第24話 鎧の正しい着け方
バンパイアロード討伐の件は、できれば秘密裏に処理したいので、ディラックさんにすべてお任せすることにした。各地の冒険者ギルドに対し、メンデル宰相の名前で出している依頼を取り下げなければならないため、面倒な手続きが必要なのだそうだ。
いつでもどこでもお役所というのは、面倒なものだねぇ。俺はディラックさんのおかげで楽できるので、めでたしめでだし、だけどね。
だが肝心なのはここからだ。チャラ男に話をしに行かなければならない。バンパイアロード、カーミラ=シュタインベルクが滅んだことを。
その足で、レイさんと一緒に再びケッペンの工房を訪れた。昨日にも増して、俺の顔を見るなり高い心の壁を張ってくる。自分の赤裸々な心情を吐露した相手が、連日来ているのだ。微妙な空気にもなるだろうな。
「カミラ様、本日はどのようなご用件で?」
またこの挨拶かよ。もういいよ。事務的な口調なところが余計に腹立たしい。
「ちょっとお話ししてもよろしいですか?」
「すみません、頼まれた剣と鎧に手一杯でして……」
ムムム、手強いな。どう見ても工房には火が入っていないし、事前にレイさんに調べて貰った限りでは、チャラ男にオーダーは入っていない。つまりコイツ、仕事をしていない状態だ。
「いえ、直ぐに終わりますから」
「……何でしょうか?」
「バンパイアロード、カーミラ=シュタインベルクを斃しました。彼女の眷属も滅んでいます」
そういって俺は、カーミラが着ていた服をケッペンの前に投げ出した。途端にケッペンの顔が青くなった。
「こ、これは確かにあの日、彼女が着ていた物……」
「ケッペンさん。彼女に魅了されて自分自身を激しく責めているようですが、それは間違っています」
「どういうことでしょうか?」
「一つ質問ですが、ご両親が殺されたあの日。彼女の目を見ましたか?」
「はい、見ました。あの赤く美しい眼を」
「問題はそこです。バンパイアロードには”魅了”という特殊能力があるのをご存知ですか?」
「いえ……知りませんでした」
「下級の吸血鬼には備わっていませんが、上位のバンパイアは人に強い催眠術をかけて魅了し、自分の思い通りに動かすことができる者がいるそうです。その催眠術は、目を見つめることで効力を発揮するようです」
「……」
「あなたは御自分を責める必要はありません。単に”魅了”という催眠術にかかっていただけなのですから」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「私が昨日見たカーミラと、ケッペンさんが見たカーミラの姿があまりに違っていたからです」
「どういうことですか?」
「昨日私が見たカーミラは、20代半ば過ぎの長身の女性でした。でもケッペンさんが見たカーミラは、10代後半の小柄な女性でしたよね。バンパイアロードの寿命はほぼ永遠。ある程度の年齢の姿から、生涯外見は変わらないそうです。つまり、カーミラが少女から大人の女性へと成長する訳がありません。少年だったケッペンさんは催眠術にかかり、理想の女性像を見せられていた可能性が高いです」
「そんな……」
「ですから、カーミラを美しいと感じたのは当たり前なのです。だってそれは、単にあなたの理想の女性像が、彼女に投影されていただけなのですから」
「じゃあ、ボクがこの歳まで悩んでいたのは、単なる幻想だったと……」
「そうです。催眠術の影響を受けていただけです。気に病む必要はありません」
ケッペンは俯いたまま黙って考え込んでしまった。
そのまま数分が経った。大丈夫だろうか。声を掛けるにもどうかけていいのかわからん。
「ウッウッ……」
ケッペンの肩が震えている。何か感情の高ぶりがあるようだ。怒りが悲しみか、どちらだろうか? ついに大声で泣き出した。それはもう大人の泣き方ではなかった。恥ずかしすぎて直視できないくらい子供の泣き方だった。
この瞬間、ケッペンはあの少年時代に戻っているのかもしれない。工房の床にがっくりと膝を突き、カーミラの服を抱えて泣いている。本気の男泣きだよ。
……仕方がないな。
俺はケッペンの前に立つと、そっと抱きしめてあげた。昨日もこれやった気がするんだけど……。
「もうあなたは悪くないのです。これからは未来を掴むために頑張って行きましょう。ご両親もあなたの幸せを望んでいるはずですよ」
耳元で慰めの言葉をかけた。彼がどういう態度を示してくれるかわからないけれど、やれることはやったと思う。
ケッペンさんは母親の胸で泣く少年のように、力一杯声をあげて泣いていた。周囲の目を気にすることもなく、慟哭していた。まぁ、母親ほど俺は胸がないけどな。小学生女児だから洗濯板で勘弁してくれ。しかしコイツいつまで泣くんだろうか。
――― 30分は過ぎただろうか。ようやくスッキリしたのか、ケッペンが泣き止んだ。そしていきなりの土下座。
「カミラ様、本当にありがとうございました。まだ心の整理がついていませんが、これだけはハッキリ言えます。私はあなたが好きです。女性としての魅力はもちろん、人間として惹かれています。心から尊敬しています」
薬が効きすぎたかな。でもまぁいいや。蟠りの根本は断てたはずだ。またゆっくりと関係を構築していけばいい。
「ありがとう、ケッペンさん。これからも、ブラッドール家のために手を貸してくださいね」
「いいえ、私は貴女のために手を貸します。ブラッドール家の前に、貴女個人に身を捧げます!」
いやいや、そこまでは望んでないからいいんだけど、結果オーライということで良しとしておくか……。
「ではケッペンさん、鍛冶師の方、頑張ってくださいね。貴男はやればできる才能のある男だ、とお父様も言っていました」
「はい! 頑張ります!」
ケッペンはこれまで見た事のないような清々しい笑顔で、力の限り大きな声で答えてくれた。その目線は、これまでのように俺を避けるものではなく、まっすぐと前を向いていた。この男の”憑き物”は完全に落ちたようだな。
この後も、チャラ男の俺に対する低姿勢は変わることはなかったが、鍛冶に対する姿勢は大きく変化していた。シャルルさん、ドルトンさんに比べ、だいぶ劣っていた職人としての技術が飛躍的に向上し、ケッペンご指名の客がどんどん増えて行ったのだ。貴族の婦人層中心に伸びて行ったというのが、アイツらしいといえばアイツらしいが。
剣や鎧ではなく、装飾品や工芸品を作ることで、ケッペンの才能は花開いていった。鍛冶といっても、これまでは武器と実用品一辺倒だったからね。精密な銀細工や金細工に特化した工芸品があってもいいだろう。経営は多角化しておくことも重要なのだよね。
◇ ◇ ◇
俺はその足でシャルルさんの工房へ向かった。壊れた鎧を直してもらうためだ。あの男の欲望丸出しアーマーは確かに恥ずかしいが、スピードを制限されない軽快な動きができるので、見た目に反して実戦的であることは体験済みだ。
ちゃんと直しておきたい。そしてデザインをなんとかして欲しい。胸と腰回りを強調するあのデザインは、さすがにセクシー過ぎる。街中ならまだしも、野外で活動する場合、素肌が直に露出していると蟲刺されや擦り傷、切り傷に弱い。
戦闘モードに入った時の傷は再生するが、それ以外の時に負った傷は普通の人間扱いなので、できれば日常使いでも露出が少ない方がいい。
「カミラちゃん、この鎧着てくれたんだ?」
「ええ、ディラックさんに言われて着てみたんですけど、この下半身部分の装着具を壊してしまいまして……」
「どれどれ、見せて」
シャルルさんに壊れた装着具を渡すと、眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
「この鎧、滅多なことでは壊れないはずなんだけどねぇ……。しかもこの壊れ方、かなり激しい力が加わったね。ドラゴンとでもやり合ったの?」
「すみません。いろいろと派手にやっちゃいました」
「一体どういう使い方をしたらこうなるのか、想像も付かないけど、おねーさんに任しておきなさいっ!」
「お手間かけます。よろしくお願いします」
シャルルさんが小一時間で直せるというので、俺は工房の控室で待たせてもらうことにした。
それにしても鍛冶工房というのは、どうしてこんなに物で溢れているのだろう。中には鍛冶とどう関係するのか、想像できないものもある。特にシャルルさんの工房にはそれが多い気がする。
なぜ水着が揃って壁にかけてあるのだろうか。そして下着までが壁、天井に所狭しと飾られている。鍛冶にどう使うんだよ下着なんて。謎だ。集めるのが趣味なのか? 己の欲望に忠実なシャルルさんなら、さもありなんだが……。
そんなことを考えていたら、いつの間にか時間が経ってしまったようだ。シャルルさんから声が掛けられた。
「直すには直したけど、サイズがちょっと変わっているかもしれないから、試着してみてね。この場で微調整しちゃうから」
へいへい、またあの羞恥な姿を晒す訳ですか。服を脱ぎ、鎧を装着してシャルルさんの前に立った。
んん? 彼女の様子が変だな。目を見開いて俺の全身をスキャンし始めたぞ。もう裸の付き合いをしているので、見慣れた貧相な小娘の体のハズなのだが……。
「あの、何か変ですか?」
「カミラちゃん、あなたそうやって着てたの?」
「ええ。ディラックさんがこうしろって言っていましたので……」
「はぁ。その鎧は素肌に着けるんじゃないのよ。アンダーウェアを着てから装着するものなの」
ガーン! 知らなかった……。素肌に金属が当たるひんやり感は、どう考えてもおかしいと思っていた。ディラックさんに、再び変態騎士団長の称号を与える時が来たようだな。
「それにしても、その素肌に鎧ってのもいいねぇ。お姉さんも観賞用として、このまま飾っておきたいくらい。フフフ」
だからその舌なめずりするの止めろって。怖いから。
「ということは、この鎧……」
そう言いながらシャルルさんは、突然鎧の装着具を外した。凄い手際の良さだ。俺はいきなり素っ裸にされてしまった。
「な、何ですか!?」
「いやね、この鎧がカミラちゃんに直に当たっていたんだなーと思って……。クンクン」
「だ、だから何ですか?!」
顔が熱くなる。恥ずかしすぎる。おい、シャルル! 鎧の匂いを嗅ぐのをやめろ! 恐ろしいまでに幼女趣味だ。男の俺でもドン引きするよ。
「そうだ。お姉さんが正しい鎧の着け方を教えてあげよう」
シャルルさんは控室に入ると、壁からアンダーウェアを一つ選んだ。なるほど、鍛冶に関係ないと思っていたが、こういう使い方をするのか。単なる下着マニアかと思って申し訳なかった。
「はい、まずアンダーから着けて行くよ」
シャルルさんの着せ替え人形と化した俺は、なされるがままになっていた。
「うーん、ここがちょっとねぇ~。はい……グニグニグニーっと」
「ヒッ……」
だから、そうやってさり気なく敏感な所を揉んでくるなよ。とんでもないセクハラお姉さんだ。見た目は隻眼のカッコいい人なのに中身は変態だ。
「よし、これでいいでしょう」
鎧の着替えが終わったので、鏡を見てみた。工房に姿見があるのも謎だったが、こういう使い方があったんだね。
アンダーウェアを組み合わせることで、驚くほどデザインの印象が変わった。やはり素肌が出ているのとそうでないのとでは、大分違う。これなら街を歩いてもあまり恥ずかしくない。野外活動でも十分いける。エランド調査隊でも活躍してくれるだろう。
シャルルさんと暫く親交を深める世間話をした後、レイさんと共に家に着いた。さてビスマイトさんに見つからないようにしなければ。そう、ビスマイトさんは今、もう一振りの剣を作るために工房に籠りっきりだと思うから。もし徹夜で作業をしていたなら、俺が一晩居なかった事はバレてないはずだ。バレたら大変だ。今度こそ座敷牢に入れられてしまうかもしれない。
まずは大人しく自分の部屋で過ごすことにした。いろいろ考えることもある。
「それにしてもカミラ様って、どうしてあんなに大人な女性の振る舞いができるんですか?」
「大人な女性? ……なんですか?」
「ローリエッタさんの時もケッペンさんの時も、抱きしめてその胸で泣かせてたじゃないですか」
「そう、ですか?」
「私も胸を借りてもいいですか?」
俺が返事をする間もなく、レイさんは勝手に抱きついて来た。
「レ、レイさん?」
「あー、もうちょっとこのままで居させてください。凄く幸せな気分です」
いや、俺も若い女性に密着されるのは、男としてやぶさかではないが、そんなに鼻息を荒くして抱きつかれると、やや複雑な気持ちになる。もしかして、レイさんも無理をしていたのだろうか? 今回は俺のためを思って、少なからずサポートに徹してくれたからな。普通に考えたら、レイさんだって相当な負担だったはずだ。
一方的に抱きつくレイさんの背中に手を回した。2人で抱き合う恰好になった。レイさんは一瞬ビクっと体を震わせたが、とても幸せそうな顔をしているので、良しとしておこう。俺の体一つでレイさんが癒されるならね。いや、変な所まで行くつもりはないけど。
その時、突然部屋のドアが開いた。
「レイ! 何をしているの!?」
元気そうなレンさんの姿がそこにはあった。
「お、お姉ちゃん?!」
「”お姉ちゃん”ではありません! あなたは御主人に向かって何をしているのですか!?」
「あっ、いや、これはその……」
「レンさん、これにはちょっと訳が……。えっと、決して百合とかそういうのではなくて」
「カミラ様、妹の無礼をどうかお許しください」
「は、はい」
誤解が解けずに微妙な空気になってしまったが、レンさんが戻って来てくれた。まぁいいか。
「では改めて、レンさん、お帰りなさい。傷はもう完治したのですね?」
「おかげさまをもって、無事に帰還することができました。またカミラ様にお仕え出来ることを感謝しております」
相変わらず堅いな、レンさんは。そこが彼女の良いところでもあるのだけどね。
「レンさんが帰られたということは、レイさんはヴルドのお屋敷に戻るのですね?」
「嫌です。私戻りたくありません」
「その事ですが、できれはレイさんも私の下に居て欲しいと思っています。もちろん、ヴルド家の許可が必要になりますが」
レンさんが意表を突かれた顔をしているぞ。どうしたんだろう?
「カミラ様、レイなどでよろしいのですか?」
「もし可能なら、ですが。私はぜひレイさんに、レンさんと共に傍に居て欲しいと考えています。レンさんは反対ですか?」
レイさんが縋るような目で、俺とレンさんを交互に見上げている。うーん、メイドさんとしてはわかりやすい反応だな。
「実はニールス様より言伝がございます。カミラ様のお世話係として、もう1人メイドをお付けになるとのことです。ですがそれはレイではなく、ヴルド家でも最古参のベテランメイドをお考えのようでした」
何というタイミングの良さ。きっとディラックさんが心配してくれたのだろう。だが最古参のメイドさんは困る。おっかさんタイプは確かに頼りになるが、中年オヤジの俺としては、若い子の方がいいんです。男の欲望丸出しでごめんなさい、ハイ。
「それは嬉しいお心遣いですね。ですが私はレイと共にありたいと思います」
「もうお感じになられていると思います。レイは格闘こそ突出した力を持ちますが、細やかな気遣いや身の回りのお世話などは、まだまだ未熟です。そのような者を、カミラ様にお付けすることはできません」
レイさんがシュンとして下を向いている。ほら、この世の終わりが来たような顔をしてるじゃないか。身内だからこそ、レンさんは厳しい事が言えるんだとは思うけどね。もうひと押し必要だね。
「いいえ、レイさんはレンさん同様、今や私にとっては無くてはならない存在です。どんな優れたメイドであっても、代わりにはなりません」
「……そうですか。レイはカミラ様のご信頼を得ることができたのですね。そこまで仰っていただけるのなら、どうか私からも伏してお願いいたします。レイ共々、カミラ様にお仕えさせてください!」
レンさんが深々と頭を下げている。一番驚いているのはレイさんだった。こき下ろしたのは、本当は一緒に居たいっていう強い気持ちの裏返しだったんだろうね。律儀で不器用ないつものレンさんで安心したよ。
「もちろんです。ニールス叔父様には、私が直接伺って掛け合って来ます」
「ほらレイ! あなたもちゃんと御礼をいいなさい!」
放心状態のレイさんが、レンさんの言葉でようやく我に返っていた。
「あ、あの、その……お願いします!」
うむ、元気でよろしい。若いって素晴らしいね。今は俺の方がだいぶ若いけど。
◇ ◇ ◇
ヴルド家に行く前に、大目玉を食らう覚悟でビスマイトさんにバンパイアロードの件を話しておいた。かなり驚いていたが、ケッペンさんの長年のしがらみが無くなったことを、すごく喜んでくれた。半分は息子のような弟子だったんだもんね。ビスマイトさん自身で、解決できなかった事がずっと心に引っかかっていたみたいだった。……どさくさに紛れて、お説教は回避できたな。危ない危ない。
それと剣のことについても相談してみた。そう、長剣だけでなく短剣も欲しいのだよね。
ビスマイトさんは、快く短剣もセット物として作っておくと言ってくれた。長剣とセットになれば怖い物なしだ。それに今の俺には短剣の方が、普段から持ち歩けるのでありがたい。
さらにエランド調査隊のことを相談したら、ディラックさんが一緒なら大丈夫だろうということで、参加の許可をもらう事ができた。そういえば、調査は何日くらいかかるのか聞いてなかったな。ええ、どんなプロジェクトでも工程表と工数見積は大切ですよ。
――― 翌日。俺はヴルド家を訪問した。もちろん、レンレイの姉妹も一緒だ。
ディラックさんは不在だったが、有閑貴族のニールスさんは、庭で元気に剣を振るっていた。今でも鍛えてるって凄いな。
「おお、カミラか。よく来たな」
「叔父様、こんにちは」
「ディラックから聞いたぞ。あのバンパイアロードを斃したそうだな。しかもケッペンのために」
「はい……」
「儂からも礼を言わせてくれ。ケッペンの事はずっと気にかかっていたのだ。本来ならビスマイト含め、儂らがバンパイアロードを斃さねばならなかったのだ。だが、あまりの実力差に手出しすることすらできなんだ……。ずっと指を咥えたまま時が経ってしまった」
「父からもその話は聞いています。とにかく丸く収まってよかったです」
「バンパイアロードはどうであった。強かったか?」
「ええ。手も足も出ませんでした」
「だろうな。バンパイアロードは百戦錬磨の実力者じゃ。どんな人間だろうと技で敵う者などおるまい」
「あの……。今でも叔父様が剣術の修練を欠かさないのは、バンパイアロード討伐のためだったんですか?」
「……いんや。これは儂の趣味じゃ。残念ながらいくら鍛えても、バンパイアロードには手も足も出ない事はわかっておるからの」
ニールスさんの表情からは、心なしか口惜しさを感じる。やっぱり、本当なら自分で斃したかったんじゃないのか?
「気持ちがまったくなかった、といえば嘘になるがの。だが、儂らの私情のためだけに騎士団を動かし、彼らを危険に晒す訳にはいかなかった。せいぜい宰相を焚き付けて、大陸全土の冒険者ギルドに討伐依頼を出すくらいしかできなんだ」
「そうだったんですね。それを私が勝手に……」
「いや、それは違うぞ。お前は儂の身内であり、ビスマイトの娘でもある。果たせなかった仕事を身内が果たしてくれた。口惜しさよりも今は、清々しさの方が上回っておる。心から礼をいうぞ」
「滅相もありません。本当なら、討伐前に皆さんに相談すべきだったかもしれません」
「いや、この件だけは相談しなくて正解じゃった。もしお前が相談していれば、儂もビスマイトもマドロラも足手纏いになった挙句、全員あの世行きだった」
なるほど、わかるような気がする。俺が相談していれば、意地でも元冒険者メンバー3人は同行して来ただろう。狡猾なバンパイアロードの事だ、人質を取るのは直ぐに思いつくに違いない。そうなれば、俺も身動きが取れなかっただろうからね。あの時一旦引いて1人で立ち向かったのは、大正解だったのかもしれない。
「己の意地を通すのも大切じゃが、身内を犠牲にするような戦い方はできん。ガハハハ」
バンパイアロードは、俺が思っていた以上に、皆に深く影響を与えていたんだ。皆の憑き物が落ちて、一区切りがついたのだ。苦労して斃した甲斐があった。
「しかしカミラ、討伐の報奨金を受け取らなかったのは本当か?」
「はい。いろいろと面倒なことになりそうですし」
「それではあまりに惨かろう。お前は既にデスベアとゴブリンロードも討伐しておるのだ。その上、バンパイアロードまで討伐しておるのに、何も褒美や報酬がないというのは、かえって貴族議員や国王が恐縮してしまうぞ」
「では、私は叔父様から1つだけ、ご褒美を頂きたいと思います」
「カミラから何かオネダリしてくるのは、初めてじゃな。儂も嬉しいぞ。何でも言ってみなさい」
「レイを私にください」
その途端、庭の端に立っていたレイさんが、顔を覆って泣き出してしまった。
「それはどういう意味じゃ?」
「メイドとして私に付けてください、という意味です」
「フハハハハッ、なんじゃ。そんな事でよいのか? カミラになら、この家のメイド全員つけても惜しくないと思っておる。レイ1人でよいのか?」
「はい、十分身に余ります」
「カミラ様っ! ニールス様っ!」
レイさんが堪らず飛び出して来た。目に涙を一杯浮かべている。
「私の我がままに、カミラ様の報酬をお使いになるなんて勿体なさすぎます。どうかご再考ください!」
「レイさん、これで良いのです。私が欲しいのは、レイさんというメイドさんでありパートナーです。どうぞよろしく」
「ふむ、レイはすっかりカミラのお気に入りのようじゃな。レイよ、命を賭してカミラに仕え、その影となるのだ。よいな」
「ニールス様、ありがとうございます。姉と共々、生涯命をかけてお仕えいたします」
「カミラは本当にモテモテじゃの。ここまでメイドに慕われる貴族も珍しい。まさにカリスマ的じゃ」
そうなのか? 普通の日本人感覚で振る舞っているだけなのだが。しかも結構打算的だったりするし。
「ヴルド一族の者はもちろんじゃが、メンデル城の中でもカミラは超有名人じゃ。噂も広がっておる。望まずとも周囲が放っておかぬだろうよ」
「は、はぁ……」
「だがまだお前は子供じゃ。利用しようと狙って来る輩もいるだろう。十分に気を付けよ」
俺としては、もっと地味に水面下を行く潜水艦のように生きていたいのだけれどね。政治やら権力争いやらに近づくのは、もう真っ平ゴメンだ。世間離れして、何も考えずにゆっくり暮らしたいよ。
「ありがとうございます。そういえば、”ゴブリンロードの鎧”の件ですが、何かお分かりになりましたか?」
「あ、ああ、アレか……。うむ、まだ調査中じゃ」
今珍しく焦ってたな。明らかに何かを隠している。俺に言いたくない、あるいは言えないような状況があるに違いない。予想外の事が起きるかもしれないな。いちおう用心はしておくか。と言っても、外出時に長剣を持って歩く訳にもいかないので、せめて鎧をつけて歩くことにするか。鎧の上から大き目のワンピースを着ていれば、あまり目立たないし。
俺はニールスさんに、言伝を頼み、そのままブラッドールの屋敷に戻ることにした。
言伝は調査隊の件だ。
「ぜひ、エランド調査隊に同行させてください」
との返事だ。




