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第36話 大貴族からの反撃

 翌朝目覚めると、やたらと体が重かった。いや、重いどころの話しではない。体が動かない。これは金縛りなのか? と思ったが人間の手足が俺に絡みついているのが見えた。何の事はない、シャルルさんが裸で俺に抱き着いて寝ていただけの話しである。この人の平常運転だ。まぁ実質的な害はないからいいけど、人に抱き着かないと眠れない人なのか? もはや俺は、シャルルさんの抱き枕的な存在のような気がしてきたぞ。


 だた今日はシャルルさんが2人だった。ニコルルさんも同じ習性を持っているらしい。見事なまでに双子だよ。2人とも、ガッチリと俺のことを手足で挟んだまま寝ている。


 ……このままだとまったく動けないのだが。


「起きてくださいシャルルさん、ニコルルさん!」


 耳元で叫ぶと案外普通に目を覚ましてくれた。


「カミラちゃん、早起きだねぇ。フアァァ~」


 そりゃそうだ。レンレイ姉妹に、日頃から規則正しい生活を叩きこまれているからね。


 シャルル姉妹を引き剥がし、着替えをして酒場の方へ向かう。それはもちろん朝食が期待できるからに他ならない。あのカツカレーのクオリティを考えれば、朝から絶品の飯にありつけるに違いない。


 そう思ってワクワクしながら酒場に顔を出すと、とんでもないことになっていた。


 昨夜、ニコルルさんに吹っ飛ばされた貴族男が立っていたのだ。しかも、武装した警備隊を何十人と連れている。鎧にはコーネットのマークが刻印されている。おそらく国の公的な部隊なのだろう。


「お、片腕娘が出てきたか。大貴族に逆らったらどうなるか教えてやる」


 貴族男はいきなり俺の腹に前蹴りを入れてきた。まったくの無防備だったので、綺麗にもらってしまった。俺の体は天井まで蹴り上げられ、そのまま床に落ちて叩きつけられた。口の中が血の匂いで満ちる。落ちた拍子に切れてしまったらしい。


「どうだ小娘、痛いか? このままお前も連れも逮捕して店は営業停止だ。ファラデー家の力を思い知るがいい!」


 この男、本当に力のある貴族だったのか。面倒なことになったな。


 デスベアの力を解放して、警備隊もろともこの男を制圧することはできる。だが俺は外国人だ。全コーネットを敵に回してしまうかもしれない。昨日の状況を見たら、喧嘩を売ってきたのは向こうだが、最初に手を出したのはこちら側だ。なんとか穏便に済ませたいところだが、昨夜のニコルルさんの豪快な蹴りを見たら、まぁ、言い訳できないだろうな。


 ここはニールスさんの大人の政治力に期待するしかない。まずは一旦捕まって、後で交渉で釈放してもらうのが、最も被害が少なく平和に解決できそうだ。えーっと、弁護士さん呼んで欲しいんですけど……。はぁ、そんな制度は絶対ないよね。


 警備隊が宿泊施設の方へドカドカと侵入し、次々とドア開けて行く。思った以上に警備隊の数が多い。せいぜい数十人かと思っていたが、店外に大勢待機していた。数百人はいそうだ。この貴族は本物のようだな。警備隊を大規模に動かせる政治力を持っているのか……。もう、そんなお偉いさんがどうしてこの店にくるのか。確かにメシの美味さは認めるところだけど。


 次の瞬間、俺は後頭部に鈍い痛みを感じた。振り返ると、警備隊の1人が剣の柄を握ってニヤケ顔をしているのが見えた。


 ゆっくりと視界が黒に変わっていく。気を失ったまま連行されてしまうのだろうか。こっちの世界の警察は手荒すぎるよ。子供なのに容赦がない。


◇ ◇ ◇


 ――― 次に意識を取り戻すと、そこは牢獄だった。6畳ほどの石造りの薄暗い部屋だ。そして太い鉄格子。この牢には俺1人のようだ。


「おい、片腕の小娘が目を覚ましたぞ。ヘンリー様にお知らせするんだ!」

「その必要はない。もう来ている」


 この声は聞き覚えがある。いけ好かない差別野郎こと、あの貴族男だな。


 鉄格子の向こうには腕組みをして、嫌らしい顔をした偉そうな態度のアイツがいた。ニコルルさんに蹴られて吹き飛ばされ、窓ガラスを破って地面に叩きつけられても、少しの怪我もない。そして警備隊を動かせる権力。正面から敵に回すのはまずいだろうな。


「おい、片腕の小娘。奴隷として競売にかけられるか、晒し者になって公開処刑されるか。好きな方を選べ」

「私がどうして処刑されなければならないのですか? コーネットは法治国家ですよね。公平な裁判を求めます」

「残念だったな。法は貴族による統治のための道具だ。貴族こそが法律なんだよ。その貴族に逆らったお前はただの犯罪者なんだよ」

「私はメンデル人です。コーネットの法律は適用されないはずです」

「コーネットに居るものは、誰であろうと貴族の統治下だ。絶対服従してもらう。ふふん!」


 こりゃダメだな。交渉にならない。さてどうしたものだろうか。奴隷か公開処刑かの2択か。どちらも真っ平ごめんだが、ニコルルさん達はどうしているだろうか? 彼女たちの方が気になる。


「あの店の人達はどうなりました?」

「俺を蹴った不届きな女とジジイ2人は、明日公開処刑だ。もちろんあの店は取り潰しだ!」


 えげつないな。俺がイメージしてた横暴な貴族って、まさにこんな感じだよ。ヴルド家が異常なくらい親切でいい人達ばかりだったから、貴族のイメージが変わっていたけれど、たぶん大多数はこんなヤツばかりだろう。


 奴隷を選ぶと競売所か。ニコルルさん達を助け出すには、公開処刑を選んでおく方がよさそうだな。


「小娘、やっぱりお前は奴隷として売ることにする。片腕だから安値しか付かないだろうがな」

「いえ、公開処刑でお願いします」

「片腕の欠陥品のクセに生意気な。貴族に口答えして楽に死ねると思うな。お前は死ぬまで奴隷として生きることになる」


 交渉のつもりの台詞が勘に障ったようだ。とんでもない性悪男だな。こういう人はドラマでしか見たことがないよ。


 だが奴隷となると動きにくくなる。ニコルルさん達を助けることができない。居場所さえわかれば、なんとかなるのだが。さすがのヴァルキュリアも、牢獄や地下までは眼が利かないしな。


「お前、よく見るといい顔をしてるな……ガキのくせに。あの女にそっくりだ」


 ぼそりと貴族男が呟いた。


「クックック、どうせ奴隷として売られるのだ。少し遊んでやろう。小娘を壁に(はりつけ)にしろ!」

「はっ、かしこまりました」


 オイオイ、商品に手を付けるのはルール違反じゃないのか? 


 牢の扉が開き、俺は獄卒2人に強引に壁に押し付けられた。壁には手足を繋ぐ鎖が生えていた。ここには、拘束して拷問にかけることのできる器具もあるのか。まずいな、ここで闘争心に火が点いてしまうと、きっと牢屋ごとぶち壊して獄卒と貴族男を殺してしまう。


 考えているうちに、手足を鎖に繋がれ、壁に磔の状態になってしまった。貴族男の顔が俺に近づいてきた。


「うーん、よく見ればあの女に生き写しだ。顔の造形は、貴族の中でも見ないほどの美形だな。ふふん、これは楽しみだ」


 男が女を縛り付けてする事とといえば、大体相場は決まってるよな。考えただけでも目まいがする。いざとなったら、鎖を引き千切って逃れるとするか。


「ヘンリー様、国王陛下と宰相様がお忍びでいらしております。どうか至急ご対応のほどを!」


 牢の外から女の焦った声が聞こえて来た。


「チッ! こんな時に傀儡(くぐつ)のクソガキか……。わかった今直ぐに行く!」


 貴族男は急いで牢を出ていった。この家は国王陛下が直々に訪問するほどの貴族だったのか。さっきの物言いからすると、国王は疎まれているようだな。確か18歳の若い国王なんだよな。まだ世間を知らない歳だろう。まぁよく聞く話だけど実質は操り人形なんだろうね。王族というのは、どの世界でも辛い立場なのかね。


 そういえば、俺はまだ鎖で磔になったままなのだが……。


「そこの獄卒さん、お願いですから鎖を外してくれませんか?」

「ヘンリー様の許可がないとダメだ」


 やむを得ない。獄卒が隙を見せたところで、こっそり引き千切っておくか。


『ヴァルキュリア、聞こえますか?』

『お声は聞こえておりますが、獣王様の居場所がわかりません』


 窓もない密室だから仕方がないな。


『今、私は牢獄に捕えられています。他の方の行方はわかりますか?』

『はい。全員まとめて、町はずれの警備隊の詰所に捕縛されているようです』


 よしよし、さすがはヴァルキュリアだ。場所さえわかれば、助けに行く事はできる。明日公開処刑と言っていたから、警備隊の詰所に一時的に拘留されているのだろう。処刑は公開方式。つまり公衆の面前で執行される。ヴァルキュリアなら即発見できるだろう。

 

 ということは、問題は俺の方か……。力技で強引に脱走することはできる。そして、その足でニコルルさん達を解放することもできるだろう。


 だけどこの国の有力者を敵に回すことになる。そうなると、ニコルルさんの店の経営は許可されないだろうし、目的のスパイスを手に入れることも難しくなる。権力のある有力貴族に目を付けられたら、コーネット国内で自由に活動できなくなってしまう。下手をしたら、外交問題にまで発展しかねない。


 ……さて、困った。どうしたものだろうか。


 その時だった。鉄格子の前に立っていた獄卒が音も無く崩れ落ちた。


 若い男が立っていた。薄暗くてもわかるほどのイケメンだった。チャラ男ことケッペンは優男風のイケメンだが、この青年は爽やかさがあって親しみやすい感じのイケメンだ。ケッペンは、男から嫌われて女から好かれるタイプだが、この青年は男女問わず万人から好かれそうだな。


「……君がニールスの関係者かい?」

「はい、私はヴルド=ニールスの親戚……。カミラと申します」

「よし、じゃあ今すぐにここを出よう!」


 そういって爽やか青年は鉄格子の鍵を短剣で壊し、牢の中に入って来た。

 

 壁に磔になっている俺を見ると、ハッと驚いた顔をしている。


 そんなに隻腕なのが珍しいのかね。


「……君はまさか……そんな、そんなはずない。いや、何でもない。今鎖を壊すから待っててね」


 爽やか青年は器用に短剣で鎖と枷を破壊した。枷を壊すには、繊細な剣のコントロールが必要だが、難なくやってのけるところを見ると、相応の剣の心得がある人物に違いないな。獄卒を一撃で気絶させた技もなかなかのものだろう。騎士、あるいは警備隊のメンバーだろうか。


「私がここから脱走すると、迷惑を掛けてしまう人がいます」


 そう、俺には脱走したくてもできない理由がある。理由がなければ、とっくに自力で出ているのだよ。


 だがこの青年、ニールスさんの名前を知っていたということは、事情をわかっている関係者かもしれないな。脱走を手助けしてくれているのだから、少なくとも敵ではない。


「その件でここにきたんだよ。大丈夫、全部僕に任せて!」


 青年は自分の胸を叩き、優しい爽やかな笑顔を見せた。この笑顔で安心しない人は居ないだろう。天性のカリスマ的なオーラを持っているようだ。不思議と厭らしい感じがしない。こんな若い男の笑顔も珍しい。中年おっさんの視点から見ても、好感が持てる。まぁ他に手もないし、ここは青年の言葉を信じてみようか。


 青年は、強引に俺の手を握って牢を出た。牢獄は地下室だったようだ。階段を上ると長い廊下だった。金色の装飾が施された赤絨毯。そして壁の絵画と装飾。貴族の館なのは間違いないだろう。そこを迷いなく素早く走り抜けた。俺は手を引かれるままに進んだだけだが、この青年は館の造りを熟知しているようだった。


 外に出るともう夜になっていた。メンデルのようなガス灯がないので、闇夜に近い。逃げ出すには好都合だ。


 青年が用意していたと思われる馬車に乗せられた。馬車には御者が1人だけだった。青年も一緒に乗り込むと、頭から大きな布をかぶせられた。


「ごめんね、この屋敷を出るまで頭を下げて」


 どこまでも優しい爽やかな声だな。聞いているだけでも安心感が生れる。心地良いトーン。不思議な青年だ。さぞ周囲から可愛がられていることだろう。男としてはやや頼りなさげに見えてしまうが。


 青年は馬車を出て屋敷へ戻っていった。程なくして、何人かの話し声が聞こえてきた。何を話しているかまではわからない。だがあの貴族男のムカつく声だけは、よく聞こえるな。爽やか青年とは正反対だ。


 不意に馬車の扉が開き、青年ともう一人誰かが乗って来た。


「馬車を出してくれ」


 と青年が発すると、静かに馬が動き始めた。馬の足音だけが聞こえて来る。しばらくすると、頭にかかっていた布を取られた。


「もう起きてもいいですよ」


 体を起こし、顔を上げると先ほどの青年に加え、老人が1人乗っていた。


「手荒に扱ってすまなかったね、でももう大丈夫だよ。君の仲間も君の身柄ももう安全だから」

「あ、ありがとうございます……」

「僕の名前はジャン、君はカミラでいいんだよね?」

「自己紹介が遅れました。私はカミラ=ブラッドールと言います。メンデルの鍛冶師の娘です。お助け頂きまして感謝いたします」

「君はまだ幼いのに、随分と大人びた礼儀正しい話し方をするんだね。きっとご両親の教育が素晴らしかったんだろうね」


 中身はおっさんだから、サラリーマンとしての礼儀作法が出ているだけだよ。しかしこの青年、ジャンと老人は何者なんだろうか。そしてなぜニールスさんの事を知っているのだろうか。


「……あの、どうして私の事を?」

「ああ、ちゃんと話してなかったね。ニールスは昔コーネットに滞在していたことがあって……僕の剣の先生なんだ。それで、今朝ニコルルの店に行ったら大変な騒ぎになっていたんだ。警備隊の拘置所でニールスから話を聞いて、そして君を見つけたって訳だよ」


 うむ、ストーリーはまともだが、決定的に不自然なところがあるな。この青年がなぜ警備隊や有力貴族と交渉することができたか、という点だ。答えは1つ。青年もしくは隣に座っている老人が、国のお偉いさんだからだろう。若いジャンさんが偉いとは考えにくいから、きっとこの老人がこの国の元騎士団長とか、そういう身分の可能性が高いな。それでニールスさんとも知り合いだった、という線は強そうだ。ジャンさんはこの老人の孫とかね。


 老人は目を瞑って腕組したまま、何も話をしてくれない。下手に身分や素性を詮索するな、という事だろう。まぁ、どちらにしてもニールスさんに会えばわかるはずだ。


「ニールス叔父様のお知り合いなのですね。今どちらにおいでなのでしょうか?」

「彼らは安全のため、メンデルにお送りしたよ。ニコルルもしばらくほとぼりが冷めるまではメンデルで過ごすように言っておいたから……。カミラさん、君にも別に馬車を手配してある。メンデルまで送り届けよう」


 おう、なんと手際のよい事で。だがそれでは、スパイスの調達という重要なクエストを達成できない。このクエストは、是が非でもクリアしなければならないのだよ。


 仕方がない、俺1人でもこっそり動きまわってなんとか調達するしかないな。しかし、土地勘もないのに小娘1人が歩き回るのはどう考えても目立つ。さらに言ってしまうと、今俺は金を持っていない。無一文でスパイスを調達するのは不可能だ。


「ごめんなさい、お気持ちはありがたいのですけれど、私はまだこの国でやらなければならない事があります。どうかお助けください」

「この国で、一体何をしなければならないんだい?」

「スパイスです。ある人の病がそれで改善するのです。そのスパイスを持ち帰ると約束しているのです」

「確かにスパイスには薬効があるものもあるし、それは放っておけない話だね。後から送って差し上げよう。どんなスパイスが必要なのですか?」

「……」


 うっ、だからそれではダメなんだ。俺はスパイス以外にもいろいろ調達したいんだよ!


 しばらく口を噤んで悩んでいたら、察してくれたのだろうか、老人が口を開いた。


「ふむ。どうでしょうな、一度カミラ殿を我が屋敷にお連れして、ゆっくりとお話を伺ってみては……」

「そうだね、彼女は牢で鎖に繋がれていた訳だし、疲れもたまっているよね。では今日は我が家にお招きしよう。カミラさん、いいですか?」

「お心遣い感謝します」


 よし! とりあえず強制送還は回避できたぞ。


 ジャンさんの屋敷はとんでもなかった。有力貴族と対等にわたりあって、警備隊にも顔が利くのだからそれなりの経済力と格式はお持ちだろうと思っていたが、予想を越えていた。ヴルド家もかなりの屋敷構えだが、ジャンさんの屋敷はもはや城だ。屋敷という言葉は適切ではない。宮殿というのが正しい表現だ。


 コーネットの貴族は、もしかしたらメンデルよりも裕福なのかもしれないな。庶民からたっぷりと税金を搾り取っているとも言えるけど。この世界では、武器を売るよりも農作物を売った方が儲かるのだろうか? 


 屋敷に着くと、当然のことながら、たくさんのメイドさん達が俺のお世話をしてくれた。何も言わずに湯浴みから服の着替えまで、すべてが自動で行われた。あらゆるものが、桁1つ違う。部屋の広さ、装飾、家具や調度品、飾ってある絵画や彫刻に至るまで、メンデルでは城内でしか見られないような豪華さだ。


 着せてもらった服も、上質な布を使っているのがわかる。下着もオールシルクだぜ。こりゃ半端ない貴族だな。


 メイドさんたちに案内されるまでもなく、俺は1人で勝手にウロウロすることにした。ここまで豪華な屋敷に庶民が滅多にこれるものじゃない。いろいろ見て回りたくなるのは小市民の性だ、許して欲しい。もし見つかっても、道に迷ったとでも言えばいいのだし、部屋に入らなければ問題ないだろう。


 屋敷を徘徊しはじめて間もなく、少しだけドアが開いている部屋があった。明かりが漏れている。そっと耳をそば立ててみると人の声が聞こえる。隙間から覗くとジャンさんと馬車に乗っていたあの老人が話をしているのが見えた。


「アルベルト、お前もやはり同じことを思ったか……」

「ええ。カミラ殿はまさにあの御方と瓜二つ。本当に生き返ったのかと心が震えましたぞ」

「ああ、生き写しだ。本人と言い切られたら、わからないほどに似ている」

「もしや、エランドの王族と何か関係があるのでしょうか」

「……まさか。鍛冶師の娘と言っていた。きっと他人の空似というヤツだろう」

「しかし、あの言葉遣い、喋り方、冷静沈着な雰囲気。あの御方にそっくりです。私にはどうしても無関係とは思えません」

「わかっている。だからお前は彼女をわざわざ引き留めたのだろう?」

「そうです。何か関係があるならばと思いまして……」

「無関係だとは思うが、なぜか彼女といると楽しくなる。顔や態度が似ているからという訳ではない。自然に心が躍るのだ」

「それは一般に申し上げますところの、恋というものでございますぞ」

「なっ、何をいう! 私は純粋にカミラさんを心配してだな……」

「フォッフォッフォ、まぁまぁ、良いではありませんか」


 悪いとは思いながらも聞き入ってしまったが、俺を引き留めた本音のところがわかった。腹を割って話した方が早いし、こちらも気兼ねがなくて楽だ。よってここで上手く乱入することにする。


 コンコン。ドアをノックして躊躇なく開けた。


「カミラさん! どうされたのですか?」

「ちょっと迷ってしまって、部屋に戻れなくなったものですから。誰かを頼ろうとしたら、ここから人の声が聞こえたもので、つい……」

「もっ、もしかして今のお話、聞いてました?」


 ジャンさん、予想以上に焦ってるな。老人の方も眉間に手を当てて頭を振っている。


「はい。盗み聞きするつもりはなかったのですが……。申し訳ございません」

「仕方がありませんな、ジャン様。正直にお話しされるのがよろしいかと」

「うむ、わかっている」


 ジャンさんは俺を部屋に招き入れ、椅子に座るよう促してくれた。この椅子もまた、王様が座るような華美な物だ。心地いいといいよりも、小市民の俺はむしろ落ち着かない。ああ、哀しいかな自分の器量。


「カミラさんを初めて見た時、僕の姉に瓜二つだと感じました。もう生き写しと言ってもいいでしょう」

「お姉様がいらしたのですね。どのような方なのですか?」

「はい。1歳年上で血は繋がっていないのですが、とても美しく聡明で誰よりも優しく、物静かで冷静な方でした。まさにカミラさんを見た時、姉の影を感じた気がしました」


 うむ、これが世に言うシスコンというヤツなのか。普通、身内をそこまで褒めないだろ。


「それほど似ているのなら、ぜひ一度お会いしてみたいですね。お姉様は今、どちらに?」

「亡くなりました。昨年のことですが、何者かに殺害……謀殺されたのです」

「そうでしたか、辛い事をお聞きして申し訳ありません」

「いえ、いいんです。姉は左腕を剣で斬り落とされ、その出血のショックで死にました。そこにカミラさんが現れたものですから……。あまりの偶然の一致に、今でも心臓がドキドキしています」

「そうでしたか。でも残念ながら私の左腕は、獣に食い千切られたものです。剣で斬られたものではありません」

「ハハハ、そういうハッキリとした物言いまで、姉上にそっくりです」


 やべぇ、人の話を聞いてないなコイツ。それどころか、薄っすら涙まで浮かべてるぞ。俺はお前の姉ちゃんではない。第一、どうみてもお前の方が年上じゃないか。よほどの”お姉ちゃんっ子”だったんだな。


「この家は本来姉が継ぐべきものでした。僕も姉もこの家に入った養子なんです」


 ふむ、貴族の家庭は複雑でよくわからないが、何か事情がありそうだな。


「母は子供が産めない体と言われ、子がありませんでした。そこで他の家に養子縁組をお願いしたのです。いろいろと事情があったのでしょう。異なる家から2人の養子を取ることになったのです」

「でも家は男子が継ぐのではありませんか?」

「いえ。メンデルではどうかわかりませんが、ここコーネットでは男女に関係なく実子が継ぐのが望ましいとされています。そして養子は、基本的に親戚筋からしか認められておりません。養子の場合、男女にかかわらず年長者が継ぐことになっています」


 メンデルでも似たようなところがあるけれど、コーネットでは年長者が優先されるのか。まぁ、それぞれお国の慣習があるのだろう。これだけ大きな貴族だし、お家騒動も根強くありそうだな。


「カミラさん、突然ですが、エランドという国をご存じですか?」


 ムムム、ご存じというかちょっと前までそこの跡地にいたし、初代の王様には会ってしまうし、自分もその子孫だということがわかってしまったし。関係者というか、もはや中心人物だよ。


 だがこの質問に答えるためには、ジャンさんがどこまで信頼できる味方なのか、知らないといけない。


「その前に質問させてください。ジャンさんはニールスさんと、どのようにお知り合いになられたのですか?」


 俺とジャンさんの共通項はニールスさんだ。2人がどこまで近い関係なのかで、態度を変えなければいけないだろう。


「まだ僕が幼い頃でした。ニールスはこの屋敷に長期滞在していました。彼がメンデルの騎士団長を辞めた直後です。ニールスと僕の父は深い付き合いがありまして、その縁で僕の剣術指南役をお願いしていたんです」


 ニールスさんの顔の広さと人柄を考えれば、不自然な話しではないな。


「1年間、朝から晩まで彼に鍛えられました。かなりのスパルタでしたが、初めて実戦剣術というものを学ぶことができた貴重な機会でした」

「そうだったんですね。ニールス叔父様は剣術には厳しい方ですから」

「アハハ、そうそう。剣を構えた途端に空気が変わりますよね。あれが達人の雰囲気というものなのでしょうね」


 言っていることはわかる。貴族同士の繋がりが、メンデルとコーネットでもかなり深いということか。


 それと気になるのは、ニールスさんを呼び捨てにしていることだ。仮にも剣を教わった側なのだから、師匠に敬語を使うのが基本じゃないのか? それとも、よほどこの家の格が高いということなのかもしれないな。


「とにかく、私はヴルド家のニールスとは深い繋がりがあります。もしもお疑いなら、今すぐにメンデルまで行ってもいいですよ」


 爽やかにイケメンが話すと、何でもそれっぽく聞こえてしまうな。悔しいが今それを体験している。見た目に騙されてはいけない。もう少し探りを入れねば。


「ジャン様、まさかメンデルまで本当に行かれるつもりですか?! 今国をお出になるのはなりませんぞ!」


 老人が心配そうにソワソワしている。ビッグな現役貴族が、ホイホイと国を離れる訳にもいかないのだろう。ちょっといいアイディアがある。よし……試してみるか。来たれ我がスマホよ!

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