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第34話 歴史語りと解呪法

 自称ドラゴンこと”ミカ”と名乗る女性が語った昔話は、メンデルでは誰も知らないエランド建国と勃興の歴史だった。


 ――― エランドが、片田舎の貧しい村に過ぎなかった時代。


 村にある少女が誕生した。その少女は、物の特徴や能力を取り込む体質を持っていた。たとえば、魚を食べるとエラ呼吸の能力が発現し、息継ぎ無しでいつまでも泳ぐことができる。これが”受入れ体質”という世にも不思議な体質である。


 やがて彼女が成人する頃には、多くの動植物の能力を兼ね備えた人間になっていた。村人から見れば、特別な力を持つ神様のような存在だ。周囲からは崇められ、自然と信仰の対象となっていった。


 彼女は、人々から信仰を集める一方、しがない農村だったエランド村を何とか裕福にしようと、産業を興すことを決める。彼女は能力を活かして粘土を採掘した。獣から取り込んだ野生の感覚を利かせれば、極上品質の粘土が何処にあるか、直ぐにわかるのだ。


 質の高い陶器を作ってそれを大きな街で売買する。貴重な現金収入が得られるという訳だ。幸いエランド村は、良質な粘土が豊富にあり、陶芸品を作るには持ってこいの土地だった。


 彼女の目論見は大当たりした。村は急速に発達し、数年で街へと変化した。良質な陶器を求め、大陸全土から商人達が直接エランドまで買い付けに集まるほどになった。街は活気に溢れた。陶器の一大都市として、その名を高級ブランドとして轟かせるほど有名になった。


 やがて彼女は街の長へと祀り上げられる。しかし、街の発展と共に危機を感じるようになった。良質な粘土がたびたび近隣の国に盗まれ、優秀な陶芸職人ごと引き抜かれる事案が発生していたからだ。


 これはひとえに、エランドが単なる一つの街であり、国家ではなかったからだ。国家ではないため、統治ができない。街は各商家の業界ルールだけで運用されていたのだ。急速な発展と共に商業倫理は崩壊し、粗悪品を高値で売り付けるカルテルが生れるなど、徐々に闇の側面を見せ始めていた。


 彼女はついに建国を決心する。領土の境界線を主張し、法律を定め罰則を作る。税制と公共サービスを基に政治を行う仕組みを作り、議会と裁判所を設置した。


 だが倫理が荒廃しつつあった都市に、直ぐに民主主義を根付かせるのは難しい。そこでまず王政を敷くことにした。当然、彼女自身が初代の王と名乗ることになる。基本的には国民から選ばれた議員によって政治をおこなうことにした。どうしても誤った方向に進みそうな時だけ、彼女が口を出す。かくしてエランド村は、制限付きの王政という絶妙なバランスの国家となった。


 しかし、国家として決定的に足りないものがあった。


 ――― 軍事力である。


 街の自警程度なら、血気盛んな腕自慢の者を集めれば、何とか賄うことができる。だが、国境警備など国全体を守る軍隊となると話は別である。元々エランドは農民ばかりで、戦いの素人しかいない。商業都市となっても住民はほぼ100%が商人と職人である。徴兵して訓練を重ね、本格的な軍隊を作るには何年もかかってしまう。だが、隣国の脅威はそんな猶予を与えてはくれない。一刻も早く国を守らねばならないのだ。


 悩み抜いた末に、ミカ=アウスレーゼ=エランドは決心した。


「誰もが恐れる怪物の力があればいい」


 ミカ自身がモンスターを喰らい、モンスターの強大な力を得るのだ。彼女が王として君臨すれば、迂闊に他国も手を出せなくなる。いわゆる抑止力だ。それで当面の時間稼ぎができる。後はじっくり軍隊を整備すればいいのだ。


 彼女はより強大な力を求め、ドラゴンの巣へと向かった。だがドラゴンの肉を喰らうなど、人間には土台無理な話である。逆に彼女がドラゴンに喰われてしまう。


 周辺の国々は、王の死亡を知ると軍隊を編成した。街を蹂躙すべく数万余の兵で攻め込んだ。エランド国民は絶望に包まれ、自分たちの王を恨んだ。だがその時、何処からともなく巨大な銀色のドラゴンが現れ、侵略者たる兵士達をことごとく滅ぼしていった。銀色のドラゴンの意識は、ミカの支配するところとなっていたのだ。


 受入れ体質は、他者を自分に取り込んで同化するだけではない。自己を他者に受け入れさせ、他者に影響を与えながら同化することもできる。


 魚を食べた受入れ体質者は、あくまでも”人間として魚の能力を使う”ことができる。逆に、魚に食べられた受入れ体質者は、”魚として人間の能力を使う”ことができるようになるのだ。


 つまりミカの場合、ベースがドラゴンでその特殊能力が人間化なのである。対してカミラの場合、ベースが人間でその特殊能力がデスベアなのである。結果としては似ているが、内容はまるで違う。


 ベースがドラゴンであるミカが、そのまま人間として存在し続けるには、常に闘争心を維持し続けなければならない。当然のことながら長時間は難しい。だから王としてエランドに戻るのではなく、国の守護者として君臨することにした。


 事実を知った国民は歓喜した。伝説のシルバードラゴンが、自分たちを守護してくれるのだ。これ程心強いことはない。国民は総出でミカの一族を王族として尊敬し、感謝の意を示した。それはやがて信仰にも似た熱狂的なファンを生むまでになった。


 それからのエランド王国は、勢力を拡大する一方となった。隣国を次々と従え、北のボルタ領、東のコーネット領、南のメンデル領と属国を増やした。エルマー大陸の西部はエランドが支配する地域へと変貌を遂げた。


 だがこれは、シルバードラゴンの守護王が居たからだけではない。政治手法が優れていたからとも言える。バランスの取れた半王政、半民主主義を掲げ、産業振興を第一として属国にもエランドと同じ施策を適用した。これもまた見事に成功を収め、エランド領はエルマー大陸でも最も人気の高い国家となった。


 ミカには4人の息子が居た。それぞれがボルタ領、コーネット領、メンデル領へと散り、各地で王室を作り政治を行ったのである。


 よって、メンデル王室も元をただせば、エランド王室の分家となる。そして、肝心の”受入れ体質”は、ミカの息子の1人でエランド領を治める2代目の国王にだけ遺伝した。かくして、受入れ体質は正当な王家の証として、血筋として伝えられることとなった。


 大成功を収めたエランドを”前期エランド王国”と呼ぶ。その頃使用されていた言語が古代エランド語である。


 エランドの隆盛は長く続いたが、やがて(かげ)りを見せ始める。エランド唯一の誤算は、ミカの存在に甘え、大きな軍隊を育まなかったことである。城の警護をする程度の兵士は養成できていたが、ミカがいることで他国は一切エランドに手を出す事がなかった。そしてミカ自身も母国を守ることに生き甲斐を見出していたため、大きな軍隊は当面不要と考えていたのだ。


 しかしシルバードラゴンと同化したミカは、徐々にドラゴンの意識に飲みこまれていった。年齢を経ることで強くなるドラゴンの意識に、人間であるミカの意識は負けていった。


 野生化して制御が効かなくなったドラゴンの体。暴走すれば国に大きな被害を与えかねない。そう懸念したミカは、エランド領を離れることを決心した。火山地帯の地下のマグマだまりに突っ込み、自らを滅ぼすのだ。


 ミカの計画では、ドラゴンの体はマグマに溶けて大地に還るはずだった。しかし、年を経たシルバードラゴンの力は思った以上に強大だった。死ぬことはなかったのだ。灼熱のマグマの中で分厚い鱗を殻とし仮死状態へと移行したのである。そして力を取り戻し、目覚めたのが今から500年前だ。


 ミカの懸念は的中した。目覚めはしたものの、体の制御はほとんどドラゴンに取られていた。自制はできなかった。ドラゴンの野生の本能に従うだけの状態だった。


 人間からは暴れ竜として認定され、直ぐに討伐隊がやってきた。勢いに任せて討伐隊を葬ったが、ある女だけは斃す事ができなかった。それがバンパイアロードのカーミラ=シュタインベルクだ。


 ドラゴンは荒れ狂う力をそのままカーミラにぶつけたが、気が付いたら人間の姿に固定化され、この地から出られない状態になっていたという。500年間、ずっとカーミラの呪いで人間の姿のままだった。それから時は流れ今に至る。


◇ ◇ ◇


 聞けば聞くほど驚くしかない話だった。さすがはファンタジーの異世界だ。現代日本の常識で考えちゃいけないんだろうけど、おとぎ話にしか思えない。でもこの世界では、俺の方がいわば客みたいなものなんだから、ちゃんとこういう事にも慣れないといけないんだよな、きっと。


 ……と岩陰に待機している2人の方を見ると、レンさんが口をあんぐりと開けて驚きの表情をしている。うーん、やっぱり今の話はこの世界でもレアな話なのかよ。普段は冷静沈着なレイさんでさえ、目を見開いてるぞ。


 とにかくこの人は、俺のご先祖様だということはわかった。あとで粘土板に写して来た家系図を見直してみよう。今の話と符合するなら、裏も取れる。


 それと”受入れ体質”がわかったのは大きな収穫だ。一見、万能とも思える能力だけど、想像以上に厄介な体質かもしれない。普通に肉やパンを食べても、その能力は得られない。だとしたら、受入れるためのスイッチみたいなものがあるのだろうね。意図せず変なものを受け入れちゃったら大変だよ。夕食にレタスを食べて、翌日目覚めたら体が葉っぱになってた! なんてしゃれにもならない。それとたくさん受け入れても”容量オーバー”なんてことはないのだろうか? もし容量オーバーがあるなら、その時はどうなるのだろうか。とんでもないしっぺ返しがあるような気がして怖い。


「少し質問させて頂いてもいいですか? ご先祖様」

「”ご先祖様”は墓の下から出てきた幽霊のようで気持ちが悪いな。ミカでよい」

「それではミカ様……。ミカ様は呪いが解けたらどうしたいのですか?」


 聞きたいことは山ほどあるが、俺が一番問題だと思ったのは、この人が国を滅ぼせるほどの力を秘めていることだ。感覚としては、公園を散歩してたら核弾頭を見つけてしまった、そのくらいのインパクトなんだよな。


 ミカさんは、エランド王国が滅んでいることをおそらく知らない。もしそれを知ったら、力で強引に周辺国を従え、エランド再興を試みるかもしれない。自棄を起こして暴れる危険性だってある。


 そうなれば、犠牲者が大勢出ることは明らかだ。いくら日本で平和ボケした俺でも、人がたくさん死ぬとわかっていて、協力する事はできない。ミカさんはご先祖様だから、本来なら立場上は応援しなきゃいけないんだろうけど……。


 もしミカさんが、”武力でエランドを再興する”なんて言い出すなら、呪いを解く訳にはいかない。


「私は……普通の人間として生きてみたい」

「たとえば今、エランド王国が滅んでいたとしてもですか?」

「エランドが滅んだ? そうなのか?」

「”たとえば”の話しです」

「私はもうドラゴンとして長く生き過ぎた。30歳でドラゴンの腹に収まって以来、人間らしい生活は一切できなんだ。たまに人の姿になれば、政治と軍隊の調整ばかりだった」


 ……まぁ考えて見れば、なりたくもないドラゴンに喰われて、国のためにひたすら生きてきたんだもんな、この人。さすがのブラック企業戦士も足元に及ばないよ。


「今の世に私の知る者は1人もいない。今のエランドは、新世代が作るエランドだろう。新しいエランドは新しい者が運命を決めればよい。既に私の役目は終わっている。年寄りはもう身を退く時だ」

「わかりました。解呪に協力しましょう」

「すまんな。……私からも1つ確認させて貰ってもいいか?」

「何でしょうか?」


 するとミカさんは突然俺の胸元に手を掛け、一気に服をずり下ろした。当然、上半身丸出し状態だよ。まぁ、ここには女性しかいないし、そもそも人が寄り付かないから恥ずかしくもないけどね。でも最近、脱がされてばっかりな気がするぞ。しかしどうして前触れもなく脱がすんだよ。もしかしてお前はシャルルさんなのか?


「カミラ様に何をするっ!」


 隠れていたレンレイ姉妹が、岩陰から飛び出して来た。


「悪いようにはせん! そこで見ておれ!」

「2人とも、私は大丈夫です」


 するとミカさんは、俺の左胸に強烈な平手打ちをして来た。ぱちーんと。そう見事なモミジが出来てしまったわけだ。


「何するんですか!!!」


 おっぱいが痛い。……いや、ごめんなさい。ちょっと見栄を張ったね。正確に言い直そう。おっぱいが無いから骨が痛いんだよ! 肉があればクッションになってくれるから、骨までは痛くないはずなんだよ。こんちくしょう。


「まぁ待て。ここからが本題だ。腫れた部分をよく見なさい」


 赤く腫れたモミジの中に、くっきりと三日月型の痣が浮き上がってきたぞ。


「何ですか、コレ?」

「三日月の痣は、私の直系だな。つまりお前はエランド王になる者の血筋だ」

「は、はぁ……そうなんですか」

「痣が黒丸ならメンデル王族、半月ならコーネット王族、白丸ならボルタ王族だ」


 これはもしかして血筋を見分けるための体質チェックなのか。ビックリな判別方法だよ。ということは、今のメンデル王をひん剥いてモミジ攻撃をすれば、直ぐに偽物の血筋だと判明しちゃうのか。これはいい事を聞いたぜ。


「カミラ、と言ったな。確かにお前は私の血を受け継いだ子孫のようだ。こうして子孫の顔を見られただけでも、満足している。安心せい。たとえ国がどうなっていようと、暴れる気はない」


 いやちょっと待てよ……。呪いを解いたらドラゴンの意識が勝って暴走するという可能性もあるよな。ミカさんがドラゴンの凶暴性を抑えられなくなったら、大惨事になる。今の状態は呪いで暴走が抑えられているとも言えるわけだ。


「でも、解呪したらミカ様が暴走することも考えられますよね?」

「うっ……。確かにそうだな。うむ、解呪はこの地から出られるようにするだけでよい。ドラゴンの姿にはなれぬままでよい」

「わかりました。そう都合よく進むかは保証できませんが、とにかく協力いたします」

「すまない」

「明日またここへ参ります」

「ああ、いつでもいい。私はずっとこの場所にいるのだからな……」


 何だか寂しそうだな……。そりゃそうか。500年もの間、この荒涼とした場所で独り過ごしていたんだもんな。さらにその前は、地下で眠っていたんだ。しかも本当は、マグマだまりに突っ込んで自殺するつもりだったんだよね。死にたくても自殺すらできない体になっちゃってるし。


 この世に彼女の知り合いは、もう誰1人としていない。苦労して育てた母国は滅んでいる。人間からは凶暴竜と恐れられ疎まれるだけだ……。孤独だろうな。


 俺がこの世界に来た時は、とにかく周囲の人に恵まれていた。不安はあったけど、寂しさを感じずに過ごすことができた。でも彼女はずっと1人だったんだ……。本当だったら楽しめたはずの人生を全部投げ打って、他人の幸せに尽してきたんだ。それが報われていない。本当なら最後は、彼女自身が幸せになるべきなのに。こんな理不尽があっていいのだろうか。


 ミカさんの心情を思いやると、俺まで猛烈な寂寥感と孤独感に襲われてきたぞ。こうなったら、何としても人間としての幸せってヤツを味あわせてやりたいよ。


◇ ◇ ◇


 翌日、俺はミカさんに粘土板を書き写した本を届けた。それと、しばらく人間としてのまともな食事はとっていないだろうと思い、レンレイ姉妹とエリーに頼んで弁当を作ってもらった。果たしてドラゴンの口に合うのだろうか。まったく予想はできない。でもミカさんも元は人間だ。味覚は通じると信じたい。


 一口食べたミカさんは、


「何だこれは……。お前も惨い事をするな。こんなに美味い物を食べてしまったら、他の物は食べられぬではないか」


 と言って半泣きしながらあっという間にペロリと平らげてしまった。


 エリーやレンレイ姉妹の料理の腕前はレベルが高い。でも日本人の俺からすると、まだまだ味付けの面で不満がある。それでもミカさんにとっては、泣くほどのものだったらしい。食べ終わると切なそうな顔をするので、明日もまた持って来ることを約束して、俺達は火山地帯を後にした。


 ……ドラゴンを餌付けしているみたいになっちゃったな。ご先祖様として丁重に扱わなければ。ファンタジーの象徴であるドラゴンを直に見られないのは、少し残念だけどね。


 あとで粘土板の家系図を調べてみたが、ミカさんの言った通りだった。長年眠りについていた彼女が、あの城遺跡の地下室にあった家系図を見ることはできない。つまり話は本物ということだ。


 そしてまた次の日、弁当を持って訪れると彼女は既に解読を終えていた。ミカさん、レンレイ姉妹と俺は、大きな布を敷いてピクニック状態で弁当を食べながら話をした。こういう野外でのまったりランチもなかなか気分がいい。


 もちろん、噴気と熱水を活かして温泉卵を作ったのは言われるまでもない。


 ミカさんは口角にパンくずを付けたまま、興奮気味に粘土板の内容を語ってくれた。


「これはな、カーミラ=シュタインベルクの研究成果だ」

「一体何を研究していたのでしょうか?」

「まずは病の研究、そして受入れ体質の研究、後は呪術と歴史研究だな」


 そういえば、人間の病について研究してると言っていたな、アイツ。家畜の疫病調査みたいなものだとぬかしてたので、無視してたけどね。案外真面目にやっていたのか……。


「そうだな、興味のありそうなところから話をすると、カミラの母親の病についてか」


 母親は確か不治の病だったんだよな。どういう病だったのか気になる。


「カミラの母親は、体が次第に金属化していく奇病だったようだ。だがヤツの調査によると病ではないらしい。受入れ体質が暴走して、無機物にまで作用してしまった結果らしい」

「そんな、無機物にまで……」

「お前の母親は、極端に強い受入れ体質だったようだ。それが仇となってしまったらしい。転んだ拍子に、足に突き刺さった針金と強く同化したということだ」

「なるほど。それで体質が遺伝しているかどうか、幼い頃の私も調べたという訳ですか」

「うむ、それも書いてあった。カミラにはそこまで強い受入れ体質は、伝わっていないということだ。安心せい」


 危ない。もしそんなに強い体質だったら、迂闊に転ぶこともできないじゃないか。節操なさすぎる体質だな。


「…… エランドは滅んだようだな」


 ミカさんはポツリと寂しそうに呟いて、突然話題を変えて来た。やはりそこは外せないだろう。


「ええ、残念ながら。ですが、滅んだ理由は不明です」

「それも大体は書いてあった。何のためかはわからないが、どうやらカーミラは頻繁に塔を訪れては彫り込んでいたようだな」

「それで、滅んだ理由というのは?」

「裏切りだ。分家であるメンデル王室が、本家のエランド王室を乗っ取ろうと画策したのだ」


 エランド滅亡の理由を、不自然なまでに誰も知らなかったのは、そのせいか。大陸七不思議なんかじゃないな。要は当時から情報統制されていたのだね。


「それで、一体どうやってエランドを滅ぼしたのでしょうか?」

「400年前、メンデルは研究を重ねてデスベアの群れを作ることに成功したようだ。その大群に国を襲わせたのだ」


 ……ちょっと待てよ。俺の左腕が喰われた時に目撃したデスベアの大群ってのは、それじゃないのか? 時期的にも合っている。そして場所的にもメンデルとエランドの国境近くだ。野生では群れを作らないはずのデスベア。人工的に作られたと考えるのが自然だろう。


 この体の持ち主は、不幸にも嫁入りするはずだった家から裏切られたのか。国の利益のためか何なのかわからないが、世知辛い話だ。もちろん、俺の体験ではないから、恨みや怒りの感情は湧かないけど、やるせない気分になるよ。


「デスベアは、特殊な方法で生み出されたようだ。寿命が極端に短く数日しかない。凶暴性も増していたようだ。この開発にもカーミラが関わっていた」


 アイツ、本当にとんでもない吸血鬼だったんだな。今さらながら、間違って超重要人物を消してしまった感にかられている。アイツは歴史の影でも暗躍してたのか。人間から見たらただの極悪モンスターだったけど。


「凶暴化したデスベアがエランドの街を襲って、数日で壊滅させたということですか……。でもそれで、メンデルには何の利益があったのでしょうか?」

「エランドからダマスカス鋼の製造方法や革新的な技術を得た、と書いてあるな」

「たったそれだけのために一国を滅ぼしたんですか?」

「何を言うか。ダマスカス鋼は、一国を犠牲にしても惜しくない価値を秘めているのだぞ」

「錆びず・朽ちず・壊れずの丈夫な金属。そんなイメージしかありませんが……」

「それは一例だ。様々な特性を持たせることができる優れた金属だ。開発者が言うのも手前味噌だがな」


 うっ、ダマスカス鋼ってこのお姉さん、いや、ご先祖様が開発者だったのかよ。やっぱり知恵も知識も桁違いだ。そういえばビスマイトさんも、ダマスカス鋼は1つの金属の名前じゃなくて、製法の事だと話をしていたな。


 やばい、ミカさんとビスマイトさんを会せたら、話が弾み過ぎて止まらなくなるかもしれない。鍛冶マニアのドルトンさんに至っては、会話に熱中し過ぎて、倒れるまで話し込むに違いない。でもこれで1つ親孝行のネタができたかな。


「たとえばだな……ダマスカス鋼にブラックドラゴンの鱗を加えて鍛えれば、物を凍結させる剣が得られる」


 あっ、それ知ってる。最近、その剣で刺されて死にそうになったから。あれもダマスカス鋼だったのか。魔剣と言われているものの正体は、ダマスカス鋼の一種なのかもしれないな。ということは、メンデル城の研究者は、ダマスカス鋼の製造方法を知っている可能性があるな。


「ちなみにその剣だが、私が作ってメンデル王に贈ったことがある」


 前言撤回。たぶんミカさんが作った物を、そのまま使ってるだけだな。エルツ家の奴らならやりそうだ。

 

 だけど今のメンデルには、苦労してエランドから奪い取った技術やノウハウがあるとは思えない。だって魔剣を完全に制御できるなら、もっと領地を拡大していてもいいはずだ。ダマスカス鋼を上手く生産できない理由があるに違いない。推測だけれど、城の地下研究所にまだ隠された秘密がありそうだな。それとも政治的な何かか? うーん、ここはミカさんも知らないだろうから、聞いても仕方がないか。


「肝心の解呪の方法については、書かれていましたか?」

「うむ。地に縛る呪いと、人型に封印する呪いにきちんと分けて書いてあった。他にもいくつか凶悪な呪いについて書いてあったが、使わない方がいい。常人には扱えぬものだし、ろくな結果にはならない」

「地に縛る呪いを解く方法はどのような?」

「それだがな、知らぬ固有名詞がたくさん出てくるのだ。何かを作るのは間違いないのだが……。特殊な薬品を調合している感じだな」

「ミカ様でも知らない物があるのですね。発音だけでもしていただけませんか?」

「フェンネル、シナモン、ターメリック、コリアンダー、クミン、カルダモン……」


 おいっ! ……それはカレーのスパイスじゃねぇか!


 思わず突っ込みそうになってしまったが、興味がないとあまり知らない名前だよな。サラリーマン時代の俺の得意料理だったぜ。それに、ミカさんが生きていた時代には、スパイスなんてなかったのかもしれないね。


「作り方の手順はどうですか?」

「鍋に油を入れて熱し、玉ねぎを入れて10分炒める。にんにく、しょうが、水を加えて3分炒める。ターメリック、カイエンヌペッパー、コリアンダー、クミン、カルダモン、フェンネル、シナモン、塩を加えてかき混ぜる。トマトを加えて強火にかけ、つぶしながら水分が抜けるまで炒める。鶏肉を加えて表面が色づくまで炒め煮する。水を250cc、2回に分けて加える。都度煮たてること。弱火にしてふたをして、時々かき混ぜながら30分間ほど煮込む。以上だ。これを一晩寝かせて食べればいいらしい」


 ……完全にチキンカレーじゃねぇか! 何が特殊な薬品だよ!


「もしかしてミカ様、ご自分で料理ってしたことありませんか?」

「料理か? ……ない。周りの者が常に作ってくれていたし、ドラゴンになってからは食材は丸のみだったぞ」


 やっぱりな。料理経験ゼロで鍛冶師経験のみの人が初めてレシピを見ると、こうなってしまうのか。”化学実験の手順のようだ”と言われれば、確かにそうも見えるしな。


「ミカ様、これは”カリー”という名の料理です。難しい固有名詞はコーネット領で採れるスパイスの名前です」

「そうなのか……。カミラは作れるのか?」

「材料さえあれば誰でもできます。スパイスは少々高価な品ですが、手に入る物です。問題なく解呪できると思いますよ」

「ありがたい! では早速だがスパイスとやらの入手を頼みたい」


 まさか呪いを解く鍵が、カレーを作って食べることだったとはね。カーミラはカレー好きだったのか? てっきり生娘を生贄に捧げて、夜な夜な怪しげな儀式でもするのかと思っていたよ。まぁ、チキンカレーだから鳥が生贄といえば生贄なのか。ヴァルキュリアには、笑えない話だろうな。


「わかりました。それではスパイスとその他諸々の材料を調達して参ります。コーネット領から調達しますので1~2週間はかかりますが……」

「私はここで500年も過ごしていたのだぞ。1~2週間など今さら誤差の範囲だ」


 呪いが解ける希望が見え、ミカさんはご機嫌だった。小さい頃からその体質のせいで周囲から、自分の意思とは関係なく、ちやほやされきたんだ。いわば何の不自由もなく育ってきた箱入り娘だ。料理なんて作るところすら見た事がなかったのかもしれない。


 逆に裕福で余裕のある生活をしていたからこそ、高い教養を身に着け、理想を追うことができたのかもしれない。美しい理想に燃える一途な人でなければ、建国して街の人を守ろうなんてそもそも考えもしないだろうからね。少なくとも俺には絶対に無理だ。せいぜい自分の親兄弟くらいなら、守れるかもしれないが。

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