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第30話 研究塔

 城とは少し離れた庭に高い塔がある。城壁よりも高い。よくもこんなひょろ長くてバランスの悪い建物が、何百年も倒れずにあるものだ。どちらにしても、この塔が本命そうだな。昔からRPGでも、知識や知恵を持った魔法使いが塔に籠るのが基本だからね。


「あの塔に何かありそうですね」


 まだ王族のショッキングな事実から立ち直っていないディラックさんも、最後の調査地ということで、気合が入っていた。


 騎士団含め、全員が塔の前に集まった。塔の入口は、分厚い鋼鉄の扉が訪問者を拒絶していた。ディラックさんがカリカリと爪で表面を引っ掻く。


「これはダマスカス鋼です。扉だけではありません。この塔全体がダマスカス鋼で出来ているようです」


 禁忌の超希少金属が一体何万トン使用されているのだろうか。生半可な技術力じゃ鋳造できないぞ、コレ。もしかしたら、エランド王国は、とんでもない技術立国だったのかもしれない。


「ここで調査は終了ですか? 扉は壊せそうにありませんし、他に入口は無さそうです」


 とローリエッタさんが言う。


「ちょっと待ってください。扉に何か文字が彫ってありますね。……エランド語です。カミラ殿、お願いします」


 確かに薄っすらとエランド語で彫ってあるが……。


「”塔へ用向きの者は、我が名を答えよ”ですね」

「順当に考えて、この塔の所有者であるエランド王の名でしょうか?」

「わかりません。それ以上は書いてありません」


 ディラックさんは片っ端から、歴代エランド王の名前を呼びあげた。だが、扉は開かない。

 

 しかしこの人、王の名前を全部覚えているのか。しかもエランド語発音で。確か前期エランドを含めると100人以上いたぞ、王様。凄い記憶力だな。


「これだけ言っても駄目ですか……」


 一同に諦めムードが漂ったその時、俺は扉の合わせ目に何かマークのような物を見つけた。


「ディラックさん、この模様、もしかして……」

「ええ。間違いありません。シュタインベルクの家紋です。どうしてこんな所に、バンパイアロードのマークが……?」


 そういえばカーミラのヤツ、確か疫病研究のために、エランド王国に雇われていたとか言っていたな。この塔は、彼女の研究塔なのかもしれない。ということは……名前というのは彼女のフルネームか。


 俺は門の前に立ち、大声で叫んでみた。


「カーミラ=シュタインベルク!」


 門は高い金属音を立てながらゆっくりと開いた。


 一体どういう原理なんだ? 音声認識は現代日本のテクノロジーじゃないのか。吸血鬼も頭が良さそうだから別の技術で実現できているのかもしれない。魔獣召喚がある世界だし、案外そっち方面の力であっさりできちゃうのかもしれない。日本のモノづくりが敗北するとしたら、敵は吸血鬼なのか。吸血鬼との国際競争、貿易摩擦なんて嫌だぞ。


「カミラ殿! 危険です! バンパイアロードの眷属が残っているやもしれません」


 確かにそうだ。この塔には窓というものが一切ない。完全に遮光された吸血鬼仕様だ。しかも全体がダマスカス鋼だ。外壁が破壊されて陽の光が侵入することは、絶対にない。徹底した構造だよな。


 まだこの中に、ヤツの仲間が残っているかもしれない。棺を見たら中身を確認せずに、問答無用で魔剣を全力で突き刺そう。正直、バンパイアロードがもう一度出てきたら、まともにやり合って勝てる自信がない。


「わかりました。まずは私1人で入ります。安全とわかったら皆さんをお呼びします」

「わ、わかりました。ご無理はされないでください」


 ローレンシアさんが”バンパイアロード”という単語を聞いて顔を青くしている。トラウマが蘇ってしまったのかもしれない。


 俺はランタンを借り、短剣を腰に差して塔に入った。でもこれって定番のアレだよな。最上階に魔法使いが待ち構えているパターンだ。各階にそれなりの魔物が居て、階数と共に強くなっていくと。RPGでは大体そうなっている。それが現実に味わえると思うと、少しワクワクするね。


 だが扉を開けて踏み入った途端、思い切り面喰ってしまった。ランタンを高く掲げて室内を照らすが、塔の中はがらんどうで何もない。早い話が、単に円柱形の筒が立っているだけなのだ。これは一体なんのために作られたのか。


 その理由は、壁に近づいてみてわかった。細かい文字がびっしりと彫られている。エランド語の部分もあるが、まったく読めない文字もかなり混ざっている。専門用語が多いからだろうか、エランド語の部分も実際に解読できる部分は少ない。


「ディラック様! この中は安全です、お入りください」


 俺は大声をあげて外の連中を呼んだ。


「カミラ殿、これは……一体?!」

「ダマスカス鋼に彫ることで、書物と違って永遠に残る情報になります。きっと何か重要なことが書いてあるに違いありません」

「読めますか?」

「私が解読できるのはほんの少しですね。専門的な文章が多いようですので……」

「それでも結構です。ぜひ解読作業に入りましょう!」


 そう、この時代には写真がないのだよね。紙も貴重品だし、全部を書き写すことも難しい。スマホかデジカメがあればパシャとたくさん撮影すれば終わりなのに。しかも破壊不可能という属性だから、壁ごと剥ぎ取って持って行くこともできない。


 この塔の内壁に全部文字が書かれているとすると、解読に何年かかるかわからないぞ。しかも上の方はどうするんだ。階段も足場も何もないのに、どうやって身長より高いところへ到達したらいいのか。まずは丈夫で長い梯子(はしご)の確保と、文字を手っ取り早く写す方法を考えた方がいいと思うな。


 ――― 上手く行くかどうかわからないが、アレをやってみるか。


「ディラック様、1つ提案があります」

「何でしょうか?」

「この内壁の文字を全て解読するには、時間が掛かり過ぎます。少なく見積もっても何ヵ月かはかかるでしょう。私はこの文字を写し取って持ち帰ろうと思います」

「は、はぁ……でも紙は少ししかありませんし、この壁はダマスカス鋼ですから、剥ぎ取るには、難しいと思いますが」

「皆さんで粘土を探しに行きましょう。それと長くて丈夫な梯子と足場が必要です」

「……あっ!」


 レイさんが直ぐに俺のしたいことを察したようで声を上げた。彼女は何でも先読みできちゃう子だからね。


「粘土で文字の型を取ります。それを乾燥させて重量を減らせば、持ち帰ることができると思います。文字は反転していますので、注意が必要ですが、その後は石膏などを使って、さらに反転させれば何とかなるでしょう」

「なるほど。まさかそのような手を思いつかれるとは……。わかりました。手分けして粘土を探しましょう」


 幸いというかでき過ぎというか、騎士団の中に地質に詳しい人がいた。彼によれば、この地域は粘土層がかなり厚い土地だという。しかも良質とのこと。聞けばエランドの主要産業の一つに、窯業があったらしい。陶器のエランド、鉄器のメンデルだね。


 調査日9日目以降は、ひたすら粘土を探しては、壁の文字を写し取る作業が行われた。作業の間中、ディラックさんは、


「いやーやっぱりカミラ殿は聡明です。ぜひ王として名乗りを上げて欲しいのですが……」


 と残念そうに呟いていた。


 いや、この案は王族とか関係ないから。普通に日本人なら誰でも思いつくやり方だからね。


 作業は思った以上に早く進んだ。良質な粘土が城の直ぐ近くでたくさん採取できた事と、晴天が続いたことが大きい。乾いた粘土板は、順次ヴルド家の別荘へと運搬された。調査開始18日目にはすべての文字が粘土板へと転写され、任務を完了することができた。頭脳も肉体も優秀な騎士達が、一心不乱に取り組むと凄い力を発揮する。団体戦の勝利だね。


 ――― 調査開始から19日目。


 全員ヴルド家別荘に集まり、この調査最後の会議が行われた。重労働が続きながらも、騎士達は皆元気そうだった。メンデル騎士団はタフな連中が多い。頼もしい限りだ。


「それでは、調査任務完了ということで、ささやかながら今日は1日休暇とします。出掛けるもよし、部屋で寝るのもよし、自由行動とします。ただし、外出する場合は必ず2名以上で、帯刀してください。それでは散会!」


 いやー、上司から直に休めの命令。魅惑のこの響き。サラリーマン時代に聞きたかったよ。


 俺は粘土板を整理するレンレイ姉妹を尻目に、既に解読できた部分の記憶をメモに落としておくことにした。実は転写作業をしながらも、読めるところは読んで頭に入れていた。俺の記憶力は鳥並なので、直ぐに書いておかないと忘れてしまう。


 うん? 鳥? ……なんだか今、とても重要なことを忘れている気がしたな。そうか、ヴァルキュリアの事を忘れていた! アイツにローブの男を追わせていたんだっけ。どうなってるか全然フォローしてなかった。


『ヴァルキュリア。……聞こえますか?』

『はい、獣王様』


 よかった。俺のスマホはまだちゃんと機能していた。


『例のローブの男について、何かわかりましたか?』

『あの男は、メンデルの犯罪組織に所属しているようです』


 メンデルで犯罪組織と言ったら”ナイトストーカー”しかないよな。


『西地区のスラム街に入って行くのを確認しました。もう何日も出てきていません』

『わかりました。具体的にはスラム街のどの辺りですか?』

『ここです』


 彼がそういうと、俺の頭の中に直接映像が流れ込んで来た。とんでもない大迫力の3D画像だな。これが鳥の眼、バードビューか!? 慣れないと酔いそうだ。


 うん、ここは見た事がある。あのぼったくり古書店の3ブロック奥側だね。建物も特徴があるから行けば直ぐにわかるだろう。現行犯としておさえない限り、建物へ行ったところで、はぐらかされて門前払いされるだけだろうけど。


『ありがとう。もう大丈夫です』

『はい、お役に立てて光栄です。それと余計な事かもしれませんが……』

『何ですか?』

『巨大な雨雲がそちらに近づいております。今夜は激しい雷雨になるでしょう。お気を付けください』


 ……雨雲レーダーじゃないか。天気予報もお知らせしてくれるなんて完全にスマホだよ。この世界で一度味わっちゃったら、こんな便利なの手放せないな。


◇ ◇ ◇


 夜になるとヴァルキュリアの予想通り、酷い雷雨になった。豪雨で視界もほとんど利かない。雨が地面を叩く音と雷鳴が支配する闇夜になった。


 だが夕食は恵まれていた。最終日ということで、これまで控え目に食べていた保存食を全部使ってしまう流れになったからだ。貴族の保存食は、普通の庶民レベルとはちょっと違う。乾パンと氷砂糖と缶詰だけではないのだよ。楽しみだ。


 騎士団の中にコックの経験もある調理上手が居たので、彼にお任せして皆各自の部屋で食事を取ることにした。本来なら打ち上げを兼ねて、ダイニングで顔を突き合わせて食べたいところだが、生憎そこは今、粘土板が占領しているのだ。


 さすがに枚数が多いので、倉庫や部屋に保管しきれなかったのである。レンレイ姉妹は、夜になっても粘土板の整理を続けていた。ディラックさんも興味深そうにその作業を手伝っていた。そして、俺はまだメモの作成が終わっていない。推測で補完しながら書いているので、なかなか進まないというのもあるが、いろいろ気になることがあって、集中力が続かないのが原因だ。


 ドアがノックされた。


「カミラ殿、御食事をお持ちしました」


 男の声だ。きっと夕飯を作ってくれた調理上手な騎士さんだね。


 テーブルに運ばれた食事は、思った以上に豪華なものだった。何よりも驚いたのは香辛料の匂い。これはどう考えてもカレーじゃなのか!? ああ、もうダメ、カレーの匂いなんて久しぶりだから死ぬほど嬉しい。香辛料があるならぜひ手に入れたい。塩だけの味気ない食事はそろそろ脱却したいのでね。


「この料理は、もしかして……」

「はい。私の故郷の料理で有名なカリーというスープです」


 カリー! バンザイ!


「失礼ですが、ご出身はどちらですか?」

「お隣のコーネット領から来ました。やはり騎士になるならメンデルですからね。ブラッドールの剣や鎧、馬具などは有名ですし、何よりも騎士のレベルが高いです」


 おお、何気に推されているな。ブラッドールの人間としては嬉しい限りだ。


「コーネット領では、香辛料が豊富なのですか?」

「ええ、コーネット領はメンデルと違って農業国です。肥沃な土地に恵まれているおかげで、国を挙げて香辛料や果物など付加価値の高い農作物を作っているのです」

「ちなみに、香辛料は高価なものなのでしょうか?」

「安いとは言えませんが、庶民が手を出せないほどではありません。普通の家庭でも、大体週に1回は香辛料を使った料理が食べられますよ」


 ふっ。これは絶対に香辛料を買い付けにいかねばなるまい。


「ただし、輸出品となると話は別です。高い税金を掛けていますから、価格は10倍に跳ね上がります。ですので、コーネット領以外では、香辛料は高級な嗜好品として扱われるようです」


 税率が凄すぎる。でも塩以外の味付けが得られるなら、大金を払ってでも欲しくなるだろうな。個人で少量買う分には税金はかからないんだろうけど。


 俺はカレーとパンを久方ぶりに味わうことができた。味は大満足だった。餓えていたのもあったのだろうが、かなりの美味と感じた。日本のカレー激戦区に店を出しても、通用するかもしれない。きっと彼は騎士にならず、料理人になったとしても大成していたに違いない。メンデル騎士団は才能あふれる人が多いね。やはりエリート集団だよ。


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