低ラインはヘンリーを斃すか捕縛することだ。他は金で繋がっただけの雑魚に過ぎない。
装備を整え、最後にもう一度各自の役割や動くタイミングを確認する。さらに不測の事態が起きた場合に備え、いくつかパターンを交えて認識を合わせておく。こうすることで、いざという時にも素早く判断できる。戦いの場では、一瞬の逡巡が死につながることもあるからね。
「では皆さん行きますよ」
「応っ!!!」
いい返事だ。やる気十分、士気も高いようだ。このままの勢いで突入することにする。




