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第28話 魔獣退治と音速の鳥

 ――― 調査開始3日目。


 朝一番で罠と杭を積み込み、作戦の手はずと役割を再確認して出発した。馬車で約2時間。街への道は石畳の道が続いているため、迷うことなく辿り着くことができた。


 馬車を降り、街の入口に俺たちは立った。街と言っても遺跡だ。ここに人が住んでいたのは400年も前の事。建物があったとしても、基礎部分だけだろうと思っていたが、予想以上に壁や屋根が残っていた。やはり日本の木造建造物と違い、レンガや石造りだからだろう。それにこの世界に来てから、地震というものを体験したことがない。建物が保存されるには、良好な条件なのかもしれない。


 だが、この街遺跡には違和感を覚える。最近のものであろう人間の足跡が幾つかあったからだ。それに森の中にあるというのに、植生がほとんどない。人の手が入らない限り、草木が鬱蒼と覆い茂っていてもおかしくない場所だ。最近になって、誰かが入ったと考えておいた方がいい。


「ディラックさん、皆さん、それでは手はず通りに始めましょう」


 レンレイ姉妹は、罠を持って道脇の茂みに潜み、気配を消した。騎士団達は、たき火をして煙を上げた。人の気配を察すれば、人肉が大好きなマンティコアが寄って来るに違いない。


 数分もしないうちに、被膜の翼の生えた獅子が、前方から歩いてやってきた。よく見れば獅子の顔ではなく、鼻の長い老人の顔だった。そして尻尾はサソリである。モンスター資料集のとおりの姿だ。大きさは、動物園のライオンより1回り大きい程度だ。これならば、ウルフロードの方が強そうに見える。


「来ました」


 俺は魔剣の一本を持ち出した。短剣である。


「人間はひい、ふう、みぃ……たくさんいるねぇ」


 マンティコアは不気味な声でしゃべった。不思議なことにメンデル語だった。なぜエランド語ではないのか?


 騎士達は一斉に剣を抜いた。ディラックさんも、ローリエッタさんも臨戦態勢だ。


 マンティコアは後ろ足で立ち上がると、猛然と襲い掛かって来た。コイツの武器は鋭い牙と爪、そして尻尾の毒針だ。この3つに気を付ければ、とりあえず致命傷は免れることができる。


 騎士3人が前足の攻撃で薙ぎ倒された。ローリエッタさんがその隙をぬって、長剣を突き出した。

狙い通りマンティコアの首に刺さった。だが、血が出ない。刺さっているのに傷口ができない。まるで影を相手にしているようだ。


 ディラックさんもスピアを構え、凄まじい速さで刺突を連撃するが、手ごたえがまるでない。


 これが悪魔に普通の武器は通じないということか。


 相手の攻撃は有効なのに、こちらの攻撃は一切効かない。確かに脅威だ。斃す事ができない。ミスリル銀も魔獣の動きを封じることはできるが、殺すことはできないという。


「くっ、一旦遺跡の境界線まで引くんだ!」


 薙ぎ倒された騎士たちを引きずって、ディラックさん達は街の入口付近を目指して撤退を始めた。


 レンレイ姉妹の気配がない。茂みから抜け出し、マンティコアが来た方角へ素早く移動したようだ。これで作戦の第一段階は成功だな。


 だが、俺だけは撤退せずマンティコアの前に立ち残る。この隙にマンティコアに魔剣を試すのだ。もし剣撃が通用するなら、罠は必要なくなる。


「カミラ殿ォーーーっ! 何をされている!? 早く撤退してください!」


 背中からかかるその声を無視して、マンティコアに突っ込んだ。当然戦闘モードに入っている。マンティコアの前足攻撃をかわした。直ぐに尻尾の毒針が鞭のように振られ、顔面に向かって来た。だが、今の俺にはほとんど止まって見える速度だ。バンパイアロードに比べれば、遅すぎてあくびが出てしまう。


 問題はここからだ。果たして魔剣化したビスマイト鋼の短剣が、魔獣に通用するのか?


 鞭のように迫りくる尻尾目がけて短剣を斬り付けた。すると見事に尻尾は切り落とされ、クルクルと回転して毒針の部分を下にして地面に突き刺さった。


 よし! ビスマイト鋼の魔剣は魔獣を斬ることができる。武器が通用しさえすれば、楽勝だ。大き目のライオンに毛が生えたようなものだ。今の俺なら、確実に勝つことができる。バンパイアロード戦の苦労を思えば、楽過ぎるだろう


 マンティコアと対峙する。尻尾を切り落とされ、怒り狂っているのだろうか。老人の顔が真っ赤になっている。自分の切り札を奪われ、さぞや悔しいのだろうね。


 短剣を腰に構え、ダッシュで突っ込む。マンティコアが噛みついて来るが、攻撃はすべて見えている。牙をかいくぐって喉元に深々と短剣を突き立てた。さらに、喉から心臓へ向かって思い切り切り裂く。


「ぎいぃやぁぁああああああーっ!」


 凄まじい断末魔の悲鳴が上がった。真っ黒な血が地面を染めた。みるみるうちに体全体が黒い塊となり、マンティコアはただの血だまりになってしまった。これが魔獣の死に方なのか。かなり壮絶だね。


 振り返ると、ディラックさんが応援に来てくれたのだろう、必死の形相で立っていた。だが魔獣はこの通り滅んだのだ、すべて問題ない。


「カミラ殿っ!……」

「この通り魔獣は魔剣で斃せるようです。作戦は無事完了しましたね……」


 その時、信じられないことが起きた。ディラックさんが俺の頬を平手打ちしてきたのだ。一瞬何が起きたのか理解できなかった。


 だが殴った後の彼の顔を見て、何となくわかった。


「貴女という人は……。いくら心配をかけたくないからと言って、規律を乱して勝手な行動をしたら、いつか大火傷をしますよ! 軍では規律を乱したら死が待っています。仲間を大勢失うこともあります。どうかお願いですから、せめて指揮官の私にだけは正直にお話しください。でないとビスマイト殿にも顔向けできません」


 うあー、ディラックさんが本気で怒ってる。こんなに激昂する彼を見るのは初めてだ。それだけ作戦の遂行は重要な事だったんだろうな。情報伝達のミスで仲間を失ったとか、そういう過去があるのかもしれない。でも、危険を回避するためとはいえ、集団行動の基本を守れなかったのは俺だ。彼には悪い事をした。


「……ごめんなさい、ディラック様」

「わかって頂ければよいのです。手をあげて申し訳なかったです。私は、貴女が本当に心配だったのです」


 ディラックさんが目の下を拭うのを見てしまった。泣くほど心配してくれたのか。この頬の痛みは、彼からの教訓として受け取っておこう。俺の思い上がりは、いつか取り返しの付かない事態を招いてしまう可能性があった。いくら優秀な社員でも、スタンドプレーが過ぎると、プロジェクト全体が崩壊することってあるよな……。


 俺が殴られたことで、ローリエッタさんや騎士達にも示しがついたようだ。命令違反は重罪だからね。でも俺は軍人ではないし、城に仕えている訳でもない。しがない小市民だ。だから軍法会議に掛けるのだけは勘弁して欲しいぜ。


「……マンティコアを斃したのですね?」

「ローリエッタさん、このまま罠を仕掛けに行ったレンレイ姉妹を追いましょう!」


 街の中央広場に至る道は一本しかない。そこを俺とローリエッタさんが騎馬で疾走する。地図によれば数分で着くはずだ。


 ディラックさんと騎士達は、馬車を率いて後から来ることになっている。まずはレンレイ姉妹を発見しなければ。もう仇敵のマンティコアは斃れたのだ。


「な、何だあれは…… そんな馬鹿な?!」


 目の前の広場には信じられない光景があった。マンティコア5頭とレンレイ姉妹が、ミスリル銀の杭を

武器に凄絶な戦いを繰り広げていたのだ。


 マンティコアは1頭ではなかったのだ! そうえば、誰も1頭とは言ってなかったな……。バンパイアロード並に強いモンスターと聞いて、勝手に1頭だと思い込んでいた。これは完全に俺のミスだ。悔やんでも悔やみきれない。


 レンさんは無事のようだが、レイさんは白いメイド服を血で濡らしている。口元からも血が滴っている。内臓に傷を負っている可能性が高いな。下手をするとマンティコアの毒が……。嫌な予感が俺の頭をよぎった。


「よくも私のレイに!!!」


 そう叫んだ瞬間、俺の中の闘争心が爆発した。今までにない強い怒りが、体の中を駆け巡った。体を預けている馬が、俺の怒りに呼応するかのように一気に速度を上げた。馬も分かっているのだろう。


 全速力で広場に突入すると、馬からそのままの勢いで飛び降り、マンティコア1頭を真っ二つに切り裂いた。更に置物と化した残り4頭も片っ端から斬り捨てて行く。怒りの任せた力技だ。だがそれでいい。今はレイさんの治療が最優先事項だ。――― 数秒で広場の5頭を斃し終わった。


 もう何頭か居るのかもしれないが、今はレイさんの怪我を何とかしなければ。


「レイさん、大丈夫ですか?!」

「カミラ様! 申し訳ありませんでした。お役目を果たすことができませんでした」

「そんな事より早く傷を見せなさい!」


 メイド服を切り裂いて、打撃を喰らった部分を露わにする。大きな痣になっている。だが、骨に異常はないようだ。たぶん内臓も損傷していない。


「よかった、傷は浅いようです」

「あっ、ありがとうございます。尻尾の攻撃はギリギリでかわすことができていましたので、毒は大丈夫だと思います」


 よかった。一安心だ。心底よかったと思う。ディラックさんが警告してくれたように、身勝手な単独行動はいつか大火傷をする。さっそく俺は、取り返しのつかない大火傷をするところだった。もしこれが悪い方に転んでいたら、レンレイ姉妹を永遠に失うことになっていたかもしれないのだ。


「それにしても…… カミラ様が私の名前を叫んで広場に突入して来てくれたこと、一生忘れません」


 なぜかポッと顔を赤らめるレイさん。


「あ、アレは、ほら、その……無我夢中だったから、アハハハ」


 そして俺もなぜか恥ずかしくなってしまった。照れ笑いで何とか誤魔化そう。


 数分もすると、騎士団と馬車が到着した。既に黒い塊となったマンティコアの残骸をチラリとみると、ディラックさんは全てを悟ったようだ。


「まさか6頭ものマンティコアが、この狭い地域に生息しているとは……。尋常ではありませんね。この地には、絶対に何か不自然な物があります」

「この街遺跡と奥にある城遺跡には、魔獣を6頭配置してでも守りたい何かがあるのでしょうね」

「此処はじっくり時間を掛けて調査する価値がありそうです。今日はもうお疲れでしょう。負傷者もおります。一旦引き返して、明日の朝から仕切り直しとしましょう」


 街の遥か奥には小さな古城が見える。あの城に行けば、何かわかるような気がする。後ろ髪を引かれながら、俺たちは別荘へ移動し、マンティコア退治を完遂した。


◇ ◇ ◇


 その日の夜、ヴルド家別荘に訪問者があった。こんな未開の地だ。夜に訪れる者は限られている。モンスターかトラブルに遭った伐採作業者かのどちらかしかいない。


 訪問者の正体は、エランドの森一帯を治めているという獣の長、ルビアであった。彼女の話し言葉はエランド語であるため、必然的に話合いはすべて俺にお任せとなる。


 うーん、改めて見ると本当に見事にケモミミ少女だな。この姿で日本に行ったら、さぞやモテるだろう。一部の熱狂的なマニア達に。


「もしかして、マンティコアの件ですか?」

「はい、討伐してくださってありがとうございました。我々の爪や牙では、アイツに傷一つ付けられませんでしたから」

「ちょっとお聞きしたいことがあります。立ち話も何ですから、屋敷内に入って頂けますか」

「いえ、人間の匂いはあまり好きではありません。玄関で結構です」


 そうなのか。やはり人間と獣は違うということだね。


「では聞きたいことがあります。マンティコアは全部で6頭。間違いありませんか?」

「はい、我々が確認しているのは6頭です。それ以上は居ないと思います」

「マンティコアは、いつ頃から現れるようになりました?」

「つい先週の事です。魔獣が現れる直前、あなた達と同じように人間がやって来て、あの街遺跡で何か怪しげな儀式をやっていたようです」

「怪しげな儀式?」

「地面に文字を書いたり、模様のような物を描いたりしていました。

ただ不思議だったのは、やって来た時は9人だったのが、帰ったのは3人だけでした」


 なるほど。大体想像はできる。6人は生贄として魔獣召喚に使われたのだ。だが何のために……?


「帰って行った3人はどういう人でしたか?」

「人間はあまり区別がつきません。でも1人だけ、やたら派手な服装の者がいました。残り2人はローブを目深に被っていたので顔も見えませんでした」


 派手派手なヤツは、察するに貴族だろうな。あとの2名はお付きの者か。それとも魔獣召喚の呪術師か。そんなところだろう。問題は誰が何のために仕組んだかだ。ゴブリンロードの鎧の件といい、今回のマンティコア事件といい、裏で糸を引いている輩が見え隠れする。メンデル城で何か起きていると思った方がいいな。


「ありがとう、ルビア、助かりました」

「こちらこそ無理を言って済みませんでした。でもさすが獣王様です。魔獣もあっという間に斬り捨ててましたね!」

「見ていたのですか?」

「私は鳥の眼を介して物を見ることができます。失礼とは思いましたが、遠方から見させていただきました。でも獣王様にもその力は備わっているはずです。そもそもこの鳥の眼の力は、私の先祖が獣王様から頂き、伝わっているものですから……」


 え?! そんな超便利な能力知らないぞ。もしバードビュー(鳥瞰)が使えるなら、こんなに便利なことはない。情報収集の天才になれるんじゃないか?


 だが、ルビアにそれを聞くことはできない。獣王である威厳を失ったら、彼らからの信用を失いかねないからね。


「ところで獣王様。今回の恩には、どのように報いたらよろしいでしょうか?」

「……そうですね。それでは私が困っている時に助けてください」

「は、はぁ……。具体的にはどのような時に?」

「いつになるかはわかりませんが、困ったらあなた達を頼ることにします」

「わかりました。それでは、獣王様には我らの斥候、”音速の鳥”をお贈りしましょう」

「音速の鳥?」

()の鳥は名前を”ヴァルキュリア”といいます。普段は我々の眼であり耳であり、心強い仲間です。彼は戦うことはできませんが、音速で無限に飛行できる能力があります。もし獣王様がお困りでしたら、彼に申し付けてください。我々が馳せ参じましょう」

「その鳥を……私に?」

「獣王様の斥候としてお使いくだされば」


 困った。鳥は飼ったことがないんだが、餌とか世話とかしなきゃいけないのか。生き物を飼うのは楽しいかもしれないが、ビスマイトさんやエリーに許可を取らないと厄介者扱いされてしまう。もし鳥嫌いな人が居たら、”鋼の女神亭”の食材、もとい焼き鳥にされてしまうかもしれない。


「何か不都合でもございますか?」

「いえ。……その鳥は人語を解しますか?」

「もちろんでございます。大陸各地を飛び回っておりますゆえ、我らの中で最も知識豊富な者でございます。人語も10の種類は操れます」


 人語が分かる……。人の話が理解できるほどの知能なら、自分の面倒は自分で看ることができるだろう。あまり心配は必要ないかもしれない。


「わかりました、その鳥……いえ、ヴァルキュリアを預かりましょう」

「ありがとうございます。彼も獣王様にお仕えできる事を誇りに思うでしょう」


 ルビアが口笛を鳴らすと、(からす)より少し小さな鳥が音も無く降りて来た。羽音がしない。まったくの無音だ。確かフクロウの羽にも風切り音を消す構造があるけど、コイツのはちょっとレベルが違う。存在すら気が付かないかもしれない。諜報活動には最適だろうな。


 だけど……コイツの眼はどうやって使えばいいんだ? バードビューをやる時とか離れたところでの意思疎通は?


『初めまして、人の姿の獣王様。ヴァルキュリアと申します。ぜひお役に立ちたく存じます。以後は直接ご命令ください』


 なんと、言葉が直接頭の中に流れてくる。これは念話というヤツじゃないのか? でもこの距離で敢えて念話を使うという事は、発話はできないのかもしれないな。


「初めまして。私はカミラといいます。よろしくお願いします」

『丁寧な挨拶、恐縮です。魔獣との戦いを拝見しておりました。さすが獣王様としか言いようがありませんでした。あのような心がスカッとする戦いを観たのは久々です』


 えーっと、だからバードビューはどうやってやるんだ、教えて欲しい。


『それでは影として上空におります。いつでもお呼びください。また野外にて怪しき者が近づいたら、すぐさまお知らせいたします』


 彼はそれだけ言うと、俺の肩に乗った。そして顔を頬に擦り付けると、また音も無く飛び立ってしまった。何だったんだろうか?


「これで儀式は終わりました。今から彼の者は、獣王様の直属となります。ヴァルキュリアの名前を心で念じて話しかけてくだされば、どんなに離れていようと意思疎通ができます」


 そんな簡単でいいのかよ。スマホ感覚だな。通話料は無料なんだよね? ”通話料は魂で払ってもらいます”、なんてオチは無しにしてくれよ。


 しかし”鳥を贈る”なんて言うもんだから、てっきり肩に年がら年中留まっている使い魔みたいなものをイメージしてしまった。だけど彼は、常に俺から見えない高高度に居るのだね。いわば遠隔監視システムみたいなものか。音声も拾えてアラートも出せる、絶対に見つからない隠しカメラだね。これは便利そうだ。


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