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第32話 王族の扱い

 翌朝目覚めると、部屋が物々しい雰囲気になっていた。ディラックさん、レンレイ姉妹、ローレンシアさん、そしてヴルド家メイド2名が所狭しとベッドを囲んでいる。しかも、鎧を着けて帯刀している。全員が完全なる臨戦態勢だ。


「一体何の騒ぎですか?!」


 目覚めて開口一番、言わずにはいられなかった。


「何って……カミラ王女が襲われたのですよ! しかも賊を取逃がしてしまいました。不眠不休、命懸けでお護りするのが我ら臣下の務めです」


 だからね、ディラックさん、その王女っての止めてよ。むしろますます賊がたくさん寄って来ちゃいそうな不吉な敬称にしか聞こえないじゃないか。


 そういえば地下室の石版に刻まれていた王家のスキャンダルの件、ローレンシアさんは知っていてもよいのだろうか? 彼女の素性をまだ聞いてはいなかったな。まさかエルツ家出身というのはないと思うが……。


「……ありがとうございます。それであの話は、ローレンシアさんにもお伝えしたのですか?」

「ええ。ローレンシアもヴルド家の遠縁なのですよ。同じ一族で副騎士団長ですのでご心配なく」

「そうですか。ローレンシアさん、色々と複雑な事になっていますが、これからも変わらずお付き合いください」

「あの、その……、陛下には初めてお会いした際、本当に不敬な態度をとってしまいました。申し訳ございませんでした。どうかお許しください」


 ああ、そういえばローレンシアさんの初見は、結構強烈だったよな。ディラックさんが好きで、俺の事をライバル視してたんだっけ。カワイイ嫉妬だよ。だが変な敬称は止めてくれ。無駄に敵を増やすだけだよ。


「気にしてませんよ。むしろ普段の飾らない貴女に触れることができて、嬉しかったです。できればその陛下という呼び方は止めてください。今まで通り友人として気軽に接していただければ、ありがたいです」


 ニッコリ笑って返しておいた。これで彼女も、俺の味方になってくれれば安いものだ。というか勝手に王族に祀り上げるのは勘弁して欲しい。今の俺にとっては、本当に何のメリットもない。デメリットのみが山盛りである。


「……なんと嬉しいお言葉。生涯かけて忠誠を誓います!」


 いや、忠誠までは要らんのだけどね。いつもながら薬が効きすぎたな。俺に忠誠を尽くしてくれても、たぶん返してあげられるものはないと思うぞ。


「カミラ様、体調の方はいかがですか?」

「レンさん、ありがとうございます。一晩休んだおかげで少し楽になりました。ところで、あの黒鎧の男、奇妙な技を使っていました。お湯や地面を瞬時に凍らせることができる……。そんな力を何かご存知ですか?」

「いえ、あのような技がこの世にあること自体、まだ信じられません。物を瞬時に凍結させる力……。剣と鎧に秘密がありそうですね」


 とディラックさん。


 そうか、誰も知らないようだな。


 ああ、そうだ。スマホ様に聞いてみますかね。ほとんど音速の検索エンジンだな、アイツ。


『ヴァルキュリア!』

『はい、御用はわかっております。黒鎧の男はメンデルに向かい、城中に消えて行きました。それと凍結の技ですが、あれは魔剣の一種です。名前は”愚者の氷刀”です。エランド王国で作られ、しばらく行方知れずだったと噂話で聞いた事がございます。どうやら長い間、メンデル城内にあったようです』

『ありがとう、そこまでわかれば十分です。そして今回は本当に助かりました。あなたの気転がなければ、私は死んでいました』

『お役に立てて光栄です。ところで、獣王様がしばしば仰る”スマホ”とは何者でしょうか?』


 あ、いやーそれは説明に困るな。というかこの念話、本音で考えているところまで、筒抜けなのかい。


『優秀な従者の称号のようなものです』

『私にその称号を頂けるのですか?!』


 まずいな。さすがにヴァルキュリアを”スマホ”とは呼べない。呼んだそばから俺が笑ってしまう。


『いや、この称号はまだあなたには早い』

『大変出過ぎた事を申しました。では”スマホ”の称号を得られるよう、なお一層努力致します』


 変な冷や汗がたくさん出たよ。ヴァルキュリアさんが優秀過ぎて怖い。


「カミラ殿? 大丈夫ですか?」


 俺はしばらくボーっとしていたようだ。単にヴァルキュリアとの会話に集中してしまっただけなのだが。


「はい。あの鎧と剣は、どうやらメンデル城内にあるようです。そしてあの男も、メンデル城に自由に出入りできる身分の者のようですね」

「なんと、まさか……」

「それと、あの剣は魔剣の一種だそうです」

「どうしてそこまでお分かりなのですか?」


 ふむ。彼を紹介する時が来たか。


『ヴァルキュリア! 今直ぐ私の元へ』


 そう念じると、ほどなくして黒い小さな鳥が、部屋の窓際に舞い降りて来た。相変わらず早いな、このマッハカラス。


「この鳥は(カラス)? いやちょっと違いますね」

「ディラック様、皆さま、紹介いたします。私の眼であり耳であるヴァルキュリアです」

「……この鳥がカミラ殿の?」

「そうですね、言ってみれば使い魔みたいな存在でしょうか。高速かつ無音で飛行できます。人の言語を理解し、知識も豊富です。何より私と直に意思疎通ができます。彼にあの黒鎧の男を尾行してもらっていました。男がメンデル城に入ったのを見たそうです」

「……驚きました。これは諜報用に凄い威力を発揮しますね」

「ヴァルキュリア、もう行ってもいいですよ」


 音も無く羽ばたくと、あっという間に黒い姿が空に吸い込まれていった。一同は、窓際に貼り付いて彼の軽やかな飛翔に見入っていた。美しさを感じるほどの羽の動きだからね、あの完全無音の飛行は。誰もが見惚れるに違いない。


「すごい、カミラ殿は何という御人なんだ……。武力、知力、美しさを兼ね備え、そして獣まで従えるカリスマ。まさに真の王族ではないでしょうか」


 だから王族の方に話を持って行くのは止めてくれ。ちなみに知力の半分程度だけが俺の能力で、あとは全部、この体の持ち主の能力だからね。俺は何もしていない。ただ自分と自分が守りたい人の平穏無事な生活を願って、打算的に動いているだけだ。


「とにかく、メンデル城の中には強大な敵がいる、と考えた方がよさそうですね」


 後はもう貴族同士、官僚同士の政治争いだ。城内と貴族の社交場が主戦場だろうから、専門家のディラックさんやローレンシアさんにお任せですよ。俺は家を守ることだけ考えていたい。


「やはりエルツ家との衝突は避けられないかもしれません。ヴルド家としては、なるべく穏便に力の拮抗状態を保っていきたいと考えてはいますが……」


 相手が人としてのルールを逸脱してきている今、早く独占しちゃった方がいいと思うけどね。独占した後に、緩やかな再構築がいいのではないかな。と、俺が口を出したらダメだな。


「私には政治の事はよくわかりません。城内の事は、すべてディラック様にお任せいたします」



 不安はたくさんあるが、メンデルの街へ帰還することにした。これで調査は終了だ。最後の最後までいろいろありすぎて、もう何年も経ってしまったかのように感じる。実際は20日程度しか経ってないんだよね。


 あとは粘土板の解読作業か。楽しみではあるが、どんな真実が飛び出して来るのか、ちょっと怖い気もするな。


◇ ◇ ◇


 調査隊はメンデルの街、ブラッドール家の前で解散した。我が家に粘土板を秘密裏に保管することになったからだ。メンデル城内は怪しい気配があるため、粘土板の情報を統制しようということになった。城内に持ち込めば、容易に研究者からエルツ家の関係者へも漏れ伝わるだろう。


 幸いにもこの調査隊は、ヴルド派閥の者で構成されているので、粘土板の存在自体、外部に漏れる可能性は低いだろう。約1名、メンデル城の者と怪しい接触をした騎士がいたけれどね。ただ豪雨の中だったので、犯人を特定するのは難しい。いちおう騎士の中にも怪しい人物がいた、という前提で動くことになった。


 ということで、粘土板の文字転写も解読もブラッドールの屋敷で行うことになった。


 久々に入る我が家はやっぱりいい。玄関の扉を開けると、ビスマイトさんとエリーが出迎えてくれた。この顔を見ると安心するな。家族っていいものだよ。これは俺の感情なのか、それとも家族を失って壮絶な最後を迎えたこの体の持ち主、アリシアの記憶なのか。よくわからないが、とにかくいいモノはいい。


 俺はビスマイトさん、エリー、マドロラさん、そしてシャルルさん、ドルトンさん、チャラ男を呼出して調査の土産話をした。内容としては、ほとんど調査報告会みたいなものだったけれどね。パソコンとプロジェクターが欲しいところだ。


 俺は王家のスキャンダル以外の話は、すべて包み隠さずに話しをした。王家の話は余計だと思ったから省いた。いや、正直に言えば、触れて欲しくないからだ。


 するとレンレイ姉妹が余計な気を利かせてくれた。隠していた部分をスパっと話してしまった。


「……驚きだな。まさかカミラが正当なメンデルの王族だったとは」


 予想通り、扱いに困ってビスマイトさんは、しばし考え込んで固まってしまった。他の皆も、どうしてよいやらわからずに黙り込む。


 まぁ、そりゃそうだよね。突然、”自分の娘が実は王族でした、本当なメンデルの王様だったんだよ”なんて言われてもね。こういう反応が出ると思って説明を省いたのだが、レンレイ姉妹は誇らしくも得意げな顔をしている。俺が意思表明をしないと、治まりが付かないよな。


「お父様、私は王族として名乗り出るつもりもありませんし、興味もありません。仮に王族として城に出向いたとしても、悪戯に国を混乱に陥れるだけです。ブラッドール家も、大きな混乱の渦に巻き込まれてしまいます。私にとってこのブラッドール家がすべてであり、唯一です」


 へへん、どうだ。ここまできっちり言っておけば大丈夫だろう。


 ……だが、軽く考えていた自分の甘さを痛感することになった。


「貴族ならまだしも、王族となると話は別だ。しかもメンデルの正当な血筋なのだ。これを絶やす訳にはいかない。儂が歴代メンデル王に背くことになる」

「そうよ、カミラちゃん。王族はね、とても重い存在なの。メンデル国民の象徴であり、心の拠り所なのよ。歴代の王が居るから、こうして今の豊かな生活があって平和に暮らすことができるの。だからメンデル人は王族には、敬意と感謝を忘れることがないのよ」


 いつも笑顔でほんわか雰囲気のエリーが、真顔で語るので、ちょっと気圧されてしまった。


 そしてトドメのセリフはシャルルさんだった。


「ここで王族を匿っているとなったらさ、私たちは歴代メンデル王室を裏切ることにならないかな……。不敬罪だよね、きっと」


 不敬罪! まさかそんな台詞が飛び出して来るとは、まったく予想できなかった。俺が思っている以上に、メンデル人の王族への思いは根強いようだ。ディラックさんも、執拗に王族として名乗り出るように言ってたし……。


 考えてみれば、ここまで工業都市として発達させ、インフラを整え、技術を糧に国を富ませて来たのは、歴代の王の施策と器量によるところが大きい。現代日本人の俺から見ても、メンデルは上手い事やっている国だと感心する部分が多い。政治に直接タッチしなくなったとはいえ、王族が尊敬され、人気があるのもわかる気はする。


「俺も王族として名乗り出るべきだと思うぜ、嬢ちゃん……」

「あたしもそれに賛成だねぇ。ブラッドールには辛い決断かもしれないけどさ」


 ドルトンさんもマドロラさんも口を揃えて言う。全会一致で王族立候補が可決じゃないか。もうやだ……。誰か助けてくれ。


「しかし今はまだ、名乗り出る時ではありません」


 意外にも助け船を出してくれたのは、レンさんだった。


「どうしてだ?」


 ビスマイトさんが怪訝な顔で尋ねる。


「今、カミラ様は命を狙われております。それもこの国の深い闇が関わっています。おそらくナイトストーカーや貴族なども……」

「それはわかっている。だからどうだというのだ」

「今、カミラ様を王室にお戻しするのは、それこそ鍵の掛からないあばら家に住まわせるようなものです。今の偽メンデル王室や礎から腐った議会、官僚は正して新しく建て直す必要があります。それにカミラ様を巻き込むのは、あまりにも不憫。それこそ不敬に当たります」

「言いたいことはわかるが、どうするつもりなのだ?」

「ヴルド家は、メンデル城内の大掃除を行うつもりです。何年かかるかはわかりませんが、カミラ様がお出になるのは、その後がよろしいかと」

「だがなぁ、そうなるとブラッドール家が続かなくなっちまうな」

「ドルトン様、ご心配には及びません。今の王族はハッブル家なのですよ。ならばブラッドール家の当主が、王族でもおかしくはありませんよね?」

「なっ、なんと大胆な!」


 さすがのビスマイトさんも一同も、目を見開いたまま動きが止まっていた。俺にもその発想はなかった。うーん、これは間違いなくディラックさんの入れ知恵だろうな。さすがだ。


「レンよ、ディラック様はそこまでお考えなのか?」

「はい。ヴルド家総出でそのように動くことになるでしょう」

「だが、それではブラッドールが鍛冶師を独占することになる。力の均衡が崩れるとよくないのではないか? 権力の上に胡坐をかいてしまうと、技術の成長が滞る」

「いえ、それはまた別の話しかと思います。鍛冶師の力関係は、あくまでも鍛冶師コンテストで決められるものです。政治力は関係ないかと。あのコンテストに贔屓やいかさまはありません」


 俺はコンテストの内容を知らないので、よくわからないが、王族側の作品が贔屓されるのは、避けられないんじゃないかな?


「うむ、確かに言う通りだ。あのコンテストは、あくまでも作品の優劣を第三者が決めるものだからな」


 聞けば、王族や貴族が介入する余地がないのは、大陸全土に知れ渡っているらしい。コンテストの内容、優劣の付け方がきっと客観的なんだろう。てっきり、陶器や陶芸品のような品評会だとのん気に思っていたが、そうではないらしいな。


「カミラ、良い機会だからコンテストの内容を話しておこう」


 ――― 鍛冶師コンテスト。


 このコンテスト、正確にはブラッドール、ハッブルの一騎打ちという訳ではない。大陸全土から誰でも参加が可能なのだそうだ。それは正式名称を聞いて納得できた。


「エルマー大陸 鍛冶師統治統括協会主催 武器防具品評会決勝コンテスト」


 名称が長いので、これを皆が”鍛冶師コンテスト”と略しているらしい。


 そしてなぜ”決勝”なのか……。

 このコンテスト、実は予選が大陸全土で行われている。そこで勝ち上がった優勝者だけが4年に1回、メンデルで開催される決勝戦に参加することができるのだ。


 だが、大抵決勝まで残るのは、ブラッドールかハッブルの流れを汲む工房であるため、実質的には2派閥の戦いとなるのである。そしてメンデルに住む本家ブラッドールと本家ハッブルは、予選を免除され、最初から決勝大会に参加することができるのだ。まぁ、要するにシード権だね。


 肝心のコンテストの中身だが、陶器や絵画の品評会とは違い、外観やデザインなどの意匠は評価されない。ランダムに選ばれた騎士が、それぞれ出品された武器を鎧などの防具、あるいは鉄や石、木など決められた物に打ちつけ、どこまでダメージを与えられるかで決まるのだそうだ。


 防具の方は反対に、決められた武器で叩かれたり、斬りつけられたりして、どこまで耐えられるかだけが評価されるという。


 徹底した現実主義、実用品としての優秀さが問われるということだ。実に職人らしい大会だな。わかりやすい。これなら確かに、いかさまや贔屓の入る余地は少ないだろう。


「カミラちゃんが王族か……。なんか遠い存在になっちゃったな」


 エリーが寂しそうにポツリと呟いた。皆ちょっと暗い雰囲気になっている。おいおい、これは俺のせいかのか? まぁでも……それだけ皆が俺を親しく思ってくれていたと考えておこう。


「そんな事ありませんよ。王族だろうが何だろうが、あくまで私は私です。エリーの知っている、そして皆さんの知っているカミラです。突然、距離を置かれちゃったら悲しいじゃないですか……」


 自分で喋っていて本当に悲しくなって来た。気が付くと涙がほろりと零れていた。


「ご、ごめんごめん! カミラちゃんはカミラちゃんだよね。私が馬鹿なこと言っちゃった、お姉ちゃんが悪かった、許してね」

「へっへーん! 何を言っているの! このお嬢ちゃんは私のモノだからね。王族だろうと妖怪だろうと関係ないさ」


 そういってシャルルさんが俺の頭に手を乗せて、思い切りクシャクシャと髪を乱しつつ、撫でて来た。


「うっ……うむ、儂もカミラの父親だからな。それはお前が何者であっても変わらない」


 皆が俺の涙を見て優しくしてくれた。やっぱりここが俺の家なのだと実感する。王族なんて真っ平ご免だ。


「はいはい、この話はもうやめやめ! 危ない目に遭わないように一層気を付けるって事でお開きにするよ!」


 マドロラさんのひと言で一気に場が和んだ。そして現実に戻って来た感がある。


 そうだ、まだまだやることは山積みなんだよね。当面は粘土板の解読作業がたっぷりと待っている。


◇ ◇ ◇


 ――― メンデル城、謁見の間。


 ディラックは自分の屋敷へ着くなり、国王陛下からの使者に出くわした。可及的速やかに登城するようにとの命令だった。この平時に何事だろうかと、ディラックは不審に思った。


 謁見の間に行くと王はおらず、側近だけが居た。側近が王の居室でエランドの調査結果を聞きたいと言ってきた。ディラックは直ぐに思い当たった。王はおそらく、今のメンデル王室が正当な血筋の者ではないと知っているのだろう。エランド調査で、それがバレていないかを探りにきているのだ。至急の呼出しも、わざわざ居室での謁見もそれで理解できる。


 さて、どうしたものか。ここで暴露した場合、王の弱みを握ることができる。王を裏から操ることができれば、今後の活動を有利に進めることができる。エランド調査に行く前なら、そんな不敬な事は考え付きもしなかったが、今は違う。現在のメンデル王は、忠誠尽くすべき相手ではない。偽物だ。


「こちらです、ディラック殿」


 側近が案内をしてくれる。王の居室に入れるのは、側近と一部の世話役の女官だけである。


 この側近はエルツ家の者だ。当然、王の傍に控えて調査報告を聞くことになるだろう。そうなった場合、エルツ家がどう動くかわからない。最悪、王を暗殺し、偽の王であることを国民に知らしめ、その隙に自らが政権を奪取する危険性もある。


 一方、カミラは王族立候補を拒否している。子供とはいえ聡明で意思の強い人物だ。無理矢理担ぎ出しても上手くはいかないだろう。ここは危険を避けるために、知らぬ存ぜぬで通すか。ただ、エルツ家への牽制は必要だろう。ディラックはそう思った。


「おお、ディラック! この度は調査ご苦労であった」

「ご機嫌麗しゅう、国王陛下」

「堅苦しい挨拶はよい。ささ、早くエランド調査の話を聞かせてくれ」

「さて、どのような事からお話しすればよいやら……」

「道中、何かに出会わなかったか?」

「そうですね、珍しい生物に出会いました。ウルフロードや人語を操る獣達です」

「ふむふむ、他には?」

「そうですね……。街遺跡に魔獣のマンティコアがおりました」

「なんと! それは遺跡の守護か何かか?」


 国王は身を乗り出して、ディラックの言葉に耳を傾けている。興味があるのか、それとも焦っているのか。


「わかりません。ただ、なぜかメンデル語を話すマンティコアでした。エランド人が召喚した魔獣ならば、エランド語のはずですが」

「ほう、それは不思議じゃの。して、その遺跡では何か発見したか?」

「いえ、街遺跡では何も発見できませんでした。城遺跡の方は、隈なく探索したのですが、荒廃が酷く目ぼしいものはありませんでしたね」

「あの地下室の壁画…… いや、その……何か壁に文字が彫られたような物はなかったか?」


 国王は、確実に王家の秘密が彫られたダマスカス鋼板の存在を知っている。ディラックはそう確信した。


「はい、確かに何かありました……。ですが我々では読めない文字でしたので、特に気にも止めませんでした」

「そ、そうか……。それは残念だったの」


 国王が途端に脱力感に襲われたようだ。張っていた肩肘が、椅子にとろけるように沈んでいる。安心したのだろうとディラックは思った。


「ただ、黒い鎧を着け、黒い剣を持った男に襲撃されました」

「うん? それは盗賊か何かか?」

「素性はわかりませんが、男の持っていた剣は魔剣のようでした。地面や湯を瞬時に凍り付かせる恐ろしい能力を秘めていました」


 ディラックはちらりと側近の方を見た。側近は咳払いしながら慌てて眼を逸らした。


「ほう、魔剣とな。余にはよくわからんが、とにかく無事に戻って何よりじゃ。うん、もう下がってよいぞ。ご苦労であった」


 この不自然なやり取りでディラックは確信した。王家は自分が偽の血筋であると知っている。そしてエルツ家もそれを掴んでいそうだ。


 このままではエルツ家、王家、ヴルド家三つ巴の戦いになる。それにハッブル家とブラッドール家も否応なしに巻き込まれて行くだろう。ディラックは不安を抱えながら、家路についた。


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