第29話 出生の秘密
――― 調査開始4-6日目。
予想に反して街遺跡からは、目ぼしいものは何も発見されなかった。ただ気になったのは、街の壁のあちこちに獣が引っ掻いた傷のようなものが、たくさんあることだ。爪痕の幅から判断すると、かなり大型の生物だ。
騎士団の中に、動物に詳しいレンジャー経験者がいたので、彼に推測してもらったところ、およそ体長は10メートル以上だろうということだった。それ程まで大きな生き物の群が、街中にいたのか……。爪痕の古さと、推測された体長からすると、犯人はマンティコアではない。この街で一体何が起きたのだろうか?
「街遺跡には何もなさそうですね。あれだけの魔獣を配置した意味は、どうやら古城遺跡の方にありそうです」
ディラックさんは、明日から城遺跡の探索に集中することを決めた。よし、明日からが本命だ。
その夜、俺はディラックさんにルビアから聞き出したマンティコアの件をすべて話した。すると、ディラックさんは黙り込んで考え出した。彼のいつもの癖である。話し途中でも考えるモードに入ると、脇目も振らずに集中してしまうのだよね。
「カミラ殿、これは慎重に進めるべきです。想像以上に根が深そうですね……。私からも、城の中の状況や背景をお話ししておきましょう」
これはありがたい。政争に巻き込まれるのはゴメンだが、敵を知らなければ防ぎようがないからね。
「現在、貴族議会も官僚の要職も半数はヴルド家もしくは、古くからヴルド家に親しい貴族で占められています。当然転覆を狙って来る輩もいます。その最大勢力がエルツ家です」
……エルツ。確か、冒険者ギルドの掲示板に貼ってあったバンパイアロード討伐の依頼主が、宰相エルツだったね。
「もしかして、宰相のエルツ様ですか?」
「彼1人ではありません。宰相のカール=エルツは、エルツ家の現当主であり出世頭の筆頭です。他にも何人か官僚や貴族議員をしている者がいます」
「それで、彼らの派閥がヴルド家を狙っていると……」
「もちろん表立っての動きはありません。真っ当な政治活動での戦いとなります。あくまで”表では”、です」
「ということは、何か裏があるのですね?」
「そうです。残念ながらその証拠はまだ掴めていません。ただ、裏で何かをやっているのは間違いありません」
「なぜそうお思いになるのですか?」
「城の地下研究所には、エルツ家専用の研究スペースがあります。研究スペースは、議会の直轄管理ですが、各貴族に応じて与えられているスペースもあります。偶然にも私はそこで見てしまったのです」
「何をですか?」
「あのゴブリンロードの鎧です。しかも、ゴブリン狩りの騒ぎが起きる前にです……」
「何ですって?!」
「冒険者ギルドで、あの黒い鎧を見た時に確信しました。あんなに大きくて特徴のある鎧は、まず他にはありませんからね。でもこれは状況証拠に過ぎません」
確かに怪しいな。状況証拠と言っても確信に近いレベルだ。
「それともう1つあります。マンティコアはエランド語ではなく、メンデル語を話していました」
それは俺もおかしいと思った。昔からあの遺跡に住み着いていて、人語を操るならエランド語になるのが自然だからね。
「魔獣の召喚には生贄が必要です。そして生贄の特性は、魔獣にも引き継がれます」
「ということは、生贄はメンデル人……」
「間違いないでしょう。ルビア殿から聞いた話と考え合わせると、メンデル人が深くかかわっています。魔獣召喚は禁忌ですが、城の研究所にいくつか事例は存在します。実行できる者も何人かおります」
「本当に闇が深そうですね」
「ええ。そして、今回の調査隊の行き先と日程です。ローリエッタとレンレイは除きますが、私は国王の側近にしか伝えていません。騎士の連中にも出発前日に伝えました」
「つまり、国王の側近から情報が漏れた可能性が高い、ということですね」
「はい。そしてもちろん、傍仕えの側近はエルツ家の出身です」
これはきな臭いどころの話じゃないな。もう確信を持って言っていいだろう。間違いなくエルツ家がヴルド家を潰そうとしている。しかも非合法な手段を使ってだ。
最悪のシナリオを考えておこう。ゴブリンロードの件もマンティコアの件も、裏で糸を引いているのは、エルツ家の可能性が高い。マンティコアは、ディラックさんを潰すための罠だ。ゴブリンロードに鎧を提供したのは、ヴルド家と深い関係を持ったブラッドール家を潰すためだ。いや、そもそもゴブリンロードを出現させたのも、エルツ家の可能性がある。何しろ魔獣召喚できる人がいるくらいなのだからね。想定していた以上に、用心が必要だろうな。
「それとカミラ殿。貴女も狙われているかもしれません」
はて? 狙うなら俺ではなく、現当主のビスマイトさんの方ではないのかな? 将来はわからないけれど、今の俺は隻腕の小娘に過ぎない。
「ゴブリンロードは、本来なら騎士団が討伐するというシナリオだったと思います。それを貴女が斃してしまった。そしてブラッドール家の者達が、鎧を持ち帰ってしまった。罪のでっち上げができなくなりました。もし陰謀が本当にあったとすれば、カミラ殿は、彼らの計画を邪魔した事になります」
まずいな。いきなり大御所を敵に回して、直接狙われる立場になってしまったのか。奸計に掛けられたら、個人の力ではどうしようもないところがあるからな。
今や俺は、ビスマイトさん始めとして色々な人との繋がりもあるし、自分1人表立って暴れたりする訳にもいかない。世の中どの世界でも難しい問題は、いつも人間関係なのだね。
――― 調査開始7日目。
朝から土砂降りの雨だった。風もかなり強い。この世界にも台風というヤツがあるのかもしれない。あまりの荒天だったので、今日の調査は中止。全員待機で暇を持て余す事になった。
仕方がないので、俺は別荘内をブラブラして居たのだが、この激しい雨の中、1人の騎士が外に出て行くのを目撃した。こんな雨の中、何をしているのだろうか? 周囲には森しかない。食料も水も十分確保してある。荒天の今、わざわざ取りに出る必要はない。
こういう時こそアイツを使うべきかね。
『ヴァルキュリア、聞こえていますか?』
『はい、獣王様』
『この別荘から今、騎士が1人出て行きました。彼が何をするのか後を追いなさい』
『はっ。その騎士は見えております。人と会っているようです。灰色のローブを目深に被った男と接触。何かを手渡され、指示を受けているようです』
『その者たちの顔を見ることはできますか?』
『残念ながらこの豪雨で、そこまでは視界が利きません。……今、騎士とローブの男が離れました』
『わかりました。あなたはローブの男を監視して、行き先を探ってください』
『かしこまりました』
おお、これは本当に便利だ。まさにスマホだね。ぜひ家族割引でビスマイトさんやディラックさんと共有して使いたいよ。
『獣王様、私の力は共有できません』
…… まだ繋がってたのね。冗談です、すみません、調子に乗ってました。
――― 調査開始8日目。
今日は早朝から城遺跡地区を探索することなった。ただ、城と言ってもメンデル城に比べたらかなり小さい。探索も1日で十分できるだろう。
城門跡から馬車で入る。その瞬間から、俺の鼓動は激しくなっていた。明らかに見覚えのある風景。城を作る石垣の一つ一つにまで記憶がある。むしろ、覚えがありすぎて気分が悪くなる。感覚までもがリアルに甦ってくる。
「カミラ様、お顔の色が優れませんが大丈夫ですか?」
「ええ……、大丈夫です。問題ありません」
まだ建物としてしっかり残っているのも凄いと思うが、さすがに中は完全な廃墟だった。ほとんど蜘蛛の巣と埃と土砂で支配されている。
俺は居ても立ってもいられず、馬車を降りて中庭へ飛び出した。夢で見た城壁に囲まれたあの風景。まさにそのままだった。古ぼけてはいるが、端々まで見覚えがある。間違いない、この体の持ち主はここで暮らしていた。
「カミラ様、お待ちください。お一人では危険です!」
レンレイ姉妹が俺の後を付いて来た。
確か母親の部屋があったな。俺の知らない人物なのに、会えなくて寂しい思いが自然と募ってくる。部屋を隈なく探索するが、特に何も見つからなかった。しかし、よく形が残っているものだ。それだけでも来た価値がある。
俺は一通り部屋を見終ると、自分がアリシア=アウスレーゼ=エランドであることを確信した。とはいっても、中身はまったくの別の人間だ。別の人間同士が入れ替わって、別人としての人生がスタートしたのである。今さら元の名前を名乗るつもりはない。俺は今、皆に支えられて生きているカミラ=ブラッドールなのだ。
確信を持つことで、今まで心に蟠っていたものを完全に吹っ切ることができた。俺は迷いなくカミラ=ブラッドールとして、生きて行けばいいのだ。
「カミラ殿ーっ! 急いで来てください」
ディラックさんが、城の中庭から大声で呼びかけている。何事だろうか?
駆けつけてみると、そこには地下室への階段があった。しかし、中庭からいきなり地下室というのもおかしな話だ。土砂が入って埋まってしまう。
「この階段、元々はきっちりと扉で封印されていたようです。それを何者かが、無理矢理剥がしたようですね」
階段横の城壁に、地下室の入口を塞いていたであろう分厚い金属の扉が立て掛けられている。見るからに重そうだ。大人が20人がかりでも、持ち上げるのは難しいかもしれない。
「これは遺跡泥棒というものでしょうか?」
「ええ、おそらくは……。よくある話ですが、このような大きな扉を取除くなど、よほど大規模な盗掘があったのかもしれません」
「降りてみましょう」
俺はディラックさんにランタンを持ってもらい、地下室への階段を下って行った。
かび臭い。そして獣の匂いが微かに漂う。
灯を照らすと、ぼんやりと部屋の構造がわかってきた。思った以上に狭いようだ。一部屋があるだけで、他に通路や扉はない。部屋の奥の壁に石版がはめ込まれている。
そして石版の下には、石棺がある。石棺といえば当然アレだろうな……。普通に考えて墓だよな。それ以外には何もない、ガランとした部屋だ。あるいは盗掘されて、本来あったものは、すべて持ち出されてしまったのかもしれない。
「ここには、どなたかが埋葬されているのでしょうか?」
「あの石版の文字を読んで行けば、何かわかるかもしれませんね」
俺とディラックさんが石棺に近づく。まだ蓋がされている。盗掘されて中身は骨だけが残っているというオチかもしれないが。
石版の表面は埃一つ着いていなかった。不思議だ。誰かが最近掃除したようだった。
「カミラ殿、盗掘者が石版の解読を試みたようですね。エランド語の解析を試みるなど、普通の盗賊とは思えません……」
確かエランド語は、城の学者くらいしか読み書きできないんだっけな。俺が墓泥棒なら文字など読まずに、金目の物だけ取ってさっさと逃げるだろう。
石版には、文字の他に目立つ図が大きく描かれていた。エランド王国の家系図のようだ。
俺は丁寧に読み辿って行った。もちろん一番気になるのはあの名前だ。アリシアはエランド最後の王女だろうから、家系図の一番下だろう、と見当をつけて探っていくが名前がない。兄2人の名前が書かれているだけだった。うーん、俺の推測は間違っていたのだろうか?
そう思って家系図全体を俯瞰してみると、少し形がいびつになっているところがある。兄2名の下から線が長く伸びている。線を辿ると、なんと他国の王族の家系図へと繋がっていた。繋がった先は、メンデル王家だった。
そしてメンデル一族の娘として、アリシア=アウスレーゼ=エランドの名前があった。つまり戸籍上はメンデル王家に入っていたのだ。だがそれはもう400年も前の話だ。当然俺の名前の下には何も線が繋がれていない。何だか変な気分だが、俺の子孫は居ないということだ。
この家系図を見る限り、メンデル王家は400年前に完全に血筋が途絶えている。だから隣国の王族の子である、この体の持ち主を養子として迎えたのだろう。隣国だからこそだろう、家系図の先祖の方ではだいぶ密接に繋がっている。これから判断するに、エランド一族とメンデル一族は濃厚に血が繋がった親戚だ。同じ一族の分家と本家と言っていい。家系図の位置関係からすると、本家がエランド王家で分家がメンデル王家だ。
だが、この体の持ち主は、メンデルへ行く前にデスベアに襲われた。エランド王国も謎の滅亡を辿った。だからメンデル王家の血筋も、完全に絶えてしまったはずだ。
家系図を辿ると、もっともらしく名前が描かれていた。
俺の次にメンデルの王位についたのは……
”バティス=ハッブル”
隣の石版に説明文があった。
”第18第の王には子がなかったため、第19代王はハッブル家からの養子とする”
おう、これは衝撃的事実だ。王家の重大な裏事情を知ってしまった気がする。400年前、メンデルの王族の血筋は完全に途絶えていたのだ。理由はわからないが、今のメンデル王家は鍛冶師のハッブル家が継いでいた。
本来なら、アリシア=アウスレーゼ=エランドは、その夫となる者がどの血筋の人間であろうとメンデル王家と親戚だったため、彼女の子が第19代のメンデル国王になっていたのだろう。しかし、それがデスベアの襲撃で途絶えてしまった。つまりこの体の持ち主は、メンデル王家に嫁入り前だった訳ね……。
「カミラ殿……この石版、いえ、これは石版ではないようですよ。全体がダマスカス鋼でできています。文字はダマスカス鋼に彫られているんです」
さらに衝撃的な事実発覚だ。禁忌の金属、ダマスカス鋼がなぜ壁一面にはめ込まれているのか。
「どうしてわざわざ特殊な金属を?」
「推測に過ぎませんが、おそらく絶対に残したい何かが書かれているのでしょう。ダマスカス鋼は、錆びず・朽ちず・壊れない、というのが特徴ですから」
壊せない永久金属か。この家系図と説明文を残した人の執念を感じるな。
家系図の横にある説明文を丁寧に読み込んでいくと、俺が想像した通りのことが大体書いてあった。だが、エランドが滅亡した理由は書いていない。彫る暇もなく滅ぼされたということかもしれない。
俺は石版ならぬ鉄鋼版に書かれていた内容を、ディラックさんと後から入って来たレンレイ姉妹に詳しく説明した。
ディラックさんは、今のメンデル王室が実は鍛冶師のハッブル家の血筋であることに、大きなショックを受けていた。
まぁ、自分が命を懸けて忠誠を誓った相手が、本当は王族じゃなかった訳だ。騙された気分にもなるだろうな。
「……なるほど、でも合点が行きました。このエランドに調査隊が入ってこなかった理由が。王家はこれを知られるのが嫌で、それとなく調査の対象にならぬよう、目を逸らすべく仕組んでいたのですね」
「例の噂話は本当だったんですか」
レイさんが言った。噂話とは”メンデル王室存亡に関わる何かがエランドにはある”という遥か昔から伝わっているゴシップだ。
「まさかこれを隠すためだったとは……。何という醜聞でしょう」
レンさんが言った。手厳しいな。確か王族は、血筋が最も重要視されるんだったな。実子が一番だが、とにかく血の繋がりがあることが王族のアイデンティティーだとかなんとか。ロイヤルファミリーはこの世界でも苦労が多そうだ。
さらに石棺へと一同の注意が集まった。
「これは当然、盗掘されているでしょうから、中は空っぽか骨だけでしょうね」
「では皆で蓋を持ち上げてみましょうか」
4人がかりで蓋を持ち上げようと腰を下ろす。よく見ると、石棺に薄っすら文字が彫られているのをレンさんが発見した。当然エランド語だ。
「カミラ様、これは何と書いてあるのでしょうか?」
その文字を読んで俺は仰天した。雷に打たれたようなショックを受けた。それほどまでに衝撃的な文字列だった。
”アリシア=アウスレーゼ=エランド
ここに冬眠する 神暦1997年”
あまりのショックに思わず後ろに倒れ、派手に尻もちをついてしまった。
「どうされたのですか?! カミラ様、しっかりなさってください!」
慌ててレンさんが助け起こしてくれた。だが自分でもわかる。体が震えている。どんどん血の気が引いて行く。
石棺の一文ですべてが繋がった。
普通に考えて、個人の眠る棺や墓であれば”永眠”と書くのが妥当だろう。だがここには”冬眠”とハッキリ書かれている。これは墓でも棺でもないのだ。
デスベアの能力の1つに”冬眠”がある。熊ならではの性質だが、仮死状態になって何百年も眠り続けることができるのである。
俺は朦朧とする頭で、これまで得た情報からストーリーを繋げた。
――― アリシア=アウスレーゼ=エランドは、エランド王家に生まれた。デスベアに左腕を喰いちぎられたが、奇跡的に生き残り、なぜか代わりにその能力を取り込んだ。その能力でおそらく冬眠状態となった。そしてこの石棺に収められた後、エランド王国は直ぐに滅んだ。
さらに400年が過ぎ、盗掘者がこの石棺を見つけ、冬眠中の俺を奴隷病院へ運んだ。そこでこの体の持ち主、アリシアは目覚めたのだ。しかし、人間としての性質を持ったまま冬眠していたため、上手く回復できずに瀕死となっていたため、死ぬ前に奴隷として売られた。それを買ったのが、ビスマイトさんという訳だ。
奴隷として売られている時に、本人は”死にたくない”と心から渇望していた。だからこそ、俺と中身が入れ替わった訳だ。
あまりの事にしばし呆然とする。レンレイ姉妹とディラックさんが、何か必死で俺に呼びかけているが、全然耳に入らない。
不意に頬が熱くなった。痛い。レンさんが俺の顔を平手打ちしたのだ。
「カミラ様、お気を確かに持ってください!」
「え、ああ、ハイ……」
「よかった。突然倒れ込まれて意識を失ったかのように、動かなくなってしまったものですから、一体何事かと……」
「石棺は開けなくて結構です」
「どうしてですか? カミラ殿……」
「中身は私だからです」
「な、なんですって! どういうことでしょうか?!」
俺はまた自分の生い立ちから、記憶の事から何から何まで洗いざらい説明してみせた。もちろん状況証拠の積み重ねばかりだけど、これしか考えられない。あとは奴隷病院で関係者を締め上げれば、盗掘の実行犯と共に、この石棺の中身が俺だったことがわかるだろう。
「すみません、スケールが長大で頭の中がまだ整理できていません。でもこれは大変な真実ですよ」
「そうですよ、カミラ様、大スキャンダルです」
「ええ。今のメンデルの王室は偽物……。正当な王族はカミラ殿ということになります。私が忠誠を誓うべきは、ハッブル家出身の今の王ではありません。正当な血を継いでいるカミラ殿です。今直ぐメンデルに戻り、奴隷病院の連中を抑えて証拠を確保いたします。正当な王族として名乗り出ましょう!」
うむ。それはありがたいが、面倒くさい。今さら正当な王族だと名乗り出たところで、混乱を来すだけだろう。何より、ビスマイトさんを政争の真っ只中に放り込むことになる。あの無骨で不器用な職人気質を、政治や社交界の表舞台に立たせるのは可哀想だ。何より俺自身、耐えることができそうにない。お偉方による政治的ないざこざは、もう真っ平ゴメンなのである。
「正直に申し上げます。私は王族などに興味はありません。メンデル王室を正すことに、歴史的な意義はあるでしょう。ただメンデル国民全体を考えれば、この事実は伏せ、今のまま和平を保つのがよろしいと思います」
「カミラ殿はそれで良いのですか?! エランド王室はメンデル王室の親類ですよ。それが縁も所縁もない下級貴族に乗っ取られたままなのです!」
「結構です。国民あっての王族でしょう。政情不安を招いてまで、私が王族と名乗り出ることはありません」
決まったな。ここまで言っておけば、ディラックさんも諦めてくれるだろう。
「……わかりました。ではこの件は、ひとまずヴルド家の極秘事項とします。ただ証拠を押さえるのだけは、お許しください。カミラ王女」
どうしていきなり”殿”から”王女”になってるんだよ。背筋が凍るよ。頼むから止めてくれ。
「私の呼び名はどうか、今まで通りでお願いします。関係も今まで通りです。何も変わりません。いえ、変えてはなりません。証拠についてはすべてお任せします。ヴルド家の最後の切り札として、お持ち頂いてよろしいと思います。きっとエルツ家への牽制にも使えるでしょう」
「ふぅ……。まさかカミラ殿が、真に高貴な身分の御方であったとは。しかも冬眠能力で時間を超越されている。まさに眠り姫ですね。幼くしてこの聡明さ。我々貴族でも追いつかない教養をお持ちな訳だ……。カミラ殿の秘密が理解できた気がします」
それは俺のセリフだよ。それと、年齢に見合わない挨拶や喋りをするのは、中身が鋼のメンタルを持つ日本のサラリーマンだからだけどな。この秘密だけは絶対に誰にも明かせないな。とりあえずこの地下室は、封印しておく必要があるだろう。万が一にも情報が漏れたら、メンデル国内が大混乱に陥る。悪戯に人心を惑わしてはいけないよな。
俺たちは地下室を後にして、城内部の探索を再開した。だが城内は蛻の殻だった。書類や本など、紙の類はいっさい残されていなかった。腐って失われたか、あるいは誰かが持ち去ったのか。今となっては何もわからない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
エランド王国滅びの真相を外伝で書かないといけない気がして来ました。プロットだけは何となくあるのですが、きちんとした文章化は考えていませんでした。余裕があったら書いて行きたいと思います。




